2016-10-27 (Thu)

『民衆を導く自由の女神』(ウジェーヌ・ドラクロア画)
国民国家(こくみんこっか、英: Nation-state、仏: État-nation、独: Nationalstaat)とは、国家内部の全住民をひとつのまとまった構成員(=「国民」)として統合することによって成り立つ国家。領域内の住民を国民単位に統合した国家そのものだけではなく、単一の民族がそのまま主権国家として成立する国家概念やそれを成り立たせるイデオロギーをも指している。
近代国家の典型の1つとされることも多い。英語では、"Nation-state" は「一民族により構成される国家」の意で用いられることが多く、この意味からは「単一民族国家」が原意に近い。stateとnationについては、しばしば "The state is a political and geopolitical entity; the nation is a cultural and/or ethnic entity."(「stateは政治的あるいは地政学的なもの、nationは文化的あるいはまた民族的なものである。」)と説明される。
ヨーロッパは一般に「国民国家」成立のモデル地域とされており、その先進国とされるのがイギリス、フランスであった。
戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。
そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。
私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、
客観的に情勢を判断する必要があります。
それでは、この書物を見ていきましょう!
『 私が日本に来たのは1988年のことだったが、1980年代を通して、【私たちの世代の中国人が日本に大いなる関心をもった理由の一つ】は、実は、【「近代」というキーワード】にあった。

同じ東アジアの文明国家でありながら、【中国が近代化に失敗して近代国家になり損なった】のに、【日本】はどうして、【百数十年前の明治維新を通じてアジア最初の近代国家となり得た】のか。この一点はまさに、当時の私たちがもつ【「日本への関心」の最大のポイント】だったのである。

その際、「中国が近代国家になり損なった」という私たちの時代認識は、決して「歴史の研究」などから得た机上の理論ではない。それはまさに、私たち自身と私たちの親の世代が【身を以(もっ)て体験した目の前の現実】であり、【数千万人の中国人の奪われた命と引き換えにやっとたどり着いた唯一の、悲しむべき結論】である。

1949年に中華人民共和国という国が成立してから毛沢東が死去するまでの27年間、中国の人びとはいったい、どれほど【暗黒な時代】をくぐり抜けたのだろうか。

【わずか27年のあいだに、一億人以上の国民が何らかのかたちで政治的迫害を受け、数千万人の無実の人びとが尊い命を奪われた】。

そして【独裁政治が猛威を振るう】中で、【密告とリンチと殺し合いが奨励】される一方、【文化と文明と人間社会の良識が容赦なく破壊】されていた。



その時代の【中国は、あらゆる意味において、まさに「反近代国家」】であった。

【一度の人民裁判で何十人、何百人が公開銃殺されるのは日常茶飯事】となっており、【普通の一般国民が何の罪もなく人権と自由の一切を奪われ、強制労働場へ送り込まれる】ようなことは、毎日のように起きていた。【近代でいう「法治」と「人権」の意識はこの国では皆無】であり、【「圧政」と「暴力」だけ】が大手を振るって罷(まか)り通っていた。

その一方、【毛沢東という邪悪な独裁者にたいする個人崇拝が国民全員に強いられ、共産主義ときう虚偽のイデオロギーへの信奉と盲従が強制された】。あるいはそのときの中国全体は、毛沢東という一個の人間を「絶対的な神」として崇(あが)めるような新興宗教集団と化しているような雰囲気でもあった。その中では、自由な思考と合理的懐疑の精神が完全に葬り去られ、近代が誇る「理性の光」は【独裁政権の愚民政策の闇】に呑み込まれていった。

毛沢東

日本共産党の野坂参三(中)と中国共産党の毛沢東(右)
言ってみれば、この27年間の【中国は、まさに前近代的な暗黒国家の典型】であった。』

いかがでしょうか?
この書物は、明治維新を通じてアジア最初の近代国家となった私たち日本と、近代化に失敗して近代国家になり損なった支那とを比べて、その原因が何処にあるのかを、著者が中国人の視点で解説をしている書物です。
近代国家になり損なった大きな理由の一つが、「中国共産党」による支配です♥
暴力的な「中国共産党」の支配は、これまでに数千万人の自国民の生命を奪ってきました。それは、現在も続いていますね♥
それでは、どのように行われてきたのでしょうか?

