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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  イスラム >  タリバン政権で分かる、 “イスラム法” に基づいた統治下での 「平和 (=性犯罪と暴力)」

    タリバン政権で分かる、 “イスラム法” に基づいた統治下での 「平和 (=性犯罪と暴力)」

    A storm is coming 72

    本日のキーワード : イスラム法、イスラム教の平和(=性犯罪と暴力)



    シャリーア(アラビア語: شريعة‎ Shari'a)イスラム教の経典コーランと預言者ムハンマドの言行 (スンナ) を法源とする法律ムスリムが多数を占める地域・イスラム世界で現行している法律であるイスラム法 (イスラムほう)イスラーム法 (イスラームほう)イスラーム聖法 (イスラームせいほう)などとも呼ばれる



    本日の書物 : 『イスラム 2.0 : SNSが変えた 1400 年の宗教観』 飯山 陽 河出書房新社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 では【イスラム教の本質】とはなんでしょうか

     【イスラム教】【 『コーラン』 などの啓示を絶対視】し、【啓示の解釈によって構築された規範体系を有する】極めて論理的な【宗教】です。この宗教の【根幹をなす啓示に立脚した学問・規範体系】【イスラム法】です。イスラム世界の知識人は啓示を学んだあとで必ずイスラム法を学び、それに基づいてイスラム教について論じます。こうした彼らの伝統に従い、イスラム教について論じる場合には啓示を典拠とすべきだ、というのが私の持論です。私自身も、このイスラム法の研究を 20 年以上続けてきました。

     ところが【日本】では【イスラム法をほとんど全く学んだことのない人々】が【啓示やイスラム教の理論など見向きもせず】逆に【自分の気持ちをイスラム教に投影】することにより【 「イスラームは平和の宗教」 だと繰り返すばかり】です。しかし本書第 6 章で論じるように、【イスラム教の想定する平和】は【イスラム教が覇権を握ることによって確立される秩序の下でもたらされる平和のみ】です。



     「イスラームは平和の宗教」 論者は【イスラム教と私たちとでは、たとえ同じ 「平和」 という言葉を用いていたとしても、その意味するものは根本的に全く異なる】のだという深遠な真実について語ることは決してありません



     また私は研究を続ける一方、アラビア語通訳やリサーチなど様々なかたちで報道の仕事にも携わってきました。モロッコとエジプトに住み、他の中東諸国やヨーロッパ諸国にも長く逗留し、現在は東南アジアに住んでいます。世界ではその間も無数の事象が発生してきました。仕事を通してそれらと向き合っているうちに、【世界中でイスラム教徒が引き起こしている様々な事象の底流にあるのは、イスラム教の論理である】ことに気づき始めました。イスラム教徒自身が永遠の価値を持つ【啓示】と【イスラム法】こそ自分たちの【普遍の行動原理】であるの主張しているのですから、彼らが現在もそれに従って行動しているのはよく考えれば極めて自然かつ当然なのです。』

    日の丸

    アメリカにおける日系人に対する差別へのユダヤ人の反応


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、つい最近のアフガニスタンにおける “イスラム原理主義者” タリバンによる首都占拠のニュースでも見られたように、イスラム教が、あたかも “平和的な宗教” であるかのような言説を振りまき“イスラム原理主義者” は本来あるべきイスラム教徒ではない本当のイスラム教徒はもっと穏健であるなどといった「単なる思い込み」・「そう願う気持ちの表明」 でイスラム教やイスラム教徒を語るメディアや似非学者・似非専門家らの “通説 (痛説ともw)” に惑わされることがないよう正しい知識をインストールするための良書になります。本書を御覧になれば“イスラム原理主義者” こそが正統で篤い信仰心をもった 「イスラム教徒」 であることが正確に理解できるようになります。そして、そのことが理解できれば、本書に掲載されている 「イスラム教徒と共生するために」 必要なことを実践しイスラム教徒に殺されたりすることがないよう御自身の生命の危険性を回避することができるようになりますので、そういった意味でもお薦めの書物になります

    読書 10-003

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    letproggf.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 642,879(641,709)÷39,480,609(39,338,982)=0.0162・・・(0.0163) 「1.62%(1.63%)」
    letproggf1.jpg

    イタリア : 129,352(129,290)÷4,553,241(4,546,487)=0.0284・・・(0.0284) 「2.84%(2.84%)」
    letproggf2.jpg

    日本 : 16,216(16,151)÷1,529,714(1,511,501)=0.0106・・・(0.0106) 「1.06%(1.06%)」
    letproggf3.jpg















    egdusyed.jpg
    【日本語訳】 U.S. DEPARTMENT of STATE / Fact Sheet : Activity at the Wuhan Institute of Virology  (米国務省 / ファクトシート : 武漢ウイルス研究所での活動)

