「ボコールの薔薇」 殿下の映画♥

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    アンコールワットはアンコール遺跡の一つで、カンボジア国旗の中央にも同国の象徴として描かれている。
     カンボジア王国(カンボジアおうこく)、通称カンボジアは、インドシナ半島に位置する東南アジアの立憲君主制国家。東にベトナム、西にタイ、北にラオスと国境を接し、南は南シナ海に接する。首都はプノンペン国民の90%以上がクメール語(カンボジア語)を話し、仏教(上座部仏教)を奉ずるクメール人(カンボジア人)である。カンボジアでは自分の国を「カンプチャ」と呼んでいて、建国者といわれるインドのバラモン僧「カンプー」その子孫を意味する「チャ」に由来するとされる。

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    首都プノンペン

    『 シアヌークフランスの統治下国王として即位したのは、18歳の時だった。

    1945年3月に、日本軍がカンボジアでフランス軍を武装解除すると、

    シアヌークはカンボジア独立を宣言した。

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    ノロドム・シハヌーク(1983年)

    日本の敗戦によって、シアヌークフランスの再支配を制限付きで認めたが、

    アメリカなど各国を歴訪して独立を訴えた

    1949年にフランス連合内で独立を認められたものの、フランスが警察、軍事権を持ったままだった

    シアヌークは完全な独立を訴えて離宮に籠った

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    首都プノンペンの王宮

    国内各地で反仏デモが勃発した。

    フランスは1953年11月にカンボジアの独立を認め

    シアヌークは「独立の父」として国民の尊敬を集めることとなった。

    1970年3月に、首相兼国防相のロン・ノル将軍が率いる反乱軍が、

    クーデターを起こし、外遊中だったシアヌーク国家元首を解任した。

    クメール共和国と改名して、ロン・ノルが大統領に就任した。

    アメリカは親米のロン・ノルを支援したのだった。』

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    カンボジア戦線に展開するアメリカ軍の戦車

    『 (カンボジア独立の父シアヌーク劇映画を作成し、自分が監督し、主演もする趣味を持っていた。

    1969年にシアヌークがつくった「ボコールの薔薇」という、作品がある。

    映画は、カンボジアのボコールに、

    民衆が総出で沿道に並んで歓迎する中を、゛日本軍が進駐゛する場面から始まる。

    シアヌークカンボジアを解放した゛日本゛に

    深く感謝していて事が感じ取れる。

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    映画の中の゛日本軍゛は、実に規律正しい

    ゛日本軍゛が来ると民衆が「解放者」として狂喜して迎える

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    フランス軍司令部の屋上から、フランス国旗が降ろされ

    「君が代」が吹奏される中で、゛日の丸゛があがる

    日本軍とフランス軍が交戦して、フランスの司令官が戦死すると、

    丘の上の小さな教会で葬儀が催される。

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    …柩が埋められるのを、挙手の礼で見送る。

    ゛日本軍人゛は敵にも手厚いのだ。』

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    フランスもアメリカも、勝手し放題なんですね♥

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    Category: 世界史
    Published on: Thu,  16 2014 00:16
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