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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

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    社会主義とファシズムの“切っても切れない”密接な関係

    国防の本義と其強化の提唱

    本日のキーワード : 国防の本義と其強化の提唱、ファシズム



    『国防の本義と其強化の提唱』(こくぼうのほんぎとそのきょうかのていしょう)とは1934年(昭和9年)10月に陸軍省新聞班が発行したパンフレット。B6判56頁、約60万部を刊行。このパンフレットは「陸軍パンフレット」と称され、これをめぐる騒動は「陸軍パンフレット事件」と言われている。

    原案は、いずれも東京帝国大学への派遣学生であった池田純久(当時少佐・経済学部)、四方諒二(当時少佐・法学部)らによって作成され、鈴木貞一班長を中心とした新聞班の検討を経たのち、永田鉄山軍務局長の承認、林銑十郎陸軍大臣の決裁を得て発行された内容は北一輝の『日本改造法案大綱』をより具体化したようなものであった。

    同パンフレットの内容陸軍主導による社会主義国家創立・計画経済採用の提唱であったため多くの論議を呼んだ。軍事ファシズム体制を主張するものであった

    政党政治家は強い反対を唱え、議会では陸軍大臣が追及されたが、「国民の一部のみが経済上の利益特に不労所得を享有し、国民の大部が塗炭の苦しみを嘗め、延ては階級的対立を生ずる如き事実ありとせば、一般国策上は勿論国防上の見地よりして看過し得ざる問題である」といった見地に立った統制経済の提唱に対しては,革新系の中野正剛や赤松克麿は賛意を表明し、なかでも社会大衆党の書記長麻生久は「パンフレットに沿って進まないものは、社会改革活動の落伍者である」との熱烈な賛辞をおくった


    本日の書物 : 『安倍晋三と社会主義 アベノミクスは日本に何をもたらしたか』 鯨岡 仁 朝日新聞出版



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 三輪1937年4月、42歳のときに、「反ファッショ」や「軍事費の標準化」などを掲げて衆院選に立候補初当選し、政治家デビューを果たす。【社会大衆党】は倍増の37議席となり、【第三党】となった選挙であった。

    三輪 寿壮(みわ じゅそう)
    三輪 寿壮(みわ じゅそう)

     だが、政治家になった三輪を待っていたのは、軍靴の足音であった。

     37年6月第一次近衛文麿内閣が発足する。…

    近衛文麿 101
    近衛文麿

     同年7月7日には【盧溝橋事件】が発生…日中の本格的な衝突となり、【日中戦争へと発展】した。

     この事件をきっかけに、【日本は戦時体制へと向かう】。…

    img_0盧溝橋

     近衛首相の最初の仕事は、盧溝橋事件の関係予算を審議する臨時会議だった。

     【三輪が所属する社会大衆党】はこのとき、【戦争を積極的に支持】し、この年の11月に開催された党大会では、階級政党から国民政党への転換を定めた【新綱領を発表】した。

    女性 ポイント ひとつ

    【資本主義を改革】し、もって【産業の計画化】と、国民生活の安定」を期すとともに、【「国体の本義に基づき日本国民の進歩発達をはか」ると表明】した。【社会大衆党は与党化していく】のである。

     選挙のとき「反ファッショ」を掲げた【三輪】だったが、【「広義国防」の考え方】を資本主義変革のための手段として、【受け入れる】ようになっていく。…

    女性 ポイント これ

     【社会大衆党】は、【電力国家管理法案】【国家総動員法案】【賛成する】。1938年2月12日の衆院本会議で、【三輪】【こんな発言】をしている。

    「私どもはこの【戦時財政の根本方針】というものは、一言に要約いたしまするならば【広義国防財政の樹立】ということに尽きると思うのであります。申し上げるまでもなく、広義国防ということは、【軍備の充実】を致しまするとともに、国民生活の【安全保障を確立】しようとするところに、その趣旨がある」

    ポイント 31

     国家総動員法案の審議には、おもしろいエピソードもある。のちに【民社党初代委員長】になる【西尾末廣】衆院議員は採決直前の討論で、熱がこもる余りこう発言する。

    西尾 末広(にしお すえひろ)
    西尾 末広(にしお すえひろ)

