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     >  国際 >  伝統的思想ともっとも根本的に決別するのが「共産主義」です!

    伝統的思想ともっとも根本的に決別するのが「共産主義」です!

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    本日のキーワード : 堕天使、形而上学、共産主義



    堕天使(だてんし)は、主なる神の被造物でありながら高慢や嫉妬がために神に反逆し罰せられて天界を追放された天使自由意志をもって堕落し神から離反した天使である

    キリスト教の教理では悪魔は堕落した天使であるとされる

    堕天使の概念はユダヤ・キリスト教の複雑な歴史を背景にもつキリスト教が旧約と呼ぶ「ヘブライ聖書」には本来堕天使という概念は登場しない天使の堕落の伝説の早期の例は後期ユダヤ教諸派において成立した後に偽典と呼ばれることになる文書のひとつ「エノク書」にあらわれるこのエノクの伝承はヘレニズム期のユダヤ教セクトであるクムラン教団を特徴づける「善と悪の戦い」の観念とともに原始キリスト教に影響を与えこれによって堕天使の概念はキリスト教の基礎の一部となったと考えられている

    一般に堕天使の頭はサタンとされるが外典・偽典などではマスティマベリアルベルゼブブアザゼルなどと記されている場合がある『新約聖書』にはサタンの堕落を示唆する記述がいくつかあり特に「ヨハネ黙示録」第12章ではサタンが天の戦い(天使戦争)に敗れて追放された物語が示されている

    聖書には多様な解釈を容れる余地があり後世のキリスト教文学や神学においてサタンと仲間の堕天使たちをめぐるさまざまな物語や理論がつむがれているいったい何をもってサタンの堕落の本質とするかという問題についてもいくつかの異説がある

    『堕天使』 アレクサンドル・カバネル(1868年)
    『堕天使』 アレクサンドル・カバネル(1868年)

    本日の書物 : 『日本共産党 噂の真相』 篠原 常一郎 扶桑社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 ではなぜ、【共産主義】は資本家から【私有の生産手段】、たとえば民間企業の工場やデパートなどの大型商業施設を【奪い取り】【公有化】しようとするのか。それは生産手段が大企業や大富豪に所有されていると、社会の必要に応じるよりも利潤追求を第一にして運営されるため、生産が拡大してもその富は弱者に届かず、貧富の格差や失業、さらには恐慌を引き起こすと考えているからです。共産主義の教義では、これを「資本主義の基本矛盾」と呼んでいます。

     そこで【社会的所有】により、生産活動が企業の利益のためではなく【社会全体の必要に応じて計画的に運営】され、労働者に働く場とその成果を漏れることなく適切に提供することをめざすのです。これが、【社会主義経済(「計画経済」とも言います)】の基本です。

     つまりは企業や富豪の利益第一主義が生み出す貧富の格差、失業や不景気を、国や労働者がうまく管理することで解決しようというのが、【マルクス以来の共産主義者の“処方箋”】なのです。

     もちろん、工場のような製造現場だけでなく、農業生産の場であり手段である【土地の共有化】も、【共産主義の国では進められます】。ソ連のコルホーズや中国にかつてあった人民公社などの【共同所有・共同経営】型の農場がその典型です。』

    日の丸

    堕天使ルチファーと“悪”


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、日本共産党の内部事情を知り尽くした著者によって日本共産党の実体を詳(つまび)らかに解説がなされている書物で、日本共産党のことだけではなくグローバリズムを推し進めるディープステート(deep state)や、その走狗(そうく)となっている“ANTIFA”や“BLM”あるいは“しばき隊”かつての“SEALDs”などに代表されるじつは哀れな存在でしかない「おパヨク」らについても、その思考様式を理解することができる御薦めの良書となります。

    読書6-29

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

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    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 398,307(396,682)÷24,018,793(23,844,928)=0.0165・・・(0.0166) 「1.65%(1.66%)」
    booomppdlfs1.jpg

    イタリア : 82,554(82,177)÷2,390,102(2,3681,277)=0.0345・・・(0.0345) 「3.45%(3.45%)」
    booomppdlfs2.jpg

    日本 : 4,366(4,304)÷335,605(330,678)=0.0130・・・(0.0130) 「1.30%(1.30%)」
    booomppdlfs3.jpg









