2017-02-10 (Fri)

ルツェルンのライオン像。スイス人の忠誠心と勇気、フルール・ド・リス、背に矢が刺さって負傷したライオンのため、フランス王ルイ16世への忠誠を尽くしてテュイルリー宮殿で命を落としたスイス人への追憶をこめて。1819年、デンマーク人彫刻家ベルテル・トルヴァルドセン、彼らの犠牲を記念してこの記念碑を刻む。
スイスドイツ語(標準ドイツ語: Schweizerdeutsch, スイスドイツ語: Schwyzerdütsch)は、スイスで使われるドイツ語の方言で、アレマン語に属する高地アレマン語が中核となっている。
しかし、同じスイスのドイツ語圏内でも、ベルン方言、チューリッヒ方言、ウーリ方言、ツーク方言、ザンクトガレン方言などの各言語に差異があるために、その総称でもあるスイスアレマン語やスイス語とも呼ばれる。
ドイツやオーストリアのドイツ語とは発音や語彙にかなり差異があるため、ドイツ・オーストリア両国のドイツ語話者すら理解が困難なほどである。
また、スイスドイツ語という統一の言語があるわけではなく、地域による方言差が大きいため、ドイツ語圏のスイス人でも別の地域の言葉の理解は容易ではない。スイスドイツ語を母語とする住民は標準ドイツ語に関して、読み書きは問題がないが会話は苦手としている例もある。スイスの学校では標準ドイツ語の授業が、半ば外国語学習として行われている。
戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。
そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。
私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、
客観的に情勢を判断する必要があります。
それでは、この書物を見ていきましょう!
『 「スイス人と本当に友達になれたとしたら、それは運のいい人だね」。
チューリヒに住むドイツ人Fは、ちょっと皮肉を交えてそういった。
「スイス人は礼儀正しいが、よそ者と親しくなることは滅多にないんだ」

ある国民の性向をひとまとめに語ることは危険だが、しかし、スイスが【EUの真っ只中にありながら頑としてEUに入らない】事実、あるいは、【男子国民皆兵制を含む堅固な国防体制】を守り続けているようすを見ていると、この国の人々が他国民とつるむ必要性をあまり感じていないらしいということは、何となくわかる。Fのいっていることは、単なる思い込みではないだろう。

欧州連合(EU)
ただ、では【スイス人を束ねているものは何か】と考えると、これが曖昧になる。

この国には【公用語が4つ】もある。

ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語。一番多いのがドイツ語で、人口の6割以上が使っている。次がフランス語で2割強、イタリア語は8%強。ロマンシュ語は、0・5%で、消えゆく言葉だ。
そして、【言葉が違えば自ずと文化も違ってくる】。

しかも、この国は【ジャン・カルヴァンを輩出】したとはいえ、【カトリック信者の人数のほうがプロテスタント信者よりも多い】。

ジャン・カルヴァン
つまり【スイス人というのは、共通の言語や文化や宗教でまとまっているわけではない】。

おそらくもっと【人工的なものが根底にあるはず】だ。それはいったい何だろう?

スイスは、【人口830万の小国で、面積は北海道の半分もない】。2時間も電車に乗れば、たいていのところに行ける。そして、電車を降りれば違った言葉が話されている(可能性が高い)という不思議な国だ。…

The true size of ...
世界には、スイスの他にも【多民族国家、多言語国家は多い】。しかし、【そういう国は案の定、やはりまとまりが悪い】。それを【無理やりまとめるためには強権的な中央政権が必要で、たとえば、現在の中国やロシアがそれ】だ。
こちらもご参照♥
↓
☆日本史の謎は「地形」で解ける【環境・民族篇】♥ 竹村 公太郎
そして、そういう多民族国家では、強権政権がつぶれた場合、その跡地に民主主義が育つことは稀だ。たいていの場合、打ち続く内紛により国家は麻のごとく乱れ、崩壊に向かう。

イラクもリビアもこうしてあっという間に混乱の極みに達し、復活の兆しもない。いま、ウクライナやトルコ、ミャンマーなども結構危ない。
ところがスイスは、なぜかそうはならなかった。2度の世界大戦では、フランスとドイツが死活を賭けて戦ったが、【スイス国内のフランス語地域とドイツ語地域の住民の間に緊張はあったものの、反目には至らなかった】。取り返しのつかないほど深い溝ができることもなかった。スイス人としての結束は見上げたものである。

実は、【スイス人をまとめているのは、危機感と国防意識】だという説がある。

【スイスという国の基礎が作られたのが1291年】。それからつい最近まで、この小さな国は常に、いつ周りの大国に蹂躙(じゅうりん)され、なくなってしまっても不思議ではない時間を生き抜いてきた。だからこそ、【伝統的に、国防が最重要事項】なのである。』

いかがでしょうか?
この書物は、普段、私たち日本人が知らないスイスのことについて、色々な角度から書かれている良書です。
もちろん、当ブログお勧めの書物です♥
本文中に出てきたジャン・カルヴァンについては、別の日に書かせて頂きますので、覚えておいてください。
16世紀のヨーロッパ、私たちの日本が戦国時代だったころの人物で、マルティン・ルター同様、「宗教改革」に関連する人物です♥

