FC2ブログ

    親子チョコ💗(500冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  科学・数学 >  ナチ・ドイツのプロパガンダ、ナチ・チャイナのプロパガンダ

    ナチ・ドイツのプロパガンダ、ナチ・チャイナのプロパガンダ

    A storm is coming 184

    本日のキーワード : 国家社会主義、ナチ、プロパガンダ



    National socialism
    国家社会主義 ②

    Through the writings of Houston Stewart Chamberlain, Nazi theorists were influenced by the ideas of the French Count Arthur de Gobineau, sometimes referred to as Gobinism, who was the first to formulate the idea of an Aryan master race. Hitler met Chamberlain in the 1920s.
    ヒューストン・スチュワート・チェンバレンの著作を通じて、ナチスの理論家たちは、アーリア人の支配者人種という考えを最初に打ち出したフランスのアルトゥール・ド・ゴビノー伯爵の思想 (ゴビニズムと呼ばれることもある) に影響を受けた。ヒトラーがチェンバレンと出会ったのは1920年代のことである。

    ヒューストン・ステュアート・チェンバレン
    ヒューストン・ステュアート・チェンバレン

    After Hitler joined and later took control of the German Workers' Party in 1921, he added what could be the most damaging elements:
    ・A rabid hatred for anything and anyone not German;
    ・and a passionate German nationalism which demanded an expansion of German territory by force or other means.
    ヒトラーは 1921 年にドイツ労働者党に参加し、後にその主導権を握った後、最も有害となり得る要素を加えた
    ・ドイツ人でないものや人を激しく憎むこと。
    ・そして、ドイツの領土を武力やその他の手段で拡大することを求める、熱狂的なドイツ・ナショナリズムであった。


    Prior to World War I, Hitler had been a homeless tramp eking out a meager living as an artist in Vienna, Austria, a multi-ethnic city which included Slavs and Jews among its population; his experience there, as well as the racial propaganda Hitler read voraciously - among them the classic forgery Protocols of the Elders of Zion - fed into his pro-Germanic racist beliefs.
    第一次世界大戦前、ヒトラーは、スラブ人やユダヤ人を含む多民族都市であるオーストリアのウィーンで、芸術家として細々と生活していたホームレスのような生活を送っていた。そこでの経験と、ヒトラーが熱心に読んだ人種的プロパガンダ (その中には古典的な偽書である 「シオン長老の議定書」 も含まれていた) が、彼の親ドイツ的な人種主義の信念につながっていったのである。

    National Socialism did not come into its own until after Germany's defeat in World War I. What gave it impetus was the Treaty of Versailles in 1919, in which Germany was forced to assume guilt and responsibility for causing the war and the death and destruction which resulted. The Allies’ insistence on the drafting of the Treaty without German participation, the heavy reparations, the despair and disillusionment felt by many Germans after the war, and those diplomats Hitler felt had agreed to cease the war (the “November criminals”) were all used in Hitler's propaganda to persuade as many Germans as possible to support the Nazi cause. The hyper-inflation of 1923 which wiped out middle-class savings and made the German mark worthless added to the National Socialist cause.
    国家社会主義が本格化したのは第一次世界大戦でドイツが敗北した後である。そのきっかけとなったのは、1919 年に締結されたベルサイユ条約であり、ドイツは戦争とその結果としての死と破壊を引き起こした罪と責任を負うことを余儀なくされた。連合国側がドイツの参加を得ずに条約の草案を作成することにこだわったこと、多額の賠償金、戦後多くのドイツ人が感じた絶望と幻滅、そしてヒトラーが戦争をやめることに同意したと感じた外交官たち ( 「 11 月の犯罪者たち」 )、これらすべてがヒトラーのプロパガンダに利用され、できるだけ多くのドイツ人にナチの大義を支持させるよう説得した。1923 年のハイパーインフレで、中産階級の貯蓄が消え、ドイツマルクが無価値になったことも、国家社会主義の大義に拍車をかけた。

    Hitler went into detail as to what National Socialism would be when he wrote his political testament while in prison in 1924. In Mein Kampf he outlined his racial policies and theories, his theories regarding German expansion, and his understandings of mass psychology and propaganda; in the latter he understood that a weak-minded people would be led by someone who can speak at their level, regarding "truth" less important than "success":
    ヒトラーは、1924 年に獄中で政治犯としての遺書を書いた際、国家社会主義のあり方について詳細に述べている。『我が闘争』 の中で、彼は人種政策と理論、ドイツの拡大に関する理論、大衆心理とプロパガンダについての理解を述べている。後者では、心の弱い人々が、彼らのレベルに合わせて話すことができる人に導かれること、また、「成功」 よりも 「真実」 の方が重要ではないと考えていました。

