2022-05-17 (Tue)

本日のキーワード : 隷従への道、岸田文雄、新しい資本主義、社会主義者、新しい自由、分配、集産主義、全体主義
Breaking the Spell
呪縛を解く ⑤
The Holocaust: Myth and Reality, Overview of the book by Dr. Nicholas Kollerstrom
ホロコースト : ニコラス・コラーストロム博士の著書 「神話と現実」 の概要

Of Soap and Lampshades
石鹸とランプシェードについて (四)
…But, then, what of the physical structure of the ‘gas chambers’ themselves? Here, according to Kollerstrom, the evidence is definitive: they could not have been ‘gas chambers’ (i.e., they really were showers) both because their structures (many parts of which have been fraudulently reconstructed post-war) are ludicrously permeable, and because chemical analysis reveals there is no hydrogen cyanide in their walls – whereas the walls of the small delousing chambers used to disinfect the inmates’ clothes, and which everyone agrees were used for this purpose (despite the obvious contradiction of such in an ‘extermination’ camp), are chocker-block full of hydrogen cyanide.
それならば、「ガス室」 そのものの物理的構造についてはどうであろうか。コラーストロム氏によると、この点については、決定的な証拠がある。それらは 「ガス室」 であるはずがない (すなわち、実際はシャワー室であった)。なぜならば、その構造 (その多くの部分は戦後に不正に復元された) が信じられないほど浸透性が高く、また、化学分析によって、その壁にシアン化水素がないことが明らかになったからである。- 一方、収容者の衣服を消毒するために使われ、( 「絶滅」 収容所でそのようなことをするのは明らかに矛盾しているが) 誰もがそのために使ったと認めている小さな脱衣所の壁には、シアン化水素がぎっしりと含まれているのである。
But what of the ‘six million’? Merely a longstanding symbolic meme that represented the traditional number of Jews in Europe and for which references for go back at least a half century prior to the ‘Holocaust’. There were no systematic attempts made nor scientific surveys done at Nuremberg to determine the numbers who died in the camps during the war nor could there have been in the timeframe before which the trials began. Moreover, the Auschwitz Museum itself released a statement in 1989 downgrading the ‘four million’ supposedly killed at Auschwitz to ‘one million’, but which revelation was never factored even then into the official count. Later, as we shall see, the Soviet ‘Death Books’ for Auschwitz became available following the fall of the Soviet Union showing that only some seventy thousand people (approximately half of them Jews) had died at Auschwitz – almost all from typhus – a number which, just happens to coincide with the numbers in the Arolsen Archives.
それでは 「 600 万人」 についてはどうだろうか。ヨーロッパにおける伝統的なユダヤ人の数を表した、単に長年にわたる象徴的な言い回しであり、「ホロコースト」 の少なくとも半世紀前に遡って言及されたものである。ニュルンベルクでは、戦争中に収容所で死亡した人数を決定するための組織的な取り組みも科学的調査も行われておらず、裁判が始まる前の時間枠では不可能であったのです。さらに、アウシュビッツ博物館自身が、1989 年に、アウシュビッツで殺されたとされる犠牲者数 「 400 万人」 を 「 100 万人」 に引き下げる声明を発表しているが、この事実は、その時点でも公式集計にはまったく反映されていないのである。その後、後述するように、ソ連崩壊後、アウシュヴィッツの 「死者の記録」 が入手可能になったが、それによると、アウシュヴィッツで死んだのは 7 万人ほど (その約半分はユダヤ人) であり - ほとんどがチフスのために死んだのである - 、この数字は、たまたま、アロルセン文書館の数字と一致するのである。

