「ゴールデン・ブック」の日本人♥

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     樋口 季一郎(ひぐち きいちろう、1888年8月20日 - 1970年10月11日)は、日本の陸軍軍人。兵庫県淡路島生まれ。最終階級は陸軍中将。
     1937年(昭和12年)12月26日、第1回極東ユダヤ人大会が開かれた際、関東軍の認可の下、3日間の予定で開催された同大会に、陸軍は「ユダヤ通」の安江仙弘陸軍大佐をはじめ、当時ハルピン陸軍特務機関長を務めていた樋口(当時陸軍少将)らを派遣した。この席で樋口は、前年に日独防共協定を締結したばかりの同盟国であるナチス・ドイツの反ユダヤ政策を、「ユダヤ人追放の前に、彼らに土地を与えよ」と、間接的に激しく批判する祝辞を行い、列席したユダヤ人らの喝采を浴びた
     1938年(昭和13年)3月、ユダヤ人18名がナチスの迫害下から逃れるため、ソ連〜満州国の国境沿いにある、シベリア鉄道・オトポール駅(現在のザバイカリスク駅)まで避難していた。しかし、彼らは亡命先に到達するために通らなければならない満州国の外交部が入国の許可を渋り、足止めされていた。樋口はこの惨状に見かねて、ユダヤ人に対し、直属の部下であった河村愛三少佐らとともに即日給食と衣類・燃料の配給、そして要救護者への加療を実施、更に膠着状態にあった出国斡旋、満州国内への入植斡旋、上海租界への移動の斡旋等を行った

    『 多くの日本人も世界の人々も知らないことがある

    それは日本人がユダヤ人を救った話だ。

    …まず樋口中将安江大佐である。

    二人の名前は「ゴールデン・ブック」に掲載され顕彰されている

    ゴールデン・ブックは、ユダヤ民族に貢献した外国人の名が記されている

    だが本当に「ゴールデン・ブック」に記載されるべき人物東條英機であったことを、

    知る人は少なかろう。

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    東條英機

    1930年代末に、2万人ものユダヤ人難民がナチスの迫害を逃れ

    シベリア鉄道で満州国境へやってきていた

    当時、関東軍ハルビン特務機関長だった樋口少将が、新京に司令部を置く関東軍参謀長に、

    ユダヤ人難民の入国の許可を求めた。

    当時の参謀長が、東條英機中将だった。

    入国を許可しなければ、ソ連がドイツに送り返すところだった

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    東條は「民族協和と八紘一宇の精神」に従って、

    2万人のユダヤ人の入国に許可を与えた

    ドイツ外務省が日本政府に対して強硬な抗議を行ったが、

    東條は「当然な人道上の配慮」だとして一蹴した。

    東條は東京裁判で「A級戦犯」として、処刑された

    ヒトラーと同列であるかのようにして、

    言われ無き不当な扱いを受けた。』

    東條さんって、本当に優しい顔をしていらっしゃいますね♥

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    Category: 世界史
    Published on: Thu,  16 2014 15:32
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