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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  国際 >  「インド人」の肌の色、「中国人」の肌の色、「日本人」の肌の色は、それぞれ何色でしょう ?

    「インド人」の肌の色、「中国人」の肌の色、「日本人」の肌の色は、それぞれ何色でしょう ?

    A storm is coming 6

    本日のキーワード : 肌の色、人種



    パーソナルカラー(英:Color analysis)とはその人の生まれ持った身体の色(肌の色・髪の色・目の色など)と雰囲気が調和した色(=似合う色)のことであり人それぞれ個性が違うように似合う色もそれぞれ違うとする心理学的理論に基づく審美感のことである

    似合う色を見つける診断のことを「パーソナルカラー診断」と呼びそれに従った「似合う色」を身につけると顔色が良く活き活きとした表情に見え「似合わない色」を身につけると顔色が悪く元気がなく疲れた印象に見えてしまうという性格のものである

    これは1980年代にアメリカから伝わった審美感で人間の目の色彩認識機能とそれによる感情変化の傾向を研究し得られた心理学的な理論であり今日では日本でもそれが広く支持され特にファッション業界(化粧品・服飾・アクセサリーなど)が顧客に似合う色の選定方法を説明するために頻繁に使用されるようになった

    本日の書物 : 『すごいインド : なぜグローバル人材が輩出するのか』 サンジーヴ・スィンハ 新潮社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 インドでは12億5000万の国民29の州で暮らしています。2億人近い人口ウッタル・プラデーシュ州を筆頭に、ほとんどの州人口が数千万人に上ります。人口の規模で見れば、1つの国として十分に通用する数です。

     インドの国境も、時代によって大きく変わってきました。現在のアフガニスタンからミャンマー、タイまで含めて同じ国だったこともあります。逆に多くの国に別れていた時代もありました。現在の国境が画定したのは1947年です。英連邦から独立を果たし、イスラム教徒のパキスタンと分離して、今のインド国家が成立しました。

     複雑な歴史からも明らかなように、【ひとくちに「インド人」と言っても様々です】【国内でたくさんの言葉が使われている】のと同様【人種も地方によって違っています】

     【人種の違い】は【肌の色】にも影響します。【「インド人」】と聞けば【褐色の肌をイメージする人がほとんど】だと思います。確かにインド人で最も多い【ヒンドゥスターニー系の人たちは、褐色の肌】をしています。ヒンドゥスターニー系はウッタル・プラデーシュ州など主に北部に多く、私もその1人です。しかし、同じ北部でもパンジャブ州にはイランを経由してヨーロッパから入ってきた【アーリア系】が多く住んでいて、【彼らは白人に近いほど白い肌】をしています。隣接する中国が領有権を主張しているアルナーチャル・プラデーシュ州では、日本人に似た【モンゴル系】の住民が主流です。南部に行くと、【インド人の中でも肌の色が濃いドラヴィダ系】の人たちが住んでいます。ドラヴィダ系は、マレーシアやシンガポールなどのインド人コミュニティの中心でもあります。』

    日の丸

    マルクス主義がもたらした 「国家総動員体制」


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、学校教育で教え込まれる “デタラメ” な 「中国」 のイメージに影響を受け「中国」 というものを正確に理解できない (=トンチンカンな幻想を抱く) 日本人が数多く存在している一方ほとんど学校教育では教えられない 「インド」 について無知な私たち日本人に 「インド」 「インド人」 がどのようなものであるのかを正しく理解させて下さる書物で、いわゆる 「中国人」 といわゆる 「インド人」 、そして、私たち 「日本人」 とを比較してみてどのような差異があるのかを考えることができる御薦めの良書になります。

    読書 4-67

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    identitybad.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 593,466(592,891)÷33,224,884(33,205,514)=0.0178・・・(0.0178) 「1.78%(1.78%)」
    identitybad1.jpg

    イタリア : 125,919(125,793)÷4,209,707(4,205,970)=0.0299・・・(0.0299) 「2.99%(2.99%)」
    identitybad2.jpg

    日本 : 12,786(12,691)÷738,919(735,211)=0.0173・・・(0.0172) 「1.73%(1.72%)」
    identitybad3.jpg

















    egdusyed.jpg
    【日本語訳】 U.S. DEPARTMENT of STATE / Fact Sheet : Activity at the Wuhan Institute of Virology  (米国務省 / ファクトシート : 武漢ウイルス研究所での活動)

    さて、これまで、「キリスト教神智学(Christian theosophy)」または「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」として知られる、ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)から始めて、それを受け継いできた人々についてその流れを追ってまいりました彼らが言っていたことを、簡単に表現したものを列挙致しますと、次のようになります