    "It is part of a great leader's genius to make even widely separated adversaries appear as if they belonged to but one category, because among weakly and undecided characters the recognition of various enemies all too easily marks the beginning of doubt of one's own rightness."
    偉大なリーダーの才能の一つは、大きく離れた敵であっても、あたかも一つのカテゴリーに属しているかのように見せることだ。なぜなら弱くて決断力のない人物にとって様々な敵を認識することは自分の正しさを疑うきっかけになりやすいからだ。」

    “National socialism” Conservapedia



    本日の書物 : 『 世界は 「関係」 でできている : 美しくも過激な量子論』 カルロ・ロヴェッリ NHK出版



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 ・・・ 「ほんとうに、信じられない。こんなことを、信じろというのか? これじゃあまるで・・・【現実が・・・存在しない】みたいじゃないか」

     これが、【量子】を巡るわたしたちの現状だ。百年にわたって完璧な成功を収め、今日の技術や二十世紀物理学の基礎そのものをわたしたちに与えてくれた【量子の理論】。科学のもっとも偉大な成功の一つといえるその理論を細かく見ていくと、ただただ驚き混乱し、ほんとうなのかと疑うことになる。

     かつてほんの一瞬だけ、【この世界の成り立ちを定めている原理】がはっきりとわかったと思われた ―― じつに多様な形をした現実すべての根っこには、いくつかの力に導かれた物質粒子しかない。わたしたちはついに 「マーヤーのヴェール (インド哲学でいう無知の帳) 」 をめくって、現実のおおもとを見定めたのだ、と。しかしそれも、長くは続かなかった。つじつまの合わない事実が多すぎたのだ。やがて 1925 年の夏に、二十三歳のドイツの青年が、北海の吹きさらしの孤島、「聖なる島」 を意味するヘルゴラント島で一人不安な日々を過ごすこととなった。そしてそこで、さまざまな御しがたい事実をすべて説明し得る着想、【量子力学の数学的構造】 ―― すなわち【 「量子論」 の確立へとつながる着想】を得る。史上もっとも偉大な科学革命が始まったのである。その若者の名は、【ヴェルナー・ハイゼンベルク】。この本の物語は、彼から始まる。

    ヴェルナー・ハイゼンベルク
    ヴェルナー・ハイゼンベルク

    ヘルゴラント島
    ヘルゴラント島

     【量子論】は、化学の基礎や原子や固体やプラズマの働きを明らかにし、空の色、星のダイナミズム、銀河の起源を始めとするこの世界の無数の側面を明確に説明してきた。さらに、コンピュータから原子力施設に至るさまざまな最新技術の基礎となった。工学者、天体物理学者、宇宙論学者、化学者、生物学者たちは、日々この理論を使っている。さらに【その基本原理は、高校のカリキュラムにも組み込まれている】。この理論は、未だかつて誤りだったためしがない。それは、今日の科学の脈打つ心臓なのだ。そのくせそれはひどく謎めいていて、人々をなんとなく不安にさせる。

     量子論は、この世界はきちんと定められた曲線に沿って動く粒子からできている、という現実の描像を壊しはしたものの、ではこの世界をどう捉えたらよいのかは、はっきりさせていない。【この理論の核となる (数) 式は、現実を記述していない】のだ。

    gshdeus.jpg

    しかも不思議なことに、【遠く離れた対象物は互いに結びついている】らしい。そのうえ【物質が、ぼんやりとした確率の波に置き換えられる】というのだから・・・。』

    日の丸

    左翼ナチ人種主義国家による 『ユダヤ人創造』


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、理論物理学者の著者が量子論の誕生から約 100 年間にわたる量子論をめぐる解釈の流れをまるで小説でも読んでいるかのように感じさせるストーリー展開で描きながら難しい数式もほとんど登場せずその一方で量子論から導かれる新しい世界観を見事に腑に落ちる形で指し示した良書になります。本書を読み終えてみて思い出されるのは日本が誇る天才数学者の岡潔さんがすでに半世紀ほど前に指摘されていたことで漸く西洋人が日本人に追いついてきたということなのでしょう

    こちらもご参照💗

    西洋的自然科学にみられる決定的矛盾

    西洋の「ギリシャ論理学」 VS 東洋の「インド論理学」

    読書6-21

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    gerdply.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 902,400(902,182)÷76,469,522(76,448,290)=0.0118・・・(0.0118) 「1.18%(1.18%)」
    gerdply1.jpg

    イタリア : 148,771(148,542)÷11,621,736(11,542,793)=0.0128・・・(0.0128) 「1.28%(1.28%)」
    gerdply2.jpg

    日本 : 19,341(19,273)÷3,309,439(3,219,621)=0.0058・・・(0.0059) 「0.58%(0.59%)」
    gerdply3.jpg













