2017-01-23 (Mon)

☆和歌山県フォト博物館HP 『古座川の一枚岩』
古座川の一枚岩(こざがわのいちまいいわ)とは、和歌山県東牟婁郡古座川町の古座川左岸にある、高さ約150m・幅約800mの一枚の巨岩。国指定の天然記念物である。
一枚の岩盤としては佐渡島の大野亀(高さ約167m)や屋久島の千尋の滝(高さ約200m、幅約400m)などとともに日本最大級とされる。
石質は「古座川弧状岩脈」と呼ばれる、流紋岩質凝灰岩で、均質かつ硬く固結しているため、風化・浸食せず残ったと考えられている。
どのような地質であっても通常の場合形成された岩体は、断層、節理、風化などによって大きな岩体のまま残存することは少なく、このような巨大な一枚岩は稀であることから、1941年(昭和16年)12月13日に国の天然記念物に指定された。
以前から一枚岩の岩肌に大きい地衣類らしきものがあることは知られていたが、2001年に具体的な調査が行われた結果、世界最大最長命とされるヘリトリゴケが生えている事が判明している。その大きさ・寿命が他に類を見ないものかどうか研究・調査が行われている。
戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。
そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。
私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、
客観的に情勢を判断する必要があります。
それでは、この書物を見ていきましょう!
『 【アメリカは一枚岩ではない】。

アメリカは、多様な価値観が共存する国であり、歴史観も多様に存在する国だ。…

知識人層の中には、いわゆる東京裁判史観に疑問を持っている人もいる。そんな事実に気付いたのは20年以上も前、ハワイにおいてであった。

日本軍による真珠湾攻撃から50年目の1991年(平成3年)12月7日、アメリカ政府主催のパールハーバーの記念行事が、ハワイのアリゾナ記念館で開催された。

当時は、「ジャパン・パッシング(日本たたき)」といって、経済的に台頭しつつあった日本に対してアメリカの世論はかなり批判的であった。過去の戦争に触れながら、日本を批判する記事が、アメリカのマスコミに溢れていた時代だ。
ハワイでも「卑劣な真珠湾攻撃」が改めて話題となり、【地元の日系人たちはかなり神経質になっていると、日本のマスコミも報じていた】。
しかし、【実際にハワイを訪れてみると、現地の空気は全く異なっていた】。

こちらもご参照♥
↓
☆青山 繁晴 青山繁晴の「逆転」ガイド - その1 ハワイ真珠湾の巻 -
12月7日の前日には、ワイキキの中心街で退役軍人会と地元住民による戦勝記念パレードがあったが、それは、【底抜けに明るく、退役軍人たちの顔は誇らしげ】で、文字通りお祝いパレードであった。【日本に対する批判、怨念などは全く感じなかった】。

12月7日当日、アリゾナ記念館で政府主催イベントが開催されると聞いていたので、タクシーを手配してもらったところ、【日本の旅行会社の担当者は「危ないので、イベント会場には行かない方ががいいのでは」と心配そう】であった。
とはいえ、せっかくハワイに来たので、パールハーバー50周年記念式典会場に行くことにした。
会場のアリゾナ記念館の広場には、真珠湾攻撃に遭遇したアメリカの退役軍人たちと、現役の軍人たちが数千人、星条旗を手に集まっていた。おそらく【日本人は、マスコミ以外は、我々ぐらいしかいなかった】。

「真珠湾攻撃の生き残り軍人」という文字が入った揃いの帽子をかぶった退役軍人たちは、我々が日本人であることに気付いていたようだが、【特に敵意を感じることもなかった】。
しばらくすると、真珠湾に浮かぶ軍艦の甲板にジョージ・ブッシュ大統領(父)が姿を現わし、「どんな不意打ちにも対応できるだけの国防体制を維持することがパールハーバーから得た教訓だ」という趣旨の演説をした。
その式典の最中に、【一人の中年アメリカ人に声をかけられた】。

【ハワイの高校の歴史の先生】だと名乗るその男性は、我々が日本人であることに気付いた様子で、小さな声でこう話したのだ。
「自分たちは、【恥ずかしいと思っている】。あの【パールハーバーは、ルーズヴェルト大統領が仕掛けた】ことであった。今日は、【戦争を仕掛けたことについて、歴史的に事実を明らかにして、日本に謝るせっかくのチャンス】なのに、ブッシュ大統領は、この機会を戦意高揚のために使っている。こんなことでいいのだろうか」

