2014-11-04 (Tue)

〈教科書を比べる〉
日本―人物コラムで掘り下げる
辛亥革命は、日本の教科書では、日露戦争後に中国や朝鮮で起きた重大な変化の一つという位置づけだ。東京書籍の「新しい社会 歴史」は、その説明に約1ページを割く。
《中国では、帝国主義列強の圧迫に対抗する動きが強まり、清をたおして民族の独立と近代国家の建設をめざす運動が始まりました。その中心となったのが、三民主義を唱えた孫文です》
こう書き出した後、「アジア最初の共和国」である中華民国が建国されたものの、袁世凱の独裁的な政治を経て、軍閥が割拠するようになったことを概説している。
(省略)
(吉沢龍彦)
↑記事はこちらから♥

長野朗(ながのあきら)
…戦前を代表する秀れた【シナ通、中国通】で…
GHQに焚書された本は18冊もあり…
没収された本の多い著者としては3番目にランクされる人物です。
…1975年までご存命でしたから、戦後も中国共産党に関する本を出しておられます。
…洞察力も鋭いし、シナという国に愛情を持ちつつも
知的に冷徹に【この民族の本性を見抜いて】います。
しかも、扱う事象の幅が広い。

三百年の清朝が倒れた後は、一時袁世凱の手でまとめていたが、
袁の死後は群雄割拠で、戦国時代が現はれ、
大総統はいたが虚位を擁するのみで、
督軍(とくぐん、各省の軍政長官)が各々兵を擁して各省に拠(よ)り、
いづれも虎視眈々として天下の権を狙ひ…
馬賊(土匪の一種で、馬に乗った盗賊)の張作霖が一躍して満州王となり、
直隷派(北京地盤の北洋軍閥のひとつ)の首領として大総統に押し上げられた曹錕(そうこん)は、
…反物の行商人であった。
北洋軍閥の巨頭袁世凱の時には、さすが各督軍を抑へ、南方派も西南の一隅に小さくなっていたが、
袁が死して黎元洪(れいげんこう)が出て、徐世昌(じょせいこう)が代わるに至って、督軍は厳然たる王侯で、
兵糧と共に政権も握るし(軍閥に成長した軍政長官たちが軍も掌握した)、
税金は抑へて送らないし(徴収した税金を中央政府へ収めない)、
中央からの任免を聞かないし、後には中央の政治に干渉するし、
南方派の唯一の身代であった国会も彼等に潰された(革命で開かれるようになった国会も潰されることになった)。
その芝居を打ったのは段派の知嚢(ちのう、知恵袋)徐樹錚(じょじゅそう)で
北京の乞食を日当十銭か二十銭で数千人狩り集め、
人民請願団と称して議会を包囲し、たうたう国会は潰れ、
南方派議員は南に帰って南方政府を造った。

張作霖って、盗賊なんですね♥

↑記事はこちらから♥
(解説)
まず軍閥とは、軍事力を背景とした私兵集団のことで、簡潔に言うと武装した暴力団。清朝滅亡後(1912年)、中国では各地で武装暴力団である軍閥が割拠していた。その様な中、蒋介石の軍閥(国民党)が「北伐」(1926~28年)と称して、南から北へ侵軍する事になる。そのきっかけは、北方の軍閥における内争であって、内争により南北軍閥間のバランスが崩れたのが基本的な流れ。

1910年代末の軍閥勢力図/『中国革命とソ連 抗日戦までの舞台裏【1917-37年】』
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