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     >  日本 >  軍事戦略は、仮想敵国に応じてシナリオを考えるもの

    軍事戦略は、仮想敵国に応じてシナリオを考えるもの

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    本日のキーワード : 軍事戦略、外交戦略、国家戦略



    軍事戦略(ぐんじせんりゃく、英語: military strategy)は、国家戦略の下位において平時および戦時における軍事力の開発準備運用を定める戦略である

    本日の書物 : 『歴史の教訓 ― 「失敗の本質」と国家戦略』 兼原 信克 新潮社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 【第一次帝国国防方針】【問題】があるとすれば【日英同盟が所与のものとされており】【「なぜ日英同盟が国益に資するのか」と言う外交戦略(政略)に関する部分が薄く】【国防方針(軍略)に重きがかかっている】ことである。

    ポイント 女性

    もともと国防方針と題された文書であるから、初めからそういう限界があることは否めない。陸奥や小村のような優れた外交官による【情報分析と帝国外交方針】【帝国国防方針】と【組み合わされば、真の国家安全保障戦略となりえた】であろうが、【日本】ではそこまで【外交と軍事を統合させた文書が政府によって策定されたことはない】




    【学術界】でも【外交史と軍事史をバランスよく組み合わせた日本近代史がなかなか書けない】のは、【日本政府がそのような総合的な戦略思考をしてこなかった】ために、【そもそもその手の文書がないから】である。





     一般論を言えば、【国家安全保障戦略】では【最初に外交戦略が来る】外交戦略とは、客観的に軍事、経済、政治的な力の要素を分析評価して、国家間の力関係を考え、そのバランスを正確に把握しつつ、常に勝ち組に入り込み、【自らの国力に応じた利益を主張】し、同時に他国との共通利益の増進を考えて、敵を孤立させ、或いは取り込み、【未然に紛争の芽を摘むための戦略】である





     これに対して【軍事戦略】は、最悪事態に関わるシナリオを複数予測し、万が一の場合にはどの国と戦争を構える恐れが最も高いかを検討し、【仮想敵国に応じてシナリオを考え、作戦の概要を構想するもの】である。軍人の頭の体操である。

     【両者は連続しており不可分の関係にある】外交戦略によって味方中立国を見極め最悪のシナリオを予測して、軍事戦略によって最も効率的な戦い方を考え抜けば、そこから「所要兵力」(必要な軍事装備)が出て来る。【これが普通の国家安全保障戦略論である】



    【外交を無視して力だけで国家間関係を仕切ろうとすれば、結局、四囲(しい)を敵に回して、大日本帝国のように自壊する】。』

    日の丸

    叶わないならば、欲しない?


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、平成25年(2013年)に、戦後初めて「国家戦略」を策定する仕組みが誕生した我が国歴史を、明治から昭和にかけて振り返りつつ、「国家戦略」というものが一体どういったものであるべきか、また、それが如何に重要であるか解説されている良書で、大日本帝国が滅亡した理由も、「国家戦略」というものが存在していなかったからだということが明らかにされるお薦めの書物になります

    読書 10-125

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

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    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 228,324(227,421)÷8,918,548(8,837,688)=0.0256・・・(0.0257) 「2.56%(2.57%)」
    rwtsapblgk1.jpg

    イタリア : 38,122(37,905)÷616,595(589,766)=0.0618・・・(0.0642) 「6.18%(6.42%)」
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    日本 : 1,748(1,731)÷99,674(98,877)=0.0175・・・(0.0175) 「1.75%(1.75%)」
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    目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画 

    さて、ここからは昨日の続きになりますが、カール・マルクスユダヤ人に対する偏見・ヘイトから生じたイデオロギーである「マルクス主義」は、その後も表向きの形を変ながら現代においても“辛うじて”生き残っていますが、


    デヴィッド・ハーヴェイ
    デヴィッド・ハーヴェイ

    新自由主義―その歴史的展開と現在 

    例えば、デヴィッド・ハーヴェイマルクス主義の地理学者で、いわゆる「新自由主義」を誤った解釈に基づいて批判した人物で、

    官僚たちが、民間企業の活動をあれこれと指図する「規制」は、本当に必要ですか?


    以前にも書かせて頂きましたが(→「新自由主義」の本質が理解できない人々の主張 → 「弱肉強食」「大きな政府から小さな政府への展開」「ハイエクガー」)、「全体主義の脅威」を目前にした自由主義体制側の“自由主義再生の潮流”こそが「新自由主義」と呼ばれるもので、それは「国家の法的介入」に関心を寄せた自由主義体制側の変革になります。このデヴィッド・ハーヴェイ定義するところの「デヴィッド・ハーヴェイの新自由主義」「マルクス主義」から生じているものであり(→日本の官僚たちの理想は、「行政国家」です! ~ 「官僚の、官僚による、官僚のための政治の実現」)、より正確に言うとレフ・トロツキーが批判していたものと同じであり(→“自由全体主義” ~ 新自由主義(ネオリベラリズム)のはじまり )、トロツキー以後の西欧の「トロツキー主義左翼(反スターリン主義的マルクス主義者)」がほぼ共有する考え方になります(→現代の“ハルマゲドン” ~ 「おパヨク」 V.S. 「自由」)。

