2019-08-18 (Sun)

本日のキーワード : 太陽黒点
太陽黒点(たいようこくてん、英: sunspot)とは、太陽表面を観測した時に黒い点のように見える部分のこと。単に黒点とも呼ぶ。実際には完全な黒ではなく、この部分も光を放っているが、周囲よりも弱い光なので黒く見える。太陽黒点は、約9.5年から12年ほどの周期で増減を繰り返している。
黒点が暗いのは、その温度が約4,000℃と普通の太陽表面(光球)温度(約6,000℃)に比べて低いためである。発生原因は太陽の磁場であると考えられている。
本日の書物 : 『太陽ってどんな星?』 宮原ひろ子 新日本出版社
戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。
そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。
私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、
客観的に情勢を判断する必要があります。
それでは、この書物を見ていきましょう!
『 実は【2008年】になって、【大事件】がおきました。【太陽の脈はくがおそくなりはじめた】のです。

ここ100年ほどのあいだ、太陽はとても元気でした。元気に脈をうって、11年かそれよりも少し早いくらいのリズムで活発になったりおだやかになったりをくりかえしていました。11年ごとに増える黒点の数も、とても多い時代が続いていました。
ところが、その元気な太陽に少し異常が見られはじめたのです。

太陽は、1996年に黒点が少ない時期をむかえて、そして、その4年後の2000年ごろにとても元気な状態になりました。そして、いつものようにまたゆっくりと静かになっていきました。
いつもの太陽だったら、1996年から数えて11年がすぎたころの2007年にまた黒点がゼロになって、そしてそこからは黒点が増えはじめるはずです。ところが、2007年が終わっても、そして2008年になっても、黒点は増えてきませんでした。…

この太陽の異変は、誰も予測できていませんでした。…
研究者たちはみんなびっくりしてしまいました。本当に何の予兆もなく、突然脈はくが遅くなってしまったので、目をうたがったのです。…
2009年の中ごろになってようやく、太陽は元気をとりもどしたように見えました。そして黒点を増やしはじめまた。ところがやはり、体調は、いつもとはちがったままだったようです。
2013年に黒点の数が増えきったときも、いつもの半分ほども調子がでないままでした。そして、ふたたび黒点は減りはじめました。
この本を書いている【2019年のはじめごろの太陽の様子】はというと、2013年から少しずつ減ってきていた【黒点】の数が【ついにすっかり消えてしまって、太陽の顔がのっぺりとした日が続いています】。1年のうちの半分以上は、黒点が見えない日が続いています。…
いずれにしても、今は200年に一度しかおこらない太陽のめずらしい姿を見ることができる貴重な時期なのです。』

200年に一度しかおこらない太陽のめずらしい姿
いかがでしょうか?
今回ご紹介させていただく書物は、夏休みの課題にも最適な、お子さまにも読むことができる書物で、それでいて、最先端の科学の知見に基づいた新たな可能性について知ることができる良書になります。

それでは、現在の太陽の状況は、何処で調べれば良いのかと申しますと、国立研究開発法人情報通信研究機構の「宇宙天気予報センター」のホームページで知ることができます。
そこで、実際に確認してみますと、御覧の通り、「のっぺり」とした太陽になっています。


現在の太陽表面(白色光)
☆国立研究開発法人情報通信研究機構「宇宙天気予報センター」HP
本分の最後のところで、「今は200年に一度しかおこらない太陽のめずらしい姿を見ることができる貴重な時期」と書かれていましたが、下図は太陽黒点の400年間の歴史を示したもので、1645年から1715年はマウンダー極小期、1790年から1820年はダルトン極小期と呼ばれるもので、今回もそれに匹敵するようになるかもしれない、ということになります。

さて、ここからは昨日の続きになります。早朝4時に自宅を出発し、午前8時過ぎに南会津にある福島県を代表する有名観光スポットの『大内宿(おおちじゅく)』に到着。

☆奥会津の観光スポット「大内宿」|大内宿観光協会



(以下はWikipediaからの抜粋です)
『 大内宿は、福島県南会津郡下郷町大字大内にある、江戸時代における会津西街道(別称:下野街道)の「半農半宿」の宿場の呼称。明治期の鉄道開通に伴って宿場としての地位を失ったが、茅葺屋根の民家が街道沿いに建ち並ぶ同集落の通称、あるいは観光地名として現在も受け継がれている。1981年(昭和56年)に重要伝統的建造物群保存地区として選定され、福島県を代表する観光地の1つとなっている(一部に宿泊施設復活)。』
「半農半宿」の宿場との説明が書かれていますが、このことからも理解できるように、「百姓」と呼ばれる江戸時代の人口の8割以上を占めた人々は、社会主義のイデオロギーに染まり切った歴史学者や教師が言うような「農民」ではありません。未だに、その幻想に囚われている人もいるようですが、すべて「勘違いによる思い込み」で、江戸時代の庶民の暮らしぶりは、現代の私たちがイメージするよりも遥かに素晴らしいものであったことが、次々と明らかになってきていますので、騙されないようにご注意くださいませ。

