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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  日本 >  日本人が目指すべき年収は、いくらぐらいが妥当でしょうか?

    日本人が目指すべき年収は、いくらぐらいが妥当でしょうか?

    An ‘army of fake Chinese accounts’ freely promotes communist propaganda on Twitter
    An ‘army of fake Chinese accounts’ freely promotes communist propaganda on Twitter; Report

    本日のキーワード : セツルメント、隣保館、慈善活動



    セツルメントまたはセトルメント(英:settlement)とは正確にはソーシャル・セツルメントで隣保館などと訳され社会教化事業を行う地域の拠点のことである元の意味は「移住」で19世紀末にイギリスの理想主義的な大学教授や学生が貧民街(スラム)に移り住んで貧民と生活をともにしその教化にあたったところから使われるようになった言葉である

    隣保館(りんぽかん)とは貧困・教育・差別・環境問題などにより世間一般と比較して劣悪な問題を抱えるとされる地域(スラムや同和地区など)においてその対策を講ずる事の出来る専門知識(教育学や法律に関する知識・社会福祉援助技術など)を持つ者が常駐(住み込む事が理想的であるとされる)し地域住人に対して適切な援助を行う社会福祉施設時に(特に外国の隣保館を指す場合において)セツルメント(英: settlement)と呼称される現在では広義で特にセツルメントの語は専門家による一般市民への福祉的援助・指導を指す意味合いがある





    本日の書物 : 『安いニッポン 「価格」が示す停滞』 中藤 玲 日本経済新聞出版



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 2019年末に日本経済新聞や日経電子版で連載した「安いニッポン」シリーズで、特に反響があったのは「【『年収1400万円は低所得』】人材流出、高まるリスク」という見出しの記事だった。

     ここで引用したのは、「米住宅都市開発省がサンフランシスコ【年収1400万円の4人家族を『低所得者』に分類】した」という数字だ(※注 実際は12万9150ドルで、掲載した2019年12月の為替レートである1円=約109円で計算)。

     この記事には実に様々な感想が寄せられた。

     「確かに自分の賃金は全く上がらない」、「日本はいよいよ貧しくなっている」との声や、「サンフランシスコは物価が高すぎて、1400万円あっても悠々自適に暮らせるわけではない」「アメリカは入院代が高いので、給与が安くても日本の方が暮らしやすい」という意見だ。

     同じ米住宅都市開発省の2020年の最新版では年収13万9400ドルが低所得者に分類されており、1年で約1万ドル上がったことになる。21年1月の為替(約103円)でも約1400万円を大きく超える計算だ。

     2018年時点では11万7400ドルだったため、毎年1万ドルずつ上昇している。ちなみに【20年版では、8万7000ドル(約900万円)は「非常に低い所得」、5万2200ドル(約540万円)は「極めて低い所得」と位置づけ】ている

     記事中ではサンフランシスコの年収と対比させる形で「厚生労働省によると【日本の17年の世帯年収の平均は約550万円、1千万円を超える世帯は10%強にすぎない】」とも紹介した。

     だがサンフランシスコはアメリカでも最も高い地域の一つ。そのため読者からも「サンフランシスコと比べるなら港区とかでないとフェアじゃない」という指摘があった。確かに日本の平均年収で比べるよりも分かりやすかったかもしれない。その反省から、東京都で最も高い場所と比較してみよう。

     総務省「課税標準額段階別令和元年度分所得割額等に関する調」などから計算すると、都内の平均所得のトップは港区だった。調査会社の東京商工リサーチ(東京・千代田)の2020年調査によると、全国で社長が最も多く住む街は港区赤坂。しかも上位10ヵ所のうち7つが、繁華街や高級住宅街のある六本木や南青山など港区エリアだった。港区の人口に対する社長比率は13・1%で、住人の10人に1人が社長となっている。

     そんな【港区の平均所得は年約1217万円】。つまり【日本の富裕層エリアと言える港区でも、平均所得はサンフランシスコの「低所得」に分類されてしまう】という事実となった。』

    日の丸

    戦前期日本の“民間主体”の慈善活動


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、大蔵省 (現財務省) や日本銀行そして政府与党によるこれまでの数々経済失策によって如何に国民の所得が諸外国と比して相対的に低下させられたかを、具体的な事例によってさまざまな角度から明らかにしている書物であり、帯にも書かれているように、「年収1400万円」 は “低所得者” であるという事実を私たち日本国民に知らしめてくれるお薦めの良書となります。しかしながら、考えるべきは国民一人ひとり自分自身の所得水準がせめて 「年収1400万円以上」 に引き上げるために日々努力する必要があるということであり、それを無理だとあきらめるようであれば甘んじて受け入れるべきだと当ブログでは考えます。

    読書 4-57

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    zmpzszm.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 589,829(589,604)÷33,111,163(33,099,293)=0.0178・・・(0.0178) 「1.78%(1.78%)」
    zmpzszm1.jpg

