2017-01-25 (Wed)

孤立主義(こりつしゅぎ、英: Isolationism)とは、第二次世界大戦前までアメリカ合衆国が原則とした外交政策で、モンロー主義に代表される。その元々の源泉は、初代大統領ジョージ・ワシントンが離任に際しての告別演説の中で、「世界のいずれの国家とも永久的同盟を結ばずにいくことこそ、我々の真の国策である」と述べたことである
南北アメリカ大陸などのアメリカが権益を持っているところ以外の地域については、不干渉を原則とした。これは、アメリカは大洋の向こうにある国々と軍事的なかかわりを持つ必要が薄かったからである。また、移民国家であるアメリカに不必要な内紛が起こらないようにするためでもあった。
つまり、孤立主義は「アメリカ合衆国一国主義」「アメリカ合衆国単独行動主義」の消極的側面とも言える。モンロー主義の時代は南北アメリカ大陸の権益の独占を目指し先住民の掃討・米墨戦争をした「アメリカ合衆国一国主義」「アメリカ合衆国単独行動主義」の時代であるが、南北アメリカ大陸以外には不干渉の立場をとったため欧州にとってはアメリカ合衆国の「孤立主義」の時代と言われる。

先住民掃討が完了した1890年の「フロンティア消滅宣言」前後からはアメリカ合衆国は太平洋にも権益を求め、米西戦争の結果キューバを保護国化し、フィリピン、プエルトリコ、グアム島などを植民地として取得しても、この原則は変わらなかった。
第一次世界大戦後、ウッドロウ・ウィルソンの下で一時的に積極的な国際関係を構築しようとする動きがあった。しかし、連邦議会が国際連盟への加盟を否決するなど、アメリカ国民の支持は得られなかった。
第二次世界大戦が始まっても孤立主義の支持は根強く、是非を問う論争が続いた。しかしながら、この論争は1941年12月7日(米国時間)の日本による真珠湾攻撃によって終息し、アメリカは第二次世界大戦に参戦した。そしてその勝利後にアメリカを待っていたのは、大戦を機に世界への軍事的影響力を増大させ、本格的に革命の輸出を目論む超大国へと成長したソビエト連邦だった。冷戦の時代の到来である。
長年に渡る孤立主義により国力を蓄積・温存し、自らも全世界に影響力を持ち得る超大国となっていたアメリカは、東側陣営の増長の脅威に直面して、ここに一転して建国以来の国是であった孤立主義を事実上放棄し、「世界の警察官」の語に象徴される介入主義・覇権主義へと舵を切ることになった。

戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。
そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。
私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、
客観的に情勢を判断する必要があります。
それでは、この書物を見ていきましょう!
『 アメリカは基本的に、共和党と民主党という二つの政党が政権交代を繰り返してきている。
そして【民主党のルーズヴェルト】は1933年、大統領に就任すると直ちに、【共産主義を掲げるソ連と国交を樹立】し、【反共を唱えるドイツと日本に対して敵対的な外交政策をとる】ようになった。

フランクリン・ルーズベルト
この対ドイツ敵対外交によって、
「アメリカがヨーロッパの紛争に巻き込まれることになるのではないか」
と懸念した【共和党議員たち】は、1935年から37年にかけて【一連の中立法を制定】し、外国で戦争が起こった場合、【アメリカが交戦国に軍事物資を輸出したり、借款を供与したりすることを禁じた】。

その理由は、
「戦争は必然的に政府への権限集中を生み、個人の自由を制限する全体主義へと発展しかねない」
とする【初代大統領ワシントン以来の伝統的な外交原則に忠実であろうとした】からである。

ジョージ・ワシントン
【戦争となると、大統領に権限が集中】する。大統領に権限が集中すると、政府の権限が強化され、個人の自由を侵害する恐れがある。よって、できるだけ戦争は避けるべきであり、特に自国の安全保障と密接には結びつかない外国での戦争に、アメリカはできるだけ関与すべきではない。

