2018-07-16 (Mon)

類推(るいすい)は類比(るいひ)、アナロジー(Analogy)ともいい、特定の事物に基づく情報を、他の特定の事物へ、それらの間の何らかの類似に基づいて適用する認知過程である。古代ギリシャ語で「比例」を意味する ἀναλογία アナロギアーに由来する。
類推は、問題解決、意思決定、記憶、説明(メタファーなどの修辞技法)、科学理論の形成、芸術家の創意創造作業などにおいて重要な過程であるが、論理的誤謬を含む場合が高いため、脆弱な論証方法である。科学的な新概念の形成過程は、チャールズ・パースによるアブダクション理論として区別される場合が多い。
異なる事象に対し類推することで、共通性を見出す言語的作業が比喩である。 言語学では、言語自体に対する類推が言語の変化の大きな要因とされる。
戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。
そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。
私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、
客観的に情勢を判断する必要があります。
それでは、この書物を見ていきましょう!
『 【日本人の強みは何か】。これまで、いろいろな機会を捉えては、そのことについて語ってきた。だが、いの一番を挙げるとするならば、やはり【「情」】ではなかろうか。

一昔前の日本人なら、「情」は、ごく当たり前のものだった。「情」がなければ世の中は動くものではないと思っていた。

なにしろ【日本人】は、いまから【千百年以上も前】にできあがった勅撰和歌集である【『古今和歌集』】の【冒頭】に、「ひらがな」という、まことにたおやかな文字を駆使して、こんな情感あふれる「序」を書いた【民族】である。

《 やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざしげきものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて言ひ出(いだ)せるなり。花に鳴く鶯(うぐいす)、水に住むかはづ(蛙)の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも刺青して、天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女の仲をもやはらげ、たけき武士(もののふ)の心をもなぐさむるは歌なり 》
(高田裕彦訳注『新版 古今和歌集 現代語訳付き』角川ソフィア文庫)

折にふれて心にあふれ出た【「情」】を歌に詠めば、天地を動かし、鬼神をあはれと思わせ、男女の仲を懇(ねんご)ろにし、獰猛(どうもう)な武士をも慰めるというのだから、【すごいもの】である。

各々が「情」を働かせて言葉を口にし、それを聞いたほうも、その「情」をきちんと受けとめ、すべてを聞かなくてもきちんと理解した。お互いに思いやり、お互いに「忖度(そんたく)」しあって、生きてきた。

皆までいわずとも【以心伝心】なのだから、考えてみれば、【こんな効率のよいやり方はない】。これもすべて、【「情」と「信頼」】のなせるわざである。
これは、最近流行りの【ロジカルシンキング(論理的思考)などよりも、遥かに高度で優秀な手法】である。【日本】が世界のなかで【圧倒的に強い】のも、まさに【この手法の達人だから】である。

【ギリシア人】も、自分が考えたことを【他人に伝える話し方】には【二通り】あると考えていた。一つは【「たとえ話」(アナロジー=推論)】で、もう一つが【「論理(アナリシス=分析)」】である。

「たとえ話(アナロジー=推論)」とは、物事を直観的、総合的に把握して、【似た本質を見つけること】である。

もう一方の「論理(アナリシス=分析)」とは、【「物事をいくつかの要素に分けて、組み立てること」】である。

【アカデミズム】に代表される【西洋の知的伝統】のなかでは、もっぱら【アナリシスが重んじられる】ことになった。

【デカルト】が【教会に対抗】するために、理屈を積み上げて得られたことだけを研究しようと考えたが、【その発想をベースとして学問を発展させてきたから】である。

ルネ・デカルト
たしかにそれによって、【ヨーロッパ社会】は【キリスト教の縛りからは離れることができた】。

優秀な研究者の直観力が自由に発揮できるようになり(たとえば天動説などに縛られることがなくなり)、西欧の科学は大きく進んだ。しかし、そのせいで、【何でもかんでもロジカルシンキングだけで乗り越えようとする気風】も生まれてしまったように見える。

【「論理が上で、直観が下」】と決めつけて、【何ごとも論理で分析したがるのは、西洋的なインテリの悪癖】であろう。』

いかがでしょうか?
今回ご紹介させていただく書物は、現代を生きる私たち日本人が、ついつい忘れてしまいがちな、私たち日本人が持って生まれた特性や、世界最古の文明である、私たち日本人が、その悠久の歴史の中で、様々に試行錯誤した結果として育んできた「日本社会の素晴らしさ」について、優しい語りかけで再認識させて下さる良書となります。本書をご覧頂くことで、お子様を愛情一杯に育てることの大切さ、そして私たち日本人の最も尊い「情」の存在が何であるのか、といったことをご確認なされて頂けることを願って止みません。

さて、本日ご紹介させて頂きました本文をご覧頂いて、どのような感想をお持ちでいらっしゃいますでしょうか?

また本文中には、ギリシア人が、自分の考えを、他人に伝える方法として、次の2つのやり方があった、とも書かれていました。
① 「たとえ話」(アナロジー=推論)
② 「論理(アナリシス=分析)」
さて、どのような感想を抱かれましたでしょうか?

① 「たとえ話」(アナロジー=推論)の方が重要でしょうか?
それとも、② 「論理(アナリシス=分析)」の方が重要なのでしょうか?

