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     >  国史 >  ナチスの勃興を招いた “ドイツ” の “財政緊縮” 政策

    ナチスの勃興を招いた “ドイツ” の “財政緊縮” 政策

    A storm is coming 59

    本日のキーワード : 緊縮財政、ナチス、財務省・日銀、マスコミ



    緊縮財政政策(きんしゅくざいせいせいさく)もしくは緊縮財政(きんしゅくざいせい、英:austerity measures, fiscal consolidation, fiscal austerity)とは政府支出の削減や増税といった手段で政府の財政を均衡させる試みのこと

    政府支出はそれ自体がGDPの主要な構成項目でありまた増税は民需を縮小させるため緊縮財政は総需要を圧迫しGDPの毀損やGDP成長率の鈍化につながる可能性が高い緊縮財政はGDPや税収を減らす効果が強いため緊縮財政を実行したからといってその目的の通り財政赤字や政府債務残高の減少や抑制が達成されるとは限らない



    本日の書物 : 『 脱GHQ史観の経済学 エコノミストはいまでもマッカーサーに支配されている』 田中 秀臣 PHP研究所



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 【中国共産党】という【独裁体制】【経済的威光が “戦後 (※アフター・コロナの世界)” 高まってしまうこと】は、我々の【自由世界にとってまさに脅威】である。特に “戦後” 、中国の経済力が欧米よりも増してくるならば、【おカネで顔を叩かれてついていく国家、国際機関、マスコミなどは増えていく】かもしれない。これもまた我々の【自由を重んじる世界の脅威】である

     ではどうすればいいか。経済学者の立場でいえることは、一つだけだ。【日米欧が経済再生のために全力を尽くすこと】である。

     【ただし日本の経済政策には大きな問題がある】。獅子身中の虫ともいうべき【 「緊縮病」 】であるこの緊縮病はある意味で【新型コロナウイルス以上に日本で猛威を振るってきた】



     感染症を含む公衆衛生学の専門家たちが、【不況期に自死に至ったり、躁鬱病などで苦しむ人たちがなぜ多いのか】研究した。

     その結果は、【不況の時に政府が十分に経済政策をしないことが原因】であることが明るみに出た (デヴィッド・スタックラー&サンジェイ・バス 『経済政策で人は死ぬか?』 草思社)。日本でも長期停滞の間失業率と自殺者数は密接に関係していた政府と日本銀行が不況を放置していると失業率が下がらない社会的な居場所をなくした人たちが失望ゆえに自死を遂げてしまう実際に 「失われた 20 年」 の間に【政府と日銀の緊縮政策で、失われた人命は数万人に及ぶ】だろう。緊縮病の恐ろしさは明白だ。

    経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策 



     だが【この緊縮病は、政治家、官僚 (特に財務省、日本銀行)、マスコミ、財界などでいまも勢力を維持】している。現在の日本経済は、新型コロナ危機に対応してそれなりに大規模な経済政策を行っている。だが、他方で【 「財政危機」 を煽り、コロナ終息後の増税を声高に主張する政治・マスコミ勢力も目立つ】。…

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    経済学101

     このようなパンデミックや経済危機が重なる状況で【政府が緊縮政策を採用してしまうと、政治的な分断や極論がはびこってしまう】。ボッコーニ大学のデヴィッド・スタックラー教授らは、最近の論説【 「財政緊縮とナチスの勃興」 】の中で、【 1930 年代初期のドイツにおける財政緊縮が、ナチスの勃興を招いた】と実証的に指摘している。』

    日の丸

    超正統派ユダヤ人専用の旅行代理店


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、財務省・日銀を中心とした “無能官僚” や、その庇護の下でデタラメな言説を振りまく “似非経済学者”、同様に飼い慣らされる“家畜としてのマスコミ業界”が、占領期のGHQの誤った経済政策= “不況期の緊縮政策”「金科玉条」 (この上なく大切にして従うべききまり。金や玉のように立派な法律。)の如く妄信して止まない現状について、その歴史的な流れを紐解きながら如何に彼らが 「自ら思考して判断する能力が欠落している連中」 であるのかを分かりやすく解説された良書となります。

    読書7-71

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    satesatesate.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 624,745(624,205)÷37,230,267(37,118,391)=0.0167・・・(0.0168) 「1.67%(1.68%)」
    satesatesate1.jpg

    イタリア : 128,634(128,579)÷4,464,005(4,456,765)=0.0288・・・(0.0288) 「2.88%(2.88%)」
    satesatesate2.jpg