「【そのような考え方を持つアメリカ人がいることを初めて知った】が、どうしてそのような考え方を持つようになったのか」
と尋ねたところ、
「【歴史学者チャールズ・ビアード博士の 『ルーズヴェルト大統領と第二次世界大戦』】を読んだからだ。しかし、ハワイでその事実を教えると、軍人の子弟が多いため、反発を受けることになり、教えることがでにないでいる」
と、申し訳なさそうに答えた。

チャールズ・A・ビアード
帰国して調べてみると、同書は、【アメリカでも有名な学者が、フランクリン・ルーズヴェルト民主党大統領の戦争責任を鋭く批判したもの】であった。1948年にアメリカで発刊されたが、当時のトルーマン民主党政権から睨まれ、【禁書同様の扱いを受け、ビアード博士も失意のうちに亡くなった】という。
「日本を見事にやっつけたルーズヴェルト大統領を批判するのはけしからん」ということで、その主張は圧殺されてしまったわけだ。

この本は敗戦後、【GHQ(占領軍)の支配下にあった日本の有識者の間では話題になった】。が、【邦訳されることもなく】、その後もその存在を知られることもなかった。開戦70年目に当たる【2011年に、ようやく『ルーズヴェルトの責任』(藤原書店)と題して邦訳が出版された】。


意外かもしれないが、【アメリカでは戦後、ルーズヴェルト民主党政権の戦争責任を追及する本が多数発刊されている】が、【ほとんどが邦訳されておらず】、【日本ではその存在も知られていない】。』

いかがでしょうか?
本書は、「ヴェノナ文書」、「ソ連・コミンテルン」、「アメリカ共産党」といった大東亜戦争の「謎」を解く鍵が、ことごとく網羅されながら、コンパクトにまとめられている、非常に秀逸な一品です♥ この書物一冊を読むだけで、大東亜戦争の「謎」のかなりの部分が理解できると思います。

フランクリン・ルーズベルト
本書では、ソ連・コミンテルンの関係者として、様々な人物が実名で登場してきます。いずれも、「ヴェノナ文書」(☆NSA VENONA公式サイト)でスパイであることが明らかになった連中ばかりです。たとえば、フランクリン・ルーズベルトの側近でもあったアルジャー・ヒス。彼もまた、ソ連のスパイとして働いていました♥

アルジャー・ヒス
以下は、Wikipediaからの抜粋です♥
↓
「 アルジャー・ヒス(Alger Hiss, 1904年11月11日 - 1996年11月15日)は、 アメリカ合衆国の弁護士および政府高官。下院非米活動委員会に喚問され、実際にソ連のスパイ活動を行っていた。国際連合の設立にも関わった。
フランクリン・ルーズヴェルト大統領の側近として、ハリー・ホプキンズ、ウィリアム・リーヒ提督らとともにヤルタ会談に出席。1948年に元共産党員のウィッテカー・チェンバーズによって、ヒスがアメリカ共産党のスパイであることを暴露された。
「赤狩り」が吹き荒れる1950年に偽証の有罪判決を下され、5年の懲役が宣告された。スパイ行為に関しては出訴期限が尽きたため訴追を受けなかった。1992年無罪とされたが、近年公開された『ヴェノナ文書』によると、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)のエージェントとして、長年スパイ活動をしていたことが明らかになった。」

左翼的思考の記述が多い「Wikipedia」でさえ、その記述されている内容は少ないですが、アルジャー・ヒスがソ連のスパイだったことを認めざるを得ない、つまり、これが史実なんです♥
日本のパヨク系ジャーナリストやメディアは、この史実に関しては、まったく触れたくないようで。。。

