2017-11-25 (Sat)

碧眼(へきがん) あおい目。西洋人の目。転じて、西洋人。


戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。
そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。
私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、
客観的に情勢を判断する必要があります。
それでは、この書物を見ていきましょう!
『 河添 : 独特なのが【客家(ハッカ)人】です。

客家の分布
華北を北方系の遊牧民に征服された北宋の頃から、【南に移住していった漢民族の子孫】とされ、歴史的には【中原(黄河中下流)に血縁・地縁を持つ氏族】ですが、中国南部の広東省・福建省・江西省などに移住し、土着の人からは【「外来の客人」】として区別されてきました。

中原のおおよその位置
【客家語】は、【唐宋時代の中原の漢音にもとづく言語】とされ、【独特な生活様式】にも特徴があります。客家は中国大陸を【南下し移住】していった後、【一部は海外】に出ていきました。そして【19世紀頃には世界的なネットワークを構築】していったのです。それから客家の女性には歩くのが困難になる纏足(てんそく)の習慣もなく、男女共に教育水準が高い傾向にあり、【「中国(東洋)のユダヤ人」】との別称もあります。
宮崎 : 客家人たちは、日本で言う平家落人(へいけおちうど)物語みたいなもの。その中でも【宋の南宋が滅ぼされて、山の奥か海外へ逃げる】んだよね。山の奥へ逃げた人たちは、【客家だけで集落】を作ってお城を造った。【客家土楼(ハッカどろう)】と言います。

福建土楼(振成楼)
河添 : タイプとして円楼や方楼がありますね。私、福建省の奥深くまで行って円楼の内部を取材したことがあります。巨大な集合住宅で、物知りの長老が子供たちに勉強を教えていました。
宮崎 : その土楼の周辺の畑を耕し牛馬を飼い、【自給自足】をしていたんだよね。だから【もの凄く団結心が強い】。』

いかがでしょうか?
今回ご紹介させていただく書物は、ずばり、タイトルに書かれている通り、支那人の「品性」(道徳的基準から見た、その人の性質。人格。)を、多面的に面白おかしく分析されている良書となります。また、ロシアや北朝鮮との関連の中での支那の置かれている立場などについても、非常に分かりやすく書かれていますので、お勧めです❤

支那の「中原(ちゅうげん)」とは、もともとは現在の河南省一帯を指す言葉でした。

河南省
それが、後に「漢民族」の居住範囲が広がって、黄河中下流域を指すようになります。

黄河流域
地図だけではイメージし難いので、地形も含めて見てみましょう。

黄色の円の部分が「中原」で、上部真ん中の明るい部分がモンゴルの「ゴビ砂漠」です。
以下は、Wikipediaからの抜粋です。
↓
「 ゴビ砂漠(ゴビさばく、モンゴル語: Говь, Govi,ᠭᠣᠪᠢ 、英語: Gobi)は、中国の内モンゴル自治区からモンゴルにかけて広がる砂漠。東西約1600km、南北約970km、総面積は約130万km2で、世界で4番目の大きさを誇る。
ゴビ(モンゴル語: Говь, Govi)とはモンゴル語で「沙漠、乾燥した土地、礫が広がる草原」などを意味する。
この様に、ゴビはある種の砂漠を意味する。「ゴビ砂漠」は「砂漠砂漠」という畳語表現だが、日本では「ゴビ砂漠」で定着している。」

モンゴル・ウムヌゴビ県での風景
具体的にイメージするために、私たちの日本と比較してみますと、日本は東西、南北、それぞれ3000キロメートルの長さがあります。陸地の面積が37万8000平方キロメートルとなります。

☆国土を知る / 意外と知らない日本の国土
で、この「ゴビ砂漠」を中心とした北方地域」こそが、「鉄砲」の時代を迎えるまで、ユーラシア大陸最強であった、遊牧騎馬民族が大活躍していた先進地域でした。

「 古くから匈奴を始め、柔然、突厥、回鶻、モンゴル帝国などの活躍の場であり、シルクロードの重要な拠点都市が幾つか存在した。また、黄砂(こうさ)とはこの地などから巻き上げられ気流に乗り運ばれる砂の事であり、春先には日本にも多く飛来する。」
で、この地域に集落を形成していた古代文明を「黄河文明」と呼びますが、私たち悠久の歴史を持つ日本文明と比較すると、ちっぽけな、すでに滅亡したと考えられている文明です。

そして、この地域に、「夏(か)」(紀元前1900年頃~紀元前1600年頃)と呼ばれる国家が存在していた可能性があります。当ブログでは、存在していた可能性が高い、しかし黄河文明を継承していない「別の勢力」ではないかと考えておりますが、今後の解明を興味深く見ているところです。
で、その「夏」という国家を滅ぼしたとされているのが、これまた「別の勢力」である「殷(いん)」(紀元前17世紀頃~紀元前1046年)で、これが考古学的に実在が確認されている支那における最古の国家です。

さて、ここで、先日のニュースを振り返ってみましょう。
『 習氏、トランプ氏に中国史を教える一幕 「中国人は竜の子孫」
中国の習近平(Xi Jinping)国家主席は8日、同国を訪問中のドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領を北京の故宮(Forbidden City、紫禁城)に案内した際、トランプ氏に中国史を講釈する一幕があった。
3日間の日程で訪中中のトランプ氏は、同国で丁重なもてなしを受けている。最初に見学したのが故宮で、ここでトランプ氏は習氏とお茶を共にし、中国語で歌う孫娘の動画を習氏に披露した。
歴史が議題に上る予定はなかったものの、国営の中国中央テレビ(CCTV)によると、トランプ氏が中国は5000年の歴史を持つと聞いたと口にすると、習氏はさらに踏み込んだ話を始めたという。
習氏は石敷きの広大な庭を歩きながらトランプ氏に、「わが国には有史以来3000年の歴史があります」と通訳を介して語り掛けると、トランプ氏は「一説には、さらに古いのがエジプトの8000年とされていると思いますが」と返答した。
中国は自国の歴史遺産に高い誇りを持っていることで知られ、児童らは早い段階で、中国が世界四大文明の一つと学ぶ。
習氏は「エジプトの方が少しだけ古い」と認めたものの、「しかし唯一連綿と続く文明が中国だ」と指摘。さらに「われわれ中国人は黒い髪と黄色い肌を今に受け継ぐ元祖の民族です」と言って笑い、「竜的伝人(竜の子孫)を自称するくらいだから」と付け足した。
トランプ氏は「それは素晴らしい」と応じた。』

☆習近平「中国は3000年の歴史」トランプ「エジプトは8000年…」習「」

支那のトップが発言したとされる「妄想」は、とても愉快ですね❤
世界的に「おバカ」で有名な、支那のトップは、どうやら「夏」とか「殷」が、自分たちの祖先だと思い込んでいるようですが、ホントに笑えますね❤

だって、後にこの「中原」を制し、いわゆる「支那」の統一を果たした「秦の始皇帝」の父親は、「碧眼(へきがん)」だったんですから(笑)

続きは次回に♥
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