女性なしで歴史は語れない! ~ ヤマトタケルと浦賀水道

    浦賀水道と外洋の境浦賀水道(うらがすいどう)は、三浦半島と房総半島に挟まれた海峡である。太平洋と東京湾とをつないでいる。広義では東京湾の一部とされることもある。三浦半島と房総半島に挟まれ、外洋との境となる三浦市剱崎と館山市洲崎を結ぶ線から、東京湾との境となる横須賀市観音崎と富津市富津岬を結ぶ線に囲まれる海域である。中央部の海底は海水面の低下した氷河期に河川に侵食された東京海谷と呼ばれる深い溝をなす...

    東西南北の「東」を「あずま」と呼ぶ理由

    東(ひがし)は、四方位の一つで、極地以外でおおよそ太陽が昇る方位であり、地球の自転する方位である。反対の方位は西。南北が絶対的な位置関係にあるのに対して東西は相対的な位置関係にある。「あずま」の語源は、日本武尊(倭建命)が東征に赴いている中、関東に行く際に海を渡り、その時に海が荒れたために日本武尊(倭建命)の妻、弟橘媛が海に身を投げて海神を鎮めた。そして日本武尊(倭建命)が碓氷峠に辿り着いた時、関...

    『古事記』と『日本書紀』の記述が異なっている理由

    真福寺収蔵の国宝・『古事記』。古事記(こじき、ふることふみ、ふることぶみ)は、日本最古の歴史書である。その序によれば、和銅5年(712年)に太安万侶が編纂し、元明天皇に献上された。『古事記』の原本は現存せず、幾つかの写本が伝わる。成立年代は、写本の序に記された年月日(和銅5年正月28日(ユリウス暦712年3月9日))により、8世紀初めに措定される。内容は、神代における天地の始まりから推古天皇の時代に至るまでの...

    パヨク脳の池上彰が知らない、日本の伝説的英雄「ヤマトタケル」

    伊吹山頂の日本武尊像ヤマトタケル(生年不詳 - 景行天皇43年)は、記紀等に伝わる古代日本の皇族(王族)。『日本書紀』では主に「日本武尊(やまとたけるのみこと)」、『古事記』では主に「倭建命(やまとたけるのみこと)」と表記される。現在では、漢字表記の場合に一般には「日本武尊」の用字が通用される。第12代景行天皇皇子で、第14代仲哀天皇の父にあたる。熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的英雄...

    百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群と、日本の英雄・ヤマトタケル

    百舌鳥・古市古墳群HP百舌鳥・古市古墳群は、大阪の南部、堺市、羽曳野市、藤井寺市の3市にまたがる巨大古墳群であり、堺市の「百舌鳥」と羽曳野市・藤井寺市の「古市」の2つのエリアに分かれながらも、一体性・連続性をもっています。この古墳群では、4世紀後半から6世紀前半にかけて200基を超える古墳が築造されましたが、現在でも89基の古墳が残っています。最大の古墳は仁徳天皇陵古墳(墳丘長486m・国内第1位)で、応神(お...

    「関東」って、もともとは何処のことだったでしょうか?

    飛鳥宮跡 石敷井戸関東(かんとう)とは、日本の中の、特定の地域・地方を指す言葉・概念である。672年に壬申の乱という日本古代で最大の内乱戦争が起き、天武天皇は翌673年に都(飛鳥浄御原宮)一帯を守る為に、東山道に不破関(ふわのせき)、東海道に鈴鹿関(すずかのせき)、北陸道に愛発関(あらちのせき)、と3つの大きな関所(三関)を設置させた。 こうしてこれ以降、これらの三関よりも東側を「関の東側」という意味で「...

    西の出雲を平定した、東の「日高見国」

    葦原中国平定(あしはらのなかつくにへいてい)は、日本神話において、天津神が国津神から葦原中国の国譲りを受ける説話。国譲り(くにゆずり)ともいう。天照大御神ら高天原にいた神々(天津神)は、「葦原中国を統治すべきは、天津神、とりわけ天照大御神の子孫だ」とし、何人かの神を出雲に遣わした。大國主神の子である事代主神(ことしろぬし)・建御名方神(たけみなかた)が天津神に降ると、大国主神も自身の宮殿建設と引き...

    人類の祖先が「理想」を求めて向かった場所は?