――これが、【初代大統領ワシントンが唱えた外交原則】なのだ。一部の専門家は、【これを「孤立主義」と呼ぶが、正確に言えば、「非干渉主義」というもの】であり、どちらかというと、【共和党はその傾向が強かった】。

ところが1939年、第二次世界大戦が欧州で勃発すると、【民主党のルーズヴェルトは、イギリスに対する軍事援助を実施するため、武器貸与法案を連邦議会に提出】した。

フランクリン・ルーズベルト
この法案に真っ向から反対したのが、共和党のハーバート・フーヴァー前大統領やロバート・タフト上院議員、ハミルトン・フィッシュ下院議員たちであり、1940年9月に結成された【「アメリカ第一委員会」(America First Committee)】であった。

大西洋単独飛行横断で有名な【チャールズ・リンドバーグがスポークスマンを務め】、

チャールズ・リンドバーグ夫妻による靖國神社参拝(1931年10月)
こちらもご参照♥
↓
☆リンドバーグ夫妻も参拝したんです♥
最盛期には650の支部と80万人の会員を誇った「アメリカ第一委員会」は、

アメリカ海軍将兵による靖國神社参拝(1933年7月)
「軍需物資の外国援助は、自国の防衛力を弱めるとともに、外国での戦争にアメリカを巻き込むことになる」
として武器貸与法案に反対するとともに、【対日経済制裁の強化にも反対した】のである。

そこには、【「弱く、敗北した日本ではなく、強い日本を維持することがアメリカの利益となる」(ジョンズ・ホプキンス大学タイラー・デネット)】という判断があった。
「強い日本」がないと、アジアでの軍事バランスが崩れ、アメリカ政府はアジアに対して介入せざるを得ず、結果的にアメリカも、アジアでの戦争に巻き込まれると考えたのである。

けっして日本に好意的であったからではないが、【当時のアメリカ共和党の政治家たちがこのような視点から、対日経済制裁に反対していたことは知っておいていい事実】だ。
【アメリカは一枚岩ではない】し、【アメリカ全体が日本の敵であったわけでもない】。
ところが【戦前のアメリカにも、「強い日本」を支持する政治勢力があったことを触れない人が多い】。触れないどころか、【「アメリカはすべて日本の敵である」かのように描き、日米対立を煽る人たちがいる】。

その意図は何なのか。日米分断工作に引っかからないようにしたいものだ。』

いかがでしょうか?
本書は、「ヴェノナ文書」、「ソ連・コミンテルン」、「アメリカ共産党」といった大東亜戦争の「謎」を解く鍵が、ことごとく網羅されながら、コンパクトにまとめられている、非常に秀逸な一品です♥ この書物一冊を読むだけで、大東亜戦争の「謎」のかなりの部分が理解できると思います。
さて、本日ご紹介させて頂いております部分には、とても重要ないくつかのポイントが書かれています。
その一つが、「弱く、敗北した日本ではなく、強い日本を維持することがアメリカの利益となる」(ジョンズ・ホプキンス大学タイラー・デネット)という言葉で表わされているように、それまでアメリカ世論の中心であったアジア、特に支那・朝鮮・満州をめぐる「非干渉主義」を、180度方向転換し、私たちの日本を戦争へと引き込んだのが、民主党のルーズヴェルト政権であったという事実です。

フランクリン・ルーズベルト
そもそもアメリカの伝統的な外交方針である「非干渉主義」のことを、最近でも、トランプ新大統領を批判する目的で、「孤立主義」という言葉を使い、さも、悪いことであるかのように報道されていますね♥
ですが、これまで、アメリカが戦争をやらかしてきたのは、「非干渉主義」・「孤立主義」のアメリカではなく、「干渉主義」を前面に出したアメリカでした♥ それも、なぜか、民主党政権です♥
こちらをご参照♥
↓
☆バナナ戦争とウッドロー・ウィルソン
以前、アメリカの大統領を、ドラえもんの登場人物で色分けしてみるということを書かせて頂きました。