それでは、このアルジャー・ヒスから芋づる式に、少し見てみましょう。
アルジャー・ヒスが嫌疑をかけられた時、それを擁護していた人物がディーン・アチソンでした。

ディーン・アチソン
以下は、Wikipediaからの抜粋です♥
↓
「 アチソンは民主党の支持者としてワシントンD.C.の法律事務所で働いていたが、フランクリン・ルーズベルト政権下で1933年5月、財務次官に任命された。だが11月には平価切り下げに反対して同職を辞任、弁護士業に戻った。しかし1941年には経済担当国務次官補に再度任命され1945年8月まで同職を務め、1944年には戦後国際金融秩序を構想するブレトン・ウッズ会議に出席している。日本の降伏が間近な頃、天皇制は時代錯誤の危険な封建的制度であると国務次官補アチソンは論じ、天皇制存続を認めた国務次官ジョセフ・グルーと議論している。
1945年8月、アチソンはトルーマン大統領によって国務次官に任命され、続く2年間にわたってアチソンはトルーマン・ドクトリンとマーシャル・プランの立案に重要な役割を果たした。アチソンは革命の危険にある国々での共産主義の普及を停止させる最良の方法は、それらの国々の進歩的勢力と連携することであると主張した。
1949年にアチソンは、マーシャルの後任として、国務長官に任命された。アチソンは国務長官として共産主義の封じ込め政策を継続し、NATOの結成に尽力した。極東地域でも1950年1月、日本・沖縄・フィリピン・アリューシャン列島に対する軍事侵略に米国は断固として反撃するとした「不後退防衛線(アチソン・ライン)」演説を示した。ただし、この演説は台湾・朝鮮半島・インドシナなど除外地域については明確な介入についての意思表示を行なわなかったことから、朝鮮戦争の誘因になったとされている。同年1月には米国は台湾不干渉声明も発表しており、台湾海峡を防衛するとして第七艦隊を派遣したのは朝鮮戦争開戦から2日後の同年6月27日だった。
国務省職員のアルジャー・ヒスがアメリカ共産党員でソ連のスパイであると糾弾されると、ヒスを子供の頃から知っていたアチソンは彼の無罪を確信し、密かに支援を与えていた。」

大韓民国の国民防衛軍
このアチソン演説が朝鮮戦争のきっかけとなっているわけですが、結果を見れば、何が目的であったかのかが、ご理解いただけるのではないでしょうか♥
「 朝鮮戦争も謎だらけの戦争です。朝鮮戦争は第二次大戦後、アメリカ軍が本格的に戦闘に参加した最初の戦争でした。大戦終了後五年、厭戦気分がまだまだ強く残っていたにもかかわらず、アメリカは戦争に突入してゆきます。その契機となったのが、有名なアチソン演説です。
1950年1月12日、アチソン国務長官は
「中国大陸から台湾への侵攻があっても、台湾防衛のためにアメリカが介入することはない。アメリカのアジア地域の防衛線には南朝鮮を含めない」
と演説しました。これは、朝鮮半島について極めて重要なメッセージでした。要するに、韓国はアメリカの防衛線の外にあるということであり、北朝鮮に韓国侵攻のゴーサインを出したも同然なのです。案の定、この演説から約5ヶ月後の6月25日、金日成の北朝鮮軍は三八度線を突破して韓国侵略を開始しました。装備に劣る韓国軍は結局南端の釜山まで後退します。
その後、マッカーサー指揮下の国連軍が仁川に上陸して巻き返し、北朝鮮軍を中国との国境付近まで追い詰めます。ここで、中国軍(義勇軍と称した)が介入し、一進一退を繰り返した末三八度線を巡り膠着状態に陥り、1953年7月に休戦協定が締結されます。」
詳しくはこちらをご参照♥
↓
☆朝鮮戦争のミステリー①♥
「 さて、どこが謎なのでしょうか。そもそも、南朝鮮はアメリカの防衛線外との発信自体、戦争を挑発する目的でしたが、より大きな謎はアメリカは当然勝てた戦争なのになぜ勝とうとしなかったのかということです。
アメリカはマッカーサー司令官に必要な武器人員を供与せず、国連軍の名の下にあったアメリカ軍が戦闘で勝利を収めるのを故意に妨害したとみられることです。そして、余計な犠牲を強いながら、戦争を三年の長きにわたって長引かせました。その結果といえば、戦争前の三八度線に戻ったというまったくの消耗戦だったのです。
アメリカはなぜ勝とうとしなかったのでしょうか。
誰が、アメリカの勝利を妨害したのでしょうか。
マッカーサーは回想録の中で、常識では信じられない事実を明かしています。つまり、マッカーサーの作戦行動の詳細は、ディーン・ラスク国務次官補を通じてイギリスに流出していたのです。そして、イギリス(情報部)から、ソ連、インドを通じ中共軍と北朝鮮軍に流れていたのです。
マッカーサーは「中共軍が大挙して鴨緑江を渡っても、満州内部の補給線を爆撃される心配はないということを、中共側は明らかに知っていた」として、林彪将軍が自らの補給線へマッカーサーが攻撃するのをワシントンは許さないという保証があったからこそ、部下を犠牲にすることなく攻撃に参加させることができたと、中共内部で述べていたとのエピソードを紹介しています。
マッカーサーはトルーマン大統領によって派遣されたアベレル・ハリマンとの会談を回想してこう述べています。
「 ワシントンでは、外国、特に英国の影響が非常に強く働いている。共産勢力に対する攻撃を強化することにはあまり関心がない。…トルーマン大統領は蒋介石を非常に嫌っており、蒋総統と仲良くする者は大統領の怒りを買うことを覚悟せねばならない。」(『マッカーサー回想記』) 」
詳しくはこちらをご参照♥
↓
☆朝鮮戦争のミステリー②♥