    東(ひがし)は、四方位の一つで、極地以外でおおよそ太陽が昇る方位であり、地球の自転する方位である。反対の方位は西。南北が絶対的な位置関係にあるのに対して東西は相対的な位置関係にある。語源は太陽が登る方角という意味の「日向かし」(ヒムカシ、日向か風[ヒムカシ]説もあり)。「東」(east) という語は、特定地域内で東寄りの地域を指す。東洋、特に中近東はオリエント(Orient)と呼ばれたが、元来は「日が昇る地」を...

    かつて日本列島に存在した大国 ~ 「日高見国」

    大祓詞(おおはらえのことば)は、神道の祭祀に用いられる祝詞の一つである。中臣祓詞(なかとみのはらえことば、略して中臣祓)・中臣祭文(なかとみさいもん)ともいう。元々は毎年6月と12月の末日に行われる大祓で、犯した罪(神道の観念による「罪」であり、犯罪とは意味合いが異なる)・穢れを祓うために唱えられた祝詞で、中臣氏が京の朱雀門で奏上していたことから中臣祓の称がある。6月と12月では異なる文言であったが、6...

    左翼リベラルよ、安らかに眠れwww

    墓(はか)は遺体または遺骨を収めて故人を弔う構造物。墳墓(ふんぼ)、墳塋(ふんえい)ともいう。一般に墓石・墓碑などの目印を置き、これを墓標(ぼひょう)という。また、この墓石・墓碑を指して墓ということもある。戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、客観的に情勢を判断する必...

    江戸時代の「お代官さま」の起源

    骨寺村荘園遺跡(ほねでらむらしょうえんいせき)は、岩手県一関市厳美町本寺地域に位置する、中尊寺に現存する国の重要文化財の2葉の荘園絵図に記された景観が現存する遺跡である。2005年(平成17年)に国の史跡に指定された。また、史跡指定区域を包括する伝統的な村落景観が一関本寺の農村景観(いちのせきほんでらののうそんけいかん)として、2006年(平成18年)に重要文化的景観に選定された。「骨寺村」は、平泉の西方約15...

    「時代劇」を観れば観るほど、どんどん「阿呆」になるんです

    悪代官(あくだいかん)とは、領民を圧制で苦しめたり、不正を働いたりした代官の代名詞的な表現。実際の歴史の中では、「悪代官」と言われるような代官はさほどいなかったとされるが、フィクションの世界(時代劇)においては悪党の総元締め的な「ストックキャラクター」として登場する。特に勧善懲悪型の時代劇においては、大きな威圧感と強面ぶりを示しながらも、最後には必ず主人公(またはその仲間)に成敗される存在として欠...

    大昔から、日本の社会は、人と人の「契約」で成り立っていました

    平安時代の武士、那須与一を描いた画/鳥取市の渡辺美術館所蔵。御恩と奉公(ごおんとほうこう)とは、中世の日本において、主に武士の主従関係を構成した要素・概念。中世の武士間の主従関係は、決して片務的なものではなく、主人・従者が相互に利益を与え合う互恵的な関係で成り立っていた。ここで、主人が従者へ与えた利益を御恩といい、従者が主人へ与えた利益を奉公といった。平安時代中期~後期から武士層に「御恩と奉公」の...

    日本の「税金」の原型

    租税(そぜい、税(ぜい)、英: tax)とは、国や地方公共団体(政府等)が、公共財や公共サービスの経費として、法令の定めに基づいて国民や住民に負担を求める金銭である。現代社会においてほとんどの国が物納や労働ではなく「お金(おかね、その国で使用されている通貨)」による納税方法を採用しており、日本では税金(ぜいきん)と呼ばれている。戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメ...

    「古代」がある国々、「古代」がない国々

    ☆特別史跡 三内丸山遺跡「 三内丸山遺跡は、今から約5500年前~4000年前の縄文時代の集落跡で、長期間にわたって定住生活が営まれていました。 平成4年からの発掘調査で、竪穴住居跡、大型竪穴住居跡、大人の墓、子どもの墓、盛土、掘立柱建物跡、大型掘立柱建物跡、貯蔵穴、粘土採掘坑、捨て場、道路跡などが見つかり、集落全体の様子や当時の自然環境などが具体的にわかりました。 また、膨大な量の縄文土器、石器、土偶、土...

    史実 : 「一揆」は、革命的なものではなく、「契約」です

    一揆(いっき)とは、『孟子』に由来する言葉で、本来は揆(やり方、手段)をひとつにするという意味で、平安時代後期から鎌倉時代には武家が団結する意志や集団行動を表す言葉として使われているが、同時代には易占の結果や意見が一致するという用例も見られた。江戸時代になると、幕府に公認された既存の秩序以外の形で、こうした一揆の盟約による政治的共同体を結成すること自体が禁じられるようになるため、近現代の日本では一...