もちろん、大雑把な分け方ですが、基本は次の4つのパターンに分けられます。

各登場人物を当てはめてみると、こんな感じになります♥

詳しくはこちらをご参照♥
↓
☆アメリカの大統領選挙を「ドラえもん」で考えてみる!
ここで、源静香や骨川スネ夫の背後には、「左翼ユダヤ人」が隠然と存在しています。
詳しくはこちらをご参照♥
↓
☆メディアがトランプ叩きをする理由 ~ ビルダーバーグ会議
さて、ジョンズ・ホプキンス大学タイラー・デネットとありましたが、彼はジョン・ヘイの伝記で、1934年にピューリッツァー賞伝記部門を受賞している著名な人物です。

そのジョン・ヘイについて、少し見ておきましょう。
以下は、Wikipediaからの抜粋です。
↓
「 ジョン・ミルトン・ヘイ(John Milton Hay, 1838年10月8日 - 1905年7月1日)は、アメリカ合衆国の政治家、外交官、作家、ジャーナリスト。1898年から1905年まで、ウィリアム・マッキンリー、セオドア・ルーズベルト両大統領の下で第37代アメリカ合衆国国務長官を務めた(在職死)。中国に関する「門戸開放宣言」を発表して、帝国主義政策を推進した。
日清戦争で日本に敗れた清朝は、その弱体化を世界に暴露することとなってしまった。すると欧州列強は、早速中国分割に乗り出した。
そんな中、広大な領土を持つアメリカはその内部の統治のために列強の分割競争に乗り遅れ、1899年、アメリカ国務長官ジョン・ヘイが中国に関して、門戸開放・機会均等・領土保全の三原則(ジョン・ヘイの三原則)を中国に進出しているヨーロッパ列強に対して示した。
貿易活動において、中国市場に割り込むことが目的だった。
1904年にヘイはアメリカ芸術文学アカデミーの最初の会員7名のうちの一人となる。1905年に彼は死去し、遺体はオハイオ州クリーブランドのレイクビュー墓地に埋葬された。ヘイはセオドア・ルーズヴェルト大統領に宛てた手紙で米西戦争を「素晴らしい小さな戦争」と評したことで有名である。彼はまたゴア・ヴァイダルの歴史小説『Lincoln』『Empire』に現れる。
ブラウン大学のジョン・ヘイ図書館はジョン・ロックフェラー2世によって1964年に建造され、1910年から集められたコレクションが収蔵された。」

ジョン・ヘイ
当時のアメリカが、支那を単なる「マーケット」としてしか捉えていないことが、ご理解いただけますでしょうか♥ これは、現在でも、全く同じです♥

当時のアメリカが考えていたことは、タイラー・デネットが暴露したセオドア・ルーズベルト第26代アメリカ大統領の対日密約、いわゆる「桂・タフト協定」を見れば、明らかになってきます。


記事全文はこちらをご参照♥
↓
☆神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 外交(82-005) 国民新聞 1924.11.19-1924.11.20(大正13) 『ルーズヴェルトの対日密約 (上・下) 日米秘録 二十年後初めて発表さる タイラー・デネット』
以下は、Wikipediaからの抜粋です。
↓
「 桂・タフト協定(かつら・タフトきょうてい、英語: Taft-Katsura Agreement)とは、日露戦争中の1905年(明治38年)7月29日に日本の内閣総理大臣兼臨時外務大臣であった桂太郎と、フィリピン訪問の途中に来日したアメリカ合衆国特使であったウィリアム・タフト陸軍長官との間で交わされた協定。「桂・タフト覚書」とも呼ばれる。なお、タフトは後に第27代アメリカ大統領となった。
この協定では、米国は当時の大韓帝国(以下、韓国)における日本の支配権を確認し、日本は米国のフィリピンの支配権を確認した。 列強が勢力を模索する時代の中で、日米首脳が相手国の権利を認め合った協定といわれ、その後の日米関係を円滑にするものであった。また1902年(明治35年)の日英同盟を踏まえたもので、日英米の三国による東アジアの安全保障について意見が交換された。

