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     >  日本 >  明治政府が何より恐れた“剥き身の貝”

    明治政府が何より恐れた“剥き身の貝”

    剥き身の貝

    本日のキーワード : 剥き身、明治政府、ロシア、朝鮮半島



    剥き身(むきみ) :  アサリやハマグリなどの貝類の殻を取り去った中の肉

    本日の書物 : 『歴史の教訓 ― 「失敗の本質」と国家戦略』 兼原 信克 新潮社



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 伊藤博文が総理として戦った日清戦争山縣有朋が元老として取り仕切った日露戦争の時代は、日本の近代国家創設期であり、日本軍に戦略体系はなく制度的にも必ずしも整ったものはなかったしかし当時は国家の規模も軍隊の規模も小さく徳川幕府を武力で倒した明治国家の創業者(元老)たちが健在で数十万単位の軍を動かす戦争指導に成功した

     生まれたばかりの明治政府は列強の海軍の進出を恐れて「お台場」の大砲整備等の海防に専心するとともに、萩の乱、佐賀の乱、西南戦争等の内乱鎮撫に追われた国内が落ち着き始めたころ四囲(しい)を見回せばアジアは帝国主義の欧米列強による地球分割の最終段階であったこの頃白人のキリスト教国である欧州南北米大陸以外の国々は、国際政治の主体ではないことに留意を要する。【日本、中国を含めて、北東アジアは国際政治の表舞台ではなく、あくまで植民地分割競争の競技場という位置づけ】であった。

     若き【明治政府】【懸念】したのは【帝政ロシアの南下】である。当時の日本からは北にロシア、南にイギリス、オランダ、フランスがアジアに迫る姿が見えてくる。フランスはベトナムを取り、インドシナ半島に東から入っていく。インドシナ半島の真ん中でどんどん細くなりながら、かろうじて生き残ったのがタイである。

     【アジアでは結局、19世紀末までにオスマン帝国、タイと日本だけが生き残った】。…ロシアは海洋に覇を唱えた英国と異なり、陸軍輸送を容易にする鉄道網をユーラシア大陸内部に張り巡らせながら、極東(中国)、インド正面で、海上から進出した英国の権益と衝突する情勢であった【帝政ロシアはまた、不凍港を求めて南下していた】

     【明治政府が何より恐れたのが、朝鮮半島の戦略的真空であった】。朝鮮は長い間、清の属国、自治領であり、自治は任せられていたものの、まともな軍隊の保持が許されていなかった。【剥き身の貝のような状態の朝鮮半島は、それ自体がロシアを招き入れる脅威であった】。当時の国際社会は弱肉強食で、戦争は自由なので、戦争して負けたら領土、場合によっては主権も奪われる。植民地になると主権国家として認められないから、何をされても文句が言えなくなる。これがジャングルの掟が支配すると言われた当時の国際法の仕組みである。

     朝鮮半島を獲られれば釜山、対馬にまでロシア軍が迫ってくる。ウラジオストックから東シナ海に抜ける要衝にある対馬は必ず奪われるであろう。大陸勢力との戦略的縦深性確保が日本政府の戦略上の課題となる。』

    日の丸

    進化するケインズ主義


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、平成25年(2013年)に、戦後初めて「国家戦略」を策定する仕組みが誕生した我が国歴史を、明治から昭和にかけて振り返りつつ、「国家戦略」というものが一体どういったものであるべきか、また、それが如何に重要であるか解説されている良書で、大日本帝国が滅亡した理由も、「国家戦略」というものが存在していなかったからだということが明らかにされるお薦めの書物になります

    読書 10-130

    それでは本日も、いつものように、直近の「致死率」を確認しておきましょう。

    (死亡症例数)÷(感染症例数)=(致死率)

    ※(  )内は前回の数値

    dguehfids.jpg
    Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

    アメリカ : 225,580(225,197)÷8,687,289(8,626,537)=0.0259・・・(0.0261) 「2.59%(2.61%)」
    dguehfids1.jpg

