日本の夕食は、『温かい食事』? それとも『冷たい食事』? ~ ここが変だよ、ドイツ人

    Soba.jpg
    食事(しょくじ、英: meal)とは、栄養をとるために毎日習慣的に何かを食べることである。また転じて、その時食べるものを指すこともある。

    食事とは、基本的には栄養、すなわち人間が生命を維持し活動し成長をするために必要な栄養素を摂る行為である。通常は何らかの食材を調理してできた料理、あるいは食品を食べる形が一般的である。ただし、栄養をとるためとは言うものの実際には人間は、栄養素の摂取のためだけでなく、味を楽しむため等、様々な目的や意味を込めつつ食事をしている。

    食事の時刻、回数、食事の種類、調理法、食べ方には、食事をする人の文化や宗教が反映される。例えば中国での食事には、中国の文化世界観家族観といったものが反映されている。また、中近東などでは、一族が部屋の床に円を描くように座し、やはり彼らの文化に基づいた作法で食事をしている。食事にはしばしば宗教的な意味が込められている。





    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 【伝統的なドイツの食習慣】というのは、【昼が中心】で、普段の【夜は「冷たい食事」といって、火を通さないものを軽く食べる】

    驚き顔

    日本人は信じられないと思うが、たいていパンに何かを載せるぐらいで、横に、キュウリやトマトがゴロゴロ切って並べられたりする。サラダを作れば上等といった感じだ。

    kk.jpg
    画像はこちらからお借り致しました♥ ⇒ リッチな手抜き、ドイツ式の冷たい夕食がオシャレ♪

     昔、

    「日本の夕食は『温かい食事』『冷たい食事』か?」

    という質問に面食らったことがある。この国には、『温かい食事』、『冷たい食事』という語彙がちゃんとあって、この質問彼らにしてみれば何ら不自然ではない。だから、日本で冷たい食事というと、なんだか悲しいが、ドイツでは冷たい食事でも悲しくない

    ポイント

    そのくせ、私がおにぎりを食べているのを見て、

    「え?冷たいライス?」

    などと非難がましい顔をする人もいるので、ドイツ人というのはなんだか手に負えない

    おにぎり

     昔の小説、たとえばトーマス・マンなどを読むと毎日、超豪華な昼餐(ちゅうさん)が家族そろった午後3時ごろから始まる。しかし、まあ、あれはかなりの上流階級の話だし、もちろん、こんな悠長なことをやっている人たちは今のドイツにはいない。とはいえ、大企業の社員食堂大学のが学食などは結構ボリュームのあるものも置いてあり、これで1日のメインの食事が済ませられるようにという気概はちゃんと感じられる。そして、そうしている人も結構多い。なにしろ夜は「冷たい食事」なのだから。

    驚き顔

     一方、多くの子供たちは、授業はお昼で終わるので、お腹を空かせたまま家に帰る

    驚き顔

    昔なら、母親がご飯を作って待っていたのだろうが、今は、家には誰もいない家庭が多い。

    驚き顔

    したがって、昼は何か買ったり、あるいはいい加減に済ませたりという子供が、現在のドイツには大量にいる。

    驚き顔

     では、そういう家庭では、昔の昼餐が夜に移動して、夜はちゃんと食べているかというと、一概にそうとは言えず、夜はいまだに伝統的な「冷たい食事」を踏襲している家庭も結構多い。

    驚き顔

    長年の風習はそう簡単には変えられないのだ。

    ポイント

     日本では、夕飯時住宅街を歩くと、あちこちからいい匂いが漂ってくるがドイツではそういうことは滅多にない

    驚き顔

    「夜、お料理をするなんて、絶対にイヤ」という人の方が多い

    驚き顔

    そして週末はというと、働いている親手抜きをしたくなり、外食となったりする。

    驚き顔

    結局、現在、【ドイツの子供の栄養はあまり考慮されていない】

    2_201605021648101bd.jpg
    画像はこちらからお借り致しました♥ ⇒ ドイツ食と健康 カロリー数にご注意!

    そのせいか、【肥満児が大きな社会問題になっている】。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    普通の日本人が抱いているドイツのイメージが、「間違っている」ことにお気づきでしょうか?