桂太郎
会合では、主に3つの主要な議題が論じられた。
①日本は、アメリカの植民地となっていたフィリピンに対して野心のないことを表明する。
②極東の平和は、日本、アメリカ、イギリス3国による事実上の同盟によって守られるべきである。
③アメリカは、日本の朝鮮における指導的地位を認める。

この協定の中で、桂は、大韓帝国政府が日露戦争の直接の原因であると指摘し、朝鮮半島における問題の広範囲な解決が日露戦争の論理的な結果であり、もし大韓帝国政府が単独で放置されるような事態になれば、再び同じように他国と条約を結んで日本を戦争に巻き込むだろう。従って日本は、大韓帝国政府が再度別の外国との戦争を日本に強制する条約を締結することを防がなければならない、と主張した。

桂の主張を聞いたタフト特使は、大韓帝国が日本の保護国となることが東アジアの安定性に直接貢献することに同意した。タフトはまた彼の意見として、ルーズベルト大統領はこの点に同意するだろうという彼の確信を示した。

タフトは、この会談での合意を米国政府へ電文で送付し、電文を読んだルーズベルトは7月31日、桂とタフト間の会談はあらゆる点においてまったく正しいこと、タフトが語ったことすべてを自分が確認したことを桂に伝えることを内容とする電文をタフトに送付した。

それを受けたタフトは8月7日、マニラからルーズベルトが自分たちの会談における、自分の発言をすべての点において確認したという内容の電文を桂に送付した。桂は翌日に日露講和会議の日本側全権として米国ポーツマスにいた外相小村寿太郎にこのことを知らせることによって、日米間の合意をめぐる一連の行為は完了する形となった。」

ウィリアム・タフト
先程の記事の一部を抜粋してみますと。。。
「 桂伯と△△(ルーズヴェルト代表)は七月二十七日午前長時間に亘って会見した。話題は比律賓、朝鮮及び極東に於ける一般的平和維持の問題に関連する。
第一に目下米国内親露派の主張する如く日本の勝利は比律賓を日本が侵略する前提であるとの説に対して△△は「日本の比島に対する唯一の利害関係は該島が米国の如き友誼的な強国の支配下にあることを望み、自治を施行し得る程度に発達しない土民に依る誤った施政や非友誼的欧洲列国の支配を望まない」と述べたのに対し、桂伯は其の意見を是認し、日本は断じて比島を侵略するが如き行動を執らぬと断言し、黄禍論の如きは日本に禍害を加えんとする誣言であると述べた。

「黄禍」を世界に知らしめた寓意画 「ヨーロッパの諸国民よ、諸君らの最も神聖な宝を守れ」
黄禍論については、こちらをご参照♥
↓
☆黄禍論って何? ~ 核爆弾落ちたら、日本死ぬ。。。
第二に桂伯は極東に於ける一般的平和維持を日本外交の根本となし、之が目的を貫徹するには極東に一般的利害関係を有する日英米三国の完全な諒解が唯一の手段であると述た。
第三に朝鮮問題に就て桂伯は、之が日露戦争の直接原因であるから、之が解決は戦後に於ける当然の結果である。而して戦後朝鮮を依然として放擲して置けば、朝鮮は従来の如く濫りに外国と協定や条約を締結し、結局戦前と同様の複雑な国際関係を惹起するという見解から、日本は朝鮮を今日の如き状態に置かぬよう努力し、日本が他の外国と戦争を防止することが絶対に必要であると述べた。」
つまり、朝鮮人どもは、私たち日本人が「家畜の如く飼いならさないとダメだ」って、日米英の結論に達したわけです♥ 事実上の国際合意です(笑)

このことからも、現代の朝鮮の状況を考えますと、当時と何も変わっていない、相変わらずグダグダで、はた迷惑な朝鮮人のままだということが、ご理解いただけると思います。
では、朝鮮人は放っておいて、次回は当時のアメリカ人の世論を確認しておきましょう。
続きは次回に♥
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