    イタリア : 37,479(37,338)÷542,789(525,782)=0.0690・・・(0.0710) 「6.90%(7.10%)」
    dguehfids2.jpg

    日本 : 1,721(1,716)÷97,503(97,093)=0.0176・・・(0.0176) 「1.76%(1.76%)」
    dguehfids3.jpg






















    目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画 

    さて、ここからは一昨日の続きになりますが、「カール・マルクス」とそのイデオロギーである「マルクス主義」を理解する上での重要なポイントは、

    ① カール・マルクス自身が「反ユダヤ主義者」であったこと(→マルクスが吐いた「ユダヤ人」についての嘘

    ①´ 反資本主義(反市場経済&反私有財産)イデオロギーという「マルクス主義」の根本にある考え方も、ユダヤ人に対する偏見・ヘイトから生じているということ(→カール・マルクスの実像 ~ ヘーゲルとバウアー、そして、「おバカ」なマルクス

    ② マルクスは年がら年中遊び惚(ほう)けていたお勉強のできない落ちこぼれ学生だったということ(→マルクスという落ち零れの思想を崇拝する“トコトン無能”な国家主席

    という点にあり、そんな人間の妄想をまじめに信じ込んでしまった連中が「全体主義国家」を生み出し世界を戦争へと引き込んだというのが20世紀の歴史でした。

    ヒトラーとマルクス




    ところが、そんなカール・マルクスユダヤ人に対する偏見・ヘイトから生じたイデオロギーである「マルクス主義」は、その後も表向きの形を変ながら現代においても“辛うじて”生き残っています

    デヴィッド・ハーヴェイ
    デヴィッド・ハーヴェイ

    新自由主義―その歴史的展開と現在 

    デヴィッド・ハーヴェイマルクス主義の地理学者で、いわゆる「新自由主義」を誤った解釈に基づいて批判した人物で、

    官僚たちが、民間企業の活動をあれこれと指図する「規制」は、本当に必要ですか?


    以前にも書かせて頂きましたが(→「新自由主義」の本質が理解できない人々の主張 → 「弱肉強食」「大きな政府から小さな政府への展開」「ハイエクガー」)、「全体主義の脅威」を目前にした自由主義体制側の“自由主義再生の潮流”こそが「新自由主義」と呼ばれるもので、それは「国家の法的介入」に関心を寄せた自由主義体制側の変革になります。このデヴィッド・ハーヴェイ定義するところの「デヴィッド・ハーヴェイの新自由主義」「マルクス主義」から生じているものであり(→日本の官僚たちの理想は、「行政国家」です! ~ 「官僚の、官僚による、官僚のための政治の実現」)、より正確に言うとレフ・トロツキーが批判していたものと同じであり(→“自由全体主義” ~ 新自由主義(ネオリベラリズム)のはじまり )、トロツキー以後の西欧の「トロツキー主義左翼(反スターリン主義的マルクス主義者)」がほぼ共有する考え方になります(→現代の“ハルマゲドン” ~ 「おパヨク」 V.S. 「自由」)。

    女性 ポイント ひとつ

    資本主義・社会主義11

    そこで、「デヴィッド・ハーヴェイの新自由主義」ではない本来の「新自由主義」を考える場合に、よく比較対象にされる「ケインズ主義」について、現在次の論文で、「ケインズ主義」の変遷を確認しているところになります。

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    『ケインズ主義政策戦略の変転』 野口 旭

    また、参考書として、次の書物もお勧めさせて頂きます。

    世界は危機を克服する:ケインズ主義2・0 2

    世界は危機を克服する:ケインズ主義2・0 

    それでは早速、続きを見て参りましょう。

    『 1..はじめに

     ケインズ主義とは、本質的に不安定な市場経済を安定させ適切な雇用と所得を達成するためには、政府による積極的な反循環的マクロ経済政策が必要とする政策イデオロギーである。それは政府は市場の自律的調整能力を妨げるべきではないという古典的な自由放任主義の教義に対する批判として確立された。ケインズ主義のこの中核は、その確立以来、ほとんど変わってはいない。


    むしろ日本の財務省こそ、清算してしまえば良いのでは?