    「乾電池」 それを世界で初めて開発したのも、日本人なんです

    乾電池(かんでんち)は、電解液を固体に染み込ませて担持させ、扱いやすくした一次電池である。(一回限りの使用で使い捨てるものが一次電池、充電して繰り返し使うものが二次電池)戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、客観的に情勢を判断する必要があります。それでは、この書物を見...

    近代バイオテクノロジーの父・高峰譲吉がアメリカに遺したもの

    全米桜祭り(ぜんべいさくらまつり、英語: National Cherry Blossom Festival)は、ワシントンD.C.で毎年春に行われるお祭り。☆全米桜祭り公式ウェブサイト戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、客観的に情勢を判断する必要があります。それでは、この書物を見ていきましょう!『 本書...

    日台友好は「平和をもたらす」ことで、日中友好は「市に禍を買う」ことです

    『釈迦八相倭文庫』22編より 刀(鉄)を食べている荒れた様子の「わざわい」禍(か、わざわい)は伝説上の生物、怪獣である。災禍を生み出す存在であると言われている。禍獣、禍母(かも、かぼ)とも。仏教経典のひとつ『旧雑譬喩経』にある説話に出て来るもので、何一つ災禍の存在しない豊かな国の王が「わざわい(禍)というものがこの世にはあるらしい、見てみたいのでこれを求めて来い」と家臣たちに命じて探索させたところ、...

    ウラジーミル・レーニンは、ドイツのスパイである

    ウラジーミル・イリイチ・レーニン(ロシア語: Влади́мир Ильи́ч Ле́нин、1870年4月22日 – 1924年1月21日)は、ロシアの革命家、政治家。本名はウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ(Влади́мир Ильи́ч Улья́нов)1870年、ヴォルガ河畔のシンビルスクにて、アストラハン出身の物理学者イリヤ・ニコラエヴィチ・ウリヤノフとドイツ・スウェーデン系ユダヤ人のマリア・アレクサンドロヴナ・ブランクの間に生まれる。戦後の日本人は、...

    問) 世界史の奇跡と言われる「歴史的なできごと」は?

    ☆【これは奇跡】そらに忠実すぎる「プーさん」の雲が浮かぶ!これは誰がみても・・・奇跡(奇蹟、きせき、英: miracle)は、神など超自然のものとされるできごと。人間の力や自然法則を超えたできごととされること。戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、客観的に情勢を判断する必要があ...

    ペリーの黒船来航(1853年)の8年後の、とある出来事

    サムター要塞の戦いが南北戦争の端緒になった。奴隷解放宣言(どれいかいほうせんげん、英: Emancipation Proclamation)は、 アメリカ合衆国大統領であったエイブラハム・リンカーンが、南北戦争中である1862年9月、連邦軍の戦っていた南部連合が支配する地域の奴隷たちの解放を命じた宣言をいう。連邦側から脱退していなかった境界線辺りの奴隷州と、すでに連邦軍に制圧されていた地域はこの宣言の対象外とされた。戦後の日本人...

    ペリーの黒船来航(1853年)の13年前の、とある出来事

    清軍ジャンク船を沈めていくイギリス軍艦阿片戦争(アヘンせんそう、英: First Opium War)は、19世紀前半に清へのアヘン密輸販売で巨利を得ていたイギリスと、アヘンを禁止していた清の間で1840年から2年間にわたり行われた戦争である。イギリス軍の鎮江攻略戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認...

    絶対に「切腹できない」のが左翼リベラル ~ 責任を取らない人々

    切腹用に用意された短刀切腹(せっぷく)は、自分の腹部を短刀で切り裂いて死ぬ自殺の一方法。腹切り(はらきり)・割腹(かっぷく)・屠腹(とふく)ともいう。主に武士などが行った日本独特の習俗。外国でも日本の風習としてよく知られ、hara-kiriやseppukuとして辞書に載っている。江戸時代末期の切腹の様子。戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けてい...

    「寄せ鍋」は、16000年前からの日本の伝統です

    寄せ鍋(よせなべ)は、鍋料理の一つである。汁を入れた鍋に野菜や魚介類などの様々な材料を入れて煮込むものであり、地方毎に出汁や具材が異なり、多様な種類が存在する。戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、客観的に情勢を判断する必要があります。それでは、この書物を見ていきまし...

