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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

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    オバマが好き勝手にさせた狼 ~ ネオコンとオバマ政権

    A storm is coming 113

    本日のキーワード : チルコット・レポート、オバマ政権、ネオコン、ヒラリー・クリントン



    チルコット・レポート (Chilcot report/イラク戦争検証報告書)

    イギリスのイラク戦争参戦の経緯などを検証する独立調査委員会が2016 年 7 月 6 日に公表した最終報告書同委員会の委員長を務めるジョン・チルコットの名からこう呼ばれる09 年 7 月にブラウン首相 (当時) が同委員会を設置し参戦を決めた当時のトニー・ブレア首相のほか軍関係者など 150 人以上の証言15 万件以上の政府文書をもとに検証を重ね260 万語にも及ぶ報告書をまとめた同報告書はイギリスの参戦はイラクのフセイン政権の武装解除に向けた平和的な方策を尽くす前のものであり軍事行動は当時最後の手段ではなかったとブレア元首相を批判参戦の根拠とされたイラクの大量破壊兵器の開発・保有に対する脅威については正当化できないとの判断を示したまたイギリスが国連安全保障理事会の決議なしに軍事行動を起こしたことは安保理の権威を傷つけるものであり法的根拠があると決断できる状況には程遠かったと結論付けたさらにブレア元首相が 02 年 7 月アメリカのブッシュ前大統領に宛てた書簡の中で「何があっても行動を共にする」 と述べていたことも明らかになったブレア元首相は同報告書の公表を受け大量破壊兵器の情報の誤りを謝罪し犠牲者に対する遺憾の意を表明したが参戦の決断自体は正しかったと述べた





    本日の書物 : 『アメリカ民主党の崩壊 2001 - 2020 』 渡辺 惣樹 PHP研究所



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 2008 年 11 月、民主党の擁立した【バラク・オバマ】が大統領選を制し、アメリカ史上初のアフリカ系 (黒人) 大統領となった。誰もが「弱者に優しい」 政治「小国にも思いやりのある外交」 を展開してくれると期待した【彼のミドルネームはフセイン】でもあり、イスラム文化への理解がありそうにも思えた。

    A storm is coming 90 オバマ

     前節で、【チルコット報告書】について書いた。【英国】ではこのころには、【ブッシュ前政権の外交は間違いだったと認識】されていた。【アメリカ国内でも同様の思いがあった】からこそ、【アメリカ国民は共和党候補を拒否し、オバマに政権を託した】。「Yes, We Can」 の勝利スピーチ ( 2008 年 11 月 5 日) を聞いた【誰もが、彼は 「非干渉主義」 外交に舵を切ってくれると期待した】

    「国民は、ブッシュ政権の外交は例外的に異質で、それが不幸な時代の原因だったと理解した。だからこそオバマに代われば、正常な外交に戻ると考えた」 (政治評論家ロバート・ブリッジ)

     【オバマ】は選挙戦を通じて、【ブッシュ外交の修正を約束していた】【しかし、その公約は次々に破られた】【国務長官】に【ヒラリー・クリントンを登用】したことで【そうなることは明らかだった】が、国民のほとんどが【彼女がネオコンである】とは知らなかった

    A storm is coming 94 オバマ

    【共和党ブッシュ政権を操っていたネオコンの本籍地が民主党である】ことしたがって少なくとも【外交政策において、共和党・民主党のあいだには違いがなくなっている】ことを国民は知らなかった【ブッシュ政権時代から、ネオコン官僚を要職に推してネオコンの政策遂行を支援してきたヒラリー】は、「脇役」 から 「主役」 に躍り出ただけであった。

    Bush_Hillary_MObama ブッシュ ヒラリー ミッシェル

     ブリッジは、【 「オバマは羊の皮を被ったネオコン」 】だったと失望した。しかし、より正確にいえば【 「ヒラリー・クリントンこそが羊の皮を被った狼 (ネオコン) であり、オバマはこの狼を好き勝手にさせた牧童」 】だった。

    オバマ 13

     【オバマの公約の一つにグアンタナモ湾捕虜収容所の閉鎖があった】。この施設はキューバにある。アメリカは、米西戦争 (1898 年) で、キューバのスペインからの独立を支援した。その 「報償」 に、グアンタナモ湾 (キューバ島南部) を永久租借した (1903年)。グアンタナモ湾捕虜収容所はこの租借地に建てられた施設だった。

     ここに多くのイラク内戦の捕虜やアフガニスタンで捕らえられたアルカイダのメンバーが送致され、劣悪な環境の中で過激な取り調べ (拷問) が進められていた。メディアがこの問題を頻繁に取り上げたため、【同施設はブッシュ外交失敗のシンボルとなっていた】