    女性 ポイント ひとつ

    そこで、「デヴィッド・ハーヴェイの新自由主義」ではない本来の「新自由主義」を考える場合に、よく比較対象にされる「ケインズ主義」について、現在次の論文で、「ケインズ主義」の変遷を確認しているところになります。

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    『ケインズ主義政策戦略の変転』 野口 旭

    また、参考書として、次の書物もお勧めさせて頂きます。

    世界は危機を克服する:ケインズ主義2・0 2

    世界は危機を克服する:ケインズ主義2・0 

    それでは早速、続きを見て参りましょう。

    『 2.ケインズ主義はなぜ死ななかったのか

     ・・・その論文の題名が示すように、マンキューはここで、新しい古典派ニュー・ケインジアン相違を、純粋科学工学との相違なぞらえているしかしながら、両者に対するそのような特徴付けは、必ずしも適切とは言えない。というのは、マネタリズムやオーストリア学派を想起すれば明らかなように、古典派には古典派なりの政策プログラムと、それに基づく政策戦略確かに存在していたからである。それは古典派的な価値判断から導き出される経済理論の社会への一つの応用であり、その意味で明らかに工学的側面を持っていたしたがって本質的に問われるべきは「その古典派的な政策プラグラムマクロ経済政策の領域においては結局生き残れずケインズ主義のそれが生き残ったのはなぜなのかなのである。


    グレゴリー・マンキュー
    グレゴリー・マンキュー

    マンキュー入門経済学(第3版)

     ケインズ主義これまで政策世界において驚くべき強い生命力を示してきた。それは端的にいえば、政策プログラムとしてのケインズ主義が科学哲学者イムレ・ラカトシュが言う意味で「前進的」なものであったからである(Lakatos[1970])。政策プログラムの前進性とは、その中核にある世界観や価値判断を維持しつつも、その防備帯における政策戦略を科学的手続きに基づいて柔軟に進化させ、現実に適応可能な新たな政策的命題を生み出し続けることができるという、その実践的適応力にある。ケインズ主義の持つその柔軟性あるいはプラグマチズムこそ古典派的な反ケインズ主義の政策プログラムが大きく欠いていた性質なのである。

    ジョン・メイナード・ケインズ 1933年
    ジョン・メイナード・ケインズ 1933年

     実際のところ、ケインズ主義の政策戦略は、時代とともに大きく変化し続けてきた。新しい古典派マクロ経済学がケインズ経済学への批判から生み出されたとすれば、ケインズ主義は、その批判を受け入れて弱点を克服すると同時に、新しい古典派の武器をも自らに取り込むことによって、その防備帯を絶えず強化し続けてきたのである。その結果ケインズ主義の政策戦略は、初期における財政政策主導のケインズ主義から金融政策の役割を重視したケインズ主義へと進化していった。このケインズ主義は近年ではさらに赤字財政政策と金融政策のより緊密な統合という意味での反緊縮主義に収斂しつつある。』

    政治家にとってマクロ経済政策がなぜ重要か──第2次安倍政権の歴史的意味

    「アベノミクス」いまだ理解せず、的外れな批判をするマスコミ 雇用やコロナ予算に威力発揮



    資本主義・社会主義11

    それでは本日の最後になりますが、昨日に続きまして、アイザイア・バーリンが提唱した「消極的自由」(~からの自由)「積極的自由」(~への自由)について語った、1958年10月31日にオックスフォード大学での就任講演の内容を御紹介させて頂きたいと思います。

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    アイザイア・バーリン
    アイザイア・バーリン

    自由論【新装版】 

    『 二つの自由概念

    内なる砦への退却

     わたくしは理性も意志もかねそなえた大学教授で、目的を思い描きそれを追求しようと思う。しかし、もしわたくしがその目的の達成を妨げられるならばもはやわたくしは状況を支配する主人であるとは感じられない




    妨げるもの自然法則であるかもしれないし偶発的であるかもしれない。また人間のさまざまな活動である場合もあろうし人間の諸制度のしばしば思い設けざる結果〔※予期せざる結果〕である場合もあろう



    が、とにかく、これらの諸力はわたくしの手にはあまるものである。これによっておしつぶされることを避けるためには、わたくしはどうしたらよいか。わたくしは自分には実現できないと知っている欲望から自分を解放せねばならないわたくしは自分の王国を支配する主人でありたいと願う。しかしその国境線は長く、攻撃を蒙りやすい。だから、この攻撃をうけやすい範囲を縮小し除去するために、国境線を狭めなければならない。わたくしはまずはじめ幸福あるいは権力あるいは知識あるいはなにか特別の目的の達成等を欲求する






    けれどもこれを意のままにすることはできないししかも敗北や浪費は避けたいと思う。それで確実に手に入れることができると考えられないものを追い求めることはすまいと心に決める。達成できないものは欲しないと決心するわけである。暴君は、わたくしの財産の破壊、投獄、追放、愛するものの死をもってわたくしを脅かす。しかし、わたくしがもはや財産に愛着を感ぜず、投獄されているか否かを意に介せず、自分のなかの自然的情愛を圧殺してしまっていたとすれば、その暴君もわたくしをその遺志にしたがわせることはできない。なぜなら、これはいわば内なる砦への戦略的退却をしたようなものだ。』

    さて、このような「内なる砦」への撤収作戦が、その後どのように展開していくのでしょうか

    悩む 女性 1001

    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。



    続きは次回に♥




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