    すでに2万年前に、津軽海峡を行き来していた日本人

    竜飛崎。海の向こうに北海道がはっきり見える。津軽海峡(つがるかいきょう)は、北海道南端(道南)と本州北端(青森県)との間にあって、日本海と太平洋とを結ぶ海峡。東西は約130km、最大水深は約450m。本来は日本の領海に編入することができるが、中央部は公海(但し日本の排他的経済水域。また、下を通る青函隧道は日本の領土)のまま残されており、外国船舶の通航に利用される(所謂)国際海峡である。これについて、日本政...

    5000年前の日本人が、北海道と青森県の間を船で輸送していたモノ

    宮崎神宮御神幸列圖(1940年)宮崎神宮の大祭(みやざきじんぐうのたいさい)は10月26日に催行され、例祭後最初の土曜日・日曜日に御神幸祭が宮崎市内で行われる。特に御神幸行列と神賑行列から成る御神幸祭は神武さま(祭神の神武天皇の意)と称され、宮崎県下最大の祭事として親しまれている。御神幸祭は五穀豊穣を祝う目的も兼ねる。現在の主催は宮崎神宮御神幸祭奉賛会(宮崎商工会議所)。御神幸祭の観客数は2日間で約15万5,0...

    習近平も金正恩も、スペイン語の「マラーノ(marrano)」です

    ブタ(豚、英名:pig)とは、哺乳綱鯨偶蹄目イノシシ科の動物で、イノシシを家畜化したものである。中東イノシシの家畜化は、8,000年以上前からユーラシア大陸の東西で行われ、各地で独立に家畜のブタが誕生したと考えられている。今はイスラム圏となった古代オリエントや古代エジプトでも豚を食用としていた。古代エジプトではブタを飼う民は賤民とされていたことが、エジプトを脱出した古代イスラエル人と、その宗教を受け継いだ...

    日本の癌である「リベラリズム」も「共産主義」も、その根っこは「ユダヤ教」なんです

    宗教(しゅうきょう、英: religion)とは、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり、また、その観念体系にもとづく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである。日本語の「宗教」という語は、仏教学者の中村元によると、仏教に由来する。仏教において、「宗の教え」、つまり、究極の原理や真理を意味する「宗」に関する「教え」を意味しており、仏教の下位概念として宗教が存在していた。幕末...

    カルヴァン主義と、オランダの「乞食」

    『人間の堕落』 ヤーコブ・ヨルダーンスカルヴァン主義(カルヴァンしゅぎ、Calvinism)とは、すべての上にある神の主権を強調する神学体系、およびクリスチャン生活の実践である。 宗教改革の思想家ジャン・カルヴァンにちなんでカルヴァン主義と名づけられている。このプロテスタントのキリスト教は、改革派の伝統、改革派信仰、改革派神学と呼ばれる。 今日、この語はカルヴァンが初期の指導者であった改革派教会の教理と実...

    【問題】 次の中で、「天才」は誰?  ①織田信長 ②豊臣秀吉 ③徳川家康

    天才(てんさい/genius)とは、天性の才能、生まれつき備わった優れた才能(生まれつき優れた才能を備わった人物)のことである。天才は、人の努力では至らないレベルの才能を秘めた人物を指す。天才は、極めて独自性の業績を示した人物を評価したり、年若いのに、あまりに高い才能を示した人への賛辞的形容に使われる。戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し...

    日本の鎖国中、貿易を許されていた「オランダ」って、いつ頃に出来た国でしょう?

    『オルレアン包囲戦におけるジャンヌ・ダルク』ジュール=ウジェーヌ・ルヌヴー作、1886年 - 1890年。オルレアン包囲戦(Siege of Orléans)は、イングランドとフランスの百年戦争においてターニングポイントとなった、フランスのオルレアンで1428年10月12日から1429年5月8日にかけて起きた戦闘である。この包囲戦は、ジャンヌ・ダルクの主要な軍事行動における最初の勝利であり、1415年にアジャンクールの戦いで敗れた後のフラン...

    「織田信長」を知らない、私たち日本人

    南蛮人(16-17世紀、狩野内膳画の南蛮屏風より)16世紀、ポルトガルとスペインのイベリア半島諸国が、インドから東南アジア一帯の港湾都市や島嶼域の貿易拠点の一部に植民地を得て、交易圏を日本にまで伸ばしてきた。これらの諸国と日本との南蛮貿易が始まると、貿易によってもたらされた文物を「南蛮」、「南蛮渡来」と称するようになった。やがて、本来は人に対する蔑称であった「南蛮」が、侮蔑語というよりは、異国風で物珍し...

