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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  世界史 >  2020年米大統領選挙で、大失敗に終わることになる「中華式革命の輸出」

    2020年米大統領選挙で、大失敗に終わることになる「中華式革命の輸出」

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    本日のキーワード : ディープステート、共産主義、毛沢東、ポリコレ



    ディープステート(英: deep state)または闇の政府、DSとは、アメリカ合衆国の政治が陰で操られているとする観念であり、「影の政府」や「国家の内部における国家」と重複する政治システムの中に共謀と依怙贔屓が存在し合法的に選ばれた政府の中に隠れた政府を構成していることを示唆するもの



    本日の書物 : 『日本人に忘れられた ガダルカナル島の近現代史』 内藤 陽介 扶桑社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 1901年、【白豪主義(白人最優先主義)】【国是】として発足した【オーストラリア連邦】は、最初の重要な連邦法として【「移民制限法」】を成立させた。同法は入国審査官が必要と認める場合、審査官が指定するヨーロッパ言語で50語の長さの書取を行わせ、合格点に達しなかった人物は排斥できるというもので、実際の運用においては、非白人の入国希望者が理解できないであろう言語を選んで出題されたため、【非白人を排除するための露骨な手段】だった。ソロモン諸島出身の年季労働者の帰国が促されるようになったのも、こうした文脈に沿ったものである。

     中でも、【オーストラリア国家が最も警戒したのが日本だった】

     1895年に【日清戦争】“眠れる獅子”といわれた清朝破った日本台湾を植民地化したが、【すでにこの時点で、オーストラリア国内には日本の“南侵”を警戒する声が少なくなかった】連邦の初代司法長官となったアルフレッド・ディーキン【「日本人は彼らの高い能力ゆえに排除される必要がある」】公言してはばからなかったほどである。

     さらに、1902年、【ロシアの南下を抑えたい英本国】は、【“極東の憲兵”として日本を活用】することを考え、【日英同盟を結んだ】。日本が英本国の同盟国となったことは、冷静に考えれば、【オーストラリアにとって日本の脅威が減じられたことを意味】していたはずだが【オーストラリア国内では、むしろ、同盟に伴う日本の役割分担によって、英国の太平洋艦隊が削減されたことに不安を感じる者も多かぅた】

     こうした背景の下1904年【日露戦争が勃発】する。』

    日の丸

    毛沢東のポリコレ( = 習近平のポリコレ)


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、かつての大日本帝国がその地政学上の重要性を理解していた南太平洋の島々に対してもはや全世界共通の敵となった中国共産党(CCP)が現在どのような工作を行っているのかが理解できる良書になります。

    読書 女性 2-17

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

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    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 283,010(281,854)÷14,846,645(14,669,402)=0.0190・・・(0.0192) 「1.90%(1.92%)」
    mmmclpjjgd1.jpg

    イタリア : 60,606(60,078)÷1,742,557(1,728,878)=0.0347・・・(0.0347) 「3.47%(3.47%)」
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    日本 : 2,298(2,259)÷164,417(162,895)=0.0139・・・(0.0138) 「1.39%(1.38%)」
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    目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画 

    さて、カール・マルクスユダヤ人に対する偏見・ヘイトから生じたイデオロギーである「マルクス主義」は、その後も表向きの形を変ながら現代においても“辛うじて”生き残っていますが、


    今回の「2020年米大統領選」を廻る混乱も、中国共産党(CCP)が「中華式革命の輸出」を過去何十年にもわたって行ってきたことで生じているものになります(自由民主主義国で全体主義を推し進める悪玉は誰???)。

    その証左が、アメリカで推し進められてきた“ポリコレ”「ポリティカル・コレクトネス(political correctness)」で、そのそもそもの生みの親こそが、中国共産党(CCP)の毛沢東でした。

    毛沢東 5
    毛沢東

    ポリコレ全体主義1

    ポリコレ全体主義2

    ポリコレ全体主義3

    ポリコレ全体主義4



    そして、その“ポリコレ”を助長してきたのがアメリカのメインストリーム・メディア(MSM、mainstream media)でした。



    で、私たち一人ひとりにとって大切なことは、「社会主義社会」の後にやってくるものこそ「共産主義社会」であると妄信しひたすらその実践を宗教的ドグマ(教義)として試み続けている危険極まりない連中が存在しているという現実(もはや隠そうともしてませんがw)を幅広く認識する必要があるということです。