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    【日本語訳】 U.S. DEPARTMENT of STATE / Fact Sheet : Activity at the Wuhan Institute of Virology  (米国務省 / ファクトシート : 武漢ウイルス研究所での活動)

    ポイント 女性

    続いて、一昨日に引き続きまして、次の論文を読み進めることで「社会主義」・「共産主義」の世界観について確認して参りたいと思います。

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    『社会主義・共産主義的世界観の特質と問題点 :剰余価値学説と唯物史観の批判的検討(3)』筒井正夫

    それでは早速見て参りましょう。

    『 社会主義・共産主義的世界観の特質と問題点

    剰余価値学説と唯物史観の批判的検討(3)

    Ⅱ 唯物史観とその問題点

    2 問題点

     以上、唯物史観の内容を概説し未曾有の影響力を持ちえた理由の一端を考察してきただがこの唯物史観は多大な問題をはらんでいる次にそれを、1)・2)・3) の内容に即して検討していこう

    (2)社会構成体の歴史的移行論について

     マルクスは唯物史観の公式のなかで社会構成体の発展の原動力を下部構造における物質的生産諸力の発展と捉えそれが一定の段階に達して既存の生産諸関係が桎梏となり矛盾する関係に至った時に社会変革の時が始まり階級闘争による社会革命を通して成長する生産諸力に見合った上部構造(政治体制等)が産みだされて新たな社会構成体へと転換していくと説いたここではまず下部構造上部構造のそれぞれについてこうした進歩発展史観が妥当かどうかを検討しその上で社会構成体の移行論の問題点を指摘しよう

    2)上部構造の発展論について

     ・・・16世紀の戦国時代、新旧勢力や地域勢力が戦闘を繰り広げ、人心が荒廃し自然が破壊された戦乱の世の渦中に生まれたのが、千利休によって完成された茶道である。それは、茶室において主客の交わりを中核として立居振舞を基礎に人と人との和人と自然との和人と日常用いる器物との和を稽古や茶会を通じて体得していくもので、戦国の世で荒んだ人心と自然を回復し、その調和を一つの文化にまで高めたものであった。その後江戸時代になると古田重然(織部)・小堀政一(遠州)・片桐貞昌(石州)・松平治郷(不昧)・井伊直弼(宗観)等の大名茶人が現れて幕府や各藩の教養・文化・教育修練の中心に置かれ、長期にわたる人心の平和と自然美に即した芸術の興隆に大きな役割を果たした。明治期以降には、益田孝(鈍翁)・原富太郎(三渓)・松永安左衛門(耳庵)・高橋義雄(箒庵)・小林一三(逸翁)等の財界人が茶道文化の担い手となり、現代でも物質文明のなかで荒廃する人間の心の回復自然との調和美の日常化をもたらす総合文化として見直されている

     以上概観しただけでも、遠く古代・中世に生まれた詩や物語や文化・芸術も、科学技術が未曾有に発展した現代人の心を数百年いや千年を超えて感動させ共感を呼び起こすのである上部構造が下部構造に照応したものであり過去のものは今より劣っているものであるならばそうした時代を超えた感動は呼び起こされないであろう。そしてそうした伝統文化はその本質を保持しながら時代が進むにつれて、モノと心の間の物心一如の関係が崩れるにしたがって、そうした関係の回復を求める新たな時代的要請のなかで見直され再発見されてその意味が深められ新たな時代に即したものとして改良されたり付け加えられたりして生き続けてきたのである

     ところが、『共産党宣言』においてはそれら「古い思想の解体は古い生活諸関係の解体と同一歩調をとる」とされその実例として「古代社会が破滅に瀕していていたときに、古代諸宗教はキリスト教に征服され」たことや「十八世紀にキリスト教的思想は啓蒙主義の思想に敗れた」ことを挙げている

     そして「共産主義革命は、伝統的所有関係とのもっとも根本的な決裂である。この革命の発展行程のなかで、伝統的思想ともっとも根本的に決裂することはふしぎではない」と宣言するのであるこうして共産主義者は社会と歴史をすべて階級搾取と階級闘争として理解し上部構造である意識諸形態をすべて階級支配の思想と捉える立場から『共産党宣言』の時点でその歴史貫通的共通意思である伝統思想ともっとも根本的に決別すると明言していることは改めて注目しておいてよい。