    昔から、私たち日本の女性は、「逞(たくま)しい」 ~ 女性優位の日本

    吉原遊廓(よしわらゆうかく)とは、江戸幕府によって公認された遊廓である。始めは江戸日本橋近く(現在の日本橋人形町)にあり、明暦の大火後、浅草寺裏の日本堤に移転し、前者を元吉原、後者を新吉原と呼んだ。元々は大御所・徳川家康の終焉の地、駿府(現在の静岡市葵区)城下にあった二丁町遊郭から一部が移されたのが始まり。1932年の吉原の様子戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメ...

    日本人が、本当の江戸時代を知らない理由 ~ 「遊郭」の例

    鳥居清長『美南見十二候 六月 品川の夏(座敷の遊興)』 天明4年(1784年頃)遊廓(ゆうかく)は、公許の遊女屋を集め、周囲を塀や堀などで囲った区画のこと。成立は安土桃山時代にさかのぼる。別称として、廓(くるわ)傾城町(けいせいまち)ともいう。広義には、芸妓を含んだ花街(はなまち、かがい)や、色里(いろさと)、遊里(ゆうり)、色町(いろまち)など私娼街も含めた通称である。「廓」は「城郭」と同じで、囲われた...

    8000年前から、「オシャレ」だった日本人

    東名遺跡 (巨勢川調整池内の貝塚。盛土保存されている)東名遺跡(ひがしみょういせき)は、佐賀県佐賀市金立町大字千布にある縄文時代早期末葉の遺跡で、集落遺跡と貝塚からなる。動物遺存体のほか日本最古級の編みかご、櫛、木製皿などの植物遺存体が出土した低湿地遺跡で、2016年に国の史跡に指定されている。幾何学模様が描かれた鹿角製装身具☆東名遺跡解説パンフレット(H25-改訂版)戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わ...

    日本国を滅ぼしたい人たちの望みをかなえるためには、何をすればいい?

    日本共産党(にほんきょうさんとう、英語: Japanese Communist Party)は、日本の政党。科学的社会主義を党是とする。当面は対米従属と大企業の支配に対する民主主義革命を、将来的には社会主義的変革を目指すとする。2017年1月現在約30万人の党員を抱え西側諸国で最大規模の共産党となっている。綱領では、日本国憲法の天皇条項について、「民主主義の徹底に逆行する弱点を残した」との批判と、「天皇は「国政に関する権能を有し...

    世界最長不倒の記録

    不倒 : 倒れないこと。「最長-距離」戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、客観的に情勢を判断する必要があります。それでは、この書物を見ていきましょう!『 平成28年8月8日、【陛下のおことばから、何かが静かに動き出した】ようです。… こちらもご参照❤↓☆天皇陛下のおこと...

    「月」と「暦」

    暦(こよみ、れき)とは、時間の流れを年・月・週・日といった単位に当てはめて数えるように体系付けたもの。「こよみ」の語源は、江戸時代の谷川士清の『和訓栞』では「日読み」(かよみ)であるとされ、定説となっており、一日・二日...と正しく数えることを意味する。ほかに、本居宣長の「一日一日とつぎつぎと来歴(きふ)るを数へゆく由(よし)の名」、新井白石は「古語にコといひしには、詳細の義あり、ヨミとは数をかぞふ...

    今日は何の日? → 「春分の日」 → それでは、何をする日なのでしょう?

    彼岸(ひがん)は雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた各7日間(1年で計14日間)である。この期間に行う仏事を彼岸会(ひがんえ)と呼ぶ。最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」(あるいは地方によっては「はしりくち」)と呼ぶ。俗に、中日に先祖に感謝し、残る6日は、悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目「六波羅蜜」を1日に1つずつ修める日とされている。日本で彼岸に供え物として作られる...

    幕末・明治に日本人が命懸けで造り上げたもの、それが「憲法」です ~ 薩摩藩と「富山の薬売り」

    富山の売薬(とやまのばいやく)とは、古くから富山県にある医薬品配置販売業の通称である。創業当時、新たな売薬販売の市場に加わる富山売薬は他の売薬と同一視されないような販売戦略をしなければならなかった。当時は200年にわたる戦国の騒乱も終わり江戸幕府や全国の諸藩は救国済民に努め、特に領民の健康保持に力を入れていた。しかし疫病は多発し、医薬品は不十分だった。医薬品販売も室町時代から続く売薬はあったものの店...

