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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

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    ミクロ経済学で考える ~ なぜ赤字になるまで価格引き下げ競争をするの?

    A storm is coming 15

    本日のキーワード : 革命的サンディカリズム、マルクス主義、ファシズム



    革命的サンディカリズムとは、20 世紀初頭から 1930 年代にかけて主にフランス、イタリア、スペイン、アルゼンチン、アメリカで展開された共通の基本理念で結ばれた、国ごとに異なる方向性を持った多元的な労働組合運動のことである。

    革命的サンディカリズムの基本原則は、政党と国家の両方からのサンディカ(仏「Syndicat」(サンディカ):労働組合の意)の独立である。この原則は労働者階級は生産現場で自律的に行動し自らの能力にのみ依存しなければならないという考えに基づいておりその特権的手段としてゼネストや革命目的のための暴力の使用を考慮しているその目的は政治権力の獲得ではなく労働組合や部門別組合を基盤として組織化された社会の構築である

    革命的シンディカリズムの主な思想家は、フランス人のユベール・ラガルデルとジョルジュ・ソレルそしてイタリア人のアルトゥーロ・ラブリオーラとエンリコ・レオーネという経済学者であったが彼らの著作は(いわゆる左翼修正主義の文脈で)マルクス主義思想の読み方としてはあまり知られていないまたフェルナン・ペルーティエやエミール・プジェの例が示すように特にフランスやスペインではこの運動には顕著な無政府主義的要素が含まれておりさらには経済的自由主義(イタリア)も含まれていました

    以上、イタリア語版Wikipediaより抄訳。





    本日の書物 : 『ミクロ経済学 戦略的アプローチ』 梶井 厚志 松井 彰彦 日本評論社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 パン屋が 2 件あってお互いに価格をつけあうような状況はベルトラン (Bertrand) が 100 年も前に行っています。分析上、【片方の価格がもう一方の価格を下回っている場合、低い価格をつけたパン屋がすべての客を取ってしまうと仮定】しましょう。またこれも簡単化のために【同じ価格をつけているときには客を半分ずつ取れる】としましょう。すると、確かに相手が 150 円をつけているときには自分はそれより、少しだけ低い価格 ( 10 円単位でしか価格をつける意味がないとすると)、140 円でパンを売れば客を全部とれますから 16,000 円の儲けとなって利潤を最大にすることができます (表 1.2 参照)。

    表 寡占

     それではその状況に落ち着くかというとそんなにうまくはいきません。そのとき相手は粗利益はゼロ、純利益は −8,000 円と固定費用の分だけまるまる赤字です。ここで相手も同じように自分の行動に反応すると考えると 130 円をつけてこようとするでしょう。それを考えれば、自分は 120 円をつけるのがよく……と、【価格はどんどん下落】してききます。【どこまで下落するか】というと、このケースでは両者とも 50 円ということになります。このとき、各店の販売量は 210 個、粗利益は 2,100 円、そして純利益はなんと −5,900 円と赤字になってしまうのです (表 1.3 参照)。

    表 価格競争

     なぜ赤字になるまで競争するのでしょうか。まず片方だけが正の粗利益を得ている状況が均衡 ―― すなわち安定的な状態にはならないことは自明でしょう。粗利益がゼロのパン屋は純利益で見ると −8,000 円であるのに対し、相手のパン屋と同じ価格をつければ相手の粗利益の半分を取ることができるので赤字額は 8,000 円より少なくなるからです。』

    日の丸

    マルクス主義者が行き着く先は・・・


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、実際に大学生が教わる 「ミクロ経済学」 が、どういった考え方を学ぶものなのか、を一般的な教科書とはまったく違った形で記述されている正真正銘の教科書で、これまで 「ミクロ経済学」 に一度も触れたことがない人やもう一度勉強してみようという人にお勧めの書物になります。また、社会人で、論理的な思考を身に付けたいという方々にもお勧めで、論理的な思考である 「ゲーム理論」 の考え方が非常に分かりやすく理解できる良書になります。

    読書 4-109

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    qqqzsaccpban.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 599,596(599,023)÷33,453,275(33,433,367)=0.0179・・・(0.0179) 「1.79%(1.79%)」
    qqqzsaccpban1.jpg

    イタリア : 126,976(126,924)÷4,243,482(4,241,760)=0.0299・・・(0.0299) 「2.99%(2.99%)」
    qqqzsaccpban2.jpg

    日本 : 13,991(13,936)÷774,237(772,293)=0.0180・・・(0.0180) 「1.80%(1.80%)」
    qqqzsaccpban3.jpg

















    egdusyed.jpg
    【日本語訳】 U.S. DEPARTMENT of STATE / Fact Sheet : Activity at the Wuhan Institute of Virology  (米国務省 / ファクトシート : 武漢ウイルス研究所での活動)

    さて、これまで、ドイツで生まれた「キリスト教神智学(Christian theosophy)」「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」出発点として、その後人為的に造り出された “幻想” であるところのマルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想を経て、ソ連崩壊とともに死滅したかに思われたものの現在に至るまで一貫して受け継がれていく “信仰” が存在していて、その根底にあるユダヤ・キリスト教的な 「贖罪(しょくざい)」 の意識により、さまざまな “アイデンティティ” を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物として “罪” を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になっているそんな 「極左おパヨク」 に繋がる一連の系譜について確認して参りました。



