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    親子チョコ💗(400冊以上の良質な書籍のご紹介)

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     >  大東亜戦争 >  ダグラス・マッカーサーという名の男♥

    ダグラス・マッカーサーという名の男♥

    Douglas_MacArthur_smoking_his_corncob_pipe.jpg
    コーンパイプを燻らすマッカーサー元帥(1945年)

    『 フィリピンにおける日米の攻防約5ヶ月、

    攻める日本軍は勇敢に戦い、

    守る米比軍もまた「一人」を除いて立派であった。

    その一人とは誰か。その人物の名はダグラス・マッカーサー。

    日本軍との攻防戦最中の3月12日、

    マッカーサーは、妻子、幕僚、

    そしてフィリピン大統領マヌエル・ケソンら16名とともに

    【部下を置き去りにして】魚雷艇でコレヒドール島を抜け出し、

    ミンダナオ島から飛行機でオーストラリアへ脱出したのである。』

    Curtin_MacArthur_Blamey_(042766).jpg
    オーストラリアに退却したマッカーサー

    ●マッカーサーがフィリピンに固執した理由

    『 「I shall return」と全世界に公約した手前、

    また金鉱山への秘密投資といった利権を持ち、

    マニラ・ホテルの共同経営者でもあり、

    ケソンらフィリピン政界人らが待つフィリピンへの早期進攻が遅れることを危惧したマッカーサーは、

    海軍の戦略にケチをつけた。』

    CampMurphy.jpg
    フィリピン国内の基地で演説を行うマッカーサー

    『 自らはオーストラリアに脱出後、

    残された在比米軍司令官ウェーンライト中将に、

    「絶対に降伏してはならない」と、

    はるかオーストラリアから【無責任な命令】を出し続けた。

    そして、迫り来る日本軍にもはや抗す術はなく、

    部下を救うためにやむなく降伏を決意したウェーンライト中将に激怒し、

    マッカーサーは自らの保身のためにワシントンへ宛て次のように打電した。

    「 ウェーンライトは一時的に精神の安定を失い、そのため敵につけいられ利用されたものと信じている 」

    彼は、自分の指揮の下での敗北をどうしても認めたくなかったのだ。

    おまけに戦後、マッカーサーはフィリピン戦の敗北を、

    ウェーンライト将軍の責任に転嫁しているというから開いた口が塞がらない。

    自分は敵前逃亡しておきながら、

    【自らの威信と保身のため】ならなりふり構わぬ指揮官、

    それがダグラス・マッカーサー将軍の実像だったようである。』

    Douglas_MacArthur_lands_Leyte1.jpg
    レイテ島に再上陸を果たすマッカーサー

    えっ!マッカーサーって、最低じゃん♥

    日本が戦ってくれて感謝しています アジアが賞賛する日本とあの戦争日本が戦ってくれて感謝しています アジアが賞賛する日本とあの戦争
    (2013/09/29)
    井上和彦

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