But what about all the ‘pictures’? The iconic pictures of piles of corpses shown de rigueur in every textbook are from Bergen-Belsen and are known to be victims of typhus, i.e., they were not victims of ‘gas chambers’ – but which photos continue to be paraded to this day as ‘gassing’ victims despite this transparent and matter-of-public-record falsification of documented fact. What are also never shown are the many extant photographs of hail and hearty inmates taken when the camps were liberated by Soviet and Allied forces.
では、すべての 『写真』 についてはどうだろう? どの教科書にも当たり前のように掲載されている死体の山の象徴的な写真は、ベルゲン・ベルゼンのもので、チフスの犠牲者であることが知られている。すなわち、彼らは 「ガス室」 の犠牲者ではなかったのである。しかし、これらの写真は、明らかに公文書偽造であるにもかかわらず、現在でも 「ガス処刑」 の犠牲者として宣伝され続けているのである。また、ソ連軍と連合軍によって収容所が解放されたときに撮影された、生き生きと元気な収容者たちの現存する多くの写真も、決して表に出てくることはないのです。
But certainly the ‘eyewitness’ accounts are definitive? Hardly. Most of the core ‘autobiographies’ have been shown to be fakes, and the rest are largely derivative from these accounts and/or based on mere hearsay and rumour. Moreover, there has arisen an entire cottage industry of fake ‘eyewitness’ accounts and which are part and parcel of a much larger enterprise. Not to put too fine a point on it, but the ‘Holocaust’ is big business. Indeed, there is strong evidence, as we shall see later, that even such famous holo-biographies as that of Elie Wiesel are completely fraudulent. There are also numerous accounts, again which we will soon examine, by quite renowned individuals countering the official ‘Holocaust’ narrative but which continue to be routinely and entirely ignored and suppressed.
では、本当に 「目撃者」 の証言は決定的なのでしょうか? そうではありません。主要な 「自叙伝」 のほとんどは捏造であることが明らかになっており、残りはこれらの記述から派生したもの、あるいは単なる伝聞や噂に基づいたものばかりなのです。さらに、偽の 「目撃者」 証言を扱う会社組織も出現しており、これはより大規模な企業の本質的な部分であると言えます。あまり細かいことを言うつもりはありませんが、「ホロコースト」 は大きなビジネスなのです。実際、後で述べるように、エリ・ヴィーゼルのような有名なホロコースト伝記でさえ、完全に詐欺であることを示す強力な証拠があるのです。また、公式の 「ホロコースト」 物語に対抗する、きわめて著名な人物の証言も数多くありますが、これらは相変わらず徹底的に無視され、黙殺され続けています。


Okay, but what about the ‘confession’ of Rudolf Hoss, the commandant of Auschwitz and the key witness for the prosecution at the Nuremberg Trials? We learn from Kollerstrom of evidence that came to light in the mid-1980s that Hoss had been “tortured for three days and nights by a British hit team” prior to his confession. And that, in any case, there are blatant contradictions in his tortured testimony that demonstrate that he was simply making up what his prosecutors / persecutors wanted to hear. Indeed, threats of either capital punishment or long prison sentences were the overarching context for the rest of the rank-and-file ‘confessions’ in a military tribunal by the victors that accepted as a pre-determined fact the reality of the ‘extermination’ thesis and denial of which could not only not be used as a defense position (a common feature, by the way, of today’s infamous international kangaroo courts / ‘war crimes tribunals’)[3] – but which legal tactic guaranteed one’s conviction! Accordingly, most defendants chose the pragmatic stance of accepting the prosecution ‘thesis’ which opened the door to a lenient plea bargain.
なるほど、しかし、アウシュビッツの司令官で、ニュルンベルク裁判の検察側の重要証人であるルドルフ・ヘスの 「自白」 についてはどうだろうか。私たちは、1980 年代半ばに明らかになった、ヘスが自白する前に 「イギリスの殺し屋チームによって三日三晩拷問された」 という証拠をコラーストロムから学びました。そして、いずれにしても、彼が拷問された後の証言には明らかな矛盾があり、それは彼が単に検察官/迫害者の聞きたかったことをでっち上げていたことを示すものである。 実際、死刑か長期の実刑判決という脅しが、勝者による軍事法廷での他の幹部たちの 「自白」 の大きな背景となっていたのであり、それは、「絶滅」 という主張を既定の事実として受け入れ、それを否定することは弁護の立場として使えないだけでなく、「絶滅」 という主張を否定することもできなかったのです (ところで、今日の悪名高い国際カンガルー・コート (不正な裁判) / 「戦争犯罪法廷」 の共通点である)。しかし、どんな法廷戦術が自分の判決を保証してくれるのだろう!結局、ほとんどの被告人は、検察側の主張を受け入れるという現実的なスタンスをとり、甘い司法取引に応じることになったのである。
こちらもご参照💓
↓
☆【栃木小 1 女児殺害事件】 “文系” の “検察官” と “裁判官” とが結託すれば・・・それこそ、まさしく “寡頭制 (オリガルキー) ” の出来上がり (笑)
Anyways, enough of the cursory overview. Let’s get down to brass tacks.
とにかく、ざっくりとした概要説明はこれで十分です。本題に入りましょう。



