日本の伝統 統治の王と祭祀の王

    両陛下

    宮中祭祀

    天皇皇后両陛下は,宮中の祭祀を大切に受け継がれ,常に国民の幸せを祈っておられ,年間約20件近くの祭儀が行われています。皇太子同妃両殿下をはじめ皇族方も宮中祭祀を大切になさっています。







    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)天降りしたあと、瓊瓊杵尊彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)鵜草葺不合尊(うがやふきあへずのみこと)は、皆、【高千穂の地を本拠地】として政(まつりごと)を行っていました。

    高千穂

     まず取り組まなければならなかったのは【熊襲(くまそ)への対処】でした。時に戦い、時に懐柔し、ようやく後背(こうはい)の憂(うれ)いがなくなります

     そして、【鵜草葺不合尊の息子たちの代】に至って、いよいよ【天下を平定するために東へ向かう】ことになるのです。…

    神武東征
    神武東征

     鵜草葺不合尊玉依姫命(たまよりびめのみこと)の間には【4人の皇子】がいたと『古事記』は伝えています。一番上が【五瀬命(いつせのみこと)】、次が【稲飯命(いなひのみこと)】、その次が【三毛野命(みけぬのみこと)】、末の弟が【佐野命(さののみこと)】です。…

     正統竹内文書では、【次男の稲飯命は新羅(しらぎ)に渡り、新羅国王の祖になっています】

    三国時代後半の576年頃の半島
    三国時代後半の576年頃の半島

     『古事記』中つ巻では、最初から四男の佐野命【「神倭伊波礼毘古命(かむやまといはれびこのみこと)」】という名で呼びます。

     しかし、この「神倭伊波礼毘古命」という名前は、実は個人の名前というより、【王の地位を表すもの】でした。

    ポイント 32

     鵜草葺不合尊今の言葉で言えば海軍大臣や連合艦隊司令長官のような役職にあったことは、…お話ししました。【その役割を、長男の五瀬命が継いだ】のです。

     【須佐之男命(すさのをのみこと)や大国主命(おほくにぬしのみこと)らの出雲系は末子相続】なのですが、【天照大御神(あまてらすおほみかみ)の大和系はそうではありません】。ですから、元々は【五瀬命が神倭伊波礼毘尊】でした。

    ポイント 女性

     【五瀬命】が神倭伊波礼毘尊であり、【統治王】です。次男の【稲飯命】が【新羅国王祖】、三男の【三毛野命】は祭祀(さいし)を司る【祭祀王】です。

     【政(まつりごと)は、統治王と祭祀王の2人によって行われていました】

    ポイント 000

     【統治王と祭祀王がいる】ということが、【この『古事記』の時代における日本の政の基本】です。

    女性 ポイント 10

     日本の歴史では、天皇の【権威】と、実権を持つ藤原氏のような摂関家(せっかんけ)や幕府の【権力】とが【分離】している時代が長く続いたのが大きな特徴だと言われますが、本当は【この時代から、統治王と祭祀王が別にいる】のです。

    ポイント 女性 重要 5

     四男・佐野命「佐」は、「すけ」とも読みます。【補佐という意味】です。佐野命は、神倭伊波礼毘尊である兄の五瀬命を補佐する役割だったわけです。

    神武東征ルート
    神武東征ルート

     五瀬命佐野命は、船団を率いて出発しました。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させて頂く書物は、前作に続く第2弾で、記紀に伝わる古代日本の人物で、第12代から第16代の天皇に仕えたという忠臣武内宿禰(たけうちのすくね)を受け継ぐ第73世武内宿禰となる著者によって書かれた「古事記」に関する書物です。

    ポイントは、「口伝」の部分にあります。

    それでは、少し詳しく見て参りましょう。

    読書 女性 15

    昨日までのところで書かせて頂いたところを、ザックリと言いますと、まず、大前提として、世界最古の文明私たちの日本でした。数々の物的証拠が、世界最古の文明は日本であったことを指し示しています

    女性 ポイント 10

    詳しくはこちらをご参照♥

    (問題) 世界で最初に焼き肉を食べていたのは、どの民族でしょう?



    そして、『古事記』口伝で語り継がれている「日本神話」は、私たち日本人の祖先世界中に散らばって行ったことや、日本国内の民族の移動、そして日本が一つになっていく過程描かれています

