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    親子チョコ💗(500冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  小説 >  死ぬことも怖い。また、死なないことも怖い。

    死ぬことも怖い。また、死なないことも怖い。

    A storm is coming 167

    本日のキーワード : 過激な無神論、死と生



    Militant atheism
    過激な無神論 ①

    Militant atheism (Russian: воинствующий атеизм) is a term applied to atheism which is hostile towards religion. Militant atheists have a desire to propagate the doctrine, and differ from moderate atheists because they hold religion to be harmful.
    過激な無神論(ロシア語:воинствующий атеизм)は、宗教に敵対する無神論に適用される用語である。過激な無神論者は教義を広めたいという願望を持っており、宗教を有害なものとする点で穏健な無神論者と異なる。

    Militant atheism was an integral part of the materialism of Marxism-Leninism, and significant in the French Revolution, atheist states such as the Soviet Union, and Great Proletarian Cultural Revolution. The term has also been applied to antireligious political thinkers.
    マルクス・レーニン主義の唯物論には過激な無神論が不可欠であり、フランス革命ソビエト連邦などの無神論国家プロレタリア文化大革命などにおいて重要であった。また、この言葉は、反宗教的な政治思想家にも適用されている。

    Recently the term militant atheist has been used to describe adherents of the New Atheism movement, which is characterized by the belief that religion "should not simply be tolerated but should be countered, criticized and exposed."
    最近では、宗教を「単に許容するのではなく、対抗し、批判し、暴露すべきである」という信念を持つ新無神論運動の信奉者を指す言葉として、過激な無神論者という言葉が使われることもある。

    British philosopher Julian Baggini postulates an atheistic active hostility to religion as militant and says hostility "requires more than just strong disagreement with religion – it requires something verging on hatred and is characterized by a desire to wipe out all forms of religious belief." Militant atheists, Baggini continues, "tend to make one or both of two claims that moderate atheists do not. The first is that religion is demonstrably false or nonsense, and the second is that it is usually or always harmful." According to Baggini, the "too-zealous" militant atheism found in the Soviet Union was characterized by thinking the best way to counter religion was "by oppression and making atheism the official state credo."
    イギリスの哲学者ジュリアン・バギニは、宗教に対する無神論者の積極的な敵意を過激派と仮定し、敵意は 「宗教に対する単なる強い反対意見を必要とするだけではなく、憎悪に近いものを必要とし、あらゆる形態の宗教的信仰を一掃したいという願望によって特徴づけられる」 と述べています。過激な無神論者は、「穏健な無神論者がしない2つの主張のうち、どちらか一方、あるいは両方をする傾向がある」 とバギニは続ける。第一は、宗教は明らかに間違っているかナンセンスであるということであり、第二は、宗教は通常、あるいは常に有害であるということです。バギニによれば、ソ連に見られる 「熱心すぎる」 過激な無神論は、宗教に対抗する最善の方法は「弾圧と無神論を公式の国家信条とすること」だと考えていたことが特徴だという。

    As such, philosopher Kerry S. Walters contends that militant atheism differs from moderate atheism because it sees belief in God as pernicious. In the same vein, militant atheism, according to theologian Karl Rahner, regards itself as a doctrine to be propagated for the happiness of mankind and combats every religion as a harmful aberration; "militant" atheism differs from the philosophy of "theoretical" atheism, which he states, may be tolerant and deeply concerned.
    そのようなものとして、哲学者のケリー・S・ウォルターズは、過激な無神論は、神を信じることを悪と見なすので、穏健な無神論とは異なると主張している。同じように、神学者のカール・ラーナーによれば、過激な無神論は、自らを人類の幸福のために広めるべき教義と考え、あらゆる宗教を有害な異質なものとして闘う。「過激な」 無神論は、寛容で深い関心を持つこともある 「理論的」 無神論の哲学とは異なる、とラーナーは述べている。

    The theological roots of militant atheism can be found in thought of Friedrich Schleiermacher, Leo Strauss, Ludwig Feuerbach, as well as in Karl Marx's and Friedrich Engels's critique of religion. Under régimes which espouse militant atheism, such as Albania under Enver Hoxha and Cambodia under the Khmer Rouge, in which traditional religion was banned, when the wave of militant atheism passes, traditional religion may reappear with undiminished strength when conditions allow for the expression of grassroots identities.
    過激な無神論の神学的根源はフリードリヒ・シュライアマッハ、レオ・シュトラウス、ルートヴィヒ・フォイエルバッハの思想や、カール・マルクスやフリードリヒ・エンゲルスの宗教批判に見いだすことができる。エンベル・ホクシャ政権下のアルバニアやクメール・ルージュ政権下のカンボジアのように、過激な無神論を掲げる政権下で伝統的宗教が禁止され、その波が去った後、草の根のアイデンティティーを表現できる状況になれば、伝統宗教は衰えることなく再び力を取り戻すかもしれない。