☆『Breaking the Spell』 The Unz Review • An Alternative Media Selection
☆投資家サーベイ結果発表 「岸田政権、支持しますか?」
本日の書物 : 『隷従への道』 フリードリヒ・ハイエク 日経BP
戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。
そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。
私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、
客観的に情勢を判断する必要があります。
それでは、この書物を見ていきましょう!
『 【社会主義】に対するこうした疑念を和らげ、【自由の渇望】という強い【政治的動機】をこの概念と【結びつける】ために、【社会主義者は 「新しい自由」 という約束をしきりに口にするようになった】。社会主義時代の到来は、貧困の国から自由の国への飛躍を意味する。それは【 「経済的自由」 をもたらす】のであり、【それなしには、すでに手にした 「政治的自由」 は持つ価値さえない】、というのである。自由を求める長年の苦闘を完遂できるのは社会主義だけだ、【政治的自由の達成は単に最初の一歩にすぎない、と彼らは主張した】。


【ここで重要なのは】、この主張がもっともらしく聞こえるように、【自由という言葉の意味を社会主義者が巧妙に変えたこと】である。政治的自由を追い求めた偉大な先人にとって、この言葉が意味するのは【圧制からの自由】であり、他人による【恣意的な権力行使からの自由】であり、上位者の命令に従う以外の選択肢がないような【束縛からの解放】だった。だが、【新しい自由】が約束するのは、【貧困からの自由】であり、個人の選択の範囲を必然的に狭めるような【外的条件(といっても、その度合いは人によって大きなばらつきがあるのだが)からの解放】だった。【人間が真に自由になるには、まずは 「物理的欠乏という圧制」 を打倒し、「経済システムの拘束」 を緩和しなければならない、というのである】。
こちらもご参照💓
↓
☆ちっとも新しくない “新しい資本主義” ~ 前近代のゼロサムゲーム思考のままな現代財務官僚
☆“ゼロ・サムゲーム” 思考の経団連会長が妄信しているもの ~ もっと真面目に資本主義に取り組めば?
☆パペット・キシダに読ませたい寓話 【アリとキリギリス】 ~ 「ゼロ・サムゲーム」 の “限られたパイの分配” VS 「非ゼロ・サムゲーム」 の “無限のパイの蓄積”
【この意味での自由が権力あるいは富の別名にすぎないことは、改めて言うまでもあるまい】。この新しい自由の約束は、社会主義社会では物理的富が大幅に増大するという無責任な約束を伴うことが多かった。もっとも経済的自由に期待されていたのは、自然状態の貧困の完全な克服ではない。【彼らの約束が実際にめざしていたのは、結局のところ、人々の間に現に存在する選択範囲の大幅な格差をなくすことだった】。これは、【富の平等な分配という昔ながらの要求と変わらない】。



しかし【 「新しい自由」 と新しい名前をつけることによって、社会主義者は自由主義者と共通の言葉を手に入れ、それを徹底的に利用したのだった】。両者は【異なる意味で 「自由」 という言葉を使っていた】にもかかわらず、【それに気づく人はほとんどいなかった】し、【約束された二種類の自由が実際に共存しうるのかを問うた人は、もっと少なかった】。』

集産主義 ( = 全体主義) が求める 「最高効率の労働体系」/span>
いかがでしょうか?
今回ご紹介させていただく書物は、資本主義を研究する学問である経済学において、偉大なる経済学者の一人であるフリードリヒ・ハイエクが、ナチズム (あるいはファシズム) と社会主義・共産主義の類似性を明らかにしつつ、 それらの集産主義体制が必然的に全体主義へと至ってしまう危険性について警鐘を鳴らした、非常に有名な書物で、本書を通じて、『 「法の支配」 に基づく自由民主主義』 がいかに大切なものであるのかを改めて理解することができ、財務官僚如きにコントロールされ、「法の支配」 を無視した勝手な決定を次々と行っている (例 : ウクライナへの軍事物資支援 = 戦争行為)、トコトン無能な “岸田政権” も、実は、ハイエクが警鐘を鳴らしたものに、まさしく繋がっているという現状が良く分かるようになる、当ブログお薦めの良書になります。無能で危険極まりない岸田一派は、政権のみならず、政界そのものから抹消することが、私たち日本国民の喫緊の課題となりますので、是非広く日本国民の皆様にお読みいただきたいと思います。

それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。
(死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)
※( )内は前回の数値

☆Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE
アメリカ : 997,586(997,505)÷81,911,016(81,862,081)=0.0121・・・(0.0121) 「1.21%(1.21%)」

イタリア : 164,573(164,489)÷16,816,419(16,798,998)=0.0097・・・(0.0097) 「0.97%(0.97%)」

日本 : 29,847(29,814)÷8,126,472(8,098,119)=0.0036・・・(0.0036) 「0.36%(0.36%)」

さて、これまで、ドイツで生まれた「キリスト教神智学(Christian theosophy)」・「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」を出発点として、その後、人為的に造り出された “幻想” であるところのマルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想を経て、ソ連崩壊とともに死滅したかに思われたものの、現在に至るまで一貫して受け継がれていく “信仰” が存在していて、その根底にある、ユダヤ・キリスト教的な 「贖罪(しょくざい)」 の意識により、さまざまな “アイデンティティ” を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物として “罪” を創り出し、自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になっている、そんな 「極左おパヨク」 に繋がる一連の系譜について確認して参りました。

ここで御理解頂きたいのは、そんなおバカな 「極左おパヨク」 は、飽くまでも、ある連中が果たそうとしている、ある目的の達成のための道具でしかないということです。
その目的とは、さまざまな “アイデンティティ” を意図的に粗製濫造することで、社会分断を行い、到底達成不可能な目標である “平等 (equality)” を強要(←全人類の均一化・同質化などは不可能であることは自明です!)し、多くの人々に対して自己抑圧的な態度の徹底を促し(←これが、ポリコレw)、人々の “自由” を奪う極めて権威主義的な統制社会の再構築を目指す、というものです。
では、なぜ、それを目指そうとするのでしょうか?
それは、「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」のもとで、ある連中にとって非常にコントロールしやすい社会が構築できるからです。

その「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」については、これまたドイツ出身の社会学者・歴史学者であり、マルクス主義者で、エリート理論の信奉者で、ファシズム(全体主義者)でもあったロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)が提唱した仮説である 『寡頭制の鉄則』 (iron law of oligarchy)について確認をしてきましたが、そこにもやはり「キリスト教神智学(Christian theosophy)」・「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」の影響を見ることができました。

ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)
また「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」と同根の言葉である「オリガルヒ(oligarch)」につきましても、ロシアやウクライナの事例を参照して、それがいまから数十年前に、マルクス主義が生み出した “社会主義・共産主義の幻想” が瓦解・崩壊する過程で作り出されたものであることを確認し、そこには少なからぬ 「ユダヤ人 (=ユダヤ教徒)」 が存在していることも判明いたしました。さらには、ウクライナとユダヤ人 (=ユダヤ教徒) と特異な関係を、ウマン (ウーマニ) 巡礼の形成の歴史を通じて確認することができました。

そこで、現在 “ユダヤ人” (民族としては定義され得ない、単なる宗教信者のグループ) という存在に着目し、より一層理解を進めるために、、次の論文を見ているところとなります。