     他方で、その適切な雇用と所得を達成することを目的としたケインズ主義の政策戦略は、時とともに変化した。初期のケインズ経済学者の多くは、財政政策をマクロ経済政策の主軸と捉えた。それは部分的には、財政乗数理論から生じた。しかし、この財政主導のケインズ主義は、ミルトン・フリードマンによるケインズ経済学の批判とそれに続く「マネタリスト反革命」、さらにはインフレーションとスタグレーションという新たな経済的状況によって衰退した。

    「スターリン」と「ヒトラー」の決定的な違い

    そうした中で、ケインズ主義の政策戦略もまた、財政政策よりも金融政策をより重視するものへと移り変わっていった1980年代後半から2000年代前半にかけての大安定の時代は、そのような金融政策主導ケインズ主義の黄金期であった。

     しかし、2008年の世界的な金融危機とその後の世界大不況により、ケインズ主義の政策戦略はさらに変革を遂げる。その第一は、伝統的金融政策から非伝統的金融政策へのシフトである。その第二は、金融政策と赤字財政政策との統合である。これは、2010年春以降の欧州ソブリン債務危機を契機として生じた世界的な「緊縮」に対する「反緊縮」の側からのアンチテーゼでもある。このようなケインズ主義の驚くべき生命力の源は、状況に応じてその政策戦略を柔軟に変化させていくという、そのプラグマチズムにある。』


    ジョン・メイナード・ケインズ 1933年
    ジョン・メイナード・ケインズ 1933年

    それでは本日の最後になりますが、一昨日に続きまして、アイザイア・バーリンが提唱した「消極的自由」(~からの自由)「積極的自由」(~への自由)について語った、1958年10月31日にオックスフォード大学での就任講演の内容を御紹介させて頂きたいと思います。

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    アイザイア・バーリン
    アイザイア・バーリン

    自由論【新装版】 

    『 二つの自由概念

    「積極的」自由の概念

    ・・・かれらは、その無知状態にあってかれらが意識的には抵抗しているものを実際には目ざしているのだ。なぜなら、かれらのうちにはひとつの隠れた実体 ―― 潜在的な理性的意志あるいは「真」の目的 ―― があるからである。そしてこの実体は、かれらが公然と感じたり、したり、いったりしていることすべてによって裏切られてはいるけれども、実はかれらの「真実」の自我なのである。時間・空間のなかにある貧弱な経験的自我はこの「真実」の自我についてはなにもあるいはほとんど知ることができないこの内面的な精神こそそれの願望を斟酌(しんしゃく)するに価する唯一の自我であるというわけだ。いったんこのような見地をとったならば、わたくしはひとびとなり社会なりの現実の願望を無視し、かれらの「真実」の自我の名において、かれらの「真実」の自我のために、かれらを嚇(おど)し抑圧し拷問にかけることができることになる。人間の真の目標がなんであれ(幸福、義務の遂行、知恵、正義の社会、自己完成)、それは人間の自由 ―― たとえいまは底に潜んでいてはっきり見えないにしてもその「真」の自我の自由な選択 ―― と同一でなければならぬことは確実なのであるから。

     このパラドクスこれまでにもしばしば明らかにされてきたことである。かれ自身はそれを知らないけれどもわたくしはそのひとにとってなにが善いことであるかを知っているといい、そのことの ―― またかれの ―― ためにかれの願望を無視しさえするということと、かれが“自発的”に ―― 実際に自覚はされていず、また日常生活においてそうみえるわけでもないが、かれの経験的自我の知ることのできぬ理性的な自我、善悪を識別する「真実」の自我としての役割において ―― それを選択したのだし、それがいったんはっきりしてくればどうしてもそれを選択せざるを得ないのだということとはぜんぜん別問題なのである。』


    ということで、本日はここまでとさせて頂きます。







    続きは次回に♥




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