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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  国際 >  中国共産党(CCP)がアメリカに輸出する「文化大革命」

    中国共産党(CCP)がアメリカに輸出する「文化大革命」

    造反有理 東京大学

    本日のキーワード : 造反有理、文化大革命、文革



    造反有理(ぞうはんゆうり)とは、中国語で「造反に理有り」(謀反にこそ正しい道理がある)の意で、「革命無罪」と並び中華人民共和国の文化大革命で紅衛兵が掲げたスローガンである

    造反有理 東京大学2

    1939年革命根拠地の延安で開かれたスターリン生誕60年祝賀大会毛沢東が語った言葉マルクス主義の道理は入り組んでいるが、つまるところ一言に尽きる。造反有理だ」に由来する。

    造反有理 東京大学3

    日本でも1960年代末の大学紛争期において全共闘や社会主義学生同盟(社学同)や共産主義者同盟(共産同)内のML派(マルクス・レーニン主義派の略。ただし実際の思想としては毛沢東・林彪を支持していた)のスローガンとして使用されたことで知られ東京大学の正門には毛沢東の肖像画とともにこの標語が掲げられていた時期もあった日本の新左翼が自らの暴動やテロ活動を正当化するスローガンとして使われていた

    本日の書物 : 『米中ソに翻弄されたアジア史 カンボジアで考えた日本の対アジア戦略』 江崎 道朗、福島 香織、宮脇 淳子 扶桑社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 そして【中国の価値観輸出の影響】によって、【はるか昔の革命輸出時代の遺産】【各国の底辺層にこびりつく毛沢東主義の残滓(ざんし)】のような【極左運動】も、【いろいろなところでうごめき始めている】





     たとえば、自由と民主の国、【米国】で起きた反人種差別運動の【「Black Lives Matter」(BLM)】を、テレビ画面の向こうから見れば、【まるで文化大革命の「造反有理」】ではないか。





     米国には1966年に、【ブラックパンサー党】という、米国有史以来最初のアフリカ系少数民族と労働者の解放戦線組織ができるが、【彼らは毛沢東を信望していた】。サンフランシスコの中国書店で一冊20セントの【『毛沢東語録』】を買い、それをカリフォルニア大学キャンパスで一冊1ドルで売り、その金でさらに『毛沢東語録』を買って売る、という資本主義的利潤をあげて、その利潤で【銃を買い武装し、武装蜂起を呼び掛けた】のだった。

    ブラックパンサー党創設メンバー
    ブラックパンサー党創設メンバー

    ショットガンで武装するブラックパンサー党のリーダー
    ショットガンで武装するブラックパンサー党のリーダー

     ベトナム戦争後に、この組織は消失するのだが、【アフロ・アメリカンの民族主義的運動】【毛沢東主義にその後も共感を持ち続けている】ことは、【BLM運動発起人】の一人の【パトリッセ・カラーズ】が「私は【マルクス主義者として訓練を受けた】ことがあり、我々の目標はトランプを追い出すことだ」と語ったことからもうかがえる。

    パトリッセ・カラーズ
    「おバカ」なマルクス主義者パトリッセ・カラーズ



     つまり【マルクス主義思想】のもと【米国文化と社会に革命を起こすこと】が【BLMの真の目的】ということだ。【マルクス主義】を【暴力革命に昇華させたのは、中国の右派闘争や文革である】。だから、何清漣(かせいれん)ら在米華人学者は、【今のBLM運動と全米で起きている現象を「米国式文革」などと呼ぶ】のだ。』

    日の丸

    「積極的自由」(~への自由)がもたらす“法の消滅”


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、いわゆる東南アジアの大陸側の近現代史に焦点をあてた書物で、特にカンボジアを中心に、その周辺地域を含めた「インドシナ」における歴史の大まかな流れを理解することができ、また、今回のアメリカ大統領選挙の混乱からも分かるようにソ連・コミンテルンとその下部組織である中国共産党(CCP)がこの地域において如何に水面下で暗躍していたのか理解できるお勧めの良書となります。

    読書 女性 3-20

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    tghjcbdvfg.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 252,514(249,430)÷11,713,242(11,419,204)=0.0215・・・(0.0218) 「2.15%(2.18%)」
    tghjcbdvfg1.jpg

    イタリア : 47,870(47,217)÷1,308,528(1,272,352)=0.0365・・・(0.0371) 「3.65%(3.71%)」
    tghjcbdvfg2.jpg

