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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  支那 >  「中国歴代王朝」は、現代日本人が思うような意味での「国家」ではありませんでした(笑)

    「中国歴代王朝」は、現代日本人が思うような意味での「国家」ではありませんでした(笑)

    taking our country back

    本日のキーワード : 商社、王朝、皇帝、流通システム



    商社(しょうしゃ)とは輸出入貿易ならびに国内における物資の販売を業務の中心にした商業を営む業態の会社である幅広い商品・サービスを取り扱う総合商社と特定の分野に特化した専門商社に区分される広義の卸売業である特に総合商社は日本特有の形態とされ海外においても「Sogo shosha」と呼ばれる「商社」という言葉は幕末期の幕臣小栗忠順が英語の「company」から訳したともいわれている

    本日の書物 : 『この厄介な国、中国』 岡田 英弘 ワック



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 前章では【「指桑罵槐(しそうばかい)」の原則】を中心に、【中国人の行動原理】の一端をご紹介したわけだが、読者は、中国人の中に流れる徹底した【個人主義】に驚嘆されたはずである。何度も繰り返すように、【中国の為政者】にとって【外交も戦争もすべては自己を守る手段】である。【自己のためなら、同胞が戦争で死のうとも構わないというのが、彼らの原理】なのである。

     いったい、このような行動原理はどこから生まれたのか――その謎を解く鍵は、中国史の中にある。



     最初に種を明かしてしまえば、私たちは何気なく【「中国」あるいは「中国人」という言葉】を使うが、実は【20世紀になるまで】、中国大陸には【中国という国家もなかった】し、【中国人という概念も、さらには意識もなかった】のである。

     数千年もの間、あの広大な大陸に【存在していたのは、ただただ「個人」だけ】であった。中国大陸に住んでいた人々にとって、【自分だけが頼り】であり、自分を守ってくれる【国家】や【民族】が【存在するなどとは、夢にも思っていなかった】。そのような状況の中で産み出されたのが、【中国人の行動原理】なのだから、それは当然のことながら、【徹底した個人主義】とならざるをえなかったのである。

    女性 ポイント ひとつ

     このようなことを記すと、読者から多くの反論が出てくるのは、容易に予想できる。その中でも最も多い反論は、「【中国】には【歴代王朝】が存在したではないか。あれは【国家】ではないのか」という疑問であろう。

     たしかに【中国歴代王朝】は存在した。私はそれを否定しない。しかし、この王朝がはたして【現代の日本人が思うような意味での「国家」であったかといえば、それは違う】

     そもそも【中国における王朝】というのは、【民族の集団ではない】。歴代王朝はすべて、【皇帝ただひとりの専有物、私有物】であった。そして、その【皇帝】とは、中国【人民の支配者でもなかった】し、中国【大陸の土地の所有者でもなかった】

     では、中国の【皇帝】【なにを所有していたのか】 ―― それは中国全土に張り巡らされていた【流通システム】なのである。

     つまり、中国【皇帝】はいわば【総合商社の社長のような存在】であったというのが、私の見方なのである。』

    日の丸

    移民の“制限”に“賛成”していたアメリカの黒人たち


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、およそ20年前に出版されたものですが、そこから現在に至るまで相も変わらず「中国」というものを正確に理解できない(=トンチンカンな幻想を抱く)日本人が数多く存在していて、開いた口が塞がらない状況にあるのですが、そのような方々にまさに“打って付け”の内容となっており、是非とも正しい「中国」理解を広く一般国民に知らしめるべく当ブログが自信を持ってお勧めする良書になります。学校教育で教え込まれる「中国」のイメージが、如何に実態とかけ離れているのかが非常によく理解できると思います(笑)

    読書 3-47

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    bdclmfjn.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 560,855(559,638)÷31,064,031(30,968,429)=0.0180・・・(0.0180) 「1.80%(1.80%)」
    bdclmfjn1.jpg

    イタリア : 113,579(112,861)÷3,736,526(3,717,602)=0.0303・・・(0.0303) 「3.03%(3.03%)」
    bdclmfjn2.jpg

    日本 : 9,325(9,311)÷499,763(496,309)=0.0186・・・(0.0187) 「1.86%(1.87%)」
    bdclmfjn3.jpg









    ↓↓↓【YouTubeによる“検閲”の実例】↓↓↓



    egdusyed.jpg
    【日本語訳】 U.S. DEPARTMENT of STATE / Fact Sheet : Activity at the Wuhan Institute of Virology  (米国務省 / ファクトシート : 武漢ウイルス研究所での活動)

    さて、これまで、「キリスト教神智学(Christian theosophy)」または「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」として知られる、ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)から始めて、それを受け継いできた人々についてその流れを追ってまいりました彼らが言っていたことを、簡単に表現したものを列挙致しますと、次のようになります

    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)
    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)