    「もっと大胆率直に日本の進むべき道はこれであると、【ヒットラーのごとく】【ムッソリーニのごとく】、あるいは【スターリンのごとく】、大胆に日本の進むべき道を進むべきであろうと思うのであります」

    社会主義者 ヒトラー レーニン 毛沢東

     【これらの法案】【憲法の保障する諸権利を侵害する】として【反対してきたのは】、財界などから支援を受けてきた【政友会や民政党などの既成政党であった】

    ポイント 000

    これらの既成政党から「ソ連のスターリンという名前を挙げた西尾は【アカ】である」とのクレームがつき、【西尾は議会から除名される】ことになる。

     【三輪】このころ【出入りしていた】のが【「昭和研究会」である】。』

    日の丸

    「ファシズム」は「おパヨク(左翼)」の理想です


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、これまでとは違った視点でご紹介させて頂く「本」になりますが、どのように違っているのか、ということにつきましては、これから当面書かせて頂くことになるその内容の解説から御理解頂けると思います。一言で申しますと「朝日新聞流の“虚構の作り方”」良く理解できる典型的な「本」であるということになります💗

    読書 10-175

    さて、本文中に、社会大衆党「国体の本義」に基づいて進歩発達をはかると表明したと書かれていましたが、昨日ご紹介させて頂きました本文中にも次のような件(くだり)がありました。

    『 社会大衆党は当初ファシズムに反対する「反ファッショ」の立場を守っていたところが、34年に陸軍省「国防の本義と其強化の提唱」と題する陸軍パンフレットを出す

    「国民の一部のみが経済上の利益特に不労所得を享有し、国民の大部分が塗炭の苦しみを嘗め、延ては階級的対立を生ずる如き事実ありとせば、一般国策上は勿論国防上の見地よりして看過し得ざる問題である」

     自由経済を批判し、国防の観点から国民生活の安定、農山漁村の更生、国民教化の振興などを問題提起した。こうした立場は「広義国防論」と呼ばれ、麻生久書記長が「社会主義の考え方に近い」と賛意を示した。』

    社会大衆党というのは、昭和初期に存在した、いわゆる「無産政党」です。「無産政党」というのは、非合法であった「共産党」を除く「合法的な共産主義政党・社会主義政党」のことになります。

    ポイント 女性 重要 5

    その社会主義を理想とする社会大衆党は、当初は「ファシズム」に反対していたものの、途中から、それも、陸軍の「国防の本義と其強化の提唱」を受けて、それが「社会主義の考え方に近い」と礼賛し「ファシズム」へと向かっていった、と著者は書いています

    それは当然の流れであって、そもそも「ファシズム」って、「おパヨク(左翼)」が理想とする考え方になります💗(→「ファシズム」は、右翼なの? 左翼なの? ~ 実は、ヒトラーとマルクスは同類なんです!!) 

    ファシズム 5


    子供 笑う 女性

    ですので、非常に多くの方々が勘違いされているのですが、ヒットラーもムッソリーニもスターリンも毛沢東もすべて「おパヨク(左翼)」であって、「右翼」ではありません💗

    女性 ポイント 10

    また、社会主義を理想とする社会大衆党は、電力国家管理法案や国家総動員法案に対して賛成するのですが、その根拠となっているのが、陸軍の「国防の本義と其強化の提唱」にある「社会主義の考え方に近い」として賛意を示した論理です。

    他方政友会や民政党などの既成政党は、これらの法案に対して、憲法の保障する諸権利を侵害するとして反対してきた、とも書かれていました。

    国家総動員法成立を報じる新聞 1938年(昭和13年)
    国家総動員法成立を報じる新聞 1938年(昭和13年)

    その政友会や民政党などの既成政党がどういった政党であったのかは、以下の動画が分かりやすいと思いますのでご参考になさってみて下さい。

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    で、社会主義を理想とする社会大衆党「社会主義の考え方に近い」として賛意を示した論理が書かれた、陸軍の「国防の本義と其強化の提唱」は、どんなものであったのかと申しますと・・・

