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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  支那 >  いわゆる “中国語” の実態は、てんでばらばら(笑)

    いわゆる “中国語” の実態は、てんでばらばら(笑)

    Ghislaine Maxwell hid compromising Bill Clinton tapes so as not to hurt Hillary during the election

    本日のキーワード : 言語、中国語



    言語(げんご)とはある特定の集団が用いる音や文字による事態の伝達手段のこと

    本日の書物 : 『この厄介な国、中国』 岡田 英弘 ワック



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 さて、【コミュニティーが違う他人は敵も同然という発想】が生まれたのには、もうひとつの理由がある。それは、【中国】において、【住んでいる世界が違う】というのは【言葉が違うということを意味している】からである。

     【点と線というネットワーク型支配】二千年以上にわたってつづいたことは中国大陸内で使われている多くの言語の融合をさまたげたもともと【多種多様の異民族】が暮らしているうえに、【その民族がさらに小さな集団を作って暮らしている】のだから、【言語の多様化が拡大】されることはあってもけっして収束されることはない

     【中国語】には、北京語、上海語、福建語などがあることは日本人も知っているが、実際には【もっと言葉は細分化されている】

     一説によると、上海語や広東語、福建語など【南部の言葉は、北部の言葉と違ってタイ語系】だと言われている。だから、【単なる方言というのではなく、北と南では言語の系統自体が違うのである】しかも【同じ南部の言葉でも、上海語と広東語とでは、ほとんど共通点がない】

     さらに【同じ地方の言語でも、隣村同士でもまったく言語が違う】という例すら珍しくない。すでに述べたように、【中国人】【一族の中で強固に連帯する傾向】があって、【そのため閉鎖的】である。その状態が長くつづくうちに、いつの間にか言葉が変化して、【一族の中でしか通用しない中国語が生まれる】という事態さえ起こりうるのである。林彪(りんぴょう)の第四野戦軍に従軍した朝鮮族の将校出身の人から聞いた話だが、【広東省では村ごとに言葉が違っている地域があった】という。

     これを裏付けるエピソードが、先ほど紹介した在米中国人のマキシーン・ホン・キングストンの自伝の中にある。

     バークレーのカリフォルニア大学を卒業して、彼女が中華航空の入社試験を受けたときのことである。彼女の両親が広東省出身であり、彼女も広東語が話せることを知った中華航空の試験官が、彼女の語学力を試そうと広東語で話し掛けてきた。ところが、彼女は試験官の話し掛ける広東語が少しも分からない。

     このため、彼女はあえなく入社試験に落ちてしまうわけだが、【同じ広東語といっても、出身地が違えば、まったく通用しないほどバリュエーションがある】のである。』

    日の丸

    現代の “アイデンティティ” 概念の最大の問題


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、およそ20年前に出版されたものですが、そこから現在に至るまで相も変わらず「中国」というものを正確に理解できない(=トンチンカンな幻想を抱く)日本人が数多く存在していて、開いた口が塞がらない状況にあるのですが、そのような方々にまさに“打って付け”の内容となっており、是非とも正しい「中国」理解を広く一般国民に知らしめるべく当ブログが自信を持ってお勧めする良書になります。学校教育で教え込まれる「中国」のイメージが、如何に実態とかけ離れているのかが非常によく理解できると思います(笑)

    読書 4-4

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    pplvbvbcxz.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 567,422(567,092)÷31,700,126(31,650,993)=0.0178・・・(0.0179) 「1.78%(1.79%)」
    pplvbvbcxz1.jpg

    イタリア : 117,243(116,927)÷3,878,994(3,870,131)=0.0302・・・(0.0302) 「3.02%(3.02%)」
    pplvbvbcxz2.jpg

    日本 : 9,629(9,599)÷537,494(532,641)=0.0179・・・(0.0180) 「1.79%(1.80%)」
    pplvbvbcxz3.jpg















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    egdusyed.jpg
    【日本語訳】 U.S. DEPARTMENT of STATE / Fact Sheet : Activity at the Wuhan Institute of Virology  (米国務省 / ファクトシート : 武漢ウイルス研究所での活動)