     政権が船出した二日後 ( 2009 年 1 月 22 日)、【オバマ】大統領は【同収容所を一年以内に閉鎖すると明言】した。【しかし、ネオコン勢力はこれに反対した】。その【先頭に立ったのはチェイニー前副大統領】だった。【結局、この公約は反故にされた】

    ディック・チェイニー 
    ディック・チェイニー

     【オバマ】は、【アフガニスタン・イラクの戦いを終わらせるとも公約】していたが、【これもまた果たされなかった】。イラクについては、「新政府軍の訓練」 および 「対テロ対策」 と称して、およそ 5 万の軍の駐留継続を決めた。駐留期限は 2011 年末までとされたが、それを信じる者は少なかった。』

    日の丸

    1952 年移民国籍法


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、アメリカ民主党およびネオコンが、どのような考え方に基づき過去さまざまな悪事を働いてきたのか、そして、何故前回のアメリカ大統領選挙において大規模な不正工作を行ってまでも権力を奪取しようとしたのかそこに至る大きな流れを時系列で詳細に解説がなされた良書で、現在のアメリカで何が起こっているのかを正確に理解するための必須の書物になります。

    読書 10-073

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    yeldcuvh.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 725,821(724,177)÷45,019,416(44,927,783)=0.0161・・・(0.0161) 「1.61%(1.61%)」
    yeldcuvh1.jpg

    イタリア : 131,585(131,541)÷4,719,493(4,717,899)=0.0278・・・(0.0278) 「2.78%(2.78%)」
    yeldcuvh2.jpg

    日本 : 18,129(18,112)÷1,715,745(1,715,509)=0.0105・・・(0.0105) 「1.05%(1.05%)」
    yeldcuvh3.jpg



















    egdusyed.jpg
    【日本語訳】 U.S. DEPARTMENT of STATE / Fact Sheet : Activity at the Wuhan Institute of Virology  (米国務省 / ファクトシート : 武漢ウイルス研究所での活動)

    さて、これまで、ドイツで生まれた「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」出発点として、その後人為的に造り出された “幻想” であるところのマルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想を経て、ソ連崩壊とともに死滅したかに思われたものの現在に至るまで一貫して受け継がれていく “信仰” が存在していて、その根底にあるユダヤ・キリスト教的な 「贖罪(しょくざい)」 の意識により、さまざまな “アイデンティティ” を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物として “罪” を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になっているそんな 「極左おパヨク」 に繋がる一連の系譜について確認して参りました。



    ここで御理解頂きたいのは、そんなおバカな 「極左おパヨク」 は、飽くまでも、ある連中が果たそうとしている、ある目的の達成のための道具でしかないということです。

    その目的とは、さまざまな “アイデンティティ” を意図的に粗製濫造することで、社会分断を行い到底達成不可能な目標である “平等 (equality)” を強要(←全人類の均一化・同質化などは不可能であることは自明です!)し、多くの人々に対して自己抑圧的な態度の徹底を促し(←これが、ポリコレw)、人々の “自由” を奪う極めて権威主義的な統制社会の再構築を目指す、というものです。

    では、なぜそれを目指そうとするのでしょうか?

    それは、「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」のもとである連中にとって非常にコントロールしやすい社会が構築できるからです。

    ポイント 女性

    その「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」については、これまたドイツ出身の社会学者・歴史学者であり、マルクス主義者で、エリート理論の信奉者で、ファシズム(全体主義者)でもあったロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)提唱した仮説である 『寡頭制の鉄則』 (iron law of oligarchy)について確認をしてきましたが、そこにもやはり「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」の影響を見ることができました。

    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)
    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)

    また「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」同根の言葉である「オリガルヒ(oligarch)」につきましても、ロシアやウクライナの事例を参照して、それがいまから数十年前にマルクス主義が生み出した “社会主義・共産主義の幻想” が瓦解・崩壊する過程で作り出されたものでることを確認し、そこには少なからぬ 「ユダヤ人 (=ユダヤ教徒)」 が存在していることも判明いたしました。さらにはウクライナとユダヤ人 (=ユダヤ教徒) と特異な関係をウマン (ウーマニ) 巡礼の形成の歴史を通じて確認することができました。