    『・・・ここで言う「国内革新」とは、国内の人的・物的資源、あるいは経済活動のすべてをきたる戦争に投入するため国家の統制下におく国家総動員体制とそれを実現する政治体制としての大政翼賛体制をめざした動きのことです。つまり戦後左翼のいう「軍国主義」ですが、上奏文は、満洲事変の目的の一つはその「国内革新」にあり、現地満洲と呼応しつつ日本国内でのその推進には軍部内あるいは、それと通じた革命勢力、ある種の共産主義者かかわっていたというのです。…

     問題だったのは、こうした外圧を利用して、日本国内において軍の一部と結んで推進された「軍国主義」化の動きでした。国際連盟からの脱退を迫られた翌年の1934(昭和九)年10月日本の陸軍省新聞班『国防の本義と其(その)強化の提唱』というパンフレットを発行しました。


    国防の本義と其強化の提唱

    国防の本義と其強化の提唱 2

    「たたかひは創造の父、文化の母である」という、それこそグロテスクな一文で始まるそのパンフレットは、「高度国防国家」、つまり総力戦を戦うための国家総動員体制の構築とそのために議会政治や政党政治を停止し資本主義を排して社会主義的な統制経済を実現することを提唱しています。私の考えでは、あの敗戦に至る「昭和の悲劇」の本質は、この陸軍パンフレットにすべて集約されていると言っても過言ではありません。

    池田純久
    池田純久(いけだすみひさ)

     この『国防の本義』パンフレットは、当時、陸軍省軍務局軍事課員で政策班長だった陸軍少佐、池田純久(いけだすみひさ)らが中心となって作成したとされています。池田は、陸軍士官学校(28期)、陸軍大学校(36期)を出た後、現役軍人として一般大学への「派遣学生」となり、昭和四年から七年まで3年にわたって東京帝国大学経済学部で学んでいます当時の東大経済学部はまさに「マルクス主義の牙城」とも言える存在でした。池田はその東大経済学部で学び、さらに昭和十二年には企画院調査官として勤務し、その後は関東軍に配属されています。当時の企画院は、有名な「企画院事件」(1939~41年)が示す通り、共産主義活動で摘発されて転向を表明した、いわゆる転向左翼出身の「革新官僚」の「一大巣窟(そうくつ)」だった、といわれています。

     こうした経歴から、池田は陸軍統制派の理論的支柱と目されました。皇道派とならぶ陸軍の派閥だった統制派は皇道派とは違い、社会主義的な傾向を強く持ち国家総動員体制を推進し、対外的には中国(国民党政府)に強硬姿勢で臨む一方、ソ連とは友好関係を維持して英米のアジア侵略に対抗するという基本的な志向が支配的でした。…一方、皇道派はソ連と共産主義勢力を最も警戒し、それゆえに中国の蒋介石政権や米国との友好関係を重視していました。

     そして、この池田こそ、一説によると近衛上奏文のいう「此の一味の中心的人物」であったとみられていた、といいます。』


    詳しくはこちらをご参照💗

    極右と極左の「社会主義」

    日本人として知っておきたい世界史の教訓 

    如何でしょうか。「たたかひは創造の父、文化の母である」冒頭から述べるような“悍(おぞ)ましい論理”受け入れ賛同を示したのが「おパヨク(左翼)」であったことが御理解頂けたのではないでしょうか?

    そして、その中心人物であったのが池田純久(いけだすみひさ)なのですが、この「本」は一言も触れてはいません。ひょっとしたら、都合が悪いので隠しているのかもしれませんね💗

    池田純久
    池田純久(いけだすみひさ)

    同じことが本文中の最後に登場している「昭和研究会」の記述にも言えるのですが、この件は次回以降に書かせて頂きたいと思います。

    兎に角、このように、最初から結論ありきストーリを創り上げその材料となる“都合の良いネタ”だけを活用する、という手法こそが、いわゆる「朝日新聞流の“虚構の作り方”」のエッセンスになります。

    朝日新聞 1203

    子ども 笑う



    続きは次回に♥




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