    日本 : 15,553(15,527)÷1,232,491(1,207,335)=0.0126・・・(0.0128) 「1.26%(1.28%)」
    satesatesate3.jpg






    唐娟と閻麗夢 明暗分けた2人のエリート女子

    FBIに拘束された唐容疑者と香港から米国へ亡命した閻氏。二人とも女子優等生だった。一人は体制内にいて、党の言うことを聞き、事件を起こした際、中国領事館に助けを求めたが、結局見捨てられた。もう一人は体制から離脱し、全体主義に反対する立場を選び、自由世界からの尊重を得ている。二人の異なる選択は、異なる運命の結末を定めており、今日の世界で中国共産党を滅ぼす背景の下で、誤った道を選択しないように、私たちに強く警鐘を鳴らしている。











    egdusyed.jpg
    【日本語訳】 U.S. DEPARTMENT of STATE / Fact Sheet : Activity at the Wuhan Institute of Virology  (米国務省 / ファクトシート : 武漢ウイルス研究所での活動)

    さて、これまで、ドイツで生まれた「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」出発点として、その後人為的に造り出された “幻想” であるところのマルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想を経て、ソ連崩壊とともに死滅したかに思われたものの現在に至るまで一貫して受け継がれていく “信仰” が存在していて、その根底にあるユダヤ・キリスト教的な 「贖罪(しょくざい)」 の意識により、さまざまな “アイデンティティ” を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物として “罪” を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になっているそんな 「極左おパヨク」 に繋がる一連の系譜について確認して参りました。



    ここで御理解頂きたいのは、そんなおバカな 「極左おパヨク」 は、飽くまでも、ある連中が果たそうとしている、ある目的の達成のための道具でしかないということです。

    その目的とは、さまざまな “アイデンティティ” を意図的に粗製濫造することで、社会分断を行い到底達成不可能な目標である “平等 (equality)” を強要(←全人類の均一化・同質化などは不可能であることは自明です!)し、多くの人々に対して自己抑圧的な態度の徹底を促し(←これが、ポリコレw)、人々の “自由” を奪う極めて権威主義的な統制社会の再構築を目指す、というものです。

    では、なぜそれを目指そうとするのでしょうか?

    それは、「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」のもとである連中にとって非常にコントロールしやすい社会が構築できるからです。

    ポイント 女性

    その「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」については、これまたドイツ出身の社会学者・歴史学者であり、マルクス主義者で、エリート理論の信奉者で、ファシズム(全体主義者)でもあったロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)提唱した仮説である 『寡頭制の鉄則』 (iron law of oligarchy)について確認をしてきましたが、そこにもやはり「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」の影響を見ることができました。

    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)
    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)

    この「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」同根の言葉「オリガルヒ(oligarch)」 というものがあります。現代のロシアに見られるもの(ロシアに限ったものではありませんがw)ですが、いまから数十年前にマルクス主義が生み出した “社会主義・共産主義の幻想” が瓦解・崩壊する過程で作り出されたもので、その理解を一層深めるために少し視点を変えてウクライナにおけるユダヤ人に焦点をあてて次の論文を参照しながら考えているところとなります。

    gdytesoka.jpg
    『ウマン巡礼の歴史 : ウクライナにおけるユダヤ人の聖地とその変遷』 赤尾 光春



    それでは早速、続きを見て参りましょう。

    『 3.ウマン巡礼の歴史

    3 - 3 復活期 (1985 - 2001)

     ・・・大衆巡礼を円滑に運ぶ上でとりわけ顕著な役割を果たしているのが「義人たちの道」 [Derekh Tsadikim] のような超正統派ユダヤ人専用の旅行代理店である。これらの代理店は、イスラエルの主要都市をはじめ世界各地に支店を広げつつ、航空券やホテルの予約、ヴィザ取得、コシェル料理 [kosher] (123) の仕出し、シャトルバスの手配など巡礼者のニーズに応えている。巡礼期間中には、今ではイスラエルのエル・アル航空とウクライナのアエロ・スヴィート航空の各社がチャーター便を飛ばし、大量の巡礼者を現地に送り届けている。巡礼経路としては、イスラエルをはじめ世界各地から、キエフ、オデッサ、キシニョフ、ワルシャワまでを空路、各空港からは陸路でバスのチャーター便を利用する (124)。