    さて、これまで、ドイツで生まれた「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」出発点として、その後人為的に造り出された “幻想” であるところのマルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想を経て、ソ連崩壊とともに死滅したかに思われたものの現在に至るまで一貫して受け継がれていく “信仰” が存在していて、その根底にあるユダヤ・キリスト教的な 「贖罪(しょくざい)」 の意識により、さまざまな “アイデンティティ” を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物として “罪” を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になっているそんな 「極左おパヨク」 に繋がる一連の系譜について確認して参りました。



    ここで御理解頂きたいのは、そんなおバカな 「極左おパヨク」 は、飽くまでも、ある連中が果たそうとしている、ある目的の達成のための道具でしかないということです。

    その目的とは、さまざまな “アイデンティティ” を意図的に粗製濫造することで、社会分断を行い到底達成不可能な目標である “平等 (equality)” を強要(←全人類の均一化・同質化などは不可能であることは自明です!)し、多くの人々に対して自己抑圧的な態度の徹底を促し(←これが、ポリコレw)、人々の “自由” を奪う極めて権威主義的な統制社会の再構築を目指す、というものです。

    では、なぜそれを目指そうとするのでしょうか?

    それは、「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」のもとである連中にとって非常にコントロールしやすい社会が構築できるからです。

    ポイント 女性

    その「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」については、これまたドイツ出身の社会学者・歴史学者であり、マルクス主義者で、エリート理論の信奉者で、ファシズム(全体主義者)でもあったロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)提唱した仮説である 『寡頭制の鉄則』 (iron law of oligarchy)について確認をしてきましたが、そこにもやはり「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」の影響を見ることができました。

    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)
    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)

    また「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」同根の言葉である「オリガルヒ(oligarch)」につきましても、ロシアやウクライナの事例を参照して、それがいまから数十年前にマルクス主義が生み出した “社会主義・共産主義の幻想” が瓦解・崩壊する過程で作り出されたものでることを確認し、そこには少なからぬ 「ユダヤ人 (=ユダヤ教徒)」 が存在していることも判明いたしました。さらにはウクライナとユダヤ人 (=ユダヤ教徒) と特異な関係をウマン (ウーマニ) 巡礼の形成の歴史を通じて確認することができました。

    そこで、本日からはそのユダヤ人 (=ユダヤ教徒) なるものに焦点をあててみたいと思います。参考にさせて頂くのは次の論文になります。

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    『アメリカにおける日系人差別とユダヤ人 -1906年から1988年を中心に-』駒込 希



    それでは早速、続きを見て参りましょう。

    『 序章 はじめに

    第 1 節 先行研究と研究目的

     本研究は1906 年から 1988 年にかけてのアメリカのユダヤ人と日系人の関係について日系人に対する差別へのユダヤ人の反応を手がかりに考察するものである

     本研究で取りあげるアメリカのユダヤ人や日系人に関しては、文学や政治学、そして、歴史学などさまざまな角度から体系的な研究がなされている。本研究は、ユダヤ人と日系人の関係という限定的かつ異質な研究ではあるが、これらの体系的な研究から多くの恩恵を受けた。そのすべてについて言及することはできないが、ここでは代表的な研究を紹介する。

     アメリカにおけるユダヤ人研究については、多くの質の高い研究が蓄積されている。ハウ (Irving Howe) の World of Our Fathers は、アメリカへ移住するまでの東欧系ユダヤ人の状況、ニューヨークにおけるかれらの生活や文化を詳細に描いた大作であり、アメリカのユダヤ人研究を代表する良書である (Howe 1976)。また、リシン (Moses Rischin) は、The Promised City: New York's Jews, 1870-1914 において、ニューヨークの東欧系ユダヤ人が保持したイディッシュ文化や周辺の集団との関係について鮮明に描写している (Rischin 1962)。さらに、アメリカのユダヤ人もほかのマイノリティと同様にアメリカ社会への適応問題を抱えたことから、同化に焦点をあてた研究も多くみられる。ハイアム (John Higham) の Send These to Me: Jews and Other Immigrants in Urban America やコワン等 (Neil M. Cowan and Ruth Schwartz Cowan) による Our Parents' Lives: The Americanization of Eastern European Jews はその代表的なものであるといえる (Higham 1975; Cowan 1989)。