    日本 : 1,920(1,908)÷125,844(123,455)=0.0152・・・(0.0154) 「1.52%(1.54%)」
    tghjcbdvfg3.jpg



















    目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画 

    さて、ここからは昨日の続きになりますが、カール・マルクスユダヤ人に対する偏見・ヘイトから生じたイデオロギーである「マルクス主義」は、その後も表向きの形を変ながら現代においても“辛うじて”生き残っていますが、


    デヴィッド・ハーヴェイ
    デヴィッド・ハーヴェイ

    新自由主義―その歴史的展開と現在 

    例えば、デヴィッド・ハーヴェイマルクス主義の地理学者で、いわゆる「新自由主義」を誤った解釈に基づいて批判した人物で、

    官僚たちが、民間企業の活動をあれこれと指図する「規制」は、本当に必要ですか?


    以前にも書かせて頂きましたが(→「新自由主義」の本質が理解できない人々の主張 → 「弱肉強食」「大きな政府から小さな政府への展開」「ハイエクガー」)、「全体主義の脅威」を目前にした自由主義体制側の“自由主義再生の潮流”こそが「新自由主義」と呼ばれるもので、それは「国家の法的介入」に関心を寄せた自由主義体制側の変革になります。このデヴィッド・ハーヴェイ定義するところの「デヴィッド・ハーヴェイの新自由主義」「マルクス主義」から生じているものであり(→日本の官僚たちの理想は、「行政国家」です! ~ 「官僚の、官僚による、官僚のための政治の実現」)、より正確に言うとレフ・トロツキーが批判していたものと同じであり(→“自由全体主義” ~ 新自由主義(ネオリベラリズム)のはじまり )、トロツキー以後の西欧の「トロツキー主義左翼(反スターリン主義的マルクス主義者)」がほぼ共有する考え方になります(→現代の“ハルマゲドン” ~ 「おパヨク」 V.S. 「自由」)。

    女性 ポイント ひとつ

    そこで、「デヴィッド・ハーヴェイの新自由主義」ではない本来の「新自由主義」を考える場合に、よく比較対象にされる「ケインズ主義」について、現在次の論文で、「ケインズ主義」の変遷を確認しているところになります。

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    『ケインズ主義政策戦略の変転』 野口 旭

    また、参考書として、次の書物もお勧めさせて頂きます。

    世界は危機を克服する:ケインズ主義2・0 2

    世界は危機を克服する:ケインズ主義2・0 

    それでは早速、続きを見て参りましょう。

    『 6.ケインズ主義プログラムの中核と防備帯

     ケインズ主義とは、本質的に不安定性な市場経済の安定化のためには政府による積極的な反循環的マクロ経済政策が必要とされるという政策思想である。このような世界観とマクロ経済の安定とりわけ所得や雇用の安定こそが重要であるという価値判断こそが、政策プログラムとしてのケインズ主義の中核である。その中核は、ケインズ主義がケインズ主義である限り変わらない。

     それに対して、ケインズ主義の政策戦略、すなわちマクロ経済の安定のための具体的な政策目標そのために割り当てるべき政策手段といった問題は、ケインズ主義プログラムにとっての防備帯である。その防備帯における政策戦略は、経済状況や経済学的な知見の変化とともに移り変わって行く。政策手段と政策目標との因果関係をより正しく把握するためには、現実をより適切に描写した経済理論に基づいてそれを推論していく以外にはない。しかし、その経済理論は、他のあらゆる実証科学と同様に、理論研究や実証研究の進展に伴って必然的に変貌を遂げていくそれは必ず実際の政策にも影響を与える





     ケインズ主義の政策戦略は当初、雇用の拡大あるいは非自発的失業の縮小を第一義的な政策目標とし、そのための政策手段としては主に財政政策を用いるというものであった。それがケインズ主義である。しかしながら、この財政主導ケインズ主義は、経済学という知的領域において生じた変化に伴って、急速に影響力を失っていった。

     にもかかわらず、政策プログラムとしてのケインズ主義は生き残った。ケインズ主義は学界同様に政策世界でも早晩死に絶えるであろうというロバート・ルーカスの予言は現実化しなかった。むしろ、政策プログラムとして死に絶えたのはマネタリズムの方であった。それは、ケインズ主義が、批判者たちが提供した理論的道具を取り込むことで、自らの政策戦略をより現実に即したものへと進化させたからである。それがケインズ主義Ⅱである1980年代後半以降の世界経済の「大安定」は、このケインズ主義Ⅱの成果であった。