    歴史区分 5 古代の人口分布

    少しお話はそれますが、現在の定説では、アジアからアメリカ大陸へヒトが渡って行ったと考えられています。

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 古代アジアの狩猟採集民がベーリング地峡(ベーリンジア)、現在のベーリング海峡とおそらくは北アメリカ北西部海岸を伝ってアメリカ大陸に入ってきたと考えられているアメリカインディアンの母系で継承されたミトコンドリアDNA(mtDNA)に見付けられた遺伝学的証拠によって、アジアから多様な遺伝子を持った人々が移住してきたという学説を裏付けているただしこれは単一民族の移住という考え方を排除するものではない。数千年の間に、パレオ・インディアンが北アメリカと南アメリカ中に拡がっていった。アメリカ大陸に正確にいつ最初の人々が移住してきたかについては多くの議論の対象となっている。最も初期に識別できる文化の一つクローヴィス文化であり、およそ13,000年前のものとされている。しかし、2万年前にまで遡ることのできる遺跡の存在が主張されている。遺伝学的研究では、アメリカ大陸への移住4万年から13,000年前の間のこととしている。」

    アフリカから世界へ ヒトの拡散

    最も初期に識別できる文化の一つクローヴィス文化が挙げられていますが、およそ13000年前のものあるいは20000年前のものとも言われているようですが、その時代の遺物とされているのが、この尖頭器です。

    クローヴィス尖頭器
    クローヴィス尖頭器

    でも、人類最古の磨製石器は、私たちの日本で出土しています。しかも30000年前のものです。

    DSCN0047.jpg

    詳しくはこちらをご参照♥

    ダーウィンの番犬 トマス・ヘンリー・ハクスリー ~  日本の石器時代



    また、私たち日本人の祖先東アジアの「ヒト」の集団から約2万~3万年前に分岐したことも判明しています。そして、アメリカ先住民インドネシア古い日本共通する神話的な多くの主題やモチーフが存在していて、この三地域の神話細部にいたるまで一致しているんです。

    詳しくはこちらをご参照♥

    日本人が誕生したのは、いつ?



    他にも、南米のエクアドルにある「バルディビア遺跡」からは、私たち日本の「縄文土器」と酷似した土器群発見されています。

    Valdivia_Female_Figurine_2600-1500_BCE_Brooklyn_Museum.jpg エクアドル

    詳しくはこちらをご参照♥

    古代史に遊ぼう 第35回 古代の船と航海 その1

    今後も、調査をすればするほど明らかになっていくのではないでしょうか?

    ポイント 000

    さて、お話を元に戻しまして、昨日までのところで、天照大御神(アマテラスオオミカミ)連なる系図を確認しているのですが、古事記に記載されている神々の系図は、このようになっています。

    神々の系図
    ひむか神話街道 神々の系図

    そして、『古事記』では、天照大御神(アマテラスオオミカミ)建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)が行った誓約(うけい、占い)によって、五柱の男神三柱の女神生まれます

    アマテラスとスサノヲの誓約(古事記より)
    アマテラスとスサノヲの誓約(古事記より)

    三柱の女神は、口伝で伝わるところでは、天照大御神(アマテラスオオミカミ)と建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)の子供です。

    一方、五柱の男神の方はと言いますと、口伝が伝えるところでは、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ)が、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の夫で、建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)との戦いに敗れ戦死してしまいます。

    そして、残りの四柱の男神が、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ)と、天照大御神(アマテラスオオミカミ)との間に生まれた子供になります。

    アマテラスとスサノヲの誓約(古事記より) 2

    追放された建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)、そして、その末娘である、末娘である須勢理毘売命(スセリヒメノミコト)結婚した大己貴命(オオナムヂノミコト)、のちの大国主命(オオクニヌシノミコト)支配する出雲に対して、天照大御神(アマテラスオオミカミ)息子を遣わします

    最初に遣わされたのが、息子である天穂日命(あめのほひのみこと)でしたが、失敗してしまいます。

    このあと、何とか出雲の「国譲り」に成功するのですが、残りの三柱の男神は、どうなっていくのでしょう、というところまでが昨日までのお話でした。

    アマテラスとスサノヲの誓約(古事記より) 3

    本日の最後になりますが、結論だけを申し上げますと、

    天津日子根命(あまつひこねのみこと) 
     ⇒ 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)

    活津日子命(いくつひこねのみこと) 
     ⇒ 火遠理命(ほおりのみこと)

    熊野久須毘命(くまのくすびのみこと) 
     ⇒ 鵜草葺不合尊(うがやふきあへずのみこと)

    となり、系図は、このようになります。

    神々の系図 5
    ひむか神話街道 神々の系図



    続きは次回に♥




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    Category: 日本神話
    Published on: Fri,  26 2017 00:02
    • Comment: 2
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    2 Comments

    カムバック  

    心から

    陛下には、祭祀だけをと望みます。
    お疲れのようですので…

    2017/05/26 (Fri) 10:23 | REPLY |   

    みっちゃん  

    Re: 心から

    カムバックさん、こんにちは^^

    お返事が遅くなってしまって、スミマセン<(_ _)>

    陛下には、祭祀だけをと望みます ⇒ 本当に、そう思います! 私たちも負けないように日本のために頑張って働きましょう!

    これからも宜しくお願い致しま~す☆彡

    2017/06/01 (Thu) 16:18 | REPLY |   

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