    “Militant atheism”Conservapedia



    本日の書物 : 『わたしは灰猫』 青山 繁晴 扶桑社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 気がつくと、老婆が咲音 (さいん) を見あげている。咲音が老婆から目を逸らせようとすると、老婆も咲音から視線をさらに上に移した。つられて見上げると、白い月が真昼の空にある。

    「あの月もいなくなるんです」

     咲音は、言うはずのなかった言葉が口を突いて出た。「お月さまは、ほんとうは一年に四センチづつ、わたしたちから遠ざかっています」

     老婆はぴたりと咲音の眼をとらえている。

    「空のぜんぶが遠ざかっています」

    「いま?」

     老婆が静かに尋ねた。

    「はい。やがて時間も止まります」

    「ぜんぶ死ぬん」

     咲音は頷いた。

    「あなたは、そういうこと、調べてるひと」

    「そういうことも調べてます」

    「あなたの本職」

    「はい。でも、休職中です」

     なぜ、と聞きそうで聞かずに老婆は黙している。

     眼が変わった。丸く、底が明るく、そして静まっていた両の眼がぎらぎらしていると咲音は思った。若いとも言えるのだろうか。いや、そんなきれいなものじゃない。

    「わたしは死ぬのが怖い」

     老婆はいきなりそう言った。

    「怖くないでしょ、あなたなら」

     咲音はおのれの言葉に驚いた。わたしこそ死ぬのが怖い。こんなに強そうなお婆さんなら怖くないでしょ。

     さすがにそれは言わずにいると、老婆は眼の色を一瞬で消して 「霧は、怖かったん」 と聞いた。

     え、バスの中でわたしを見てたんですか、顔を上げなかったのにと考えながら 「怖かったです」 と答えた。

     老婆は、にっと笑った。「おんなじや」 と言った。

    「おんなじ?」

    「そや、このへんのもんはみんな、霧が怖い。一本足の妖怪がおる、見たら生きて帰れん」

    「妖怪、そんな話じゃないですよね」

     老婆は、つまづいたように咲音を見あげ、しばらく黙ってから 「今日はこないに晴れて、びっくりや」 と呟いて俯いた。

    「何が怖いんですか」。咲音は、また言うはずのない言葉をいぶかしく思いながら、おのれを止められずに老婆の頭上から聞いた。

     老婆は笑みを消して、咲音をもう一度、見あげた。

    「死なないかんのか」 と強く息を吐くように言った。

    「こんなお婆さんや。もうすぐ死ぬのは当たり前やとおもてるやろ」

     咲音は面食らった自分を立て直すように 「わたしだって、たった百年経てば居てないんですから。そんなこと、思っていません」 と即座に答えた。

    「百年経ったら、死ねんようになるって、ほんまか」

     咲音はあっと、ちいさく息を呑んだ。父がここに居る。

    「なんで、そんなこと、聞くんですか」

    「そやろ。そのうち、全部を入れ替えて死ねんようになるんや」

    「全部を入れ替えても、いずれ死にます」

     老婆の眼に逆らえないと思った。言うべきを言うしかない。

    「何もかも全体が、いつか死ぬんです」

     そこまで言って、詰まった。この老婆をどう考えてよいのか、話がどこまで分かるのか。

     老婆は前を向いて車椅子をふたたび進め始めた。咲音も黙して真横を歩いた。』

    日の丸

    ヒトラーが決定した 「職業官吏制度再建法」


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物あらすじは、『 父を亡くした主人公の咲音が、躊躇しながらも、まだ幼少の頃に父と離婚した母に会うため日本に帰国・・・そこで偶然出会った謎の老婆は 「死」 を怖れていた・・・そして、亡き父がある時語った 「I am also scared if I shall live forever. (いつまでも死なないのも怖いな) 」 という言葉の記憶・・・老婆との関わりを通じて、「死」 を怖れる理由、さらに 「生きる」 ということの意味を悟っていく咲音・・・』 といった感じになりますが、恐らく何度か読み直すたびにそれまでと違った感想が持てると思えるような良書で、ご家庭に一冊置かれることをお薦めできる書物になります。

