キリスト教国による『壮大なドラマ』♥

    Ministry_of_Foreign_and_European_Affairs,_Paris_August_2008
    パリ講和会議の会場となったフランス外務省。ケ・オルセーに面している。
    パリ講和会議(パリこうわかいぎ、Paris Peace Conference)は、1919年1月18日から開会され、第一次世界大戦における連合国が中央同盟国の講和条件等について討議した会議。世界各国の首脳が集まり、講和問題だけではなく、国際連盟を含めた新たな国際体制構築についても討議された。「ヴェルサイユ会議」と呼ばれることもあるが、実際の討議のほとんどはパリのフランス外務省内で行われており、ヴェルサイユ宮殿を会場に使ったのは対独平和条約(ヴェルサイユ条約)と、対ハンガリー平和条約(トリアノン条約)、関連する諸条約(ヴェルサイユにおける諸条約)の調印式のみであるため正確ではない。

    Basilica_di_San_Pietro_front_(MM).jpg
    バチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山サン・ピエトロ大聖堂

    『 この500年の世界史は、白人欧米キリスト教諸国が

    有色民族の国植民地支配した壮大なドラマでした。』

    Christians_distribution.png
    世界各国の人口に占める信徒数の割合 色が濃くなるほど比率が高い

    【ポイント】中南米やアフリカで、どうしてキリスト教信者の比率が高いのでしょうか?

    William_Orpen_–_The_Signing_of_Peace_in_the_Hall_of_Mirrors,_Versailles_1919,_Ausschnitt
    ウィリアム・オープン画『1919年6月28日、ベルサイユ宮殿、鏡の間での講和条約の調印』では、講和条約の調印を行うドイツ国のヨハネス・ベル運輸大臣が画面中央、椅子の背もたれを背に後ろ姿に一人だけ描かれ、その対面に調印に注目する戦勝国の首脳の群像が描かれている。

    『 その中にあって、日本は前例のない国でした。

    第一次世界大戦の後のパリ講和会議で、日本は人種差別撤廃を提案したのです。

    会議では各国首脳が、国際連盟の創設を含めた大戦後の国際体制づくりについて協議しました。

    人種差別撤廃提案が提出されると白豪主義のオーストラリアのヒューズ首相は、

    署名を拒否して帰国するといって退室しました。

    議長であるアメリカのウィルソン大統領は、本件は平静に取り扱うべき問題だと言って

    日本に提案の撤回を求めました

    Salon_de_lHorloge_2.jpg
    フランス外務省の時計の間

    日本代表団の牧野伸顕男爵は、ウィルソン議長に従わず採決を求めたのです。

    イギリス・アメリカ・ポーランド・ブラジル・ルーマニアなどが反対

    しましたが、

    出席16ヶ国中11ヶ国の小国が賛成し、圧倒的多数で可決されました。

    しかしウィルソン大統領「全会一致でない」として

    この採決を無効としました

    牧野は多数決での採決を求めました…

    人種差別撤廃提案が11対5の圧倒的多数で可決されたにもかかわらず

    ウィルソン大統領はこの議決を葬りました

    今日の文明世界では、あり得ないことです。

    日本人も白人ではなく有色民族です。

    同じ有色民族として誇りある日本人は、

    白人の有色民族への暴虐を看過する事ができなかったのです。』

    fbd2c961.jpg

    キリスト教徒である白人がする有色人種差別って、いまでも現在進行形ですね♥

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    Category: 世界史
    Published on: Tue,  14 2014 04:57
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