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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  支那 >  日本語と北京語の決定的な違い ~ 台湾人親子の絆を引き裂いた “北京語の強制”

    日本語と北京語の決定的な違い ~ 台湾人親子の絆を引き裂いた “北京語の強制”

    Scandalous revelation from Bill Gates’ biographer

    Nude parties, prostitutes and pedophiles: Scandalous revelation from Bill Gates’ biographer

    本日のキーワード : 北京語、台湾語、広東語、日本語



    北京語(ペキンご、英: Beijing dialect, Pekingese)中国の北京で話される中国語の方言中華民国では北平語などと呼ばれたこともある北方方言に属する

    普通話国語華語などと呼ばれる現代標準中国語は北京の発音を基本としておりこれを俗に北京語と呼ぶ場合もあるが方言としての北京語とは完全に同じではない普通話は文言(漢文)の語彙語法を取り込んだ教養ある知識人の北京語(官話)を基準にしており北京の街角で話される日常語とは違いがある

    北京語は北京市の市街地で話されるものを指し北京市郊外のものは含まれない



    本日の書物 : 『この厄介な国、中国』 岡田 英弘 ワック



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 1997年に中国に返還された【香港】が今後どうなるかということについて、世界中の関心が集まっているだが【香港人】の中で【一国二制度が維持できると信じている人はほとんどいない】なぜなら【香港の中国化】は【返還以前からすでに始まっていた】からである。それを象徴的に表しているのが返還式典で香港側の代表者が話していた【ひどい広東語訛りの北京語】である

     【広東語】は、【商売用の言語】であって、【中国語の中では二級の言語】とされるが、【香港】では、いままで【この広東語が共通語】として使われてきた。だがひとつの国語ひとつの国民という【国民国家の幻想】を守るためには【香港人も北京語を話さなくてはならない】【北京語】は【政治用の言語】であって、【一級言語】である。つまり、【旧来の漢字と同じ役割をする言語ということ】である。

     だから【北京語】が【強制】されたということは【香港もいずれは「中国化」されるということの証】だと思っていいし、現在香港において空前の北京語学習熱が高まっていることの布石でもあったのである。

     これと同じ現象は、1945年に【国民党】が【台湾に進駐】したときに起きている【国民党が一番にしたこと】は【日本語を禁止すること】だった。

     それまで【台湾人同士の会話】は【日本語】でなければ通じなかったかつて台湾に移住してきた人たちは、いろいろな地方の出身者であったから、【台湾】では【少なくとも4つの違う言葉】が使われており【すべての人が共通に話せる言葉はなかった】だから【日本時代】に【日本語教育】を受け【初めて誰にでも通じる言葉】ができた。しかも、【日本語】は通じるだけではなく【文明開化の言葉】でもあったから、【台湾人】【日本語を通じて近代文明に触れることができた】のである。

     だが、そんな事情などお構いなしに【国民党】は進駐してくるなりその日から【北京語の使用を命じた】。だが、皮肉なことに、台湾にやって来た国民党員は南京など江南の出身者がほとんどで、彼ら自身も北京語を話せなかった。そういった兵士たちが北京語の使用を強制したわけだから、滑稽なことがさまざまおこり、それらはいまでも語り草になっているほどである。

     しかし、いかに無茶な政策であったとはいえ、【日本語の使用の禁止】は徹底されたため【台湾人は自分たちのほとんど唯一の共通語を奪われる】ことになり、みな、すっかりしゃべるのが嫌いになってしまった。家庭の中では、小学校で台湾訛りの北京語で教育を受けている【子どもたちと両親の間で、会話が成立しなくなる】という事態を惹き起こした

     両親は台湾語を話すわけだが、【台湾語は文字にならない言葉】であり【高級なボキャブラリーがない】。だから、そういった言葉を両親が話すことを子どもたちはひどく嫌った。両親にしてみれば、それより【高級なことを話すためには、日本語を使うしかない】のだが、“純朴な”子どもたちは、それを非愛国的行為だといって告げ口するのである。