    ここで御理解頂きたいのは、そんなおバカな 「極左おパヨク」 は、飽くまでも、ある連中が果たそうとしている、ある目的の達成のための道具でしかないということです。

    その目的とは、さまざまな “アイデンティティ” を意図的に粗製濫造することで、社会分断を行い到底達成不可能な目標である “平等 (equality)” を強要(←全人類の均一化・同質化などは不可能であることは自明です!)し、多くの人々に対して自己抑圧的な態度の徹底を促し(←これが、ポリコレw)、人々の “自由” を奪う極めて権威主義的な統制社会の再構築を目指す、というものです。

    では、なぜそれを目指そうとするのでしょうか?

    それは、「寡頭制 (oligarchy/オリガルキー)」のもとである連中にとって非常にコントロールしやすい社会が構築できるからです。

    ポイント 女性



    さて、現在、ドイツ出身の社会学者・歴史学者であるロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)提唱した仮説である 『寡頭制の鉄則』 (iron law of oligarchy)について、一層理解を深めるために次の論文を参考にしながら考えているところになります。

    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)
    ロベルト・ミヒェルス(ロベルト・ミヘルス)

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    『「寡頭制の鉄則」再考 : R・ミヘルスにおけるDemokratieとDemokratismus』 金山 準

    予め理論の概要について、Wikipediaから以下に転記させて頂きます。

    『 理論の概要

    ● あらゆる組織 ・集団 (共同体、団体) は、規模が拡大すれば必ず少数の指導者による支配が実現される。
    ● 組織 ・集団は、目的を実現するために多数の成員を集め、社会における発言権を強化しようとする。
    ● 成員が増加して規模が拡大していくにつれて、巨大な組織 ・集団の運営が複雑化 ・専門化していく (官僚制化)。
    ● 一般の成員は、複雑化 ・専門化した組織・集団を管理する技能を持たないため、少数の指導者たちに運営を任せ、依存するようになる。
    ● このことが少数の指導者たちが強大な権限を確保させ、一般成員の支配を可能とする。
    ● そして指導者たちは地位を保持するために自らを批判する者たちを排除しようとする (このことをミヒェルスはボナパルティズムと呼んでいる)。指導者らは自らが一般の成員から選ばれたことを根拠にして自らが民主制に則っていると主張するそのうえで批判する者を「反民主的」ないし 「反体制的」 「社会転覆を画策している」 などのように中傷する
    さらに一般成員からの批判に対しては指導者が辞意を表明して組織崩壊を暗示させることにより批判をねじ伏せその地位を強化していく
    ● たとえ、一般成員の批判によって既存の指導者たちが辞任に追い込まれても結局は指導部が入れ替わるだけで本質的に寡頭制のしくみ自体は変わることがない

    以上の事柄は巨大化した組織 ・集団が目的を実現するためには強い団結と統一した集団行動が必要不可欠となりその結果一般成員 (大衆) は少数の指導者に強大な権限を与えそれに服従しなければならなくなるということを示しているつまり民主主義・平等社会実現のために組織 ・集団内において民主主義 ・平等主義を捨て去らねばならないということである

    したがって少数者による支配はあらゆる組織 ・集団において貫徹される不可避の鉄則となるというのがミヒェルスの寡頭制理論の概要である。』


    女性 ポイント ひとつ

    それでは早速、続きを見て参りましょう。

    『 Ⅲ. デモクラシーと寡頭制

     前章で確認したミヘルスの分析の特徴、すなわち、(人間による自然支配の反転としての) 事物や自然による人間支配というモチーフは、彼のファシズムとの関係を考えるうえでも重要な特徴であり、その点は後段で触れる。本章の検討対象は、この分析の前提にあるデモクラシーならびに寡頭制概念の内実である。この点についての検討を通じ、前章で検討したミヘルスの現実認識に対する彼自身の態度を明らかにすることが目的である。

    2. 保守化批判と非妥協主義

     ミヘルス批判対象としている寡頭制化のプロセスについては、さらにもう一点として指導者や政党組織の保守化 ・自己目的化を挙げることが可能である。これは具体的にはSPDの保守化 ・体制内在化に対する批判として述べられるSPDは、19 世紀末から 20 世紀にかけて国内政治で躍進を遂げ、第ニインターナショナルで指導的な位置を占めることとなる。しかし議会内での勢力伸張は体制への内化を促進し革命的綱領と活動の実態が乖離していくこのような保守化をミヘルスは繰り返し批判している。厳密に言えば、この批判は政党におけるデモクラシーや寡頭制の問題とは必ずしも重ならないはずである (保守的な寡頭制であろうと革命的な寡頭制であろうと、寡頭制であることには変わりがない)。しかしこの批判はミヘルスの社会主義観の根本にかかわる問題であり立ち入った検討を要する