まず、「中国共産党」がどのように成り立ってきたのかを見てみましょう♥

「 中国共産党は1921年に成立して以来、農村部で勢力を拡大していった。1920年代後半から1930年代にかけて、中国南部の一部の農村地域で「土地革命」を行い、農民を組織化して「革命根拠地」を作った。
この「土地革命」については、中国共産党の歴史認識では、地主から土地を取り上げて農民たちに平等に分配したということになっている。土地を分け与えることで、広く農民からの支持を得たというわけだ。
しかし、「土地革命」の真実はまったく違う。実際には、共産党ゲリラ軍が村々のならず者たちと結託し、その土地の地主たちに対して無法な略奪と虐殺を行っただけであった。
具体的には、紅軍(中国共産党軍)は「革命根拠地」を拡大するに際し、「一村一焼一殺、外加全没収」という行動方針を掲げた。
「一つの村では、一人の地主を殺し、一軒の家を焼き払い、加えて財産を全部没収する」という意味だ。
紅軍の元高級幹部は、のちに「一村一焼一殺」について以下のように書き記している。少し長いが引用しよう。
「 われわれは未明のうちに村に近づき、まず村全体を包囲し、夜が明けるのを待つ。朝になると、事前に味方につけていた村の地痞(ディピー/村の外れ者、ならず者)を案内人に使って、その村の地痞たち全員を呼びつけて集合させる。彼らから村の地主の詳細な情報を得て、彼らにこれから取るべき行動の手順を教えてやる。
家族がみな揃って朝食をとる時間を見計らって、われわれは行動を開始する。まず地痞たちと一緒に地主の家に乱入し、家族全員を一カ所に監禁してから、すぐさま家全体の捜索を行う。
金銀の塊、地契(土地の所有証書)、現金の3つがまず確保の対象となる。それらが見つからない場合、家の主を別室に連れ出し、訊問して、所在を聞き出すのである。吐かないときには当然、厳しい拷問をする。それでも口を閉じている場合、『吐かなければお前の家族を殺すぞ』と脅しをかける。それでたいてい、目当てのものはすべて手に入る。金銀の塊と現金は、われわれ紅軍のものとなる。それ以外の家財道具は、協力してくれた地痞たちにくれてやるのがしきたりである。
地主の家屋だけは、われわれ紅軍もどこへ持っていくこともできない。分けて配分することもできないため、燃やしてしまう。
あとは土地の処分である。村人全員を村の中心の広場に集めて、地主の家から持ち出した地契をすべて燃やしてしまう。それから、土地は全部お前たちにただでやるから、あとはわれわれ紅軍にしっかりと地租(年貢)を納めるようにいう。棚からぼた餅の村人たちは、歓声を上げて大喜びするのがいつもの光景である。その際、もしわれわれ紅軍に兵員補給の必要があれば、土地を配分する代わりに、村民たちに壮丁(健康な若い男子)を兵隊に出すよう要求する場合もある。
最後に、盛大な祭りが残されている。
監禁している地主を広場に引きずり出して、村人に裁判を開かせる。その際、事前の言い合わせにしたがって、地痞たちの何人かが前に出て、涙を流してこの地主の平素の罪状をひとつひとつ憤りを込めて告訴する。大半はおそらくでまかせの作り話だろうが、主催者のわれわれ紅軍は当然、真偽を問いただすような余計な真似はしない。罪名と罪状が備わればそれで良いのである。
そして、いよいよ『その時』がやってくる。
われわれの司会者は大声を出して、
『このような罪深い土豪劣紳(「土地の豪族」「卑劣な紳士」=地主の蔑称)をどうしたら良いか』
と村民に訊く。地痞たちはいっせいに拳を挙げて、
『殺すのだ! 殺すのだ! 殺して下さい!』
と全身の力を掘り絞って叫ぶ。司会者はここでもう一度大声で言う。
『それではもう一度皆に訊く。こいつは殺すべきか』
一瞬の沈黙のあと、今度はわれわれ紅軍兵士と例の地痞たち、そしてその場にいる村人全員がいっせいに拳を挙げて、
『殺せ! 殺せ!』
と絶叫する。
それで地主の運命は決まる。隊長の命令で、兵士1人が前に出て、即座に処刑を行う。遠くからは射撃しない。万が一外れたら、貴重な弾薬の浪費になるからだ。処刑方法は決まって、地主を地面に跪かせライフル銃の銃口を上から斜めに頭に突きつけて、1発で片付ける。パンという銃声がすると、地主の頭の半分が目の前で吹き飛ばされ、白い脳みそと赤い血が混ざり合って広場一面に散らばる。これで一件落着。1日の任務が終了するのである。もちろん以後、この村がわが紅区(赤い地域=共産党の根拠地)の一部となり、地痞たちもそのまま村の幹部となるのは、いうまでもないことである」(龔楚『私と紅軍』より)
つまり、「土地革命」とは「ならず者土地革命」だったことにほかならない。昔から村で村八分にされていたような「ならず者」たちを動員し、村で一番まともな人間であるはずの地主を殺す。
後になって、このような略奪と虐殺の歴史は完全に隠蔽された。「ならず者土地革命」は、中国共産党が農民を「解放」した「正義の革命」として美化されていったのである。」
詳しくはこちらをご参照♥
↓
☆土地革命と中国共産党 ~ 「一村一焼一殺、外加全没収」
他にも、「日本共産党」と同様に、「中国共産党」も得意とする「密告とリンチと殺し合い」で典型的な事例が、「AB団粛清事件」です♥