     だから、【北京語の強制】【親子の絆を引き裂いた】ということで、台湾人は国民党をいまだに恨んでいる。』

    日の丸

    古くから日本に根付く 「寄付の文化」


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、およそ20年前に出版されたものですが、そこから現在に至るまで相も変わらず「中国」というものを正確に理解できない(=トンチンカンな幻想を抱く)日本人が数多く存在していて、開いた口が塞がらない状況にあるのですが、そのような方々にまさに“打って付け”の内容となっており、是非とも正しい「中国」理解を広く一般国民に知らしめるべく当ブログが自信を持ってお勧めする良書になります。学校教育で教え込まれる「中国」のイメージが、如何に実態とかけ離れているのかが非常によく理解できると思います(笑)

    読書 4-59

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    qppplgvc.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 588,859(588,185)÷33,069,942(33,041,136)=0.0178・・・(0.0178) 「1.78%(1.78%)」
    qppplgvc1.jpg

    イタリア : 125,028(124,810)÷4,183,476(4,178,261)=0.0298・・・(0.0298) 「2.98%(2.98%)」
    qppplgvc2.jpg

    日本 : 12,119(12,006)÷710,834(705,581)=0.0170・・・(0.0170) 「1.70%(1.70%)」
    qppplgvc3.jpg

















    egdusyed.jpg
    【日本語訳】 U.S. DEPARTMENT of STATE / Fact Sheet : Activity at the Wuhan Institute of Virology  (米国務省 / ファクトシート : 武漢ウイルス研究所での活動)

    さて、これまで、「キリスト教神智学(Christian theosophy)」または「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」として知られる、ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)から始めて、それを受け継いできた人々についてその流れを追ってまいりました彼らが言っていたことを、簡単に表現したものを列挙致しますと、次のようになります

    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)
    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)

    世界は本来壊れているものであり、それを直すことができるのは正しい者だけである

    イマヌエル・カント
    イマヌエル・カント

    たとえ世界を直すことができなくても、私たちは常に世界を直すことができると仮定して行動しなければならない

    ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル
    ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル

    世界が固定されていたとしても、私たちは無意識のうちに分裂を起こし、世界が再び崩壊し始めることになる

    カール・マルクス
    カール・マルクス

    私たちには、世界を壊したいという衝動はない。もし私たちが世界を壊すとすれば、それは私たちが社会とその主人たちからそうすることを学んだからである。

    1895年のレーニン
    ウラジミール・レーニン

    われわれは、世界を固定するために、意識の統一を強行しよう

    W・E・B・デュボイス(1918年)
    W・E・B・デュボイス(1918年)

    世界のことは忘れて。 私はどうなるの?  私は二つ意識の一部です。 助けて!

    ヨシフ・スターリン(1915年)
    ヨシフ・スターリン

    ロシア人だけが世界を修正するのに十分な正義感を持っている。

    ルカーチ・ジェルジュ
    ルカーチ・ジェルジュ

    (人の言いなりになる)従順な者だけが世界を修正するのに十分な正義を持っている。

    毛沢東 5
    毛沢東

    中国人だけが世界を修正するのに十分な正義感を持っている。

    ポイント 女性

    御覧のように、その根底に存在しているのは、ユダヤ・キリスト教的な「贖罪(しょくざい)」の意識になります。キリスト教ならば、イエス・キリストが磔刑に処せられたことを以て、人類の罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いであるとし、人類に救いをもたらす(もたらした)とする、そんな意識です。ですから、これ明確に宗教的な思考・思想であり、これら一連の流れ・系譜は、なんらかの“ひとつの宗教”であると考えることでより一層理解し易くなります

    マルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想も、“とあるひとつの宗教”から生み出された「贖罪」の意識であり、それは“物質的”なものでしかありませんでした。だからこそ大失敗に終わったとも考えられるわけですが。。。

    女性 ポイント これ

    しかしその“とある宗教”の信者らは、大失敗のあとさまざまな“アイデンティティ”を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物としての“罪”を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になることとなります。



    また、シカゴのコミュニティ・オーガナイザーとして有名な極左活動家ソウル・アリンスキーは次のようなことを言っていました。

    ソウル・デヴィッド・アリンスキー
    ソウル・デヴィッド・アリンスキー

    The job of the organizer is to maneuver and bait the establishment so that it will publicly attack him as a "dangerous enemy". The word "enemy" is sufficient to put the organizer on the side of the people, to identify him with the Have-Nots, but it is not enough to endow him with the special qualities his own power against the establishment. Here again we find that it is power and fear that are essential to the development of faith.