     ミヘルスによる保守化批判には、官僚主義の精神的弊害エリートの生活レベルの上昇による保守化、そして政党組織の自己目的化という三つの側面がある。これらはいずれも彼の倫理的社会主義観を表わすものとなっているといえるだろう。以下内容を検討する。

     官僚主義の弊害は、以下の二点に区分される。まず、社会主義の理念に対する無理解である。「亡命者社会主義 Emigrantensozialismus の時代には、社会主義者は、古典的国際主義の立場から高度の原則的政策の推進に没頭した。彼らのほとんどすべてが、この一般的、包括的な分野の、いわば専門家であった」。しかし、国内において扇動活動・組織活動が公認されるようになると、「日々の党活動の必要性についての認識が、不滅の原則よりも重視され」 ることになる。「専門主義に没頭し、物事を根本から見る 『広い』 観点を否定するこの傾向は、現代における発展の一般的傾向である」。次に、人格 ・個性 ・人間性の抑圧と死滅である。官僚制においては人格は腐敗し人間性は萎え個性は死滅する保守化の第二の側面が、少数の専門職員の、生活レベル上昇に伴う保守化である。彼らにとって政党は、「階級上昇機構」 と化す。「社会民主党には、プロレタリア階層、それも特にそのもっとも有能な、もっとも優秀な者を非プロレタリア化するという歴史的な使命が与えられている」。そして彼ないし彼の子息は次第に、「労働者解放」 という信念や理念よりも物質的利益に固執するようになり、プチブル階級に同化していく。

     そして、政党の保守化の最後の側面が、政党組織の自己目的化である。ミヘルスによれば、「政治組織は権力を目指すものである。しかし権力に参与したとたんにつねに保守的となる」。この過程は、大衆民主主義下における政党の性格 (多数の党員の必要性と、官僚制) によって不可避とされる。「かくして組織 Organisation は、目的に対する手段から自己目的となる。器官が有機体を征服する Das Organ siegt uber den Organismus」。自己目的化した政党は、支配階級の政党に 「原理的」 な 「世界観 Weltanschauung」 の次元で対立するのではなく、「権力獲得 Machterringung」 という同じ目的をめぐってのみ対立することとなる。

     以上のような、いわば 「非妥協主義的 intransigent」 立場からの批判は、明らかに当時の革命的サンデイカリズムと軌を一にするSPDの路線を批判して登場した修正主義派のうちフランス・イタリアの革命的サンディカリズムはその左派を代表する一派である (なお、彼らのうちの少なからぬ部分は後にファシズムにも賛同することとなる)サンディカリズムの基本的な特徴のうち、正統派マルクス主義の保守化に対する批判として重要なものは、議会政治全般への懐疑的態度機械論的 ・歴史法則主義的な革命観への強い批判、そして、革命運動における倫理性の強調 (脱唯物論化) である。これらの要素は明らかにミヘルスにも見てとることができるだろう。

     倫理性の強調については彼は社会主義の政治家であった当時より社会主義運動における倫理性の重要性を繰り返し主張していた政治を退いた後のミヘルスにおいてもそれは同様である。たとえば 『政党』 第二版出版の一年後の 「反資本主義的大衆の心理学」 という論文中に、「大衆政党における倫理的な目的設定の必要性」 というきわめて明快な題の項が存在する。そこでは以下のように述べられる。


     マルクス以前と以後の社会主義を偉大にしたのは、社会主義の預言者と侍祭とによって発見された人類の偉大な目的、すなわち彼らによって取り上げられそして発展させられた古い人間性の理想と、カントのカテゴリー的命法の受容である。……社会主義は理想主義的な契機を包含しなければならない、つまり 「彼岸 Jenseits」 の一部分を。


     そしてもちろん、このような倫理性の強調はマルクス主義の 「宿命論的な特徴」 に対する強い批判にもつながる「マルクス的な観念の機械論は、人間的な力強さにほとんど活動の余地を与えず、ある意味で宿命論を強化した」

     このような立場より、『政党』 において彼は、労働者階級の生活水準の向上を (逆説的にも) 社会主義に対する危険だとすら見なしている


     社会主義にとってもっとも本質的な危険の一つは、自分たちの階級的地位を上昇させようとする労働者の精力的な努力と社会的な富の一般的な増加との合同の作用によって、労働者階級のさまざまな階層が存在するようになること、そしてこのような生活水準の上昇が、……現代の体制とは根本的に異なった新しい社会体制を作りだそうという、困窮と不自由のなかから生み出された熱烈な願望から次第に無縁になってしまうほどに大衆をブルジョア化し、現在の生活に満足させてしまうのではないかという、簡単には否定し去ることができない仮説である。


     ここではミヘルスは反民主的な社会や社会主義や労働者大衆にとって物質的には逆境である社会の方がむしろ社会主義にとって望ましいと考えているようにすら見えるミヘルスのサンディカリズム的性格についてはファシズムの問題とも関わる。この点については再度結論で触れることとするが、同時にこのような特徴は彼の結論である 「寡頭制の鉄則」 にも深い関連をもつ。その点が次章の検討課題となる。』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。









    続きは次回に♥




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