「 殺戮、虐殺は中国共産党のお家芸だ。その対象は中国共産党が敵視した地主や資本家にとどまらない。
農村地域で「根拠地」を作った中国共産党は、一定の権力基盤を固めるや否や、すぐさま党内において血で血を洗う権力闘争を始めた。
ここでは、中国共産党史上初めての内部粛清「AB団粛清事件」を取り上げよう。
毛沢東は党内での自身の支配を固めるため、さまざまな謀略を駆使して、敵対する勢力を文字どおり殺戮していった。その過程では無実の党員や紅軍兵士も巻き込まれ、毛沢東主導の粛清下で7万人以上の人々が虐殺されている。
毛沢東が粛清の大義名分としたのが、「共産党および紅軍内に潜り込んでいるAB団を摘発する」というものだった。「AB団」とは、かつて存在していた反共組織で、「アンチ・ボルシェビキ(Anti-Bolshevik)」の略称だ。ただし、AB団はすでに解散していた。
もはや存在しないAB団なる組織を根拠に、毛沢東は粛清を進めようとした。
もちろん、党中央もバカではないので、「AB団がすでに紅軍を浸透しているというのならば証拠を出せ」と言ってきた。証拠もないのに粛清を進めることは許されないというわけだ。
AB団が紅軍の中に存在するという証拠を示すことができなければ、粛清を行うどころか、怪しげなことを言い出したということで、毛沢東自身の立場が危うくなる。常人であれば、ここで謀略を諦めるところだろう。
ここで、毛沢東は信じられないような起死回生の秘策に打って出る。「証拠がないなら、証拠を創り出せばいい」と考えたのだ。
もちろん、「AB団が紅軍に浸透している」というのは毛沢東の作り話だから、彼自身が率いる紅軍にもそのような組織は存在しない。しかし、毛沢東はそのことを百も承知で、存在しない「AB団員」を摘発し始めた。すなわち、自分の子飼いの部下や兵士たちの一部に冤罪(えんざい)を負わせることで、自身の目的を達成しようとしたのである。
毛沢東は専門の「審査チーム」を作り、「AB団摘発」キャンペーンを開始した。まず、腹心の紅軍幹部をそそのかし、「何某は実はAB団員だ」と誣告(ぶこく/他人を陥れるためのウソの訴え)をさせる。それに基づいて「何某」を逮捕し、きつく拷問して「AB団の仲間」をすべて白状しろと強要する。
当然、AB団員ではない「何某」は、何も知らないので答えることができない。拷問によって自供を強要するのである。
結果的に「何某」は、AB団とは何の関係もないが、普段から自分が恨んでいる人物や、たまたま思いつく人物の名前を口にする。1人の自供者から5~6人の名前を聞き出すと、審査チームはそれらの人物を逮捕し、また同じように自供を強要する。
こうして、芋づる式にありもしない「AB団員」が摘発されていった。1ヶ月にわたるキャンペーンにより、4万人の紅軍から4百数十人の「AB団員」が摘発され、そのうち30人以上が即刻処刑された。
「AB団摘発」キャンペーンにより、「AB団が紅軍に浸透している」という毛沢東の話が裏付けられたと信じた党中央は、「AB団粛清運動」の実行を決定する。お墨付きを得た毛沢東は、「粛反委員会(反革命分子粛清委員会)」を編成し、次々に政敵を追い落としていった。
この「AB団粛清事件」の悲劇は、毛沢東の考案した誣告と拷問による粛清の手法にあった。自供の強要によって「AB団員」が次から次へと摘発されていくため、処刑対象者が膨れ上がり、多くの人々が犠牲となった。
そして1931年秋、中国共産党は紅軍の全根拠地を統合して、「中華ソヴィエト共和国臨時政府」を樹立した。大粛清によって政敵を追い落とした毛沢東は、臨時政府の主席に就任し、ついに党を掌握した。
しかし、後になって「AB団粛清事件」という暗黒な歴史は完全に隠蔽された。あたかも毛沢東が「人徳」で共産党のトップに祭り上げられたかのように、歴史が書き換えられていった。
ちなみに、そのときに毛沢東が闘っていた政敵の1人が周恩来(のちの中華人民共和国首相)である。もともと、紅軍を率いて農村で活動していた毛沢東に対し、周恩来は当時、上海にあった党中央機関から紅軍を指揮する大物幹部だった。
その周恩来はこの大粛清を生き延びたが、以降、ずっと毛沢東の下で徹底した服従姿勢を貫いていくことになる。」
詳しくはこちらをご参照♥
↓
☆中国共産党のお家芸 ~ 「AB団粛清事件」
続きは次回に♥
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