    20世紀もそうでしたが、現在の21世紀においても、実は世界の諸問題の中心には、この「ドイツ」の姿が見え隠れしています♥ ここが、非常に大切なポイントです♥

    著者も、「長年の風習はそう簡単には変えられない」と述べているとおり、それぞれの民族、文明が歴史的に持っている大きな流れのうちにあるものは、ある日突然急に変わることはありません

    日本人であれば、やはり「冷たい食事というと、なんだか悲しい」ですね♥

    それは、私たち日本人に古くから染み付いている感覚です。仁徳天皇「民のかまど」という昔話に象徴されています♥



    「 日本型の民主主義がいかに古くから始まっていたか、それがありあり分かる逸話を残された天皇陛下がいらっしゃいます。それは仁徳天皇です。…仁徳天皇には「民のかまど」という、本来は有名すぎるほど有名だったお話があります。ところが現在の教育では、ほとんど教えません。…敗戦後の学校教育は、現代史を教えることを避けていると、よく指摘されますが、実は古代史などにも重大な欠落が生じているのです。

     さて、「民のかまど」です。

     かまどは竈、今で言えばコンロですね。…夕食時には竈から煙が上がるはずです。ところが仁徳天皇が、難波高津宮という都の宮殿から庶民の町並みをご覧になると、夕食時にもその煙が上がらない。

     そこで「税が重すぎて、食事がろくにつくれないのだ」と気づかれ、税を取ることを中止された。そのために、御自らの食事が粗末になり、宮殿の屋根の茅を葺き替えることもなさらずに雨漏りがするようになり、皇后陛下が仁徳天皇に困窮を訴えられるまでになった。

     それでも仁徳天皇は税を徴収されず、やがてやっと、民の竈から煙が再びいつも上がるようになるのをご覧になって初めて、税を元に戻され、御自らの食事も屋根の葺き替えも、次第に元通りにされた。

     これが「民のかまど」です。…

     仁徳天皇古代の方です。古代に、みずからのお暮らしよりも民衆の生活を最優先にされた王や皇帝は世界のどこにもなかったはずです。…

     日本の天皇陛下はその治世のあいだはすべて今上陛下です。現在の陛下におかれても同じです。先帝も崩御されてから昭和天皇となられました。仁徳天皇の「民のかまど」が、民衆の支持を集めてみずからを有利にされるためではなく、むしろみずからの幸をお捨てになって民に尽くされようとしたから仁と徳の字が選ばれたのです。…仁徳天皇は第16代天皇、西暦ではおそらく五世紀のかた、今上陛下は第125代、今は二十一世紀です。気の遠くなるような時空を超えて、生きる志を繋げておられます。その志は、わたしたち日本の民が永い時間をかけて築いてきた高い志です。

     ただの一度の敗戦で、否定されるものでは到底ありません。…人間の歴史ですから、日本にも困ったこと、間違ったことは沢山あります。しかし、それは「民のかまど」を教えない理由には何らなりません。…一度戦いに敗れたからといって国旗を拒み、国歌を生徒に歌うなと求める教師がいる国は、この広い世界のどこにも日本以外には存在していません。

     さぁ、「民のかまど」を歴史の教科書に入れませんか。子供を持つ親の力と、目覚めた教師の志で、それを日本中の学校で実現
    しませんか。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    昔話の「民のかまど」って、ご存知ですか?



    その仁徳天皇の陵(みささぎ)が、世界最大仁徳天皇陵です♥

    仁徳天皇陵 1
    仁徳天皇陵

    「 日本最大の墳墓は第十六代天皇の仁徳天皇陵です。この前方後円墳の長辺の底辺部は486メートルもあり、エジプト最大のクフ王のピラミッドや秦の始皇帝の墳墓より大きいのです。日本最大どころではありません。世界最大です。濠(ほり)は三重にめぐらされていました。

    仁徳天皇陵 比較

     この古墳を築くには1日2千人が働いて、16年かかるといわれています。多くの人々が協力していたということから、それだけの人をまとめる力があったことがわかります。さらに、まだ文字の使われていない時代に、これだけの墳墓を計画的につくる技術力があったことにも驚かされます。祖先信仰を伝えるばかりでなく、技術も口承でしっかり伝えられていたのです。

     仁徳天皇については『古事記』に記述があります。この時代、天皇という称号はまだありませんでした。「すめらみこと」とか「おおきみ」とか呼ばれていました。

     その「すめらみこと」である仁徳天皇は、こういわれました。

    「私が高台にのぼって遠くを望み見ると、国の中に立ちのぼる煙が見えない。百姓が非常に貧しくて、家で飯を炊く者がいないのではないか」

     そして、こう命じられました。

    「いまより以後、三年の間、すべての課役をやめ、百姓の苦しみを除け」

     この日より天皇は御衣とお履き物が破れてだめになってしまうまで新調せず、ご飯やお吸い物が酸味を生じて食べられなくなるまで取り替えることはなかったといいます。

     その後三年を経て、仁徳天皇はふたたび高台にお立ちになりました。はるかに遠くを望むと、あちらにもこちらにも飯を炊く煙が立ちのぼり、百姓が豊かになった様子がよくわかりました。天皇を褒め称える声が満ちています。

     それでも、仁徳天皇は中止していた宮殿の建設にすぐには取りかかりませんでした。それからさらに10年を経て、ようやく宮殿建設を再開されたのです。このとき百姓はこぞって進んで働き、期日よりも早く完成させたそうです。

    「そもそも天が君(天皇)を立てるのは、まったく百姓のためです」

    と仁徳天皇はおっしゃっています。天皇という地位人々に奉仕するものだという原則この時代にすでにできていたことがわかります。「権力は人民を搾取するものだ」などという考えは、近代になってつくられたものなのです。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    エジプトのクフ王や秦の始皇帝よりもスゴイ! 「仁徳天皇」



    それでは、現在の天皇陛下、今上陛下はいかがでしょうか?