    イタリア : 125,225(125,153)÷4,192,183(4,188,190)=0.0298・・・(0.0298) 「2.98%(2.98%)」
    zmpzszm2.jpg

    日本 : 12,265(12,196)÷719,922(715,871)=0.0170・・・(0.0170) 「1.70%(1.70%)」
    zmpzszm3.jpg















    egdusyed.jpg
    【日本語訳】 U.S. DEPARTMENT of STATE / Fact Sheet : Activity at the Wuhan Institute of Virology  (米国務省 / ファクトシート : 武漢ウイルス研究所での活動)

    さて、これまで、「キリスト教神智学(Christian theosophy)」または「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」として知られる、ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)から始めて、それを受け継いできた人々についてその流れを追ってまいりました彼らが言っていたことを、簡単に表現したものを列挙致しますと、次のようになります

    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)
    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)

    世界は本来壊れているものであり、それを直すことができるのは正しい者だけである

    イマヌエル・カント
    イマヌエル・カント

    たとえ世界を直すことができなくても、私たちは常に世界を直すことができると仮定して行動しなければならない

    ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル
    ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル

    世界が固定されていたとしても、私たちは無意識のうちに分裂を起こし、世界が再び崩壊し始めることになる

    カール・マルクス
    カール・マルクス

    私たちには、世界を壊したいという衝動はない。もし私たちが世界を壊すとすれば、それは私たちが社会とその主人たちからそうすることを学んだからである。

    1895年のレーニン
    ウラジミール・レーニン

    われわれは、世界を固定するために、意識の統一を強行しよう

    W・E・B・デュボイス(1918年)
    W・E・B・デュボイス(1918年)

    世界のことは忘れて。 私はどうなるの?  私は二つ意識の一部です。 助けて!

    ヨシフ・スターリン(1915年)
    ヨシフ・スターリン

    ロシア人だけが世界を修正するのに十分な正義感を持っている。

    ルカーチ・ジェルジュ
    ルカーチ・ジェルジュ

    (人の言いなりになる)従順な者だけが世界を修正するのに十分な正義を持っている。

    毛沢東 5
    毛沢東

    中国人だけが世界を修正するのに十分な正義感を持っている。

    ポイント 女性

    御覧のように、その根底に存在しているのは、ユダヤ・キリスト教的な「贖罪(しょくざい)」の意識になります。キリスト教ならば、イエス・キリストが磔刑に処せられたことを以て、人類の罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いであるとし、人類に救いをもたらす(もたらした)とする、そんな意識です。ですから、これ明確に宗教的な思考・思想であり、これら一連の流れ・系譜は、なんらかの“ひとつの宗教”であると考えることでより一層理解し易くなります

    マルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想も、“とあるひとつの宗教”から生み出された「贖罪」の意識であり、それは“物質的”なものでしかありませんでした。だからこそ大失敗に終わったとも考えられるわけですが。。。

    女性 ポイント これ

    しかしその“とある宗教”の信者らは、大失敗のあとさまざまな“アイデンティティ”を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物としての“罪”を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になることとなります。



    また、シカゴのコミュニティ・オーガナイザーとして有名な極左活動家ソウル・アリンスキーは次のようなことを言っていました。

    ソウル・デヴィッド・アリンスキー
    ソウル・デヴィッド・アリンスキー

    The job of the organizer is to maneuver and bait the establishment so that it will publicly attack him as a "dangerous enemy". The word "enemy" is sufficient to put the organizer on the side of the people, to identify him with the Have-Nots, but it is not enough to endow him with the special qualities his own power against the establishment. Here again we find that it is power and fear that are essential to the development of faith.

    (オーガナイザーの仕事は、エスタブリッシュメントが彼を「危険な敵」として公然と攻撃するように工作し、おとりとなることです。「敵」という言葉は、オーガナイザーを人々の側に置き、「持たざる者」と同一視するには十分であるが、オーガナイザーが体制側に対抗して自らの力を発揮する特別な資質を与えるには不十分である。ここでもまた、信仰の発展に欠かせないのは、権力と恐怖であることがわかる。)

    これを、もっと簡単に言い換えてみますと、次のようになります。

    上流階級を打ち負かすための鍵は、中流階級を誘惑することである。

    要するに、弱者(下流階級)に寄り添う素振りを見せつつ(つまり、単なる道具として用いることで)中流階級を惑わせてそれを誘導することで上流階級に勝つことができると主張しているわけです。

    女性 ポイント ひとつ

    で、この人物と非常に関係が深いのが、同じくコミュニティ・オーガナイザーだったバラク・フセイン・オバマ2世と、ソウル・アリンスキーの著書をもとに論文を書いたヒラリー・クリントンです。