    そこで、現在そのユダヤ人 (=ユダヤ教徒) なるものに焦点をあてているところになります。参考にさせて頂いているのは次の論文になります。

    gefsfdujaw.jpg
    『アメリカにおける日系人差別とユダヤ人 -1906年から1988年を中心に-』駒込 希



    それでは早速、続きを見て参りましょう。

    『 第 4 章 アメリカのユダヤ人と 1952 年移民国籍法

     第二次世界大戦後アメリカ国内の反ユダヤ主義は衰退をみせユダヤ人の社会的地位は上昇したそのような中1952 年アメリカの日系人に影響を及ぼす重要な移民法が改正された同法は 1952 年移民国籍法もしくは、法案の提出者の名をとり、マッカラン・ウォルター法 (McCarran-Walter Act) とも呼ばれる第二次世界大戦が終結するとアメリカはソ連との冷戦に突入し国内では反共主義が高まりをみせた1952 年移民国籍法は思想の取締や人の移動に関する規制など反共主義的要素が色濃くまた1924 年移民法の国別割当を踏襲したことから物議を醸した

     その一方で1952 年移民国籍法は 1924 年移民法で規定された帰化不能外国人の新規移民停止という条文を廃止しすべての人種に帰化権を認めたとともにアジア禁止地帯 (Asiatic Barred Zone) (40) に規定された地域からの移民に対し国別割当を制定した法律でもある当初アメリカに住む中国人、フィリピン人、インド人は日系人と同じように帰化権や国別割当を与えられていなかったしかし1943 年に中国に対する親善の意思表示としてアメリカ議会は排華移民法を廃止し毎年 105 人の中国人移民の割当を設定の上中国人に帰化権を与えた。また、同様の権利は 1946 年までにフィリピン人とインド人にも与えられた (チャン 1991 = 2010, 182)。そのためまだ帰化権を与えられていなかったアメリカ本土とハワイ在住の日系人は約 6 年にもわたり帰化権獲得のために闘い続けた

     1952 年移民国籍法をめぐっては移民の国別割当を維持し共産主義者に対する規制を強めた反共主義的な移民国籍法案の支持者移民の国別割当をなくしアメリカ市民の市民的自由を保護するリベラルな移民国籍法案の支持者とに割れた当時の反共主義的なアメリカの社会情勢を考慮すればアメリカ社会への順応を基盤としたリベラリズムの観点からユダヤ人は反共主義的な移民国籍法を支持するかに思われたしかしユダヤ人が支持したのはリベラルな移民国籍法であった

     この 1952 年移民国籍法については研究の蓄積があり、法学、外交史、社会学などさまざまな分野から言及がなされている。たとえば、森田は、日系人による法案への働きかけの詳細やその制定過程を明らかにしながら、この闘いの移民史における意義を考察した (森田 1970)。また、菅は、パトリック・アンソニー・マッカラン (Patrick Anthony McCarran) 上院議員の移民法改正への関与の動機、ハリー・S・トルーマン (Harry S. Truman) 大統領の移民帰化特別委員会 (President’s Special Commission on Immigration and Naturalization) が果たした役割、そして、1952 年移民国籍法に対する日本の移民問題観、対米観を検証した(菅 2003; 2005; 2010)。さらに、川上は、1952 年移民国籍法制定直後に、法学的な視点からその内容を詳細にわたり解説している (川上 1953a; 1953b)。くわえて、米澤は、1952 年移民国籍法の祖先条項に着目し、アメリカの移民法における人種の見方を考察した (米澤 1996)。マクドナルド (Kevin MacDonald) の研究はとりわけ興味深く、アメリカの移民政策へのユダヤ人の関与を詳細にわたり検証し、1952 年移民国籍法へのユダヤ人の反対の姿勢を描いている (MacDonald 1998)。

     第 4 章では、1952 年移民国籍法へのユダヤ人の対応を検証することにより、日系人を含むアジア人への帰化権の付与に対するかれらの反応とその背景を考察する。第 1 節では、アメリカの主要な移民法の変遷と 1952 年移民国籍法の制定過程を詳説する。

     つづく、第 2 節ならびに第 3 節では、日系人を含むアジア人への帰化権の付与に対するユダヤ系団体の反応とその背景をアメリカ議会資料ならびにユダヤ系団体の議事録の検証を中心に明らかにする。


    注 (40)
     この地域に該当したのは、アラビアからインドネシアにいたる南アジア (インド、ビルマ、タイ、マレー諸島、東インド諸島、ポリネシア、アラビアの一部とアフガニスタン) などである。中国と日本は、すでにそれぞれ 1882 年の排華移民法と 1908 年の日米紳士協定を締結していたため含まれなかった。この規定により、教師、商人、学生以外のすべてのアジア人の入国が禁止された。また、フィリピンとグアムは、当時アメリカの管轄下にあったので含まれなかった(髙佐 1998, 64-65)。 』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。







    続きは次回に♥




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