ディーン・ラスク
このディーン・ラスクは、竹島をめぐる「ラスク書簡」でも知られていますが、マッカーサーの言葉にもあるように、その背後には、ある勢力が見え隠れしています。
以下は、Wikipediaからの抜粋です♥
↓
「 ラスクは1950年にロックフェラー財団の理事、さらに1952年には国務省を辞して理事長の職に就いた。1960年の大統領選でケネディが勝利するとその年の12月12日に国務長官に指名された。さらに外交問題評議会(CFR)とビルダーバーグ会議の正式メンバーにもなった。」
ロックフェラー財団については、こちらもご参照♥
↓
☆本当にあるんです。。。「秘密情報部」 ~ 歴史を「修正」されると困る人々
ビルダーバーグ会議については、こちらもご参照♥
↓
☆メディアがトランプ叩きをする理由 ~ ビルダーバーグ会議
「 アメリカの世界戦略を決めているのはもちろん大統領や国務長官、国防長官に決まっているのでは、と思われる読者の方が多いでしょう。では、アメリカを代表する大富豪ロックフェラー財閥の当主デイビッド・ロックフェラーの次の告白を読んでください。
ロックフェラーは回顧録の中で、アメリカの外交政策に関して、
「 端的に言えば、外交問題評議会がアメリカの外交政策を左右し続けている理由は、ホワイトハウスや国務省との秘密のパイプラインではなく、委員の質、拠点の立地、優秀な職員と設備、そして厳格な議論と無所属の精神である。」
(『ロックフェラー回顧録』)
と述べて、外交問題評議会(Council on Foreign Relations, CFRと略称)がアメリカ外交政策を実質的に支配していることを確認しています。…日本人にとっては日本の外交関係を決めるのは政府であると考えるのが常識です。…しかし、アメリカは民間のシンクタンクが決めているとアメリカ随一の大富豪が告白しているのです…
ところで、外交問題評議会(CFR)は、イギリスの王立国際問題研究所(RIIS)のいわば姉妹機関として、モルガン財閥やロックフェラー財閥の支援を受けて1921年に設立されました。…銀行家や実業家がほとんどで、メンバーの多くはイギリスと深い関係がありました…
王立国際問題研究所(RIIS)とCFRとの緊密な関係は、CFRの創立以来今日まで継続しています…
イギリスの外交政策はRIISが左右しています…ちなみに、RIISはイギリス東インド会社を引き継いだ機関であって、イギリス王室のシンクタンクとして活躍しています。」
詳しくはこちらをご参照♥
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☆自由の国の進路を決めるもの♥
それでは、長くなりましたので本日はここまでとさせて頂きます♥
続きは次回に♥
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Re: 拍手をすると・・・ * by みっちゃん
はしびろこう・ウナさん、こんにちは^^
こちらこそ、本年も宜しくお願い致します。
反目していなければ都合の悪い人もいる ⇒ 仰るとおりですね。
それも、ようやくトランプ大統領の出現で、これまで隠れてコソコソやってきた連中の醜態が衆目を集めるようになってきていますね♥ とても楽しい展開です。
これからも、頑張ってまいりますので、宜しくお願い致します。
こちらこそ、本年も宜しくお願い致します。
反目していなければ都合の悪い人もいる ⇒ 仰るとおりですね。
それも、ようやくトランプ大統領の出現で、これまで隠れてコソコソやってきた連中の醜態が衆目を集めるようになってきていますね♥ とても楽しい展開です。
これからも、頑張ってまいりますので、宜しくお願い致します。
引き続き勉強させて頂いております
感謝です
・
記事に拍手を『ポチッ』としますと
拍手済みですと表示が
かみさんが先に開けたということです・・
・
日本と韓国
そしてアメリカとメキシコ
どちらも相思相愛でしょ
ただ反目していなければ都合の悪い人もいる・・
国内では『お馬鹿』事故が後を絶ちません
ほんの少しだけ気をつければすむ事なのに・・・
・
正論の発信を今後も期待しております
遅くなりましたが
今年も宜しくお願いいたします。