    オバマ 56

    ヒラリークリントン

    ヒラリー クリントン 5

    そして、ソウル・アリンスキーの「過激派のルール」に沿って我が国で極左活動を続けているのが、あの「九条の会」となります。

    詳しくはこちらをご参照💗

    オバマと、アメリカ共産党と、ユダヤ人



    このコミュニティ・オーガナイザーの役割を、あたかもボランティアや慈善活動のように勘違いされている方々が非常に多いのですが、これは極左活動家がその目的を果たすために考え出した理論に基づくものであり本来あるべき弱者救済とは著しく異なる異質なものです。

    そこで、現在、そのような危険極まりない過激派の思想に惑わされることがないように本来あるべき弱者救済の在り方がどのようなものであるべきなのかを、次の論文を参考にしながら考えているところとなります。

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    『日本型「市民活動」の源流 1868 − 1951』 椎木 哲太郎

    それでは早速、見て参りましょう。

    『 本稿では比較制度分析の手法を援用し、日本の 「市民活動」 の源流を解明しようと試みた。市民活動の前史としての戦前期日本の民間社会事業 ・協同組合運動 ・企業フィランソロピー活動は、後発資本主義体制下での官僚機構による利用という側面を有しながらも「大正デモクラシー」 を契機に一定の内発的発展を遂げてきたしかし戦時体制下の統制によってほぼ完全に国家機構の末端に組み込まれてしまったそして戦後占領体制 (「1945年体制」) とともに復活を見た訳であるが、ニューディーラーの理想主義が日本的事情に合わせて若干の修正を加えられ占領終了後官僚統制とイデオロギー対立という戦前 ・戦中的側面を継承して定着した体制が戦後一貫して継続してきたと見ることができよう

    The paper deals with a tentative exploration of Japanese Citizen’s Voluntary Association’s Origin, based on the comparative institutional analysis. It has been frequently stated in the existing researches that private-based social works, co-operative movements, and philanthropy were developed as a consequence of Taisho Democracy whereas the state bureaucracy under the late coming capitalism which was seemingly inherent in Japan successfully capitalized on the voluntarism of these social organizations. However, they were politically embedded in the imperial regime as the total war systems were organized. The tradition of voluntary associations reemerged in the occupation period of allied nations, being modified by the New Dealers of GHQ. It may be concluded that there is a clear discontinuity between the prewar and postwar systems of voluntary associations in terms of the comparative institutional analysis.


    Ⅲ 戦前期民間社会事業の展開

     急激な産業化松方デフレ農民層分解都市化を進め、労働問題貧困 ・格差の問題を発生下線文させた。大量の貧困層が都市に生まれ大きな社会問題となったここに社会事業の役割の飛躍的増大が見られたのである。

     戦前期とりわけ明治 ・大正期の社会事業の大部分は民間の手によるものであった江戸時代寺子屋自然発生的広がりを見せたように、各地で独自の施設建設と事業展開がなされていった。表 1 は社会事業施設数の民営対公営の推移を見たものである。大正後半期に公営の比率が高まっていくが、それでも民営主体であることに変わりはなく、明治期に慈善救済事業と呼ばれた社会事業は民間の篤志家の手によって推進されたのであった。表 2 はさらに時代の下る 1936 (昭和11) 年の経営主体別の社会事業の数であり、施設数に関する統計ではないが、いずれにせよ、現在のほぼ 1 : 1 という比率からすると、戦前期における民間社会事業の数の上での優位性は明らかである。

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     医学を学びキリスト教徒となった石井十次は 1887 (明治 20) 年、岡山孤児院を開設する。濃尾大地震や三陸大津波、東北大飢饉で孤児となった子どもたちを次々と受け入れ、生涯で 2,000 人以上の養育を果たした。後にルソー 『エミール』 の影響を受け、孤児の自立を重視した独自の教育方針を実践した。女学校教師から転じた石井亮一は、渡米して障害児教育を学び、1896 (明治 29) 年に日本で最初の知的障害児施設滝乃川学園を創設した。同志社神学校を出てアメリカに留学した留岡幸助は、1899 (明治32) 年、東京巣鴨に民間の感化院 「家庭学校」 を設立した。学校施設を地域住民に開放したり、詳細綿密なケースワークが実践されるなど、前二者と同様、今日にも通用する先駆的な試みであった。石井十次と留岡幸助の思想的背景の共通点として、二宮尊徳の報徳思想、貧農問題解決に向けた実践性への傾倒が存在するのが興味深い。

     広範なボランティア活動として取り上げられるべきはこの時期に発生したセツルメント活動であろう。救貧対策の進んだイギリスでは 1860 年代から貧民地区に住み込んでの活動が始まり、1884 年にケンブリッジ・オックスフォード両大学の学生によって最初のセツルメントと言われるトインビー・ホールが開設され、19 世紀末にかけて急速に普及した。』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。







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    『 アジアでは日本に従え ―― 日米逆転はなぜ起きたか 』 フォーリン・アフェアーズ・リポート

    続きは次回に♥




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