カルヴァン(右)が描かれたステンドグラス。左側はマルティン・ルター

さて、本文中にありましたように、「スイスという国の基礎が作られたのが1291年」になります。
私たちの日本でいう「鎌倉時代」で、モンゴル人が日本を侵略しようとやってきて、日本に完全に敗北した2度に渡る「元寇(蒙古襲来)」の直後にあたる時代です♥

文永の役の鳥飼潟の戦い(『蒙古襲来絵詞』)
ちなみに、現在のロシアの元となる「モスクワ公国」が誕生したころでもあります。
詳しくはこちらをご参照♥
↓
☆ドイツ騎士団をタコ殴りにして、ロシアをパシリにした「あの国」

モンゴル帝国の変遷
これまでにも、何回かに分けて、ヨーロッパの歴史を流れを追って書かせて頂いていますが、ちょうど、この頃に、イングランド王国は、大陸側のフランス王国との戦争を繰り返しつつ、次第に現在のイギリスの形を整えていくようになります。
1272年、ヘンリー3世のあとを、エドワード1世が継ぎます。

エドワード1世
このエドワード1世の治世は1307年まで、およそ40年の長きに渡っていて、数々の歴史上のポイントとなることが起きています。

エドワード1世が行ったことは、まずユダヤ人追放、そしてフューダリズムの変容でした。
詳しくはこちらをご参照♥
↓
☆戦う人、祈る人、働く奴隷 ~ ヨーロッパ独自の身分制度「フューダリズム」
フューダリズムの変容とは、「王様に忠誠を誓って戦争をする」という、それまでの形から、「王様におカネで雇われて戦争をする」という形へと移行していくことを言います。「おカネ」が物を言う時代へ変化していくわけです。
中世のヨーロッパでの「戦争」は、国王と主従の契約関係にあった「騎士」が中心でした(フューダリズム)が、「おカネ」で雇用する「傭兵」が主力として用いられるようになっていきます。

その「傭兵」で名を馳せたのが「スイス傭兵」です♥
以下は、Wikipediaからの抜粋です。
↓
「 スイス傭兵(スイスようへい)は、主にスイス人によって構成される傭兵部隊で、15世紀から18世紀にかけてヨーロッパ各国の様々な戦争に参加した。特にフランス王家とローマ教皇に雇われた衛兵隊が名高く、後者は現在も存在する(バチカンのスイス衛兵隊)。

ローマ教皇庁の伝統的衣装のスイス衛兵
14世紀にスイス原初同盟(Eidgenossenschaft)がハプスブルク家を破り独立を果たすと、スイス歩兵の精強さがヨーロッパで認められるようになった。そして1470年代におこったブルゴーニュ戦争ではスイス傭兵は主力として活躍しシャルル突進公を破ったことから、その評価は決定的になった。その後、スイスは北イタリアにおいて独自の覇権を目指すが、1515年にマリニャーノの戦いでフランスに敗れると、拡張政策を放棄し傭兵輸出に専念するようになった。スイス傭兵は州政府単位で雇用主と契約にあたることに特徴がある。
国土の大半が山地で農作物があまりとれずめぼしい産業が無かったスイスにおいて、傭兵稼業は重要な産業となった。また傭兵稼業によってスイスは強大な軍事力を保有する事となり、隣接する他国にとっては、侵略が極めて困難であり、侵略してもそれに見合った利益が得られない国と看做されるようになり、スイスの安全保障に貢献し、「血の輸出」と呼ばれた。
1874年にスイス憲法が改正され傭兵の輸出を禁じるようになり、1927年には自国民の外国軍への参加を禁止した(1936年に勃発したスペイン内戦では、これに参加した自国民に対して禁固刑などの処罰が成された)。このため、スイスの傭兵輸出産業は完全に終了することになったが、中世からの伝統をもつバチカン市国のスイス衛兵のみは、「ローマ法王のための警察任務」との解釈により、唯一の例外として認められている。」

フランシスコの着座式の警護をするスイス衛兵
ちなみに、そんな「傭兵」の時代が終わるのが、「フランス革命」で、国民国家の成立とともに、「自国民が自国を守る」「国民の愛国心に訴える」、現在では当たり前の「国民軍」が登場することによります。「おカネ」で雇われるよりも、「愛国心」を持つ軍隊の方が、より強いということは、誰にでも分かることだと思います。ただし、西洋列強が支配し搾取した植民地においては、傭兵を多用していましたし、またアメリカなんかでも見られるように、プロ集団としての民間傭兵は、いまでも存在しています。
それでは、エドワード1世のお話に戻りまして、エドワード1世は、ウェールズに侵攻し、支配権を確立します。

ウェールズ
詳しくはこちらをご参照♥
↓
☆ブリトン人と800年の歴史を誇るビスケット
そして、スコットランドにも侵攻していきますが、本日はここまでとさせていただきます。

スコットランド
続きは次回に♥
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