    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)
    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)

    世界は本来壊れているものであり、それを直すことができるのは正しい者だけである

    イマヌエル・カント
    イマヌエル・カント

    たとえ世界を直すことができなくても、私たちは常に世界を直すことができると仮定して行動しなければならない

    ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル
    ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル

    世界が固定されていたとしても、私たちは無意識のうちに分裂を起こし、世界が再び崩壊し始めることになる

    カール・マルクス
    カール・マルクス

    私たちには、世界を壊したいという衝動はない。もし私たちが世界を壊すとすれば、それは私たちが社会とその主人たちからそうすることを学んだからである。

    1895年のレーニン
    ウラジミール・レーニン

    われわれは、世界を固定するために、意識の統一を強行しよう

    W・E・B・デュボイス(1918年)
    W・E・B・デュボイス(1918年)

    世界のことは忘れて。 私はどうなるの?  私は二つ意識の一部です。 助けて!

    ヨシフ・スターリン(1915年)
    ヨシフ・スターリン

    ロシア人だけが世界を修正するのに十分な正義感を持っている。

    ルカーチ・ジェルジュ
    ルカーチ・ジェルジュ

    (人の言いなりになる)従順な者だけが世界を修正するのに十分な正義を持っている。

    毛沢東 5
    毛沢東

    中国人だけが世界を修正するのに十分な正義感を持っている。

    ポイント 女性

    御覧のように、その根底に存在しているのは、ユダヤ・キリスト教的な「贖罪(しょくざい)」の意識になります。キリスト教ならば、イエス・キリストが磔刑に処せられたことを以て、人類の罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いであるとし、人類に救いをもたらす(もたらした)とする、そんな意識です。ですから、これ明確に宗教的な思考・思想であり、これら一連の流れ・系譜は、なんらかの“ひとつの宗教”であると考えることでより一層理解し易くなります

    マルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想も、“とあるひとつの宗教”から生み出された「贖罪」の意識であり、それは“物質的”なものでしかありませんでした。だからこそ大失敗に終わったとも考えられるわけですが。。。

    女性 ポイント これ

    しかしその“とある宗教”の信者らは、大失敗のあとさまざまな“アイデンティティ”を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物としての“罪”を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になることとなります。



    また、シカゴのコミュニティ・オーガナイザーとして有名な極左活動家ソウル・アリンスキーは次のようなことを言っていました。

    ソウル・デヴィッド・アリンスキー
    ソウル・デヴィッド・アリンスキー

    The job of the organizer is to maneuver and bait the establishment so that it will publicly attack him as a "dangerous enemy". The word "enemy" is sufficient to put the organizer on the side of the people, to identify him with the Have-Nots, but it is not enough to endow him with the special qualities his own power against the establishment. Here again we find that it is power and fear that are essential to the development of faith.

    (オーガナイザーの仕事は、エスタブリッシュメントが彼を「危険な敵」として公然と攻撃するように工作し、おとりとなることです。「敵」という言葉は、オーガナイザーを人々の側に置き、「持たざる者」と同一視するには十分であるが、オーガナイザーが体制側に対抗して自らの力を発揮する特別な資質を与えるには不十分である。ここでもまた、信仰の発展に欠かせないのは、権力と恐怖であることがわかる。)

    これを、もっと簡単に言い換えてみますと、次のようになります。

    上流階級を打ち負かすための鍵は、中流階級を誘惑することである。

    要するに、弱者(下流階級)に寄り添う素振りを見せつつ(つまり、単なる道具として用いることで)中流階級を惑わせてそれを誘導することで上流階級に勝つことができると主張しているわけです。

    女性 ポイント ひとつ

    で、この人物と非常に関係が深いのが、同じくコミュニティ・オーガナイザーだったバラク・フセイン・オバマ2世と、ソウル・アリンスキーの著書をもとに論文を書いたヒラリー・クリントンです。

    オバマ 56

    ヒラリークリントン

    ヒラリー クリントン 5

    そして、ソウル・アリンスキーの「過激派のルール」に沿って我が国で極左活動を続けているのが、あの「九条の会」となります。

    詳しくはこちらをご参照💗

    オバマと、アメリカ共産党と、ユダヤ人



    このコミュニティ・オーガナイザーの役割を、あたかもボランティアや慈善活動のように勘違いされている方々が非常に多いのですが、これは極左活動家がその目的を果たすために考え出した理論に基づくものであり本来あるべき弱者救済とは著しく異なる異質なものです。

