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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  世界史 >  のっけから根本的な問題を抱える「マルクス経済学」

    のっけから根本的な問題を抱える「マルクス経済学」

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    本日のキーワード : マルクス経済学、唯物史観



    のっけとは、いちばんはじめ最初多く「のっけから」「のっけに」の形で副詞的に用いる「のっけからしくじる」「のっけにつまずく」

    本日の書物 : 『日本人に忘れられた ガダルカナル島の近現代史』 内藤 陽介 扶桑社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 【中共】が【海洋進出】を意識するようになったのは1969年【東シナ海】に【海底油田】があることが判明してからのことで、ヴェトナム戦争末期の1974年1月中共は海洋進出の手始めとして【西沙群島】西半分(東半分は1956年以来、中共が支配下に置いていた)の南ヴェトナム軍を排除し【諸島全体を占領】する





     1976年、毛沢東が亡くなり、文化大革命が完全に終結すると、華国鋒は「解放前、帝国主義は何度も海から我が国に侵入した。現在祖国の神聖な領土台湾を解放し、南沙諸島などの島嶼を取り戻す我々の闘いはいまだに実現していない。ソ連覇権主義国は狂気のように砲艦外交を推し進め死にもの狂いになって海上覇権を争っている。我が国を滅ぼそうとしているソ連修正主義者の野望は消えていない。これらすべての事態に直面して、我が海軍は一層発展し強大にならなければならず」と述べ、海軍を強化する方針を明らかにした。





    この方針に沿って、中共海軍を沿岸海軍から外洋海軍へと脱皮させる具体的な新ドクトリンが示されたのが1985年のことだった。』

    日の丸

    マルクスが無視したもの


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、かつての大日本帝国がその地政学上の重要性を理解していた南太平洋の島々に対してもはや全世界共通の敵となった中国共産党(CCP)が現在どのような工作を行っているのかが理解できる良書になります。

    読書 5-38

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    gehduyr.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 329,798(328,095)÷18,726,960(18,586,874)=0.0176・・・(0.0176) 「1.76%(1.76%)」
    gehduyr1.jpg

    イタリア : 71,359(70,900)÷2,028,354(2,009,317)=0.0351・・・(0.0352) 「3.51%(3.52%)」
    gehduyr2.jpg

    日本 : 3,004(2,967)÷214,574(210,743)=0.0139・・・(0.0140) 「1.39%(1.40%)」
    gehduyr3.jpg




















    さて、カール・マルクスユダヤ人に対する偏見・ヘイトから生じたイデオロギーである「マルクス主義」は、その後も表向きの形を変ながら現代においても“辛うじて”生き残っていますが、


    今回の「2020年米大統領選」を廻る混乱も、中国共産党(CCP)が「中華式革命の輸出」を過去何十年にもわたって行ってきたことで生じているものになります(自由民主主義国で全体主義を推し進める悪玉は誰???)。

    その証左が、アメリカで推し進められてきた“ポリコレ”「ポリティカル・コレクトネス(political correctness)」で、そのそもそもの生みの親こそが、中国共産党(CCP)の毛沢東でした。

    毛沢東 5
    毛沢東



    そして、その“ポリコレ”を助長してきたのがアメリカのメインストリーム・メディア(MSM、mainstream media)でした。



    で、私たち一人ひとりにとって大切なことは、「社会主義社会」の後にやってくるものこそ「共産主義社会」であると妄信しひたすらその実践を宗教的ドグマ(教義)として試み続けている危険極まりない連中が存在しているという現実(もはや隠そうともしてませんがw)を幅広く認識する必要があるということです。


    以上のことを踏まえた上で、「社会主義社会」と「共産主義社会」の違い理解できる非常に参考となる動画がこちら(↓)になりますので、ぜひ御覧下さいませ💗



    それでは、昨日に引き続きまして、次の論文を読み進めることで「社会主義」・「共産主義」の世界観について確認して参りたいと思います。

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    『社会主義・共産主義的世界観の特質と問題点 :剰余価値学説と唯物史観の批判的検討(2)』筒井正夫

    それでは早速見て参りましょう。

    『 社会主義・共産主義的世界観の特質と問題点

    剰余価値学説と唯物史観の批判的検討(2)

    Ⅱ 唯物史観とその問題点

     ここでは剰余価値学説とともに社会主義・共産主義的世界観の根幹をなす今一つの柱である唯物史観について、その概要をまず示しその上で問題点を検討しよう。・・・

    2 問題点

     以上、唯物史観の内容を概説し未曾有の影響力を持ちえた理由の一端を考察してきただがこの唯物史観は多大な問題をはらんでいる次にそれを、1)・2)・3) の内容に即して検討していこう