    世界は本来壊れているものであり、それを直すことができるのは正しい者だけである

    イマヌエル・カント
    イマヌエル・カント

    たとえ世界を直すことができなくても、私たちは常に世界を直すことができると仮定して行動しなければならない

    ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル
    ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル

    世界が固定されていたとしても、私たちは無意識のうちに分裂を起こし、世界が再び崩壊し始めることになる

    カール・マルクス
    カール・マルクス

    私たちには、世界を壊したいという衝動はない。もし私たちが世界を壊すとすれば、それは私たちが社会とその主人たちからそうすることを学んだからである。

    1895年のレーニン
    ウラジミール・レーニン

    われわれは、世界を固定するために、意識の統一を強行しよう

    W・E・B・デュボイス(1918年)
    W・E・B・デュボイス(1918年)

    世界のことは忘れて。 私はどうなるの?  私は二つ意識の一部です。 助けて!

    ポイント 女性

    御覧のように、その根底に存在しているのは、ユダヤ・キリスト教的な「贖罪(しょくざい)」の意識になります。キリスト教ならば、イエス・キリストが磔刑に処せられたことを以て、人類の罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いであるとし、人類に救いをもたらす(もたらした)とする、そんな意識です。ですから、これ明確に宗教的な思考・思想であり、これら一連の流れ・系譜は、なんらかの“ひとつの宗教”であると考えることでより一層理解し易くなります

    マルクス主義・共産主義・社会主義という類の妄想も、“とあるひとつの宗教”から生み出された「贖罪」の意識であり、それは“物質的”なものでしかありませんでした。だからこそ大失敗に終わったとも考えられるわけですが。。。

    女性 ポイント これ

    しかしその“とある宗教”の信者らは、大失敗のあとさまざまな“アイデンティティ”を次から次へと粗製濫造することによって、「贖罪」の対象物としての“罪”を創り出し自らの罪に対する償(つぐな)い・贖(あがな)いを果たそうと躍起になることとなります。

    それでは昨日の続きになりますが、ヨーロッパのウラジミール・レーニンとは別の、もう一つの流れでもあるアメリカのウィリアム・エドワード・バーグハード・デュボイスについて、次の論文で確認しながら、いま一度、“アイデンティティ”について考えてみたいと思います。

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    『黒人と20世紀初期におけるアメリカの移民問題 ― W・E・B・デュボイスの移民観 ―』 竹本 友子

    それでは早速、昨日の続きを見て参りましょう。

    『 はじめに

     ・・・ 19 世紀後半以降、各種の黒人新聞にはしばしば移民問題が取り上げられ、黒人がこの間題に関心を抱いていたことが見て取れる。移民や移民政策に対する黒人の見方や対応については、すでに四半世紀以上前からそのような一次史料に基づいた研究の蓄積が存在する。

     また近年においても、1980 年代以降のとりわけ不法移民の問題をめぐる移民論争によって、移民政策への黒人の態度を歴史を遡って見直そうとする傾向が見られる。過去と現在とを問わず、新たな移民の流入によって経済的に最も大きな影響を受けるのは黒人だからである。



     移民問題に対する黒人の対応を分析したこれらの研究においては、たとえば D ・ヘルウイグや A ・シャンクマンが、黒人が中国系移民の締め出しに反対し、移民法の人種差別的側面に敏感に反応したことを強調しているのに対し、L ・フックスは黒人が経済面での競争者としての移民に反感を持ち、一貫して移民規制に賛成した、としているなど、見解の相違は存在するが焦点となる 1924 年移民制限法については黒人は移民規制による経済的メリットのために全体としてこれを容認したという点で一致している

     しかし当時の黒人指導者の大半1924 年移民法に少なくとも沈黙することで結果的に賛成した中で、W ・ E ・ B ・ デュボイス (William B. E. Du Bois) は例外的に移民規制反対を貫いたとされるデュボイスの移民観初期には他の黒人指導者と大きく異なるものではなかったが、第一次世界大戦後、1920 年代に入って移民論議が高まると、他の黒人が急速に移民制限賛成に傾いていく中で一貫して移民制限に反対し、1924 年移民法の成立後も合衆国の移民政策を批判し続けた。このような移民問題におけるデュボイスの独自の立場は、彼のどのような考え方に由来するのであろうか。後述するように、デュボイスは移民問題をより大きな人種差別の一環として位置づけていたたために、移民問題そのものについてまとまった考察をしている例は多くない。しかし 19 世紀末から 1930 年代初頭までのデュボイスの移民および移民政策に関する見解を追っていくことで、白人対黒人の「二項対立」化が進行するアメリカ社会をデュボイスがどのように捉え、黒人指導者としてどのように対処していこうとしたのかを探るための手がかりが浮かび上がってくる。それを明らかにすることが本稿の目的である。』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。







    続きは次回に♥




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