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    親子チョコ💗(500冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  世界史 >  地中海も守った日本海軍

    地中海も守った日本海軍

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    マルタ共和国(マルタきょうわこく)、通称マルタは、南ヨーロッパの共和制国家。イギリス連邦および欧州連合(EU)の加盟国である。公用語はマルタ語と英語、通貨はユーロ、首都はバレッタ。地中海に位置する島国。

    マルタ共和国

    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    さて、大東亜戦争で、私たちの日本は、アメリカと戦って敗れました。

    日米に巣くうソ連の手先・共産主義者たちによって、日本は戦争へと引き込まれました

    そもそも、そこに至るまでの数百年の歴史を紐解けば、「大英帝国」と「ロシア帝国」の飽くなき覇権争いが背景にあります♥

    ロシア帝国はその後、ユダヤ人の手によって革命を起こされ、社会主義のソビエトが誕生しました。

    ちなみに、当時ユダヤ人の役割を見抜いていたヒトラーも、同様に社会主義です。

    ロシア帝国、その後のソビエト、そして大英帝国が覇権を争った最終地点こそ、私たち日本を含む大東亜でした。

    もちろん、出遅れたアメリカも、覇権争いに参加します。そして、日米が戦争へと・・・

    では、大英帝国は、それまでの間に、一体何をしてきたのでしょうか

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 「ラッフルスのシンガポール建設の地政学的炯眼(けいがん)と一連の繋がりのあるものとして注目すべきであるが、イギリスは更に【第一次世界大戦に際して日本海軍が太平洋の治安維持なる大任を果し、加ふるに地中海に船舶護送の重任を完(まつと)うした恩義に対して、報いるに謀略を以てし、日本の活動を赤道以北に限定してしまつた】のである。」

    世界新秩序建設と地政学

    こちらで読むことができます♥ ⇒ 近代デジタルライブラリー

     日本同盟国イギリスといっしょに第一次世界大戦に参戦し、日本海軍が太平洋の守りを受け持ちました。とくに、オーストラリアとニュージーランドの「アンザック」と呼ばれる船団ヨーロッパ戦線に向かったときドイツの潜水艦からそれを守ったのが日本海軍でした。あの長いインド洋から大西洋にかけての道のりを守備したのです

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    New Zealand soldiers encampment at Anzac Cove in 1915

     同時に、日本海軍は駆逐艦を派遣し、地中海の守りも固め、ずいぶんと貢献しています【日本の駆逐艦が商船を守るためにドイツの潜水艦に衝突して自爆したこともあります】

    驚き顔

    そういう【戦士たちのお墓がいまでも地中海のマルタ島にあります】

    マルタ共和国 2

    マルタ共和国 3

    マルタ共和国 4

     そんな恩恵を受けながらも、【イギリスは第一次世界大戦後、日本軍の活動を赤道以北、つまりサイパンやアリアナ群島あたりの委任統治領に限定】してしまう【オーストラリアの気の狂ったような反日政策】その【後押しをしたアメリカ】のあおりを食らってイギリスが引いた【恩を仇で返したのがイギリスという国】だというのです。

    「抑抑(そもそも)赤道とは単なる地図上の一線に過ぎぬ。之を以て巧みに我が国を欺瞞(ぎまん)し去つたことはまた彼等(※イギリス)の老獪(ろうかい)さを示す最もよき証拠と言ふの外ない。斯(か)くて印度洋をば太平洋より分離せる観念たらしめ、亜濠(※アジアとオーストラリア)を二大陸に分割して以て白濠主義の援護自らに有利なる地政学態勢の確保とに資したのである。

    白豪主義
    白豪主義

    此のイギリスの濠洲、カナダ連結の遠大なる政策は、はしなくも【アメリカのハワイ獲得によつて一頓挫した】。それは【大西洋岸から太平洋岸に到達することによつて大西洋国家たるのみならず太平洋国家としても成立せんとし始めたアメリカとの衝突を招来】したからであつた。」


     ここで【イギリスはアメリカとぶつかった】アメリカがハワイを取ったためオーストラリアとカナダを結ぶイギリスの太平洋制圧計画が頓挫してしまった、と。英米は当時はまだ【利害が対立し合っていた】ことを示します。』

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    オール・レッド・ライン

     大西洋横断ケーブル敷設後の1868年英国はこれまでの国内すべての電信会社を国有化した。そして、それらの会社に多額の買収金が支払われた。この資金をもとに、英国は次々と新しいケーブルを敷設していった。ケーブル網は南アフリカのケープタウンや、ブラジルのペルナンブーコ、ウルグアイのモンテビデオまで達した。
     中でも重要視されたのが英国の植民地だったインドとの通信であった。英国とインドはすでに陸上のケーブルで結ばれていたが、このケーブルは通信状態が悪かったので、新たなケーブルを必要としていた。そして、英国からイベリア半島、地中海を通り、さらにスエズからアデンを経由してムンバイへと至る海底のインド洋線が開通し、1870年から通信を始めた。さらに1872年にはインドからオーストラリアへのケーブルも敷設された。
     インドへの海底ケーブルは、開通当時は3つの会社のケーブルを経由してつながっていたが、1872年に、その3社と他の1社を加えた4社は合併し、イースタン・テレグラフ社が誕生した。一方、インド以東のケーブルを所持していた会社も合併し、イースタン・エクステンション社が設立された。この2つの企業は多数の海底ケーブルを有し、通信産業において大きな力を持った。そしてそれは、英国の通信面における優位性を示すものであった。
     その到達点が、太平洋横断電信ケーブルである。この事業は1878年に開始され、1902年、カナダのバンクーバーから、フィジーを経由し、そこからニュージーランドや、オーストラリアのブリスベンへとつながるケーブルが完成した。これにより英国は当時の自国の植民地をつなぐ大きなケーブル網を作り上げることに成功した。このケーブル網はオール・レッド・ラインと呼ばれる(英国の植民地が地図上で赤く塗られていたことに由来する)

    日の丸

    いかがでしょうか?

    遂に、それまで出遅れていたアメリカが、太平洋へと現れました。

    世界の歴史は、大きな流れで見ていく必要があります。

    そして、その際、「宗教」も同時に考えた方が、理解し易い場合がほとんどです。

    こちらもご参照♥

    学校の先生が知らない「第二次世界大戦」②♥



    日本にポルトガル人が最初にやってきた理由 ~ トルデシリャス条約

    戦争に引き込まれるということ



    西太平洋は世界の中枢をなす

    これは、現在もまったく変わっていません♥

    しかも、今後数十年先を見ても、益々その重要度が増してきます。

    人口ボーナス
    詳しくはこちらから♥ ⇒ 【世界】人口ボーナス期で見る有望市場は(2015年2月)

    すでに、これらの有望なマーケットの争奪戦が始まっていますね♥

    同時に、支那の、というか支那共産党の弱体化を狙った動きが出てきていますね♥

    私たち日本人は、きちんと日本の国益を考えなければなりませんね^^

    私たち日本の国益。

    それを護るためにも、安倍総理、頑張って下さい♥

    日本を取り戻す

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    続きは次回に♥




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