     日本におけるアメリカのユダヤ人研究については、第一人者として野村があげられ、その著書 『ユダヤ移民のニューヨーク ― 移民の生活と労働の世界』 は、社会史の視点から 20 世紀初頭のニューヨークにおける東欧系ユダヤ人移民労働者の世界を鮮明に描き出している (野村 1995)。また、近年では、北による執筆活動が顕著であり、アメリカの高等教育機関におけるユダヤ人排斥の分析を試みた 『半開きの 「黄金の扉」 ― アメリカ・ユダヤ人と高等教育』 は、ユダヤ人の平等感を考察している (北 2009)。さらに、公民権運動に参加したユダヤ人女子大生の日記の翻訳である 『公民権運動の歩兵たち―黒人差別と闘った白人女子学生の日記』 も興味深い(北 2016)。

     一方、アメリカにおける日系人研究についても、多くの研究が蓄積されている。イチハシ (Yamato Ichihashi) の Japanese in the United States: A Critical Study of the Problems of the Japanese Immigrants and Their Children は、ハワイへの移住から 1930 年代初頭までのアメリカにおける日系人の生活を詳細に描写しており、統計資料なども充実している (Ichihshi [1932] 1969)。イチオカ (Yuji Ichioka) の The Issei: The World of the First Generation Japanese Immigrant, 1885 - 1924 は、アメリカの日系人研究の草分け的な研究 であり、特に日系一世の世界に焦点をあてている (Ichioka 1988)。また、キタノ (Harry H. L. Kitano) は、Japanese Americans: The Evolution of a Subculture において、強制収容前後の日系人社会を社会学的な視点から描写している (Kitano 1969)。さらに、アメリカの日系人の排斥に関する研究も多くみられる。 ダニエルズ ( Roger Daniels ) は The Politics of Prejudice: The Anti-Japanese Movement in California, and the Struggle for Japanese Exclusion において、カリフォルニアの排日運動の発展を考察し、ウェグリン (Michi Weglyn) は Years of Infamy: The Untold Story of America's Concentration Camps において戦時転住局 (War Relocation Authority, WRA) に焦点をあて、強制収容について考察している (Daniels 1962; Weglyn 1976)。

    ユダヤ移民のニューヨーク―移民の生活と労働の世界

    半開きの“黄金の扉”―アメリカ・ユダヤ人と高等教育

    公民権運動の歩兵たち:黒人差別と闘った白人女子学生の日記

     日本におけるアメリカの日系人研究も盛んであり、排日関連の研究は多くみられる。たとえば、飯野の 「米国における排日運動と一九二四年移民法制定過程」 は、1924 年移民法の制定をアメリカの排日運動に着目しながら考察し、蓑原の 『排日移民法と日米関係 ― 「埴原書簡」 の真相とその 「重大なる結果」 』 は、20 世紀初頭から 1924 年移民法にいたるまでの排日の流れを政治学的視点で検証している (飯野 1978; 蓑原 2002)。また、坂口の 「北米の日本人移民と 2 つの国家 ― 外国人土地法との闘いを中心に」 は、ワシントン州の日系人による外国人土地法との闘いを分析し、かれらの二重のアイデンティティを検証している (坂口 1994)。さらに、日系人の強制収容に焦点をあてた研究は特に多くみられる。島田の 『日系アメリカ人の太平洋戦争』 は、強制退去や強制収容、そして再定住について詳説しており、竹沢の 『日系アメリカ人のエスニシティ ― 強制収容と補償運動による変遷』 は、アメリカの日系人等の強制収容に対する補償などを定めた市民的自由法が制定されるまでの日系人のエスニシティの変遷を文化人類学的視点から詳細に分析している (島田 1995; 竹沢 1994)。

    日系アメリカ人の太平洋戦争

    日系アメリカ人のエスニシティ 新装版:強制収容と補償運動による変遷

    日系アメリカ人強制収容と緊急拘束法

    境界線上の市民権―日米戦争と日系アメリカ人

    市民的自由―アメリカ日系人戦時強制収容のリーガル・ヒストリー

    また、和泉の 『日系アメリカ人強制収容と緊急拘禁法 ― 人種・治安・自由をめぐる記憶と葛藤』 は、1950 年に制定された緊急拘禁法と第二次世界大戦中の日系人の強制収容を市民的自由の観点から検証し、村川の 『境界線上の市民権 ― 日米戦争と日系アメリカ人』 は、リドレス後に公開された史料に基づき、強制収容中の日系人の市民権放棄を通じた司法省の敵性外国人政策について検証している (和泉 2009; 村川 2007)。そして、法制史の角度から強制収容の違法性を考察した山倉の 『市民的自由 ― アメリカ日系人戦時強制収容のリーガル・ヒストリー』 も興味深い(山倉 2011)。 』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。











    続きは次回に♥




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