    さて、これまで、ドイツで生まれた「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」出発点として、その後人為的に造り出された “幻想” であるところのマルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想を経て、ソ連崩壊とともに死滅したかに思われたものの現在に至るまで一貫して受け継がれていく “信仰” が存在していて、その根底にあるユダヤ・キリスト教的な 「贖罪(しょくざい)」 の意識により、さまざまな “アイデンティティ” を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物として “罪” を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になっているそんな 「極左おパヨク」 に繋がる一連の系譜について確認して参りました。



    ここで御理解頂きたいのは、そんなおバカな 「極左おパヨク」 は、飽くまでも、ある連中が果たそうとしている、ある目的の達成のための道具でしかないということです。

    その目的とは、さまざまな “アイデンティティ” を意図的に粗製濫造することで、社会分断を行い到底達成不可能な目標である “平等 (equality)” を強要(←全人類の均一化・同質化などは不可能であることは自明です!)し、多くの人々に対して自己抑圧的な態度の徹底を促し(←これが、ポリコレw)、人々の “自由” を奪う極めて権威主義的な統制社会の再構築を目指す、というものです。

    では、なぜそれを目指そうとするのでしょうか?

    それは、「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」のもとである連中にとって非常にコントロールしやすい社会が構築できるからです。

    ポイント 女性

    その「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」については、これまたドイツ出身の社会学者・歴史学者であり、マルクス主義者で、エリート理論の信奉者で、ファシズム(全体主義者)でもあったロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)提唱した仮説である 『寡頭制の鉄則』 (iron law of oligarchy)について確認をしてきましたが、そこにもやはり「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」の影響を見ることができました。

    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)
    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)

    また「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」同根の言葉である「オリガルヒ(oligarch)」につきましても、ロシアやウクライナの事例を参照して、それがいまから数十年前にマルクス主義が生み出した “社会主義・共産主義の幻想” が瓦解・崩壊する過程で作り出されたものであることを確認し、そこには少なからぬ 「ユダヤ人 (=ユダヤ教徒)」 が存在していることも判明いたしました。さらにはウクライナとユダヤ人 (=ユダヤ教徒) と特異な関係をウマン (ウーマニ) 巡礼の形成の歴史を通じて確認することができました。



    そこで、現在 “ユダヤ人” (民族としては定義され得ない、単なる宗教信者のグループ) という存在に着目し、より一層理解を進めるために、次の論文を見ているところとなります。

    egdhsied.jpg
    『ナチ・ドイツにおける経済の脱ユダヤ化 ― 1938年十一月ポグロムの社会経済的背景 ―』 山本達夫

    それでは早速、続きを見て参りましょう。

    『 第 2 章ニュルンベルク法

    はじめに
     職業官吏制度再建法第 3 条「アーリア系でない官吏は退官させることができる」「アーリア条項」 として知られているこの 「アーリア条項」 の導入によってもたらされたものが血統証明である血統証明は 19 世紀末以降加盟員に独自の 「アーリア条項」 (ドイツ民族への帰属を証明する義務) を課した反ユダヤ諸団体において要求されていたこれが職業官吏制度再建法の布告を機にドイツの日常生活の様々なやりとりの場に登場することになったのである
     「アーリア条項」 の導入は同時代のドイツ国民に大きな動揺を与えた。あるドイツ人は故郷の教会の牧師に自分の先祖調査を依頼している。依頼を受けた牧師は1933 年 12 月 18 日付の返信で,「アーリア素性の調査依頼がほぼ毎日,山のように寄せられています」 と書いている。 *187 ) このことは,ふつうのドイツ人が第三帝国で生きのびるため,自身の身の潔白を確認しようとしていた証拠である。
     血統証明には公に認証された文書が必要とされ,出生または洗礼,結婚,死亡証明書や (家) 系図 Ahnenpaß の提示が求められた。血統証明には 「大証明」 と 「小証明」 があった。大証明では1800 年 1 月 1 日までさかのぼってすべての祖先の血統が調査され,この証明は官吏職に就く場合のほか,ナチ党および党組織に加盟するさいに必要とされた。一般的には,祖父母の代までさかのぼってアーリアの血統を証明する小証明が求められた。ことに 「血の純血」 が重視された親衛隊へ入隊するには,1750 年までさかのぼる特別な証明が必要とされた。なお,家族状況がはっきりせず (捨て子,私生児など) 血統が不明な場合には,ライヒ内務省内に1935 年 3 月に設置された国家系譜研究所 Reichsstelle für Sippenforschung が,ドイツまたは同類の血統か否か,異種の血の混合度合いはどうか,などについての判定を下した。 *188 ) 決め手となる文書がない場合,疑似科学的な遺伝・人種生物学的鑑定が判定に利用されることもしばしばあった。
     血統証明は被験者の法的社会的地位のみならず生死をも左右するものであったが証明の基礎となる人種の定義は不明確なままであった近代反ユダヤ主義は 「人種」 を前提に展開してきたのであるがそこにおけるユダヤ人の判断基準は最終的には先祖がユダヤ教団へ所属していたか否かという問題にすりかえざるを得なかったのである。 *189 )
     第三帝国は「アーリア条項」 の制定によって 「ユダヤ人」 が実在することを公式に宣言したさらに血統証明手続きを制度化することにより将来的に対 「ユダヤ人」 行政を国策として遂行する道を選択した国家の終焉まで続くユダヤ人迫害の歴史の最初にこうした 「ユダヤ人創造 Aufjudung」 *190 ) の一幕があったことは銘記しなければならない「ユダヤ人創造」 の最初の契機が 「アーリア条項」 であったことは職業官吏制度再建法が第三帝国の最初の反ユダヤ立法であったという事実以上に重要である
     いまひとつ注意すべきはナチ人種主義国家において 「アーリア条項」 の標的が 「ユダヤ人」 ではなく 「非アーリア」 であったことである。「非アーリア」 は,「民族共同体」 建設の障害となるとして排斥の対象とされた。これによって広範な人びとが対象とされた。血の論理は政治とはまったく無縁であった。中村は,同盟国の日本人もドイツ人との婚姻にさいして執拗に排斥されていたことを史料的に明らかにしている *191 )
     第三帝国における反ユダヤ立法の時系列的展開をみるとき,職業官吏制度再建法をニュルンベルク法の前段階とみなすことは誤りではない。しかし,「アーリア条項」 から理論的にニュルンベルク法が導き出されたわけではないことに注意しなければならない。「アーリア条項」 に具体的な意味内容を盛り込んだのは第三帝国の現実の社会であった現実の社会から意味を付与された 「アーリア条項」 が逆にドイツ社会を規定したのである。本章では,職業官吏制度再建法からニュルンベルク法にいたる時期に,「アーリア条項」 にいかなる意味内容が盛り込まれ,ニュルンベルク法の内容と性格を規定していったのかを考察する。


