2019-09-17 (Tue)

本日のキーワード : オイラーの等式、必要条件、十分条件
レオンハルト・オイラー(Leonhard Euler, 1707年4月15日 - 1783年9月18日)は、18世紀の数学者・天文学者(天体物理学者)。 18世紀の数学界の中心となり、続く19世紀の厳密化・抽象化時代の礎を築いた。
本日の書物 : 『虚数はなぜ人を惑わせるのか?』 竹内薫 朝日新聞出版
戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。
そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。
私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、
客観的に情勢を判断する必要があります。
それでは、この書物を見ていきましょう!
『 いきなりですが【世界一美しい数式】をご紹介しましょう。それはこんな格好をしています。

かつて数学者のベンジャミン・バースさんは、この式を講義で証明したあとに
「 理解できないし、意味もわからないが、今証明したのだから、正しいに違いない」
と評しました。
別の数学者キース・デヴリンさんは次のような感想を洩らしています。
「 愛の本質をとらえるシェイクスピアのソネットのごとく、あるいは、単に表面的にではなく、人の姿の美しさを引き出す絵画のごとく、【オイラーの等式】はまさに存在の深みに手が届いている」…
オイラーの等式は人々を魅了してやまない。いったいなぜでしょう?
ここには5つの数字の「基本定数」が登場します。
e ネイピアの定数(あるいは自然対数の底)2・718…
i 虚数単位
π 円周率 3・141…
1 最小の自然数
0 ゼロ
そして、この5つの定数たちは、私たちに、数学の演算という名の妖艶な舞を披露してくれるのです。複雑にからみあう定数たちは、どことなくエロティックでさえあります。
物理学者のリチャード・P・ファインマンさんは、オイラーの等式そのものではなく、その元になった数式

について
「これは我々の至宝である」 (『ファインマン物理学のⅠ』坪井忠二訳 岩波書店)
と述べています。』

「必要条件」と「十分条件」を理解することは、とても大切です
いかがでしょうか?
今回ご紹介させていただく書物は、『2乗するとマイナスになる不思議な数』である「虚数」が、現代社会を生きている私たちの生活に、如何に深くかかわっていて欠かせないものであるのか、また、多くの方々がそういった事実を知らないままに過ごしている、ということを理解させて下さる良書で、そんな「虚数」の存在を認めることで、自分の“目”で見えていることが、あたかもすべてであるかのような「錯覚」を起こしがちな私たち人間の生まれもった“弱点”を克服できる、つまり、それまでとは格段に視野がグググーッと拡がる書物になります。

さて、いきなり「オイラーの等式」なるものが登場していますが、みなさんは、キチンと自分自身の言葉で説明することができますでしょうか?

その詳細な説明は、一旦横に置いておくと致しまして、本書では、非常に分かりやすい形で、「虚数」と「オイラーの等式」がどういうものであるのかをイメージさせて下さっています。そのことを複数回にわたってご紹介させて頂きたいと考えているのですが、まず、誰にでもイメージすることができる「預金」を例にして解説がなされることになります。
例えば、元金1万円を1年間預けたときに、1年後に受け取る利息が「元金の100%」だった場合、1年後における元金と利息の合計額はいくらになるでしょうか?(もちろん、税金は考慮致しません)

1年後における元金と利息の合計額は、
1年後の元金と利息の合計額 = 元金 + 利息
です(当たり前ですがw)。そして、元金が1万円で、利息が「元金の100%」ですから、
1年後の元金と利息の合計額 = 1万円 + (1万円の100%)
です(当たり前ですがw)。金額にして、2万円になります(当たり前ですがw)。
それでは、「半年複利」であった場合はどうなるのでしょうか?

「複利」というのは「受け取った利息も元金に加えられて利息が付く」という計算方法になりますが、1年後における元金と利息の合計額は、さきほどの計算結果と比較した場合、
①増える
②減る
③変わらない
の、どれになるでしょうか?