    (オーガナイザーの仕事は、エスタブリッシュメントが彼を「危険な敵」として公然と攻撃するように工作し、おとりとなることです。「敵」という言葉は、オーガナイザーを人々の側に置き、「持たざる者」と同一視するには十分であるが、オーガナイザーが体制側に対抗して自らの力を発揮する特別な資質を与えるには不十分である。ここでもまた、信仰の発展に欠かせないのは、権力と恐怖であることがわかる。)

    これを、もっと簡単に言い換えてみますと、次のようになります。

    上流階級を打ち負かすための鍵は、中流階級を誘惑することである。

    要するに、弱者(下流階級)に寄り添う素振りを見せつつ(つまり、単なる道具として用いることで)中流階級を惑わせてそれを誘導することで上流階級に勝つことができると主張しているわけです。

    女性 ポイント ひとつ

    で、この人物と非常に関係が深いのが、同じくコミュニティ・オーガナイザーだったバラク・フセイン・オバマ2世と、ソウル・アリンスキーの著書をもとに論文を書いたヒラリー・クリントンです。

    オバマ 56

    ヒラリークリントン

    ヒラリー クリントン 5

    そして、ソウル・アリンスキーの「過激派のルール」に沿って我が国で極左活動を続けているのが、あの「九条の会」となります。

    詳しくはこちらをご参照💗

    オバマと、アメリカ共産党と、ユダヤ人



    このコミュニティ・オーガナイザーの役割を、あたかもボランティアや慈善活動のように勘違いされている方々が非常に多いのですが、これは極左活動家がその目的を果たすために考え出した理論に基づくものであり本来あるべき弱者救済とは著しく異なる異質なものです。

    そこで、現在、そのような危険極まりない過激派の思想に惑わされることがないように本来あるべき弱者救済の在り方がどのようなものであるべきなのかを、次の論文を参考にしながら考えているところとなります。

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    『日本型「市民活動」の源流 1868 − 1951』 椎木 哲太郎

    それでは早速、見て参りましょう。

    『 本稿では比較制度分析の手法を援用し、日本の 「市民活動」 の源流を解明しようと試みた。市民活動の前史としての戦前期日本の民間社会事業 ・協同組合運動 ・企業フィランソロピー活動は、後発資本主義体制下での官僚機構による利用という側面を有しながらも「大正デモクラシー」 を契機に一定の内発的発展を遂げてきたしかし戦時体制下の統制によってほぼ完全に国家機構の末端に組み込まれてしまったそして戦後占領体制 (「1945年体制」) とともに復活を見た訳であるが、ニューディーラーの理想主義が日本的事情に合わせて若干の修正を加えられ占領終了後官僚統制とイデオロギー対立という戦前 ・戦中的側面を継承して定着した体制が戦後一貫して継続してきたと見ることができよう

    The paper deals with a tentative exploration of Japanese Citizen’s Voluntary Association’s Origin, based on the comparative institutional analysis. It has been frequently stated in the existing researches that private-based social works, co-operative movements, and philanthropy were developed as a consequence of Taisho Democracy whereas the state bureaucracy under the late coming capitalism which was seemingly inherent in Japan successfully capitalized on the voluntarism of these social organizations. However, they were politically embedded in the imperial regime as the total war systems were organized. The tradition of voluntary associations reemerged in the occupation period of allied nations, being modified by the New Dealers of GHQ. It may be concluded that there is a clear discontinuity between the prewar and postwar systems of voluntary associations in terms of the comparative institutional analysis.