この答えを導き出せるのが、私たち日本人です。

先日のところで、少し書かせて頂いたまま、実は、すっかり忘れていたのですが(汗)。。。、古代ギリシャのゼノン(紀元前490年頃~430年頃)という有名な哲学者にまつわるお話に、【アキレスと亀】というパラドックスがあります。

【アキレスと亀】
あるところにアキレスと亀がいて、2人は徒競走をすることとなった。しかしアキレスの方が足が速いのは明らかなので亀がハンディキャップをもらって、いくらか進んだ地点(地点Aとする)からスタートすることとなった。
スタート後、アキレスが地点Aに達した時には、亀はアキレスがそこに達するまでの時間分だけ先に進んでいる(地点B)。アキレスが今度は地点Bに達したときには、亀はまたその時間分だけ先へ進む(地点C)。同様にアキレスが地点Cの時には、亀はさらにその先にいることになる。この考えはいくらでも続けることができ、結果、いつまでたってもアキレスは亀に追いつけないことになるが。。。
以上は、「走ることの最も遅いものですら最も速いものによって決して追い着かれないであろう。なぜなら、追うものは、追い着く以前に、逃げるものが走りはじめた点に着かなければならず、したがって、より遅いものは常にいくらかずつ先んじていなければならないからである」、という有名な「アキレスと亀」と呼ばれる議論であるが、その答えを述べよ。
こちらもご参照💛
↓
☆教条主義という危険-アキレスと亀の話を論破できますか?
このお話は、アキレスと亀を例として挙げ、正しそうに見える前提を置き、そこから妥当に見える推論を展開し、常識では到底受け入れがたい結論を導き出しています。まさに、さきほどの① 「たとえ話」(アナロジー=推論)です。

それでは、まず、常識的に考えてみましょう。
アキレスと亀の速度が定義されていませんので、ここで仮に次のように数値を置いてみましょう。
アキレス : 時速 21,600m(21.6km) = 秒速 600cm
亀 : 時速 36m = 秒速 1cm
この場合、もちろん、1秒後には、アキレスは6m(600cm)、亀は1cm進むことになります。
また、アキレスと亀のスタート地点の距離の差も定義されていませんので、ここで仮にその差を1km(=1,000m=100,000cm)とします。
すると、次のような結果となります。

つまり、2分47秒後(=167秒後)には、アキレスは亀を追い抜いていますので、「いつまでたってもアキレスは亀に追いつけない」という「アキレスと亀」のお話の「推論(アナロジー)」は間違っているということが、この場合には言えます。

ここで注意しなければならないことは、この場合はあくまでも、「速さ」と「距離」を仮置き、つまり勝手に数値を置いたことで、その仮定に従って、答えが導き出せたという点です。

そこで、今度は勝手に数値を置いたりせずに、考えてみるために、もう一度問題を確認してみましょう。
【アキレスと亀】
あるところにアキレスと亀がいて、2人は徒競走をすることとなった。しかしアキレスの方が足が速いのは明らかなので亀がハンディキャップをもらって、いくらか進んだ地点(地点Aとする)からスタートすることとなった。
スタート後、アキレスが地点Aに達した時には、亀はアキレスがそこに達するまでの時間分だけ先に進んでいる(地点B)。アキレスが今度は地点Bに達したときには、亀はまたその時間分だけ先へ進む(地点C)。同様にアキレスが地点Cの時には、亀はさらにその先にいることになる。この考えはいくらでも続けることができ、結果、いつまでたってもアキレスは亀に追いつけないことになるが。。。
以上を図示してみると、このようになります。

問題の文章を注意して読んでみると、「アキレスは亀がいた地点を目標としている」ということに気づかれるはずです。

つまり、そもそも亀がいた地点を延々とアキレスが目指すというお話の流れになっていますので、これはアキレスが亀に追いつく寸前までのお話を無限に繰り返しているだけです。

では、このことを「数学」の考え方で捉えてみましょう。
アキレスも亀も、それぞれ「等速度」で動く、とします。また、最初のアキレスと亀との距離を「L」cmとします
アキレス : 秒速 「v」cm
亀 : 秒速 「rv」cm
亀の速度はアキレスよりも遅いわけですから、
0 < r < 1
となります。
最初にアキレスが亀のいる地点(=出発点)に到達する時間は、「L/v」秒となりますが、このとき亀は、
亀の速度(rv) × アキレスが亀のいる地点(=出発点)に到達する時間(L/v) = rL(cm)
という距離だけ、先に進んでいます。

ですので、今度は、アキレスがいる地点から先に進んだ亀のいる地点に到達する時間は、「rL/v」秒となりますが、このとき亀は、
亀の速度(rv) × アキレスが亀のいる地点に到達する時間(rL/v) = r2L(cm)
という距離だけ、先に進んでいます。
つまり、アキレスが一定の速度(v)で、亀のいる地点(L,rL,r2L,r3L,r4L,・・・)までを目標として到達する時間を足していきますと。。。

これは、「等比数列」ということになります。

ということで、分かったような、分からないような、というお声も聞こえてきそうですが、これは「高校数学」程度の問題です。

恐らく、「高校数学」までをキチンと理解されているのであれば、「知ってた!」という程度のレベルのお話になりますが、もし「・・・」と思考停止の状態であるのであれば、「高校数学」の成果が不十分といえると思います。
以下に、参考となる動画を貼っておきますので、ぜひ、ご覧くださいませ。
続きは次回に♥
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