答えは、次回以降とさせて頂きますが、先日、第4次安倍第2次改造内閣の閣僚名簿が公表されました。

☆第4次安倍第2次改造内閣 閣僚名簿 首相官邸HP
そして、この内閣の下で行われる政策が「アベ・デフレノミクス」で、単なる「増税政権」に成り下がってしまった模様です。

☆安倍首相、「消費増税は国の信頼守るため」必要性を強調:朝日新聞デジタル

事前の市場予想通り、GDPも下方修正されましたが、内閣府が調査して公表している「景気ウォッチャー調査」でも、先行きに対する心理的悪化が誰の目からも明らかな状況で、それでも「消費税増税」を勝手にやろうとしているんです。アタマが悪いとしか言いようがありません。

☆4-6月GDPは年率1.3%増に下方修正-設備投資を下向き改定


☆景気ウォッチャー調査(2019年8月) ~消費増税に対する不安感から、先行き判断DIは大きく悪化 (第一生命経済研究所)
今回の消費税増税で、景気が少しでも減速するのであれば、「そうはならないようにしっかりと対策をやる」とコミットメントをしている「第4次安倍第2次改造内閣」の全閣僚には、是非とも自分たちのアタマの悪さを悔いて頂き、「切腹」で、日本国民に対して謝罪の意思表示を示して頂きたいものですね💗

それでは、ここからは、前回(→「目で見えるものだけが全てではない」ということが理解できない「お馬鹿」)の続きに入りたいと思います。
現在の安倍政権の経済政策は、なんと安倍総理ご自身も認めている、あの「悪夢の民主党政権」と瓜二つであるのですが、そのことを理解するためにも、ポール・クルーグマンが20年以上も前に、我が国の惨状を見て、提唱した理論を知っておく必要があります。

ポール・クルーグマン
詳しくはこちらをご参照💗
↓
☆20年以上前の失敗から何一つ学べない財務省・日銀 ~ 「緊縮財政」と「消費税増税」


☆「It's Baaack:Japan's Slump and the Return of the Liquidity Trap」By Paul R.KRUGMAN

そこで、ポール・クルーグマンが、何をせよとアドバイスしているのかを、山形浩生氏の訳による「復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲」から確認しているところなのですが、

☆「復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲」山形浩生訳
前回のところで登場した「貨幣ヴェール説」または「貨幣中立説」は、「おカネ(貨幣)」の供給量が増えても、「モノ」の「価格」を引き上げるだけ、つまり「名目的」な影響を与えるだけで、その交換の比率には何ら影響を与えない、つまり「実質的」な影響は与えない、という考え方で、その意味で「マネーの中立性」という言葉があるのですが、“長期的”には「貨幣の中立性」が成立する(金融政策は実体経済に影響を与えず、ただ名目変数を動かすだけであるという点)、というのが経済学において、概(おおむ)ね一致する考え方となっています。

要するに、「おカネ(貨幣)」の供給量が増えると、“長期的”には、「モノ」の「名目的」な「価格」が上がる(=マネーの中立性)と述べているわけです。
これを、次のように表現します。
(A) 「マネーの供給量」が増加
(B) 「名目価格」が上昇
このとき、ポール・クルーグマンが言いたいことは、何なのでしょうか?
「Aする」ならば、「Bする」である。

実は、ここが「数学的」な考え方の登場するところになるのですが、「必要条件」とか、「十分条件」とか、「必要十分条件」という言葉を、高校生時代には学んでいるはずなのですが、どういうわけか、大学生になっても「理解することができない」という気の毒な方々が、かなり多くいらっしゃるそうです。
詳しくはこちらをご参照💗
↓
☆文系パヨクの「詭弁」の見抜き方