    *187 ) オズナブリュク近郊のフュールステナウ Fürstenau の牧師J・H は,依頼人O・D (銀行員) に,1678 年以降の戸籍簿しかないこと 〔三十年戦争の影響と考えられる〕,男系の祖先を数世代さかのぼれたこと,名字の綴り方が数種類あったこと,1874 年 10 月 1 日以降の記録については依頼人の戸籍役場で調べてもらいたい,などと書き,調査料として15 マルクを請求している。この依頼人O・D の祖先にはユダヤ人はいなかったらしい。O・D は自分でも数世代までさかのぼる家系図を書いている。この書簡と家系図は 2005 年 8 月 3 日,O・D 氏の孫宅で著者が撮影した。

    *188 ) 職業官吏制度再建法制定にあたって,当初ライヒ内務省では人種研究専門官 Sachverständiger für Rassenforschung が任命されていた。国家系譜研究局はその後継組織で,1940 年 11 月にライヒ系譜局 Reichssippenamt と改称された。40 年末までに 170 名の職員が下した血統についての判定は 11 万 2000 件にのぼる。Benz, Graml, Weiß (eds.), Enzyklopädie des Nationalsozialismus (Stuttgart, 1997), pp. 694-695.

    *189 ) 1933 年 4 月 11 日付職業官吏制度再建法第一遂行令には次のようにある。「アーリア系でないと見なされるのは 〔…〕 ユダヤ系の両親もしくは祖父母の血統の者である。両親のうちひとり,または祖父母のうちひとりがアーリアの血統でなければ,それで十分である。このことはとりわけ両親のひとり,または祖父母のひとりがユダヤ教団に属する場合に仮定しうる。」Blau, Bruno, Das Ausnahmerecht für die Juden in Deutschland 1933-1945 (Düsseldorf, 1965), Nr. 6, p. 19.参照,長田浩彰 『第三帝国期におけるドイツ・ユダヤ人のアイデンティティに関する研究』 (平成 11 年度~平成 13 年度科学研究費補助金基盤研究 (C) (2) 研究成果報告書 (2004 年 3 月)。

    *190 ) Pätzold, Kurt, Von der Vertreibung zum Genocid. in: Eichholz, Dietlich, Pätzold, Kurt (ed.), Faschismus- forschung (Berlin, 1980), p. 186.

    *191 ) 中村綾乃 「ナチス・ドイツの友好国と 『人種』 」 『ドイツ研究』 第47 号(2013 年),136-137. 』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。









    続きは次回に♥




    ランキング参加中で~す^^ ポチっとお願いします♥
    ↓↓↓↓↓↓↓

    にほんブログ村 本ブログへ
    にほんブログ村


    人気ブログランキング



    PVアクセスランキング にほんブログ村

    関連記事

    コメント






    管理者にだけ表示を許可する