    読書6-18

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    lppmzxcsad.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 883,993(879,988)÷74,257,916(73,662,706)=0.0119・・・(0.0119) 「1.19%(1.19%)」
    lppmzxcsad1.jpg

    イタリア : 146,149(145,537)÷10,925,485(10,683,948)=0.0133・・・(0.0136) 「1.33%(1.36%)」
    lppmzxcsad2.jpg

    日本 : 18,764(18,692)÷2,677,602(2,514,804)=0.0070・・・(0.0074) 「0.70%(0.74%)」
    lppmzxcsad3.jpg















    さて、これまで、ドイツで生まれた「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」出発点として、その後人為的に造り出された “幻想” であるところのマルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想を経て、ソ連崩壊とともに死滅したかに思われたものの現在に至るまで一貫して受け継がれていく “信仰” が存在していて、その根底にあるユダヤ・キリスト教的な 「贖罪(しょくざい)」 の意識により、さまざまな “アイデンティティ” を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物として “罪” を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になっているそんな 「極左おパヨク」 に繋がる一連の系譜について確認して参りました。



    ここで御理解頂きたいのは、そんなおバカな 「極左おパヨク」 は、飽くまでも、ある連中が果たそうとしている、ある目的の達成のための道具でしかないということです。

    その目的とは、さまざまな “アイデンティティ” を意図的に粗製濫造することで、社会分断を行い到底達成不可能な目標である “平等 (equality)” を強要(←全人類の均一化・同質化などは不可能であることは自明です!)し、多くの人々に対して自己抑圧的な態度の徹底を促し(←これが、ポリコレw)、人々の “自由” を奪う極めて権威主義的な統制社会の再構築を目指す、というものです。

    では、なぜそれを目指そうとするのでしょうか?

    それは、「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」のもとである連中にとって非常にコントロールしやすい社会が構築できるからです。

    ポイント 女性

    その「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」については、これまたドイツ出身の社会学者・歴史学者であり、マルクス主義者で、エリート理論の信奉者で、ファシズム(全体主義者)でもあったロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)提唱した仮説である 『寡頭制の鉄則』 (iron law of oligarchy)について確認をしてきましたが、そこにもやはり「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」の影響を見ることができました。

    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)
    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)

    また「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」同根の言葉である「オリガルヒ(oligarch)」につきましても、ロシアやウクライナの事例を参照して、それがいまから数十年前にマルクス主義が生み出した “社会主義・共産主義の幻想” が瓦解・崩壊する過程で作り出されたものであることを確認し、そこには少なからぬ 「ユダヤ人 (=ユダヤ教徒)」 が存在していることも判明いたしました。さらにはウクライナとユダヤ人 (=ユダヤ教徒) と特異な関係をウマン (ウーマニ) 巡礼の形成の歴史を通じて確認することができました。



    そこで、現在 “ユダヤ人” (民族としては定義され得ない、単なる宗教信者のグループ) という存在に着目し、より一層理解を進めるために、次の論文を見ているところとなります。

    egdhsied.jpg
    『ナチ・ドイツにおける経済の脱ユダヤ化 ― 1938年十一月ポグロムの社会経済的背景 ―』 山本達夫

    それでは早速、続きを見て参りましょう。

    『 第 1 章 職業官吏制度再建法と官吏のナチ化

    2. 3. 職業官吏制度再建法案の完成
     ・・・調整期間の前後に作成・検討された職業官吏制度再建法関連の法案として確認されているのは,つぎのものである。 *129 )

    ヘルシャー案 ( 3 月 20 日) : プロイセン法務省「非キリスト教徒の司法職への就任を制限する」 ことを内容とする法案を,プロイセン国務省 Staatsministerium ( = プロイセン・ライヒ全権委員政府) に要請し,同日のうちにプロイセン法務省担当ライヒ全権委員 (プロイセン法務次官) ヘルシャー Hölscher, Heinrich *130 ) が送付したもの。

    ポーピッツ案 ( 3 月 23 日 ) : プロイセン財務省担当ライヒ全権委員 ( = プロイセン財務大臣) ポーピッツ Popitz, Johannes *131 ) がライヒ副首相兼プロイセン担当ライヒ全権委員パーペンの要請をうけてプロイセン国務省ラントフリート Landfried, Friedrich 局長あに送った 「官吏法に関する草案 Entwurf über Beamtenrechtsverhältnisse」。ポーピッツはこれをプロイセン内務省第Ⅳ局 (市町村担当) 局長ズーレン Suren, Friedrich *132 ) と共同で作成し,ライヒ財務大臣シュヴェーリン・フォン・クロージクにも通知していた。なお,このポーピッツ案の内容は ④ と同一である

