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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  国際 >  自由民主主義国で全体主義を推し進める悪玉は誰???

    自由民主主義国で全体主義を推し進める悪玉は誰???

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    本日のキーワード : ポリコレ、全体主義



    ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness、略称:PC、ポリコレ)とは、性別・人種・民族・宗教などに基づく差別・偏見を防ぐ目的で、政治的・社会的に公正・中立な言葉や表現を使用することを指す「政治的妥当性」「政治的公正」「政治的適正」「政治的正当性」「政治的正義」などの訳語も使われるが、その本質はヒトラーのナチススターリンのソ連と同じ「全体主義」思考に基づく一政策

    本日の書物 : 『米中ソに翻弄されたアジア史 カンボジアで考えた日本の対アジア戦略』 江崎 道朗、福島 香織、宮脇 淳子 扶桑社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 【インドシナ】は、【インドとシナの中間地域だからインドシナという】わけだが、【インドシナ半島の大部分】は、【歴史的には古代インド文明の影響を強く受け】ており、【シナ文明の影響下にあったのは、独りベトナム、それも長い間、今のベトナム北部だけ】だった。

    インドシナ周辺

    インドシナ半島には南北に、西からアラカン山脈、テナセリム山脈、チョンソン山脈(アンナン山脈)などがそびえており、その間を、西からイラワジ(エーヤワディ)川、サルウィン川、チャオプラヤー川(メナム川)、メコン川、ホンハ(紅河)という大河が流れている。現在のベトナムではホンハをソンコイ川と呼ぶ。チャオプラヤー川だけがタイ領内に源を発し、残りはすべて、今では中国領である雲南からチベットに源流がある。

    インドシナ周辺1

    大河の中・下流部には大平野が発達し、人々に絶好の生産の場を提供し、やがてそこに国家が形成されるのだが、これらの沖積平野群が、立ちはだかる山脈のために分断され、孤立した存在に押しとどめられたことが、東南アジア大陸部に統一国家が成立しなかった理由であると、石井光雄先生は言う(『世界の歴史14 インドシナ文明の世界』講談社、3頁)。

    インドシナ半島で話されている代表的な言葉には、チベット・ビルマ語、タイ・カダイ語、モン・クメール諸語を含むオーストロアジア語がある。クメール語はカンボジア語のことであり、ベトナム語はこのモン・クメール諸語の一つである。このほかにも【インドシナ半島】ではたくさんの言葉が話されてきたので、【「東洋のバルカン半島」】と呼ぶ学者もいる。』

    日の丸

    「愚民は黙れ!賢者に従え!」 → これがポリコレ全体主義の正体


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、いわゆる東南アジアの大陸側の近現代史に焦点をあてた書物で、特にカンボジアを中心に、その周辺地域を含めた「インドシナ」における歴史の大まかな流れを理解することができ、また、今回のアメリカ大統領選挙の混乱からも分かるようにソ連・コミンテルンとその下部組織である中国共産党(CCP)がこの地域において如何に水面下で暗躍していたのか理解できるお勧めの良書となります。

    読書 4-73

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

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    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 257,072(256,638)÷12,305,621(12,207,135)=0.0208・・・(0.0210) 「2.08%(2.10%)」
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    イタリア : 50,453(49,823)÷1,431,795(1,408,868)=0.0352・・・(0.0353) 「3.52%(3.53%)」
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    日本 : 1,949(1,943)÷134,554(133,034)=0.0144・・・(0.0146) 「1.44%(1.46%)」
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    目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画 

    さて、ここからは昨日の続きになりますが、カール・マルクスユダヤ人に対する偏見・ヘイトから生じたイデオロギーである「マルクス主義」は、その後も表向きの形を変ながら現代においても“辛うじて”生き残っていますが、


    デヴィッド・ハーヴェイ
    デヴィッド・ハーヴェイ

    新自由主義―その歴史的展開と現在 

    例えば、デヴィッド・ハーヴェイマルクス主義の地理学者で、いわゆる「新自由主義」を誤った解釈に基づいて批判した人物で、

    官僚たちが、民間企業の活動をあれこれと指図する「規制」は、本当に必要ですか?



    以前にも書かせて頂きましたが(→「新自由主義」の本質が理解できない人々の主張 → 「弱肉強食」「大きな政府から小さな政府への展開」「ハイエクガー」)、「全体主義の脅威」を目前にした自由主義体制側の“自由主義再生の潮流”こそが「新自由主義」と呼ばれるもので、それは「国家の法的介入」に関心を寄せた自由主義体制側の変革になります。このデヴィッド・ハーヴェイ定義するところの「デヴィッド・ハーヴェイの新自由主義」「マルクス主義」から生じているものであり(→日本の官僚たちの理想は、「行政国家」です! ~ 「官僚の、官僚による、官僚のための政治の実現」)、より正確に言うとレフ・トロツキーが批判していたものと同じであり(→“自由全体主義” ~ 新自由主義(ネオリベラリズム)のはじまり )、トロツキー以後の西欧の「トロツキー主義左翼(反スターリン主義的マルクス主義者)」がほぼ共有する考え方になります(→現代の“ハルマゲドン” ~ 「おパヨク」 V.S. 「自由」)。

