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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  日本 >  トランプ大統領と持統天皇とパトリオット(愛国者)

    トランプ大統領と持統天皇とパトリオット(愛国者)

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    本日のキーワード : 愛国者、トランプ支持者



    愛国心(あいこくしん)または愛国主義(あいこくしゅぎ、パトリオティズム、英: patriotism)自分の国家に対し愛着や忠誠を抱く心情英語の「愛国者」(patriot)との用語はエリザベス朝で初めて使用され、語源は6世紀の後期ラテン語で「国の人」を意味する patriota である。また「愛国主義」(patriotism)の用語が派生したのは18世紀初頭である

    本日の書物 : 『百田尚樹の日本国憲法』 百田 尚樹 祥伝社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 【日本】【唐の脅威】を感じていたことは間違いありませんが、単に百済が友好国というだけで、そこまでするとは思えません。もしかすると、【百済は日本の植民地】に近い存在だったのかもしれません。そう考える理由として、【日本列島に特徴的な前方後円墳が百済で発見されている】こと、百済の貴族が日本に亡命していることなどが挙げられます。

    日本では「ヒストリー」、支那では「プロパガンダ」、朝鮮では「ファンタジー」

     白村江の戦いのあと、日本は唐・新羅の侵攻を恐れ、九州に水城(みずき)や朝鮮式山城を築きました。【防衛政策を誤れば国も民族も滅亡しかねません】【斉明・天智天皇は国の守りを考えたから、このような措置を取った】のです。

    中国・朝鮮半島よりも遥かに早かった「日本のおカネ」の誕生

     白村江の戦いを語る上で欠かせない人物に、【大伴部博麻(おおともべのはかま)】がいます。博麻は教科書にも載っていませんし、知名度も高くありませんが、私はあえて紹介したい。

    大伴部博麻呂の碑(八女市)
    『大伴部博麻呂の碑』八女市HP

     筑後国(現・福岡県南部)に生まれた博麻は兵士として戦いに参加しましたが、唐軍に捕らえられ長安に送られます。当時、長安には捕虜扱いになっていた遣唐使が4人いました。翌年、唐の日本侵攻計画を知った博麻は自らを奴隷として売りそれで得たお金を、4人の遣唐使に帰国資金として渡しました4人は天智一〇(671)年に帰国朝廷に唐の計画を伝えました。唐に残された博麻は奴隷として暮らしましたが27年後の持統四(690)年にようやく帰国を果たします

     博麻の国を思う心と行動に感動した持統天皇は「朕嘉厥尊朝愛国 売己顕忠 〔朕(ちん)、厥(そ)の朝(ちょう)を尊び国を愛(おも)ひて、己(おのれ)を売りて忠を顕(あらわ)すことを嘉(よろこ)ぶ〕」との勅語を贈りましたこれは【天皇が一般人に与えた史上唯一の勅語】であり、その中の【「愛国」という言葉】は【日本の文献で使われた最初の例】とされています。

     当時は「国」の概念も「国家意識」も今とは違ったはずですが一兵士である博麻が「愛国」の精神を持っていたことに驚くと共に、私たち以上に「国を守る」意識があったことに感銘を受けます。』

    日の丸

    不正・不法な選挙を容認しない道徳心を持つ人々と、それが無い人々


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、「マルクス主義」と同様に我が国を蝕みさらには日本国民の生命と安全を守らない口実を与える根拠となっている「THE・日本国憲法」の、どこがどう問題でなにがどれほど異常なのかが簡単に理解できる良書で、いわゆる「おパヨクの砦」である「THE・日本国憲法」廃止し本来あるべき「天皇陛下がしらす日本国の憲法」を新たに創設するためにも、知っておきたい事実が数多く紹介されているお薦めの良書となります。

    読書6-26

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    azoldkof.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 351,233(349,391)÷20,566,479(20,319,155)=0.0170・・・(0.0171) 「1.70%(1.71%)」
    azoldkof1.jpg

    イタリア : 75,332(74,985)÷2,155,446(2,141,201)=0.0349・・・(0.0350) 「3.49%(3.50%)」
    azoldkof2.jpg

    日本 : 3,429(3,369)÷245,254(242,097)=0.0139・・・(0.0139) 「1.39%(1.39%)」
    azoldkof3.jpg


























    さて、カール・マルクスユダヤ人に対する偏見・ヘイトから生じたイデオロギーである「マルクス主義」は、その後も表向きの形を変ながら現代においても“辛うじて”生き残っていますが、


    今回の「2020年米大統領選」を廻る混乱も、中国共産党(CCP)が「中華式革命の輸出」を過去何十年にもわたって行ってきたことで生じているものになります(自由民主主義国で全体主義を推し進める悪玉は誰???)。

    その証左が、アメリカで推し進められてきた“ポリコレ”「ポリティカル・コレクトネス(political correctness)」で、そのそもそもの生みの親こそが、中国共産党(CCP)の毛沢東でした。

    毛沢東 5
    毛沢東



    そして、その“ポリコレ”を助長してきたのがアメリカのメインストリーム・メディア(MSM、mainstream media)でした。



    で、私たち一人ひとりにとって大切なことは、「社会主義社会」の後にやってくるものこそ「共産主義社会」であると妄信しひたすらその実践を宗教的ドグマ(教義)として試み続けている危険極まりない連中が存在しているという現実(もはや隠そうともしてませんがw)を幅広く認識する必要があるということです。