     ウーマニへの接近がこのように容易になったことで巡礼の性格は著しく変貌した

     巡礼の参加者がまず圧倒されるのは巡礼者の多様性であるナフマン廟の整備に当たっている現地のユダヤ人監督官 (125) の話によれば正確な数字は出せないが、出身共同体 [’eda] (126) の比率に関していえばアシュケナジーム 6 割に対しスファラディームが 4 割 (その内約 1 割がイエメン系) を占めているということであった (127)。筆者の個人的な印象によれば、実際にはスファラディームは過半数以上であるように感じられた (128)。中でも、ブレスラフ・ハシディームのシンパを含むバアレイ・チュヴァー (129) が最も大きな部分を占めており、それに比して、明らかに超正統派ユダヤ人層に属する、旧来のブレスラフ・ハシディームは、恐らく数千人にも満たないのではないかとさえ思われた。また、非ブレスラフ系のハシディームやリトアニア系の 「反対派」 (130) など、非ハシディーム系の超正統派ユダヤ人がいるかと思えば、好奇心からやって来ている者も少なくなかった。


    注 (6)
     ハシディズムは、ユダヤ教神秘主義カバラ [kabbala] の流れを汲み、祈り、歌、踊りといった非知性的な活動に重きを置く一方、禁欲主義的な生活を送ることで知られる。この性格は、リトアニアを中心に東欧で主流だったラビ・ユダヤ教の、タルムードの解釈を最重要視する知性偏重型とは著しい対照をなす。当時のラビ・ユダヤ教については、権力機構との癒着やエリート主義など信仰の形骸化がしばしば指摘されるが、ハシディズムの出現は、その批判・対抗勢力であった側面が強い。一方、「ヴィルナの碩学」 [Vilna Gaon] こと Rabbi Elijah ben Solomon Zalman (1720 - 1797) 率いるリトアニア系ユダヤ人 [Litvakes] は、ハシディズムに対する 「反対派」 [Misnagdim] 陣営を形成し、ハシディズムをその発生以来異端視し、度々破門宣告を出したばかりでなく、帝政ロシア当局に密告することも辞さなかった。

    注 (8)
     中世以来、ライン川上流地域(現在のドイツ西南部)のことをユダヤ人は ashkenaz と呼び慣わしてきた。そこから東欧を経て世界各地へ移動を繰り返してきた、元来イディッシュ語を母語としたユダヤ人の末裔全体を総称してアシュケナジームと呼ぶ。注 20 を参照。

    注 (20)
     中世以来、ユダヤ人は現在のスペインに当たる地域を sfarad と呼び慣わしてきた。スファラディームとは、元来は 1492 年にスペインから追放されたユダヤ人の末裔のことを指すが、現在ではイスラム諸国出身のユダヤ人を総称する場合が多い。注 8 を参照。

    注 (21)
     「悔い改めし者」 とでもいった意味で、世俗的な生活からユダヤ教に基づく生活へと回帰したユダヤ人のことを指す。

    注 (123)
     ユダヤ教の食餌規定に適合した食べ物や料理。

    注 (124)
     ワルシャワからの便は、ウーマニへの途上、マイダネク強制収容所跡、他の有名な義人の墓があるレジャイスク、メジボジ、ベルディーチェフなどを経由する半日以上の長旅となる。72 頁及び文末の地図を参照。

    注 (125)
     Bila Tserkva 出身の青年で、イスラエルで数年間ユダヤ教を学びはしたが、彼自身はハシディームの一人ではない。週末以外にはウーマニで過ごし、ブレスラフ世界会議側の現地監督官の指導のもと、ウクライナ人労働者や警備員への直接の指示にあたっている。

    注 (126)
     「礼拝集団、信徒会衆」 [congregation] にあたる語で、ユダヤ人社会における擬似エスニシティーともいえる範疇。注 8 及び 20 を参照。

    注 (127)
     監督官にこの割合の根拠を尋ねると、祈祷に割り当てられている空間 (席) から割り出された数字からとのことである。アシュケナジーム、スファラディーム、イエメン系ユダヤ人の三者は、祈祷の伝統が互いに異なるため、別々の祈祷所を与えられている。アシュケナジームにはクロイズ二階の大ホール、スファラディームにはクロイズ一階の小ホールとナフマン廟の外部の広場、イエメン系ユダヤ人にはナフマン廟の内部が、それぞれ公式の祈祷所として割り当てられている。

    注 (128)
     スファラディームに割り当てられた空間は常に満員状態であり、大多数の巡礼者は終始立ち通しを余儀なくされていた。ナフマン廟の外の広場で祈っていた先唱者 [hazan] は、始終施設の拡充の必要性を訴え、アシュケナジーム主体のブレスラフ世界会議を暗に批判していた。

    注 (129)
     注 21 を参照。

    注 (130)
     注 6 を参照。 』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。









    続きは次回に♥




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