☆『ナチ・ドイツにおける経済の脱ユダヤ化 ― 1938年十一月ポグロムの社会経済的背景 ―』 山本達夫
それでは早速、続きを見て参りましょう。
『 第 9 章 十一月ポグロムと経済の脱ユダヤ化政策の収束
4. 十一月ポグロム後の会議
・・・まず 「外国籍」 に関して,ライヒ経済大臣は 1938 年 11 月 18 日付回覧通達 (速達) 〔史料編 35 ) 〕 *849 ) において,営業経営の閉鎖にさいして問題が生じたら報告するよう要請している。また同じくライヒ経済大臣が 1938 年 12 月 1 日付けで出した回覧通達 (速達) 〔史料編 38 ) 〕 *850 ) では,外国籍のユダヤ人の営業経営の閉鎖について,1938 年 12 月 31 日という期日を示しながらも,商店の再開を妨害しないよう要請した。
つぎに 「輸出 〔振興〕 」 に関しては,ライヒ経済大臣は 1938 年 10 月 27 日付回覧通達 〔史料編 33 ) 〕 において,1937 年に輸出額が 10 万マルクを超過した企業の脱ユダヤ化にさいしてライヒ経済大臣の承認が必要であると念を押した。 *851 )
「国民経済」 もまた,例外を許容するタームとなり得た。これは 1938 年 11 月 18 日付ライヒ経済大臣通達 (速達) 「ドイツ経済活動からのユダヤ人の排除のための政令」 〔史料編 35 ) 〕 *852 ) にある 「当該商店の営業継続が一般的な国民経済的理由,とりわけ住民への供給を考えて望ましく思われる場合」 という文言にみてとれる。「輸出」 への配慮はさらに,ユダヤ的な商号も例外として許容していた。すなわちライヒ経済大臣は 「一般に特段の輸出の利益を鑑みて,移行期間のあいだ追加名付きの元の商号を引き続き使用することが例外的に正当化される」 としたのである。 *853 )
以上のような例外措置はあったにせよ,11 月 12 日の会議の目的は 「営業経営を警察が閉鎖する」 ことを出席者に伝えることであった。ゲーリングは会議のなかで 「諸君が 200 人のユダヤ人をたたき殺しても,そういった貴重なものは台無しにしない方がよかったのだ」 と驚くような発言している。 *854 ) 完全に人命を軽視したこの発言は,ポグロムという手段を用いずに商店を閉鎖をしたかったという彼の本音を吐露したものかもしれない。しかし,反ユダヤ主義を国是として四カ年計画下を遂行したナチ体制ではそれは不可能であった。暴力的破壊と多数のユダヤ人の殺傷を経たあとでなければ経営を閉鎖できなかったのである。
ニュルンベルクの法廷でゲーリングは興味深い反応を見せている。裁判の証拠資料として提出された会議の議事録を検事が朗読し,フィッシュベックの説明 「こうした方法によってわれわれは年末までに外見からユダヤ商店とわかる商店をすべて取り除くことができます」 につづくゲーリングの発言 「それは素晴らしい!」 まで読み進めたとき,とくに発言を求められたわけでもないゲーリングは 「その通り,それこそまさにあの会議の意味だったのだ!」 と口走っているのである。 *855 )
ゲーリングのこのことばは,久しくナチズムの反ユダヤ主義に共鳴してきたドイツ人が 「真のユダヤ人問題」 であると見なしてきたものが,国家によって否定されると同時に,抹消されたことも意味していた。なぜならユダヤ商店が閉鎖されるのは,それが 「ユダヤ」 商店であるからではなく,四カ年計画が要求する 「最高効率の労働体系」 の実現の妨げになっているからであり,ある商店がアーリア化されているかどうかは,その際まったく無視されているからである。
*849 ) Der Reichswirtschaftsminister. -III Jd. 8782/38- Schnellbrief! Betr.: Verordnung zur Ausschaltung der Juden aus dem deutschen Wirtschaftsleben vom 12. Nov. 1938 (RGBl., I,S. 1580). Berlin, den 18. Nov. 1938. in: GWB 624 「とくに合衆国,イギリス帝国またはフランスの国籍が問題となっている場合は,経営の閉鎖前にすべて本官に報告すること」 としている。
*850 ) Der Reichswirtschaftsminister. III Jd. 9834/38. Schnellbrief! Betr.: Ausschaltung der Juden aus dem deutschen Wirtschaftsleben. Berlin, den 1. Dez. 1938. in: GWB 624
*851 ) Der Reichswirtschaftsminister. III Jd. 2/6610/38. Betrifft: Durchführung der Anordnung des Beauftragten für den Vierjahresplan vom 26. April 1938 (RGBl. I S. 415) -Entjudung von Ausfuhrunternehmen.-. Berlin, den 27. Okt. 1938. in: GWB 624.
*852 ) Der Reichswirtschaftsminister. -III Jd. 8782/38- Schnellbrief! Betr.: Verordnung zur Ausschaltung der Juden aus dem deutschen Wirtschaftsleben vom 12. Nov. 1938 (RGBl., I,S. 1580). Berlin, den 18. Nov. 1938. in: GWB 624
*853 ) Ibid.
*854 ) 前掲拙訳(上)47 頁。
*855 ) IMG. Bd. 9, p. 600. 』
ということで、本日はここまでとさせて頂きます。
続きは次回に♥
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