    (1)下部構造の上部構造規定論について

     マルクス経済学の基礎は『資本論』冒頭で展開されている価値論であるが実はこの初発からすでに唯物史観の根本的問題点が横たわっていることは、案外気づかれていない。

     まず価値論の前提をなす商品の交換という行為そのものに遡ってこの問題を考えてみよう人はそもそも商品を購入する時価格だけでなくその品の使用価値やそれに含まれる便利さや効用持ちやすさ色彩デザイン自然環境や風土さらに製造企業のブランド性や社会的価値階層や宗教上の象徴性などといった心理や精神文化に直接かかわる部分を勘案し支払う金額との兼ね合いを考慮しながら買うという行為を選択する。近年の行動経済学ではそうした行為は従来の経済学が前提とした自己の利益の最大化を図ろうとする「経済人」としての合理的な行動というより慣習や経験則や先入観等の社会心理によってバイアスがかけられた一見非合理に見える判断に基づく行動であることが示されている


    カール・マルクス
    カール・マルクス

     だがマルクスは労働価値説にもとづく価値論を打ち立てる際商品の特性のうちこうした使用価値に関しては、「使用価値であるということは、商品にとって不可欠な前提だと思われるが、商品であるということは使用価値にとってはどうでもよい規定であるように思われる。経済的形態規定に関してこのように無関係なばあいの使用価値、つまり使用価値としての使用価値は経済学の考察範囲外にあるとしているこうして使用価値を考察外として切り捨てた上で、もっぱら「価値」(価格)の側面を分析し、そこから交換された商品に共通して含まれる要素として抽象的人間労働を剔出して労働価値説の根幹を構築している

     しかし、今見たように、「買う」という最もプリミティヴな経済行為も上部構造に属する心理的・精神的・文化的要素が重要な機能を果たしているのである。このことはすでに佐野學が指摘したとおり、マルクスはその唯物論唯物史観によって肉體勞働以外の労働の價値創造性は無視せられるか若しくは肉體勞働に全く附属せしめられる。而もまた肉體勞働においてもその質的差異を認めない價値を形成する勞働一切の具體性の除去された抽象的等一的無差別的勞働でありただ時間によって数量的に量せられるにすぎぬ」さらに続けて「商品それ自身の産出も生産方法の發明や改善、又、組織的な勞働等の如き精神的なもの、更に進んで、國の文化の向上の種類や速度勤勞大衆の一般的敎養の水準の如き精神的な問題等を缺いては存しえない」と。即ち心的要素という上部構造が主動因となって「買う」という経済行為の初発が行われているわけである。

     そもそも商品であれ「もの」であれ人間にとってはこうした様々な精神的要素との関係なしで存在しているわけではないわれわれにとって「もの」は自己の心的要素との相互交流のなかで存在しているすべて「もの」は、色・重さ・臭い・質感、さらに周囲の自然や環境のなかで醸し出す雰囲気や印象等を備えて人間の感性や心理との関連において存在している。古来から日本人は、太陽・山・海・水・火・木などの自然物、稲・蚕・家・竈・酒・櫛等の製造物にさえ神が宿るとして敬ってきた。それら自然への感謝と怖れ、製造物とそれを伝えてきた祖先への感謝を抱き、「寄物陳思」というようにそうした自然やものとの触れ合いのなかから情緒が生まれ、和歌や俳句が作られ、物語がつむがれてきた。

     したがって「もの」という言葉は「もののあはれ」「ものおもい」「ものがたり」等々きわめて心的・精神的要素と分かちがたく結びついて用いられてきた。このように日本では、「もの」から心的精神的感覚的要素を取り除いて単に「物質」として捉えていたならば、文化そのものが形成され得なかったといってよい。』




    資本主義・社会主義11

    それでは本日の最後になりますが、昨日に続きまして、アイザイア・バーリンが提唱した「消極的自由」(~からの自由)「積極的自由」(~への自由)について語った、1958年10月31日にオックスフォード大学での就任講演の内容を御紹介させて頂きたいと思います。

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    アイザイア・バーリン
    アイザイア・バーリン

    自由論【新装版】 

    これ 女性

    『 二つの自由概念

    一と多

    ・・・もっとも自由主義的な社会においてさえ、個人的自由が、社会的行動の唯一の規準であるとか、さらに支配的な基準であるとかいうつもりはわたくしには毛頭ない。われわれは子供たちが教育を受けるように強いるし、また公開の死刑執行を禁止する。それはおそらく、自由に対する抑制であるだろう。われわれがそれを正当化するのは、無知、あるいは野蛮な教育、あるいは残酷な娯しみや刺激は、それを抑制するに必要な制限の総計よりもわれわれにとってより悪いものだという理由によっている。ところでこの判断はわれわれが善悪をいかにして決定するか、つまり、われわれの道徳的・宗教的・経済的・美的な価値にもとづくものである。そしてこういう諸価値はわれわれの人間観人間本性の基礎的な諸要求についての考えと結びついているいいかえれば、これらの問題の解決は、意識的・無意識的にわれわれを導いているところのヴィジョン、ミルのいった「窮屈で歪んだ」、「締めつけられて偏屈な」性質と対比される満たされた人間生活を構成するものはなにかというわれわれのヴィジョンにもとづいているのである。』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。





    続きは次回に♥




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