     たしかに、そうした文化を階級支配のために利用する支配者もいたであろう。だがそれが可能なのも、こうした多数の人に受け継がれ受容される貴重な要素をその文化が有しているからにほかならない。そして、時代が経るなかで、様々に再評価され、リメイクされながらも現代にいたるまで継受されてきたものが伝統文化にほかならない。

     マルクス主義者は、こうした人間が長い時間をかけて積み重ね育み再発見して世代ごとに継受してきた文化の価値をまったく重視しないばかりか、そうした過去の人間がそのときどきの様々な経験から学び育んできた知恵の結晶から学ぼうとしない過去から続く伝統文化を古く劣った生産力の時代に照応した遅れたものとしてしか評価できないから「伝統的思想ともっとも根本的に決裂する」ためにそれらを破壊していったのであるロシア革命や中華人民共和国の文化大革命のなかでどれだけの貴重な伝統文化や近代ブルジョア文化が自国の文化であれ他民族のそれであれそれを守ろうとした多くの人々の命とともに抹殺されていったかその理由がここに潜んでいたのである。』






    ヒトラー スターリン 毛沢東 

    さて、こちらも一昨日の続きになりますが、マルクスに至るまでの「ドイツ思想」に決定的な影響を与えた「キリスト教神智学(Christian theosophy)」または「ベーメ神智学(Boehmian theosophy)」として知られる、ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)について確認するために、次の論文を見て参りたいと思います。

    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)
    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)

    カール・マルクス
    カール・マルクス

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    『ヤコブ・ベーメにおける悪の思索 : 形而上の悪と人間』 中山みどり

    因みに、ベーメの言っていたことというのは、次のようなもので。。。

    〇 人類は、神の恵みの状態から、罪と苦しみの状態に堕ちた

    〇 悪の力には神に反抗した堕天使も含まれている

    〇 神の目標は世界を恵みの状態に回復させることである


    これが意味することは、世界は本来壊れているものでありそれを直すことができるのは正しい者だけである、ということになります。

    それでは早速見て参りましょう。

    『 2.天使ルチファーの堕落

     それでは、神の「永遠の自然」の第一プリンキピウムから第二プリンキピウムへの移行の可能性がなくなりが顕在化するのはどのような場合なのであろうか

     この点についてベーメは、聖書に基づく神話的な形象の一つである堕天使ルチファーを受容しルチファーについて新たな解釈を加えながら悪の顕現の問題を考察している。キリスト教の伝統において、ルチファーは天上の最も美しい天使として神によって創造されたとされるベーメによればそもそも天使とは第一プリンキピウムの沸き上がるガイスト(神の霊)によって創造され解けることのない紐帯(ちゅうたい)によって第二プリンキピウムの天上の国(パラダイス)に移行し神の光に照らされ喜びに満ち溢れて「愛の戯れ」(Liebe-Spiel)を体現し永遠にパラダイスに留まるべき存在だったところがルチファーは己の美しさと力強さゆえに驕慢(きょうまん)になり神に背く。・・・』


    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)
    ヤーコプ・ベーメ(ヤコブ・ベーメ)

    さて、ベーメの考える“悪”は、もともと神の中、正確には神の「永遠の自然」と呼ばれる領域(=神の怒りの性質によって成立する「第一プリンキピウム(原理)」)にその起源がありそこから顕在化したものである、とされていますが、これは悪の存在論と呼ばれるもので、飽くまでも、形而上学(=時間・空間の形式を制約とする感性を介した経験によっては認識できないもの。超自然的、理念的なもの。)の“悪”であり、率直なところ、本当に神が実在するのか悪が実在するのかという問いに対する答え永遠に出てくることはありませんなぜならそもそも証明ができない問いだからです。

    でも実際に歴史的な事実として「形而上学」としての学問の体系は構築されていて少なくともユダヤ教・キリスト教の世界に多大な影響を与えてきました。そして、それは現代においても現実に影響を与えています

    特に近代ヨーロッパその中でも特にドイツが曲者で、その影響を受けたドイツ観念論の流れがやがて社会主義・共産主義といったイデオロギーを生み出すことになります。そのことを再確認する意味で、以前にもご紹介(→ソ連のじゃんけん、中国のじゃんけん、日本のじゃんけん → どこが違うの?)させて頂きましたアイザイア・バーリンの次の文章を御覧下さい