☆「男性」や「世の中」や「日本国」を良くするための「必要条件」

で、その答えですが、ポール・クルーグマンは、
「Aする」ならば、「Bする」である。
つまり、
(A) 「マネーの供給量」が増加
すれば、
(B) 「名目価格」が上昇
する、と言っています。(B)は、(A)に対しての「必要条件(necessary condition)」であると指摘しているわけです。「必要条件」というのは、Aが成り立てば、必ずBも成り立つとき、そのAに対するBのことを必要条件というのですが、Bが成り立たなければ、必ずAも成り立たないということになります。だからこそ、前回のところでも書かせて頂きましたように、
『 こういう形で見てやるとすぐにわかるのは、日本での金融政策が無力だということについての説明の多くはまちがっているか、少なくとも不十分だ、ということだ。』
という文章に繋がっていくわけです。そして、さらに、あれやこれやと後付けされた屁理屈を例に挙げ、
『でもこれは、monetary base を増大させてもなぜ価格そして、あるいは産出が増えないか、という説明にはなっていない。
別の言い方をすれば、マネーの中立性は条件つきの命題じゃないということだ。』
と全面的に否定していますが、これは(A)は、(B)に対しての「十分条件(sufficient condition)」であると指摘しているわけです。「十分条件」というのは、Aが成り立てば、“それだけで”必ずBも成り立つとき、そのAはBに対する十分条件であるということになります。
『「銀行が財務的に健全ならマネーは中立」とか「サービス産業の競争力が高ければ」「企業の負債が多すぎなければ」マネーは中立とか、そういうものじゃない。マネー(つまりは outside のマネー) は無条件でなにがなんでも中立のはず、なんだ。』
「銀行の財務状況ガー」とか、「競争力ガー」とか、「企業の負債ガー」とか、「アベガー」といったこととは無関係に、
(A) 「マネーの供給量」が増加
すれば
(B) 「名目価格」が上昇
する
しかし、現実にはそうなっていない、つまり、
(B) 「名目価格」が上昇
していないのだから、
(A) 「マネーの供給量」が増加
していない(あるいは不十分)ということになる
と言っているわけです。如何でしょうか?腑に落ちましたでしょうか?
「必要条件」・「十分条件」という数学的(=論理的)な推論をされているというところが理解できれば、必ず腑に落ちるはずですので、納得できない方は、繰り返し、「必要条件」・「十分条件」の理解に努めて下さい。

そして、次のように続きます。
『 じゃあどうして流動性トラップなんか可能なんだろうか。
その答えは、通常のマネーの中立性議論にくっついている、あまり気がつかれない逃げの一句にある。

現在およびその後将来すべてにわたりマネーサプライが増大すれば、価格は同じ割合で上昇する。これに対応して、将来的に維持されると期待されていないマネーサプライの上昇は物価を同じ割合で上げる――それどころか多少なりとも上げる――というような議論は一切ない。一言で、この問題にこういう高い抽象度の議論からアプローチすることですでに、流動性トラップにはなにやら信用の問題がからんでくる。市場が、今後も維持されると期待する(つまり将来のすべての時点で同じ割合で拡大される)金融拡大は、経済がどんな構造問題に直面していようとお構いなしに必ず機能する。もし金融拡大が機能しなくて、そこに流動性トラップが働いているなら、それは国民が、その金融拡大が維持されると思っていないからだ。この洞察をがっちりかためるには、もちろんきちんとしたモデルが必要になる。』
ということで、本日はここまでとさせて頂きますが、ここで取り敢えず御注目頂きたいのが、冒頭の部分になります。
「 じゃあどうして流動性トラップなんか可能なんだろうか。」
ここで、ポール・クルーグマンが指摘しているのは、「流動性の罠」とは、名目金利がゼロまたはゼロ近くになったために、伝統的な金融政策が不能(インポ)になった状態のことで、つまり、
(A) 「マネーの供給量」が増加
しても
(B) 「名目価格」が上昇
しない
という命題のことになるけれども、これは、“長期的”には「貨幣の中立性」が成立する(金融政策は実体経済に影響を与えず、ただ名目変数を動かすだけであるという点)という、経済学において概(おおむ)ね一致する考え方、つまり
(A) 「マネーの供給量」が増加
すれば
(B) 「名目価格」が上昇
する
と明らかに「矛盾」しているではないか、ということです。
だから、どうして、そんなことが可能だと言えるのだろうか?と疑問を呈しているわけです。

続きは次回に♥
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