    ③ 3 月 25 日,ドイツ都市会議事務局が,ライヒ内務省上級参事官で官吏法問題担当官ゼール Seel, Hanns *133 ) の要請で作成した官吏問題に関する覚え書き。

    ④ 3 月 28 日,ライヒ内務大臣兼プロイセン内務大臣フリックの要請を受けたゼールが,ドイツ都市会議議長ムレルト Mulert, Osker に,プロイセン内務省案として送付した 「職業官吏制度再建法案」。 *134 ) この法案は ② と同一内容である

    ⑤ 3 月 29 日,ナチ党の国会議員団長で官吏問題担当のファブリツィウス Fabricius, Hans *135 ) がライヒ内務次官プフントナーあてに送付した 「真に徹底的な官吏層の浄化と再編成」 を目的とする「官吏の既得権保護ならびに反猟官 〔官職をめぐる抗争〕 のための法案」。 *136 )

     3 月 25 日,パーペンは ② のポーピッツ案を討議するための関係閣僚会議の開催予定日を 3 月 27 日とする招待状を発送した。 *137 ) ところがこの会議は,フリックが単独で法案を策定しようとしたために開かれなかった。 *138 ) フリックは全権委任法の枠内で諸州のライヒへの強制的同質化を進めていたので,ライヒの法公布前に州の官吏法が公布されることのないようライヒ特権 Prärogativ des Reiches を主張したのである。ナチ党独自の法案作成の動き ( ⑤ ) に接したフリックは 4 月 1 日「ドイツは今後もっぱらドイツ人によってのみ統治されなければならない」 と通告する。 *139 ) 法案を作成したポーピッツも,地方官吏の特別な権利を規定する法律を制定することは考えておらず,むしろライヒの立法権によってのみ実現可能な,あらゆる種類の官吏を包括する根本的な規定を念頭においていた。 *140 ) 最終局面でライヒ法務省に提出されたのは,④ の 「職業官吏制度再建法案」 (プロイセン財務省案) と,ライヒ内務省において仕上げられた 「公共行政浄化法案 Entwurf eines Gesetzes zur Bereinigung der öffntlichen Verwaltung」 (これを ⑥ とする),およびその改訂版である 「 4 月 3 日付改訂職業官吏制度再建法案 Abgeänderter Entwurf eines Gesetzes zur Wiederherstellung des Berufsbeamtentums vom 3. April」 (ライヒ内務省案,これを ⑦ とする) である。
     これらの諸法案の関連・関係についてミュール=ベニングハウスは,モムゼンの古典的研究を踏まえた上でこう推測している。すなわち,ライヒ内務省上級参事官ゼールは② のポーピッツ案を無修正のまま3 月 28 日にドイツ都市会議議長ムレルトにプロイセン内務省案 ( ④ ) として送ったそして 28 日以降ライヒ内務省内で ④ ( = ② ) をもとに ⑥ が作成されこれが 4 月 3 日にライヒ内務省案 ( ⑦ ) として提出されその結果 ④ が修正されることになった,と。 *141 )
     以上の経緯をみると官吏法改定のイニシアティブをとったのはプロイセンでライヒ内務省は 3 月 25 日のパーペンの動きを受けてはじめてこの問題に関与したことがわかる。 *142 ) ただしライヒ内務省の関与はプロイセン案を全面的に否定するものではなく規定の表現を実際的なものにするにとどまっていた。たとえば,最終的なたたき台となった法案 ② ( = ④ ) では,望ましくない官吏は全員,理由を示さず一般的に免職できるようになっていたが *143 ) ,ライヒ内務省における最終作業の過程で 「以下の規定にしたがって」 という文言が挿入されている。また先述したように,「政治的に信用のおけない者」 についても,該当集団を個々に列挙する方法に変更された。
     フリックは 3 月 31 日もしくは 4 月 1 日にライヒ内務省案についてヒトラーと協議しつぎの決定が下された。すなわち,裁判官も職業官吏制度再建法の対象とすることユダヤ人官吏の解職を 「白紙委任状」 によって各々の官庁に委ねるのではなく *144 ) ,法律を制定してユダヤ人官吏を解職するための前提を具体的に挙げるということである。 *145 )
     当初原案からの比較的大きな変更としては,法の布告直前 ( 4 月 4 日) の大統領ヒンデンブルクの介入による 「前線将兵条項 Frontkämpferklausel」 (第 3 条第 2 項) の挿入がある。これによって,① 1914 年 8 月 1 日時点 (第一次大戦の開始時) ですでに官吏であった者,② 大戦中,前線でドイツおよびその同盟国のために戦ったか,もしくはその父親または子供が戦死した者は,職業官吏制度再建法の適用を免れることになった。このほかの適用除外については関係省庁と協議するものとされた。