    以上のことを踏まえた上で、「社会主義社会」と「共産主義社会」の違い理解できる非常に参考となる動画がこちら(↓)になりますので、ぜひ御覧下さいませ💗



    それでは、昨日に引き続きまして、次の論文を読み進めることで「社会主義」・「共産主義」の世界観について確認して参りたいと思います。

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    『社会主義・共産主義的世界観の特質と問題点 :剰余価値学説と唯物史観の批判的検討(2)』筒井正夫

    それでは早速見て参りましょう。

    『 社会主義・共産主義的世界観の特質と問題点

    剰余価値学説と唯物史観の批判的検討(2)

    Ⅱ 唯物史観とその問題点

     ここでは剰余価値学説とともに社会主義・共産主義的世界観の根幹をなす今一つの柱である唯物史観について、その概要をまず示しその上で問題点を検討しよう。・・・

    2 問題点

     以上、唯物史観の内容を概説し未曾有の影響力を持ちえた理由の一端を考察してきただがこの唯物史観は多大な問題をはらんでいる次にそれを、1)・2)・3) の内容に即して検討していこう

    (1)下部構造の上部構造規定論について

     ・・・上記引用に見ると、エンゲルスは古代国家発生における国家を2) の部分では階級対立を抑圧しておく必要から生じたもので経済的にも政治的にも支配する階級が被支配階級を抑圧し搾取するための手段として捉えているそれは、下部構造における経済的社会構成において生産手段の所有者が直接的生産者を搾取して剰余価値を得るとする剰余価値学説にもとづいて上部構造たる国家の本質をとらえたものといえよう

     ここで注意すべき点は、1) の部分において国家の成立「相対抗する経済的利害をもつ諸階級が、無益な闘争のうちに自分自身と社会をほろぼさないためには、外見上社会のうえに立ってこの衝突を緩和し、それを「秩序」のわくのなかにたもつべき権力が必要となった。」と述べられているように支配階級による被支配階級の抑圧のみが国家の本質とは言えないことが明記されていることである

     アテナイにおける国家の形成についても、自由人と奴隷との差違とならんで富者と貧者の差違が現れ、高利貸と債務者との分裂といった市民内部の非和解的な階級分裂とその公的組織による緩和の必要性こそ国家の機能として重視している

     またこうして誕生した国家の特徴として、地域によって国民を区分して公的な権利義務をはたさせ、そのための税収を司る官吏の存在を指摘している。つまり、被搾取階級としての奴隷だけでなく貴族や市民も含んだ国民全体の公共機能を果たすことにも国家の本質を見ているのである

     こうした国家の公共機能をエンゲルス国家論の重要部分として光を当てたのは熊野聰であるだが氏はさらに国家が公共機能をも果たすということを国家の階級抑圧機関としての機能と別個に捉える国家の「二重機能」論を併せて批判している。すなわち、階級社会ではすべての社会的なことが階級的なこととしてあらわれるのであり、公共の機能もそれがはたされるためには階級的性格をとらざるをえず、たとえば近代国家のばあいには、全社会を代表したと称し、実際にも代表する形式を整えた国家が、公共の名において、この国家に代表される国民の一部すなわちある階級にたいする抑圧をこととしている、と理解すべきであるとしている。そしてレーニンはエンゲルスの『家族、私有財産及国家の起源』を誤読し国家の階級抑圧機関としての機能のみをその本質として捉えて『国家と革命』を展開していると批判される。』


    1895年のレーニン
    1895年のレーニン



    資本主義・社会主義11

    それでは本日の最後になりますが、昨日に続きまして、アイザイア・バーリンが提唱した「消極的自由」(~からの自由)「積極的自由」(~への自由)について語った、1958年10月31日にオックスフォード大学での就任講演の内容を御紹介させて頂きたいと思います。

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    アイザイア・バーリン
    アイザイア・バーリン

    自由論【新装版】 

    これ 女性

    『 二つの自由概念

    一と多

     ・・・かれら 〔 事実を尊重するひとびと 〕 がその実現に努めている「消極的」自由は訓練のよく行届いた大きな権威主義的構造のうちに階級・民衆・全人類による「積極的」な自己支配の理想を追求しているひとびとの目標よりもわたくしにはより真実でより人間味のある理想であるように思われるより真実であるというのはそれが人間の目標は多数でありそのすべてが同一単位で測りうるものでなく相互にたえず競いあっているという事実を認めているからである一切の価値が一つの尺度の上の目盛りとしてあらわされうる、したがってただ最高の価値を決定するための検査が問題なのだと想定することは自由な行為者としての人間に関するわれわれの知識を誤謬に導き道徳的な決断を原理的には計算尺でできるような運算と考えることである




    まだ実現されてはいないが、究極において万事を調整・和解させてしまう綜合の状態にあっては義務はそのまま利益で“あり”個人的自由は純粋なデモクラシーあるいは権威主義的国家であるというようことを口にするのは自己欺瞞か故意の偽善かそのいずれかに形而上学的ヴェールをかぶせることであるまたより人間味があるといったのはそれが(体系家たちのするように)ある高遠なとりとめのない理想の名において人間からかれらの人間としての生活に欠きえないと思われる多くのものを奪い去ることをしないからである要するに人間は究極的な諸価値の間で選択をする人間がそのように選択をするのはかれらの生活や思想がその基礎的な身体的構造と同様にかれらの存在や意識的思考や自己同一性の感覚などの一部分であるところの基本的な道徳的カテゴリーや概念によって決定されているからなのである。』

    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。





    続きは次回に♥




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