また、「茅葺屋根(かやぶきやね)」という言葉も登場していましたが、「藁葺(わらぶき)」との違いは何か、御存じでございますでしょうか?
ぜひ、調べてみて下さい💗

それでは、お話を戻しまして、この「大内宿」の通りを少し進みますと、大きな鳥居が左手に現れます。

鳥居の下には、「高倉神社」の文字が見えます。ちなみに、ペット同伴でお食事が可能な「玉川屋」さんの看板がありますが、ほんの少し入った所にあって、行列ができるほどのお店だそうです。

で、私たちは、真っすぐ奥へと進み、「高倉神社」を目指します。

正面右手に鳥居が見えていますが、そこが「高倉神社」になります。


さらに、奥へと向かいます。

すると、そこに水路から水を引いた流れる「御手洗(みたらし)」があります。とても、ひんやりとしていて、そこからお水を汲んで与えてみると、柴犬ちゃんもゴクゴク飲んでいました(笑)


ちなみに、「みたらし団子」の「みたらし」も、この「御手洗(みたらし)」に由来しています💗

(以下は、Wikipediaからの抜粋です)
『 みたらし団子の名は、京都市左京区下鴨の下鴨神社が行う『御手洗祭』が語源とされる。異説もあるが、境内(糺の森)にある御手洗池(みたらしのいけ)の水泡を模して、この団子がつくられたとされる。』

そして、いよいよ御参拝。

御拝殿には鰹木も千木もありませんでしたが、

詳しくはこちらをご参照💗
↓
☆縄文時代と神社



本殿にはちゃんとあって、その本殿背部には、御覧のような、とても立派な木がありました。注連縄(しめなわ)がありませんでしたので、「御神木(ごしんぼく)」ではないのかもしれませんが、一見の価値ありです💗

ということで、本日はここまでとさせて頂きます。
続きは次回に♥
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No Subject * by 4711
神社に動物は連れて行かないほうがいいと聞いたことがあるのですが、高倉神社は大丈夫なのですね。
Re: No Subject * by みっちゃん
4711さん、おはようございます^^
ペットを連れての参拝がダメだとされている神社も確かにありますね!
参拝者が数多く来られるような神社は、特にそのようになっているような気がします。
ただし、神社と動物を「穢れ」思想の観点から考えることは良くないと思います。
そもそも、「神社」は「縄文時代」に連なるものであり、その「縄文時代」には「縄文犬」として知られる「大切な仲間」が存在していました。そんな「大切な仲間」を「穢れ」とするはずは無く、のちの時代になってから何らかの「後付けの理由」で生じたものでしょう。
とはいえ、ペットを連れての参拝がダメと掲示されている場合は、神社の意向に配慮して避けるべきだと思います。
ペットを連れての参拝がダメだとされている神社も確かにありますね!
参拝者が数多く来られるような神社は、特にそのようになっているような気がします。
ただし、神社と動物を「穢れ」思想の観点から考えることは良くないと思います。
そもそも、「神社」は「縄文時代」に連なるものであり、その「縄文時代」には「縄文犬」として知られる「大切な仲間」が存在していました。そんな「大切な仲間」を「穢れ」とするはずは無く、のちの時代になってから何らかの「後付けの理由」で生じたものでしょう。
とはいえ、ペットを連れての参拝がダメと掲示されている場合は、神社の意向に配慮して避けるべきだと思います。
No Subject * by 4711
「縄文犬」というものがいたことを知りませんでした。
動物を忌んで禁じているわけではないのですね!
動物を忌んで禁じているわけではないのですね!
Re: No Subject * by みっちゃん
4711さん、こんにちは^^
いつもご訪問&コメント有難うございます。
まあ、人間社会が変化したからなのでしょうね💗
そもそも、私たち日本人の宗教観は、ふわふわとした、非常にゆるいものですし、世界中を見渡しても、その寛容さは得意なものだと思います。つまり、私たち日本人は、世界で最も自由を謳歌している民族、と言えるのではないでしょうか?
いつもご訪問&コメント有難うございます。
まあ、人間社会が変化したからなのでしょうね💗
そもそも、私たち日本人の宗教観は、ふわふわとした、非常にゆるいものですし、世界中を見渡しても、その寛容さは得意なものだと思います。つまり、私たち日本人は、世界で最も自由を謳歌している民族、と言えるのではないでしょうか?