    そこで、現在、そのような危険極まりない過激派の思想に惑わされることがないように本来あるべき弱者救済の在り方がどのようなものであるべきなのかを、次の論文を参考にしながら考えているところとなります。

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    『日本型「市民活動」の源流 1868 − 1951』 椎木 哲太郎

    それでは早速、見て参りましょう。

    『 本稿では比較制度分析の手法を援用し、日本の 「市民活動」 の源流を解明しようと試みた。市民活動の前史としての戦前期日本の民間社会事業 ・協同組合運動 ・企業フィランソロピー活動は、後発資本主義体制下での官僚機構による利用という側面を有しながらも「大正デモクラシー」 を契機に一定の内発的発展を遂げてきたしかし戦時体制下の統制によってほぼ完全に国家機構の末端に組み込まれてしまったそして戦後占領体制 (「1945年体制」) とともに復活を見た訳であるが、ニューディーラーの理想主義が日本的事情に合わせて若干の修正を加えられ占領終了後官僚統制とイデオロギー対立という戦前 ・戦中的側面を継承して定着した体制が戦後一貫して継続してきたと見ることができよう

    The paper deals with a tentative exploration of Japanese Citizen’s Voluntary Association’s Origin, based on the comparative institutional analysis. It has been frequently stated in the existing researches that private-based social works, co-operative movements, and philanthropy were developed as a consequence of Taisho Democracy whereas the state bureaucracy under the late coming capitalism which was seemingly inherent in Japan successfully capitalized on the voluntarism of these social organizations. However, they were politically embedded in the imperial regime as the total war systems were organized. The tradition of voluntary associations reemerged in the occupation period of allied nations, being modified by the New Dealers of GHQ. It may be concluded that there is a clear discontinuity between the prewar and postwar systems of voluntary associations in terms of the comparative institutional analysis.


    Ⅵ 戦時体制と社会事業・協同組合
     
     昭和戦前期労働運動と社会主義の時代でもあった。確かに戦前の労働組合の組織率は最大でも 7.9 % (1931年) に過ぎなかったが、自由主義も十分に展開できなかった時代において、知識層に与えた影響力は大きかった社会事業家の友愛精神は理論武装したマルクス主義の前には無力に思われた運動の側の共通認識は、労働者階級は、貧民を必然的に生まざるを得ない資本主義体制そのものの変革を行うことなくして小手先の慈善事業、社会事業のまやかしに懐柔されてはならない、というものであった。

     社会事業自体に関しても、マルクス主義の影響が強まった。社会政策は所詮資本主義の延命策という視点からすれば不自然ではあるが、社会事業を隠れ蓑に弾圧の激しい社会主義運動を維持することがねらいであった東大セツルメント関係者の中にもマルクス主義に傾斜する学生が増え当局の弾圧が強まっていくしかし彼らにとって原典としての資本論や共産党宣言に接する機会はあってもスターリン体制下の真実に関する情報を入手することはできなかったこの点でヨーロッパの社会民主主義者とは大きく異なっていたソ連型社会主義の限界どころか貧弱な情報の下で余りにも楽天的な社会主義論が共有されていたのである

     1937 (昭和12) 年には日中戦争が始まり1938 (昭和 13) 年 4 月には国家総動員法が公布される。同年 3 月末社会事業法が公布されたが、これによって民間社会事業の国家統制が進展した。同法 3 条は民間施設について 「保護ヲ要スル者ノ収容ヲ委託」 できるものと規定し、補助金や地方税免除と引き換えに指導 ・監督が強化されることとなった。経済の不安定化に伴って民間社会事業施設の経営難は深刻化し、全国私設社会事業連盟をはじめとして、国庫助成を求める運動が高まったことがその背景にあったのである。経済危機が政府依存を強めさせたのであった。

     林寿二氏は、民法制定後の公益法人制度の流れを、1939 (昭和 14) 年の宗教団体法の施行を画期として 2 期に分けることができるとしている。この期間に国民優生法 (1940 年)言論出版等臨時取締法 (1941年)国民医療法 (1942年)許可認可等臨時措置法 (1943年) とその施行令が相次いで制定された。以後 6 年間政府は公益法人に対する指導 ・監督を強め公益法人の機能を利用していわゆる政府の外郭団体を設立し総動員体制に組み込んだそして、先に見た林氏の指摘する 1940 (昭和15) 年から 1944 (昭和19) 年にかけての年平均 11.8 件という設立数の増大が戦時体制下で数多く新設された特殊法人と並んで行政補完型公益法人の果たした役割を物語っていると言えよう。』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。









    続きは次回に♥




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