     そこに世界金融危機が勃発し世界大不況が発生したそれによってケインズ主義Ⅱにとっての主要な政策戦略であった政策金利操作を手段とする伝統的金融政策は機能停止に追い込まれたケインズ主義Ⅱはそこで金融政策の手法を拡張し非伝統的金融政策という新たな政策戦略をその防備帯に付け加えた





     他方で2010年春のギリシャ危機と欧州ソブリン債務危機は、緊縮主義を世界的に拡大させたそれは、ケインズ主義の重要な一部であった赤字財政主義を窮地に追い込んだケインズ主義はそれに対しては金融緩和政策を赤字財政政策と再統合するという反緊縮のための新たな政策戦略を構築した。その問題を考察する理論的枠組みとしては、現在、ヘリコプター・マネー論や現代貨幣理論(MMT)などが競合しつつ展開されている。



     このように、政策プログラムとしてのケインズ主義はこれまで、その防備帯における政策戦略を進化させることで、驚くべき現実適応力を示してきた。そのような生命力は、マネタリズムやオーストリア学派といった反ケインズ主義の政策プログラムには存在しない

     その相違は結局それぞれの政策プログラムの中核にあるビジョンの「現実味」に求められよう。マネタリズムやオーストリア学派などの反ケインズ主義プログラムの中核にあるのは、「市場経済は本質的に安定的であり、それを不安定化させるとすればそれは政府である」といった古典的自由主義のビジョンである。そうした世界観からは、マネタリズムの k%ルールやオーストリア学派の金本位制復帰論のように、政府の政策余地をできるだけ狭めるような方向の政策戦略しか導き出されない。しかし、彼らにとっては不本意なことに、結局そのような政策戦略では経済の安定化は実現できなかった。

     ケインズ主義は、市場経済を絶対視する古典的自由主義への批判から出発している。それは、市場経済を、不確実性が支配し、需要の変動による所得や雇用の変動を免れることができない、きわめて不安定な経済体制として把握する。ケインズ主義は、恐慌や不況は市場経済の持つその本質的な属性の現れであると考える。ケインズ主義はさらに、こうした経済混乱が生じた場合には座して死を待つのではなく公的意志の体現者としての政府がそこに介入し事態を改善させる何らかの方策を実行することを当然と考える

     社会にとっては不幸なことに、ケインズ主義の中核にあるこのビジョンは、きわめて強い「現実味」を持っていた。恐慌や不況は忘れた頃に必ずやってきたそして人々はそれを克服することを求めたそのとき社会はケインズ主義のプラグマチズムに頼って状況に応じてやれるだけのことをやってみるしかなかったそれがケインズ主義が結局は生き残った最も本質的な理由である。』




    資本主義・社会主義11

    それでは本日の最後になりますが、昨日に続きまして、アイザイア・バーリンが提唱した「消極的自由」(~からの自由)「積極的自由」(~への自由)について語った、1958年10月31日にオックスフォード大学での就任講演の内容を御紹介させて頂きたいと思います。

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    アイザイア・バーリン
    アイザイア・バーリン

    自由論【新装版】 

    これ 女性

    『 二つの自由概念

    サラストロの神殿

     ・・・もしこの根底にある想定が正しいとするならば ―― つまり、もしも社会的諸問題解決の方法が自然科学上の諸問題の解答を見出すやり方に類似したものであるならばまた理性というものが合理主義者たちのいっているようなものであるならばこれ以下のすべてのことはおそらく当然の帰結として出てくることになろう







    理想的な場合には自由は法と合致し自律は権威と一致する正気の自分の考えでやりたいと願望しえないようなものをわたくしに禁止する法律はわたくしの自由の制限ではない理想的な社会はじゅうぶんに責任ある存在によって構成されているのだからそこにおいては法律はしだいに消滅してゆくであろうなぜなら自分が法律というものを意識することはほとんどなくなるであろうから







    このような想定をきわめて大胆に明確化しその帰結を受けいれたのはただひとつの社会運動 ―― アナーキストのそれ ―― だけであったけれども合理主義的形而上学に基礎を置く自由主義のすべての形態は多少の差はあれこの信条に手加減を加えた見解にほかならないのである。』

    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。





    続きは次回に♥




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