    悩む女の子2

    実は、まったく変わりがありません♥ これが、私たち日本人、そして私たち日本人の天皇陛下なんです♥

    「 明治になっておかしな思想が入ってきますが、…特に戦後は、天皇や死というものとかけ離れた、ひたすら長生きしよう、生命は地球より重いという風潮が広がりました。これはもう戦前の価値観の倒錯です。それが今の日本を引っ張っています。

     皇室とわれわれ臣民の関係を考えたとき、思い浮かぶのは『日本書紀』に出てくる山背大兄王(やましろのおおえのおう)の最後です。聖徳太子の長子です…

     もちろんそれ以前にも仁徳天皇をはじめさまざまな【仁政の伝統】があるわけですが、山背大兄王の最後は中でも印象的です。聖徳太子が亡くなり、山背大兄王が蘇我入鹿(そがのいるか)に攻められる。その時に、周囲からは、「戦え。戦えばみんなついてくる」と言われたけれども、大兄王はそれを断るのです。自分が入鹿と戦えば確かに勝てるかもしれない。しかし大勢の民を巻き添えに殺すことになる。民草を犠牲にしないために自分はここで潔く死を受け入れる、と言って従容と死に就いた。これはシナやヨーロッパではほとんどあり得ないような話…

     外国人には理解できない…

     上にいる立場の者が保身ではなくて、本当に身を投げ出すというのは向こうでは考えられない。

     今上天皇について石清水八幡宮の田中恆清宮司がどこかに書いておられましたが、陛下の神事に侍候して、

    「これほど激しい神への祈りがあるのか、自分が普段やっていた神事はいったい何だったのか」

    と畏れ多くてならなかったそうです。それくらい陛下は全身全霊を傾けて身を投げ出すように祈っておられた。東日本大震災のときも、実はお忍びで天皇陛下は石清水八幡宮にお参りされていた…

     66年ぶりの玉音放送で勅語(東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば)を出されました…

     国家の最大の危機が起こると天皇は石清水にお参りされます。震災の時も、その祈願のために天皇陛下は完全に極秘で石清水に向かわれた。

     まさに伝統の神儀を行うため。

     民もいざとなれば命を投げ出すが、そもそも君こそが最後は命を投げ出すという黙契、これをわれわれは信じられるかというに、驚くべきことに信じられるわけです。昭和天皇が命を投げ出されるとか、天皇陛下、皇后陛下が命を投げ出されるということを実に自然に感じられる。ルイ14世やリチャード何世だかが自分たちのために身を投げ出してくれるとは誰も信じないし、期待もしていない。これを同じ君主制だと思って議論を組み立ててしまうから話が見えなくなる…

     「人命は地球より重い」という言葉が流行ったことがあります。福田赳夫首相がハイジャック事件に際して言った言葉です…もちろん命は大事だし、誰だって死ぬのは惜しい。だけれども、その上で、命を投げ出すという暗黙の民族的な了解があるということが日本の本質にはある。それを、ここまで根底的に否定して、人命の尊さを言い募って恥じなかったのが、戦後日本でした。…

     生命尊重を否定することは誰にもできない。しかし、そのことを無条件に言い募っていると、その【命を使ってわれわれはどう生きるべきかという道徳の問題や生き方の問題】が掻き消えてしまう…

     道徳を曲げてしまう…

     生命至上主義【道徳を封印してしまう】。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    シナやヨーロッパでは、ほとんどあり得ないような話



    66年ぶりの玉音放送勅語(東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば)がこちらになります♥

    今上陛下が、深く感謝の意を表されている部分があります♥

    その冒頭に挙げられた言葉、それが「自衛隊」です。(2:45頃から)



    ということで、明日からは、陰でコソコソしているドイツに焦点を当てていこうと思います♥

    ゲルマン・ドイツが、如何に禍を撒き散らかしてきたかその歴史を確認して参りましょう♥


    続きは次回に♥




    ランキング参加中で~す^^ ポチっとお願いします♥
    ↓↓↓↓↓↓↓

    にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
    にほんブログ村


    人気ブログランキングへ
    関連記事
    Category: 日本
    Published on: Tue,  03 2016 00:00
    • Comment: 0
    • Trackback: 0

    0 Comments

    Post a comment