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    親子チョコ💗(300冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  世界史 >  敵国であるドイツに、ロシアの領土を割譲したのがウラジーミル・レーニンです

    敵国であるドイツに、ロシアの領土を割譲したのがウラジーミル・レーニンです

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    本日のキーワード : 割譲



    割譲(かつじょう、英語・仏語:cession)とは、他の法的実体へ所有物(財産)を譲渡すること。特に国際法では条約により領土を移転すること割譲対象の土地は割譲地と表現され、逆に譲渡を受けることは割取(かっしゅ)と表現されることがある。

    本日の書物 : 『知ってはいけない現代史の正体』 馬渕睦夫 SBクリエイティブ



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 1941年6月ナチスドイツ【バルバロッサ作戦】の名の下、【ソ連に奇襲】をかけます。


    【英仏はソ連を支持】しました。当時はまだドイツにも日本にも宣戦布告しておらず中立の立場にいた【アメリカはソ連に対して武器貸与法を適用】し、【事実上ソ連と同盟関係となります】。…

    女性 ポイント ひとつ

     独ソ戦の開始を告げることになったバルバロッサ作戦は、ソ連から見て西部方面(ミンスク)北部方面(レニングラード)南西方面(ウクライナ)【3か所に分けて展開】されました。これについて、ウィリアム・バー編集・鈴木主税訳『キッシンジャー[最高機密]会話録』(毎日新聞社 1999年)に興味深い話が載っています。

    キッシンジャー「最高機密」会話録 

     1971年から翌年にかけて、当時米大統領補佐官だった【ヘンリー・キッシンジャー】はたびたび訪中します。1972年のニクソン訪中のための準備です。当時首席の【毛沢東】がキッシンジャーに【「なぜヒトラーはソ連を攻撃するときに3か所分けて攻撃したのか」】と質問しました。レニングラードを落として一直線にモスクワに向かえばヒトラーは簡単に勝てたはずだ、というわけです。ところがヒトラーはそうしませんでした。

    バルバロッサ作戦

     毛沢東はまた、1940年の【ダンケルク(フランス)の戦い】にも疑問を持っていました。英仏に大勝した戦いです。


    ヒトラー直後にパリを占領しましたが、イギリス上陸はしませんでした【ナチスドイツの作戦】には【きわめてちぐはぐなところがある】のです。』

    日の丸

    大日本帝国が「シベリア出兵」をイギリスから要請された理由


    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、1917年の「ユダヤ革命(Jewish Revolution)」(→教科書の記載では「ロシア革命」)から現代に至るまでの、「教科書的に描かれた世界史の通説」に対して、まったく違った見方を提示されている良書で、何が本当で何がウソなのか、私たち日本人一人ひとりが考える切っ掛けとなる書物になります。

    読書7-58

    さて、本日ご紹介させて頂きました本文の部分の続きは、非常に重要なポイントとなっていますが、敢えて伏せさせて頂きますので、実際に本書にてご確認下さいませ。

    で、そこに至る歴史の流れを理解するためにも、どうしても今から100年ほど前の歴史を「正しく」理解しておく必要があるのですが、ナチスドイツが何故ちくはぐな戦い方をしたのかという疑問同様に、大日本帝国は何故はるか遠方にあるアメリカの真珠湾を攻撃する必要があったのかという疑問解くカギになるのではないかと当ブログでは考えています。

    ポイント 女性

    というわけで、昨日に引き続きまして、日本の中学校の歴史教科書として半分ほどのシェアを保持している東京書籍の教科書には、いまから100年ほど前の出来事である1917年の「ユダヤ革命(Jewish Revolution)」(→教科書の記載では「ロシア革命」)とシベリア出兵(1918年~1922年)どのように記述しているのかを確認したいと思います。

    教科書 日本国紀

    第一次世界大戦と日本③ 東京書籍

    第一次世界大戦と日本④ 東京書籍

    近代史年表 1

    昨日も書かせて頂きましたように、レーニンドイツが敵国であるロシアに対して送り込んだ「ペスト菌」のようなもので、

    ウラジーミル・レーニン 本名はウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ
    ウラジーミル・レーニン(本名はウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ)

    ドイツ政府の要請である、革命後のロシアを三国協商から離脱させるために、革命後に成立した臨時政府から暴力によって権力を奪いました

    三国同盟と三国協商
    三国同盟と三国協商

    1918年1月5日第一党である社会革命党が主導する形で憲法制定議会が開かれますが、レーニン率いるボリシェヴィキの提出した決議案が否決されると、翌日、人民委員会議は憲法制定議会を強制的に解散させ、1月10日にロシア社会主義連邦ソビエト共和国の成立が宣言され、ここに、世界初の共産主義国家が誕生します。