    Ⅱ 寄付の文化、協同組合運動の源流

     日本人社会問題の解決に向けるボランタリズム、公共意識や寄付の文化貧弱であり続けたと指摘される。表に出ず、「陰徳」 を積むことこそが美徳とする儒教道徳からだと言われてきた。だが果たしてそうであろうか

     林雄二郎氏は 「社会」 の概念原罪意識存在しなかった日本では、家や藩、帰属集団のために何かをするということはあっても、不特定多数のために貢献するという意識が育たなかったことを欧米との違いとして重視している。そして、明治期以降の財団活動の中に 「報恩」 という自然の恵みも含めて 「恩」 に報いるという日本的フィランソロピーの特性を見出した。

    ポイント 000

     「寄付の文化」 という点に限定してみても、律令体制以来有力貴族や大名の手によって寺社への 「寄進」 や造営が盛んに行われている仏教の僧侶たちが慈善 ・救済活動に果たした役割も大きい。平重衡によって焼かれた東大寺の復興にあたった俊乗坊重源は、勧進職として車を引いて全国を行脚し、寄進を集めた。戦国時代の三好 ・松永合戦で大仏殿が焼失すると、江戸時代には公慶上人による勧進が行われた。

     江戸から明治にかけても神社の寄進札には豪商たちの名を多く見ることができる。石灯籠や石の回廊、絵馬や狛犬などには 「奉納某」 という形で寄進者の名前や寄進の金額が明記されている。ただ、それらは社会問題の解決ではなく、自らの一族に対する神仏の加護、御利益、現世での見返りを期待しての行為であったという側面も否定できないが、庶民レベルでも檀家制度に基づく布施は一般的で、日本には古くから 「寄付の文化」 が厳然と存在してきたのである。そしてボランタリズムの伝統も見逃せない

     さらにそれと関連して、協同組合の源流とも言うべき各種の 「講」 組織が各地で活発に展開されたことも指摘しておく必要があろう。適用地域は藩内の一部に限定されていたが、文政年間に藩御用達商人那波祐生が中心となって設立された秋田感恩講の活動は、明治以降への継続性、理念と給付水準の高さという点で注目される。

     戦前期の日本を代表する自発的社会参加活動の一つとして、ここではまず、日本型協同組合の源流とも言うべき報徳社運動とその延長線上にある協同組合運動を取り上げ、概観しておくこととしたい。



     報徳社運動は天保期を中心に二宮尊徳の関東各地で行った荒廃した農村の立て直しの流れを汲み近代化以降とりわけ農村の自立 ・再興に向けた日本独自の自発的な大衆運動としての展開を見せた。尊徳の報徳社は、領主による仕法と村役人層を中心とする結社式のものに分かれるが、維新以後静岡県を中心に活発化していったのは後者の側面であった。ただ、ここで見逃せないのは、協同組合の祖とも言われる同時代の大原幽学の性学が幕府の弾圧を受けたのに対し、尊徳の取り組みは封建領主との対立を生まなかった点である。それが報徳社運動が明治政府による上からの協同組合の組織化即ち 1900 (明治 33) 年の産業組合法の制定とその後の産業組合の隆盛へとつながっていくという連続性をもたらしたもっとも、報徳社運動が直ちに産業組合 ・信用組合組織へと移行した訳ではなく、明治期の指導者岡田良一郎に見られるように、報徳社運動が経済性以上に道徳性を強調したものであった点も忘れられてはならない。1924 (大正13) 年に設立された大日本報徳社は、教化、経済、公益という 「報徳ノ事業ヲ行フヲ以テ目的」 としていた。道徳による経済の制御こそこの時期の基本的な時代思潮であったのである。官製組合の定着を推進した平田東助も報徳社に注目し、その活用を図るが、組合制度と結合させようとした思想は、天皇制の下での 「共存同栄」 であった。協同組合運動は欧州からその制度を輸入したものであったがここにおいて日本的道徳との調和「日本化」 が実現されたのであった。』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。











    続きは次回に♥




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