    アイザイア・バーリン
    アイザイア・バーリン

    自由論【新装版】 

    『 二つの自由概念

     人生の目的についてひとびとのあいだになんの不一致もなかったとしたら、またわれわれの祖先がなんのわずらいもなくエデンの園にとどまっていられたとしたら、これからこのチチェレ社会・政治理論講座[the Chichele Chair of Social and Political Theory]で行われるような諸研究が思いつかれ考えられることは、きっとなかったであろう。なぜなら、こうした研究は不和・不一致から生まれ、それによって育ってゆくものなのだから。・・・もし目的に一致・合意がえられたならば残る問題はただ手段の問題であるにすぎない。手段の問題ならこれは政治の問題ではなく技術の問題であるつまり、技術者や医者などの場合の議論と同じく、専門家なり機械なりによって解決のできる問題なのだ。終局における理性の勝利とかプロレタリア革命とかのある世界変革的な大きな現象を信じているひとたちがあらゆる政治・道徳上の問題はそれによって技術的な問題に還元されうると確信するにいたる理由はそこにあるそれこそが「人間の支配を事物の管理に代える」というかのサン・シモンの有名な言葉の意味するものであり国家の消滅と真の人類史のはじまりというマルクスの予言の意味なのである。こうした将来への展望は、完全な社会的調和の状態についての思弁的考察などは空想の遊戯にすぎぬとするひとびとによって、ユートピア的と名づけられている。にもかかわらず、もし今日火星からイギリス ―― あるいはアメリカ ―― のどこかの大学に訪れる者があったとして、かれが次のような印象をもったとしても、おそらくそれは無理からぬことなのではあるまいか。―― 政治の根本問題については専門哲学者たちによってさまざまな真剣な注意が払われているにもかかわらず、どうも大学人たちはそうしたごく無邪気な牧歌的状態に安住しているようだ ―― と。

     しかしながらこのことは驚きに足ることであり、また同時に危険なことでもある。どうして驚くべきことかというと、なにしろ近代の歴史上今日ほど、東西両洋の数多くの人間が狂信的に(ファナティカリ/fanatically)信奉された社会・政治学説によってその観念〔思想〕、さらにその生活を根本的に改変し、また場合によっては暴力的に顚覆(てんぷく)させてしまったことは、おそらくなかったのであるから。また危険だというのは、観念に注意を向けるべきひとびと ―― すなわち、観念について批判的に考える訓練を受けてきたひとびと ―― によって観念がないがしろにされるときには、時として観念〔思想〕というものは阻止しがたいほどの勢いを獲得し、不可抗力となって多数の人間を支配する、そしてこれはもはや理性的な批判によってはいかんともしがたいような凶暴な力となることがあるからである。百年もまえに、ドイツの詩人ハイネはフランス人に向かって、観念〔思想〕の力を過小評価することのないように警告を発している ―― 平静な大学教授の書斎のなかではぐくまれた哲学的概念が一文明を破壊してしまうこともあるのだ。ハイネはカントの『純粋理性批判』はヨーロッパの理神論(デイズム/deism)の首を斬りおとした武器であるといいルソーの著作はロベスピエールの手に渡って旧制度(アンシャン・レジーム/Ancien régime)を崩壊せしめた血まみれの武器だと書いているそしてフィヒテやシュリングのロマン主義的信念はいつの日かその狂信的なドイツの後継者たちによって自由主義的な西欧文化への敵対物に変じ恐ろしい結果を招来するであろうと予言したこの予言は事実によって必ずしも全面的に裏切られはしなかったわけである。ところでもし、大学教授が真にこの運命を決定する力をふるいうるのであるならば、その力を奪いとることのできるのも他の大学教授 ―― のみである、ということになりはしないか。』


    それでは、本日の最後になりますが、すべての資本主義国家を暴力革命で転覆し社会主義国家化しそしてその社会主義国家自体も消滅すると共産主義社会が訪れる、つまり、もうそこには「国家」は存在しませんが、そのような社会主義者・共産主義者らの思想・イデオロギーの根底には、上記のアイザイア・バーリンの文章にも登場していたように『ユートピア思想』が存在していて、その“ユートピアの実現”は実際に可能なものでありそれは自分たちの手によってこそ現実化できるとまさに宗教のように本気で信じている連中が、いわゆる「ディープステート(deep state)」の中核を形成している、と当ブログでは考えております。

    女性 ポイント これ



    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。











    続きは次回に♥




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