    1918年3月3日レーニン率いるボリシェビキ政権が、その約束を果たすために、ドイツ帝国と「ブレスト=リトフスク条約」を結びロシアが第一次世界大戦から正式に離脱すること、およびロシア領の事実上のドイツ帝国への割譲が約束されました。

    条約によってロシアがドイツに割譲した地域。
    条約によってロシアがドイツに割譲した地域。

    このため、ドイツ戦力を西側に集中させることが可能となったため、1918年5月に、アメリカヨーロッパ戦線に大規模な派兵を行い、1918年11月に遂にドイツが降伏します。

    ちなみに、レーニン暗殺未遂事件1918年8月のことになります。

    詳しくはこちらをご参照💗

    ドイツ帝国もロシア帝国も、“2度目の革命”で滅亡しました

    残念すぎる 朝鮮1300年史 

    コミンテルン(国際共産党)の下部組織が日本共産党です

    昭和12年とは何か 

    ロシアとドイツの「ブレスト=リトフスク条約」によるロシア戦線崩壊によって、イギリスとフランスは危機感を強め、当然のことながら、次の3つの方針を立てます。

    1 : 旧ロシア(=革命前の同盟国としてのロシア帝国)の同盟戦争の重要な備蓄が、敵国であるドイツや、ドイツと和議を結んだレーニン率いるボルシェビキ政権側(=赤軍)の手に渡らないようにする

    2 : チェコスロバキア軍団を助けヨーロッパの正面(いわゆる西部戦線)にそれを戻す

    3 : ロシア白軍(反ボリシェビキ・反10月革命)政府を設置して東部戦線を復活させる(=三国協商の復活)


    ポイント 32

    つまり、イギリスとフランスは、余計なことを勝手にやらかしたマルクス主義・社会主義・共産主義といった「戯言(たわごと)」を口にしてしまうようなレーニン率いる「ボリシェビキ政権」とその軍隊である「赤軍」が邪魔だったわけです。

    女性 ポイント これ

    で、その方針のもとに要請されたのが「シベリア出兵」で、先日から書かせて頂いておりますように、近代ヨーロッパの覇権国家に対する歴史のパターンである「くるみ割り理論」の拡張版とも言える、ユーラシア大陸の左右からの挟み撃ちのために、大日本帝国は、派兵を行ったわけです。

    シベリア出兵を伝える日本の画報(救露討独遠征軍画報)
    シベリア出兵を伝える日本の画報(救露討独遠征軍画報)

    1918年、ブラゴヴェシチェンスクに入城する日本軍と日の丸を振って出迎える市民などを描いた作品。空からは航空隊により布告文が撒かれた。『救露討獨遠征軍画報』より
    1918年、ブラゴヴェシチェンスクに入城する日本軍と日の丸を振って出迎える市民などを描いた作品。空からは航空隊により布告文が撒かれた。『救露討獨遠征軍画報』より

    「我軍空中及水陸挟撃し西伯利の敵軍を掃討す」。『救露討獨遠征軍画報』より(1919年2月1日に描かれたもの)
    「我軍空中及水陸挟撃し西伯利の敵軍を掃討す」。『救露討獨遠征軍画報』より(1919年2月1日に描かれたもの)

    ところが東京書籍の歴史教科書には、次のような記述がなされています。

    これ 女性

    シベリア出兵23

    「シベリアの領土を得ることも目的」にしたというのは、根拠がまったく無い「デタラメ」だと誰にでも理解できることですが、東京書籍の歴史教科書の編纂者として名を連ねているである“自称・専門家屋さん”(→新しい職業か何かなんでしょうかw)には、難しすぎて理解できないのでございますのでしょうか(笑)

    著作関係者 東京書籍

    「シベリアの領土を得ることも目的」ではなくて、正しくはマルクス主義・社会主義・共産主義といった「戯言(たわごと)」を口にしてしまうようなレーニン率いる「ボリシェビキ政権」とその軍隊である「赤軍」を抑えるために、私たちの大日本帝国は派兵を承諾したわけで、それを何かと邪魔していたのがアメリカのウッドロウ・ウィルソン政権だったわけです。

    ウッドロウ・ウィルソン
    ウッドロウ・ウィルソン


    続きは次回に♥




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