    以上のことを踏まえた上で、「社会主義社会」と「共産主義社会」の違い理解できる非常に参考となる動画がこちら(↓)になりますので、ぜひ御覧下さいませ💗



    それでは、昨日に引き続きまして、次の論文を読み進めることで「社会主義」・「共産主義」の世界観について確認して参りたいと思います。

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    『社会主義・共産主義的世界観の特質と問題点 :剰余価値学説と唯物史観の批判的検討(1)』筒井正夫

    それでは早速、昨日の続きを見て参りましょう。

    『 社会主義・共産主義的世界観の特質と問題点

    剰余価値学説と唯物史観の批判的検討(1)

    はじめに

     ・・・1991年ソビエト連邦崩壊し、その後ヨーロッパの社会主義国次々に社会体制を改め現在ヨーロッパにはソ連型社会主義国は残っていないだが東アジアでは中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮と略記)など今なお社会主義体制は存続している




    そこでは自民族ばかりかチベット・ウイグル・モンゴル民族等の浄化政策反対派や宗教団体への弾圧と政治的自由の抑圧言論や情報の徹底した管理と抑圧環境破壊の拡大継続伝統文化の破壊党・国家による「市場経済」及び外資と外国技術の導入と並んで行われる為替・資本・貿易の徹底した管理統制欧米諸国や日本からの知的財産権や先進技術の詐取そして社会主義的帝国主義とでも評すべき国際法や国際秩序を無視した領土拡張政策とそれをバックアップする大規模な軍備拡張が続いている


    韓国もまた言論統制と社会主義的政策を次々に断行し、北朝鮮との融和政策を進め来るべき「統一」の日に向かって歩を進めているこうして東アジアでは冷戦はいまだ継続中であり新たな段階に進みつつあり日本及び世界の平和的秩序維持にとって大きな危機要因となっている。』

    資本主義・社会主義11

    それでは本日の最後になりますが、昨日に続きまして、アイザイア・バーリンが提唱した「消極的自由」(~からの自由)「積極的自由」(~への自由)について語った、1958年10月31日にオックスフォード大学での就任講演の内容を御紹介させて頂きたいと思います。

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    アイザイア・バーリン
    アイザイア・バーリン

    自由論【新装版】 

    これ 女性

    『 二つの自由概念

    地位の追求

     ところで、ここでの問題に対する歴史的に重要なもう一つのアプローチがある。それは、自由対概念である平等と博愛自由と混同することによって同じく自由主義的でない結論に到達するものである。』



    『・・・自分の階級なり集団なり国民なりの「人格」を主張したいという願望は、「権威の支配する領域はどのようなものであるべきか」という問いに対する答えとぜんぜん無関係のものではない(なぜならその集団は外部の支配者によって干渉されてはならないから)し、さらにまた「だれがわれわれを統治すべきか」 ―― その統治がよいか悪いか、自由主義的であるか圧政的であるかではなく、なによりもまず「だれが」統治するか ―― という問題といっそう緊密な関係をもっているのである。そしてこの問に対するさまざまな答え ―― 「わたくしおよび他のひとびとの自由な選択によって選挙された代議士による」とか「定期的な集会に参集するわれわれの総意による」とか、あるいは「もっとも優れたひとびとによる」、「もっとも賢明な指導者による」等々 ―― どの程度の「消極的」自由をわたくしが自分自身の活動のためあるいは自分の集団の活動のために要求するかということとは、論理的に、またしばしば政治的・社会的にも、無関係なのだ。「だれがわたくしを統治するか」という問いに対する答えが、「自分のもの」として、つまりわたくしに属するものとして、あるいはわたくしがそれに属するものとして、表示できるようなひとまたはものであるならば、わたくしはこれを、兄弟的関係や社会的連帯、ならびに自由という言葉の「積極的」な意味の内包のいくぶんか(これはこれ以上に精確に詳述することは困難である)を意味し伝達するような言葉を使用することによって、自由の混合形態として記述することができる。この混合形態は、とにかく、今日の世界においておそらく他のいかなるものよりも顕著な一つの理想であり、しかもいかなる現存の用語もこれをピタリと表現することはできないもののように思われる。この理想を、かれらの「消極的」なミル的自由を犠牲にしてかちとらんとするひとびとは、おそらくその方法によって、この混乱した、しかも強烈に感知される意味において、解放され自由にされることを要求しているのであろう。「だれへの奉仕が完全なる自由であるか」はこのようにして世俗化され、神にかえて国家あるいは国民、民族、集会、独裁者、自分の家、環境、自分自身などが据えられる。しかもそれによって、「自由」という言葉がまったく無意味なものとされてしまうこともないのである。』

    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。







    続きは次回に♥




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