    *129 ) Ibid., pp. 17-22, Adam, pp. 55-61, Mommsen, pp. 39ff.による。

    *130 ) 1932 年にプロイセン法務省ライヒ全権委員に任命され,同省次官になる。ナチ党からは 「左寄りの中央党員」 と見なされ,33 年4 月,フライスラーの次官就任により地方上級裁判所長官に左遷される。Mühl-Benninghaus, p. 17. Anm. 78.

    *131 ) 1884 - 1945 年。1914 年プロイセン内務省入省,17 年以降ライヒ財務省の業務にも携わり 25 - 29 年ライヒ財務省次官,財政改革に従事。その後ベルリン大学名誉教授になっていたが 32 年 10 月,プロイセン担当ライヒ全権委員パーペンによりプロイセン財務大臣代理に任命され,同時にライヒ無任所大臣になる。33 年 4 月,プロイセン財務大臣。ナチ党員ではなく,ナチの政策,とくにユダヤ人迫害に反対して 38 年に辞任を申し出たが拒否された。45 年 2 月,反ナチ抵抗運動に関与したかどで ( クーデタ成功の暁は文化・財務大臣就任を予定されていた) 処刑される。Mühl-Benninghaus, op. cit., p. 18, Anm. 80. Das Große Lexikon, op. cit., pp. 450-451.

    *132 ) 1888 年生まれ。1920 年プロイセン内務省入省,32 年地方局長。何人かの大管区指導者たちは彼を 「杓子定規な役人 Bürokrat」 と非難した。43 年のヒムラーの内相就任と同時に解任された。Mühl-Benninghaus, p. 18. Anm. 81.

    *133 ) 1876 年生まれ。1920 年ライヒ労働省入省。23 年ナチ党入党。33 年 3 月,フリックによりライヒ内務省に召喚され,全権委任法の施行にともなう憲法,官吏法の諸問題を担当。34 年 2 月,第 IV 局 (官吏,国家公民,国外移住) 局長。Mühl-Benninghaus, p. 19. Anm. 85. プフントナーは彼を 「職業官吏制度再建法の父」 と呼んだという。Mommsen, op. cit., p. 43.

    *134 ) Entwurf eines Gesetzes zur Wiederherstellung des Berufsbeamtentums

    *135 ) 1891 - 1945 年。第一次大戦参戦後 21 - 28 年,ベルリン上級地方裁判所付弁護士。29 年,ブランデンブルク税務署参事官。ナチ運動に関与し,29 - 33 年まで停職処分。30 年以降ライヒ議会議員。32 年 11 月,ナチ党ライヒ議会議員団長。32 年 12 月以降,ナチ党大ベルリン大管区官吏局長。33 年 7 月,ライヒ内務省上級参事官。45 年 4 月ベルリンで戦死。

    *136 ) Gesetzentwurf zum Schutz der wohlerworbenen Beamtenrechte und gegen Ämterjägerei

    *137 ) 出席予定者は次の通り : パーペン,フリック (ライヒ内務大臣),ゲーリング (プロイセン内務大臣),シュヴェーリン・フォン・クロージク (ライヒ財務大臣),フランツ・シュレーゲルベルガー (ライヒ法務次官),ポーピッツ。

    *138 ) Mühl-Benninghaus, p. 19.

    *139 ) Adam, p. 61.

    *140 ) Ibid., p. 57.

    *141 ) Mühl-Benninghaus, p. 22.

    *142 ) Adam, op. cit., pp. 59-60. Anm. 181.ミュール=ベニングハウスも同様の立場に立っている。Mühl- Benninghaus, p. 17. 他方モムゼンは,むしろライヒ内務省の主導権を主張している。Mommsen, p. 41.

    *143 ) Mühl-Benninghaus, p. 22. 「愛国的 national で政党の影響を受けない職業官吏制度再建ならびに行政の簡素化のため,官吏は,ライヒ法および州法の規定が必要とする前提のない場合であっても退職させられ得る。」 Adam, p. 58.

    *144 ) この方法では,省庁によって異なった,恣意的な処遇が生じるおそれがある。

    *145 ) Mühl-Benninghaus, p. 24. 』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。











    続きは次回に♥




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