    幕末・明治の日本を動かした長州と日本神話との関わり

    戊辰戦争での長州藩の旗長州藩(ちょうしゅうはん)は、江戸時代に周防国と長門国を領国とした外様大名・毛利氏を藩主とする藩。藩庁は長く萩城(萩市)に置かれていたため、萩藩(はぎはん)とも呼ばれた。幕末には周防山口の山口城(山口政事堂)に移ったために、周防山口藩(すおうやまぐちはん)と呼ばれる事例もでてきた。一般には、萩藩・(周防)山口藩時代を総称して「長州藩」と呼ばれている。幕末には討幕運動の中心とな...

    「たった一人の権利を、国家の総力をあげて守る」ということ

    北朝鮮による日本人拉致事件(きたちょうせんによるにほんじんらちじけん)とは、1970年代から1980年代にかけて、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員や土台人、よど号グループなどにより、多数の日本人が、日本から極秘裏に、北朝鮮に拉致された国際犯罪事件である。戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的な立場に...

    朴槿恵をクビにした憲法裁判所の、とあるモノ ~ 古より支那・朝鮮が憧れる私たちの日本

    大韓帝国において行政機関とは別個の司法機関が設けられたのは、甲午改革(1894年)及び乙未改革(1895年)によるものが最初であった。日本からの独立後、大韓民国においては、大韓民国第一共和国憲法の導入と独立国家としての大韓民国の組織化に至った。大韓民国が存在している間に、憲法は何度か修正され、あるいは改正された。直近の改正は1987年の第六共和国 (大韓民国)創始時になされたものである。戦後の日本人は、正しい歴...

    日本人ではない民進党の代表について、教育勅語の12の徳目で「採点」してみる!

    常用漢字(じょうようかんじ)は、日常生活において現代日本語を書き表す場合に使用する目安として日本政府より選定された漢字である。現在は2136字が選定されている。人名用漢字(じんめいようかんじ)は、日本における戸籍に子の名として記載できる漢字のうち、常用漢字に含まれないものを言う。法務省により戸籍法施行規則別表第二(「漢字の表」)として指定されている。「蓮」と「舫」は2017年時点で常用漢字に選定されていな...

    『失敗の本質』を読んで理解した気になる ← これが、「失敗の本質」です

    『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(しっぱいのほんしつ にほんぐんのそしきろんてきけんきゅう)は、社会科学面での旧日本軍の戦史研究。6名の研究者(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎)による共著。その内容の一部については批判もある。例えば森本忠夫は物質的・技術的格差を重視する立場を取っており、本書でのレイテ海戦への評価について、組織論に重きを置きすぎ、日本側に勝機があった...

    「日本神話」と「ギリシャ神話」と「ユダヤ神話」

    ヴィーレンドルフのビーナス像地母神(じぼしん、ちぼしん)、母なる神(ははなるかみ)は一般的な多産、肥沃、豊穣をもたらす神で、大地の豊かなる体現である。「大地の母」として描かれる。『縄文のビーナス』 縄文中期の代表的な土偶。長野県棚畑遺跡出土。明治初年の妊婦の写真戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的...

    アメリカが分裂している最も大切なポイント

    エスタブリッシュメント(英語: Establishment)とは、「社会的に確立した体制・制度」やそれを代表する「支配階級」を言う。戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、客観的に情勢を判断する必要があります。それでは、この書物を見ていきましょう!『 【日本神話の戦争と対照的なのがユ...

    「時代おくれ」  20世紀的な考え方しかできない・・・それが「パヨク」です(笑)

    「時代おくれ」(じだいおくれ)は、河島英五のシングルレコードである。1986年8月27日発売。発売元はCBS・ソニー。戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、客観的に情勢を判断する必要があります。それでは、この書物を見ていきましょう!『 【本書は日本の歴史について語る本】である。...

    『海行かば』  ~ 「万葉集」と大伴家持とウナギ

    富山県高岡市の高岡駅前広場の大伴家持像大伴 家持(おおとも の やかもち、養老2年(718年)頃 - 延暦4年8月28日(785年10月5日)は、奈良時代の貴族・歌人。大納言・大伴旅人の子。官位は従三位・中納言。三十六歌仙の一人。小倉百人一首では中納言家持。『万葉集』の編纂に関わる歌人として取り上げられることが多いが、大伴氏は大和朝廷以来の武門の家であり、祖父・安麻呂、父・旅人と同じく律令制下の高級官吏として歴史に名...