    さて、これまで、「キリスト教神智学(Christian theosophy)」または「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」として知られる、ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)から始めて、それを受け継いできた人々についてその流れを追ってまいりました彼らが言っていたことを、簡単に表現したものを列挙致しますと、次のようになります

    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)
    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)

    世界は本来壊れているものであり、それを直すことができるのは正しい者だけである

    イマヌエル・カント
    イマヌエル・カント

    たとえ世界を直すことができなくても、私たちは常に世界を直すことができると仮定して行動しなければならない

    ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル
    ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル

    世界が固定されていたとしても、私たちは無意識のうちに分裂を起こし、世界が再び崩壊し始めることになる

    カール・マルクス
    カール・マルクス

    私たちには、世界を壊したいという衝動はない。もし私たちが世界を壊すとすれば、それは私たちが社会とその主人たちからそうすることを学んだからである。

    1895年のレーニン
    ウラジミール・レーニン

    われわれは、世界を固定するために、意識の統一を強行しよう

    W・E・B・デュボイス(1918年)
    W・E・B・デュボイス(1918年)

    世界のことは忘れて。 私はどうなるの?  私は二つ意識の一部です。 助けて!

    ポイント 女性

    御覧のように、その根底に存在しているのは、ユダヤ・キリスト教的な「贖罪(しょくざい)」の意識になります。キリスト教ならば、イエス・キリストが磔刑に処せられたことを以て、人類の罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いであるとし、人類に救いをもたらす(もたらした)とする、そんな意識です。ですから、これ明確に宗教的な思考・思想であり、これら一連の流れ・系譜は、なんらかの“ひとつの宗教”であると考えることでより一層理解し易くなります

    マルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想も、“とあるひとつの宗教”から生み出された「贖罪」の意識であり、それは“物質的”なものでしかありませんでした。だからこそ大失敗に終わったとも考えられるわけですが。。。

    女性 ポイント これ

    しかしその“とある宗教”の信者らは、大失敗のあとさまざまな“アイデンティティ”を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物としての“罪”を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になることとなります。



    Mark Zuckerberg is at Little St James Island

    そこで、本日からは、次の論文を参考にさせて頂きながら、その“アイデンティティ”について、果たしてそれは一体どのようなものであるべきなのかについて考えてみたいと思います。

    fxvcmnvbc.jpg
    『アイデンティティ概念の再構築の試み : イタリア人アイデンティティという事例とともに』 宇田川 妙子

    それでは早速、見て参りましょう。

    『 アイデンティティという概念は、現在 「アイデンティティ政治」 に代表されるように多くの弊害が取り沙汰されているが、その一方で、この概念を擁護する声もけっして小さくない。近年のアイデンティティ論は、構築主義的な転回を果たしたと言われているもののいまだ根源的な問題は放置されているからである。



    本稿は、そうした問題意識の元で、アイデンティティ概念を、 「関係性」 という概念を新たに導入しながら再構築していくことを目的とする。実際、従来のアイデンティティ概念をもう一度振り返ってみるならば、その最大の問題はそれが異同という指標すなわち 「 我々/彼ら 」 を分離・分類する論理によって構成されている点にあることが浮かび上がってくる。とするならばそこにあるのは関係性ではなくて基準であるこれに対して関係性とは関係の非決定性多義性偶発性、歴史性を積極的に評価した概念であるこの概念とともにアイデンティティのあり方を定位し直していくならば、そこには新たな主体や連帯のあり方、すなわち新たな社会のあり方も浮かび上がってくるだろう。しかも、そうした新たなアイデンティティのあり方とは、けっして机上の空論ではなく、たとえ萌芽的ではあっても、実際に我々の周囲でもすでに見出すことができるその一例がイタリア人アイデンティティである。それはこれまであまりにも脆弱なナショナル・アイデンティティであると見なされてきたが、別の視点からみれば、そこには、ナショナル・アイデンティティとは異なる語りの位相が見えてくるのである。この事例は、わずかな兆候に過ぎないかもしれないが、アイデンティティがこれほどまでに社会問題と化している今、その混乱のなかから新たな社会の展望を探っていくためにも、そこに積極的に注目して理論化していくことはけっして無意味な作業ではないだろう。』

    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。







    続きは次回に♥




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