2015-04-21 (Tue)

国際宇宙ステーションから見た富士山
戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。
そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。
私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、
客観的に情勢を判断する必要があります。
さて、日本の中心地は、昔から「関西」だったのでしょうか?
これを確かめるためには、「関東」の歴史を理解する必要があります。
それでは、この書物を見ていきましょう!
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『 その姿が見えなくてもこれほど信仰される神の山ですから、実際に富士山が見えることは、さらに大きな意味を持ってきます。富士山が見えるという理由だけで、その土地は富士の神域と考えられるのです。

つまり、人々が常に富士山を仰いでいることによってその加護を受け、その信仰圏のなかにいるという安心感を得ることができる【関東一円の地域】は、富士山によって守られている特別な土地なのです。

↑
写真はこちらからお借りいたしました♥⇒緑には、東京しかない
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ですから、私はこの地域が古くから日本の中心地であったと考えています。実際、縄文時代は関東のほうが関西よりも人口が多かったと言われています。それだけ文化度も高く、先進地域だったのです。「東国」というと、ひなびた土地とか僻地といった響きがありますが、本来は逆で、進んだ土地だったのだと思います。


こちらからお借りいたしました♥⇒よくばり仙人の里
現実の「高天原(たかまがはら)」も関東にあったのではないかと私は考えています。これまでも江戸時代に新井白石が著した『古史通』(1716年)のなかで「高天原は常陸(ひたち)国だ」という説が唱えられています。

古史通
ヒタチという字は常に陸と書きます。日が立つ「日立」とも書きます。これは日が昇るところという意味があり、すなわちアマテラスが生まれるところでもあります。このことは非常に示唆的だと思えるのです。
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『常陸国風土記』(721年)には、常陸が「まるで常世(とこよ)の国」と高天原を思わせるような表現もあります。
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そもそも常陸の国は、面積はすこぶる広大で、境界もまたはるかに遠く、土壌は肥えに肥え、原野はゆたかなうえにもゆたかである。耕し墾(ひら)かれた処と海山の幸とにめぐまれて、人びとは心やすらかに満足し、家々は充ち足りて賑わっている。もし身を農耕にはげむものがあれば、立ちどころに多くの富を得ることができ、力を養蚕(ようさん)につくすものがあれば、ひとりでに貧窮から逃れることができる。あえて述べるまでもないが、塩や魚などの珍味が欲しかったならば、左は山で右は海である。桑を植え麻を蒔こうとするならば、後は野で前は原である。いわゆる海の宝庫・陸の宝蔵、膏(あぶら)したたる物産の楽土である。昔の人が「常世の国」といったのは、もしかするとこの地のことではないかと疑われる。
(『風土記』吉野裕・現代語訳) 』

いかがでしょうか?
高天原は常陸国にある。さて、その根拠は、どういう事なんでしょうか。
読み進めていくと、次第に明らかになってきます^^
この本を片手に、現地を実際に訪れてみるのも楽しいですよ♥
続きは次回に♥
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