    女性 ポイント ひとつ

    で、「デヴィッド・ハーヴェイの新自由主義」ではない本来の「新自由主義」について、次の論文を読み進めることで確認して参りたいと思います。

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    『マネタリズムと新自由主義』山田久

    それでは早速、昨日の続きを見て参りましょう。

    『 「マネタリズム」と「新自由主義」との出会い

     ・・・当時はどこの大学も学生運動が盛んでした立教大学もなぜか文学部フランス語学科から火の手が上がり瞬く間に全学に燃え広がりついに全学ロックアウトになりました筆者はロックアウトされた大学の正門の前を素通りして、近くのマンションにある西山先生の個人研究室に毎日通っていました。仕事をしたり、自主ゼミを開いたりして、非常に充実した日々を送りました。かといってノンポリ学生というわけではなく、ハイエクの The Road To Serfdom やフリードマンの Capitalism and Freedom に触発された新米の「新自由主義者」になりつつありました








     西山研究室で勉強している間に、西山先生が招待した米国の経済学者たちにお会いすることができました。のちにその先生がたに大変お世話になることになります。フリードマン先生以外では、グレッグ・ルイス先生(H. Gregg Lewis、1914-1992 年) 、筆者が 1973 年にシカゴ大学経済学部の Ph.D. 課程に入学を許可された時の Director of the Graduate Program でした。ブロンフェンブレンナー先生(Martin Bronfenbrenner、 1914-1997 年)は,来日時はカーネギー・メロン大学の教授で青山学院大学の訪問教授でした。のちにデューク大学で筆者の恩師となり、筆者の博士論文審査会の委員長を務めてくださいました。先生は数多くの博士論文審査会の委員を務められましたが、委員長は極めて稀であると、親しい先生から言われました。先生は 5 大陸 7 か国の大学で教鞭をとったことで有名です。また、1971 年に当時ニクソン政権の大統領経済諮問委員長であったマクラッケン先生(Paul W. McCracken、 1915-2012 年)にお会いできたことも記憶に残っています。ニクソン政権はなぜ物価賃金統制令を公布したのかと、失礼な質問をしたのに、丁寧に答えていただいたことがありました。

     ベッカー先生(Gary S. Becker、 1930-2014 年、1992 年にノーベル経済学賞受賞)は、1971 年秋に 2 人のご令嬢と訪日され、1972 年の 1 月まで滞在されました。筆者は 3 人を京都旅行へ案内するように命じられました。ベッカー先生は「人的資本論」の権威で、シカゴ大学ではフリードマン先生と並ぶ巨頭でした。シカゴ大学への推薦状を書いていただきました。またシカゴ大学時代の筆者のアカデミック・アドバイザーにもなってくださいました。』


    資本主義・社会主義11

    それでは本日の最後になりますが、昨日に続きまして、アイザイア・バーリンが提唱した「消極的自由」(~からの自由)「積極的自由」(~への自由)について語った、1958年10月31日にオックスフォード大学での就任講演の内容を御紹介させて頂きたいと思います。

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    アイザイア・バーリン
    アイザイア・バーリン

    自由論【新装版】 

    これ 女性

    『 二つの自由概念

    サラストロの神殿

     ・・・これと同じ態度はオーギュスト・コントによってもはっきりと表現されている「われわれは化学なり生物学なりにおいては自由気儘な思考を許さないが、それならどうして道徳や、あるいは政治においてもそれを許すべきであろうか」と、彼は問う。


    オーギュスト・コント
    オーギュスト・コント

    もし政治的真理ということを口にすることが ―― すべての人間が、人間なるがゆえに、いったん発見されたら同意せざるをえないような社会的目的を言明することとして ―― 意味をもちうるならばそしてまたコントが信じていたように化学的な方法がやがてはそういう政治的真理を明らかにするのであるならば言論の自由とか行動の自由 ―― たんに個人ないし集団を刺激する知的な風土としてではなく、少なくとも自己目的としての ―― に訴えるべきいかなる問題があるであろうか適当な専門家によって認可されていないような行為がどうして容認さるべきであろうか



    コントは古代ギリシアの始め以来合理主義的な政治理論に潜在していたところのものをあからさまにとり出してみせる。原理的には、正しい生き方というものは一つしかありえない賢者はおのずからにその生き方をしているそれこそが賢者たる所以なのだ



    賢者ならざる者は賢者の掌中にあるすべての社会的手段によってその生き方へと引っぱってゆかれねばならない。どうして明々白々たる誤謬が生きながらえ、繁殖するにまかされる必要があろうか。




    未熟・未教育なひとびとは自分にこういい聞かせるようにされなければならない ―― 「わたくしを解放し自由にしてくれるのは、ただ真理だけなのだ。わたくしがその心理を学びとる唯一の方法は、心理を知っているあなたが、こうしてのみわたくしはあなたの明知に到達し、あなたと同じく自由になると確実に知って、わたくしに強制することを、今日盲目的に実行することだけなのだ」と。』

    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。










    続きは次回に♥




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