「民主党、共産党、社民党の議員」と「女性電話交換手」との決定的な違い

    南樺太
    8月15日の【終戦後】も、ユダヤ共産党ソ連が行った日本への侵略。写真 南樺太・大泊の様子

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    画像はこちらからお借りいたしました♥⇒独立行政法人 北方領土問題対策協会

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    北方領土面積

    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    戦前の日本人の祖先が、いかに自分たちを犠牲にしてまで、子孫である私たち現代人に、その希望を託していたのでしょう。

    私たち日本人は、今の学校では決して教えない「本当の命の大切さ」を知らなければなりません。

    それは、欧米や大陸流の「身勝手な個人主義ではなく、「和を尊ぶ」「共同体を大切にする」という私たち日本人の素晴らしき伝統を知るということです。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 占守島(しゅむしゅとう)の戦いと同時に当時は【日本領土】であった【南樺太】にもソ連軍は押し寄せてきた南樺太には【40万人もの民間人が住んでいた】が、ソ連侵攻の知らせを受けて、ただちに10万人が自力で脱出した。【残された民間人はソ連の攻撃に巻き込まれてしまうがその一部は義勇軍となり国境警備隊や警察などと協力して日本軍と共に必死で抵抗することになる】

    南樺太 2

     南樺太の日本軍は恵須取(えすとる)などの北部地区と真岡や豊原などの町がある南部地区とに分けられていた。あくまでもアメリカ軍の侵攻を想定して南部を重点的に強化していたため、南樺太の守備隊・第88師団も主力は南部に置かれており、ソ連と国境を接する北部は手薄であった

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    画像はこちらからお借りいたしました♥

     8月11日午前5時ごろ、戦車95輛航空機100機を持つソ連軍は国境近くの集落に攻め込んできた。日本軍は軽装備の国境警備隊と併せて約100人で、重火器を装備するソ連軍と交戦したが、12日までには壊滅してしまう。…樺太北部での戦闘で日本人568名が戦死した

     8月16日ソ連軍は第二次作戦として北部の塔路港に上陸たちまち【町は焼かれ守備隊は壊滅】した。そこで日本軍は【国民義勇先頭隊や警察隊などをかき集め】、恵須取でソ連軍を撃退し、400人以上の住民を避難させた

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    真岡の様子

     20日ソ連軍はいよいよ南部の町・真岡に上陸する。このとき、真岡港は本土引き揚げの乗船地となっていたため、港は地元住民と避難民1万5000人で溢れかえっていたが、【ソ連軍は早朝から艦砲射撃を行い多くの民間人が犠牲】になった。ところが、19日には司令部から停戦命令が出されており、【日本軍は反撃することなく】民間人を豊原方面へ誘導する。だがその豊原にもソ連軍は攻撃を仕掛けてきた【豊原駅前広場の救護所には赤十字の標示があったにもかかわらず空襲が繰り返されて100人以上が死亡】してしまう

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    九人の乙女の像(くにんのおとめのぞう) : 北海道稚内市の稚内公園内にある、1945年8月20日樺太真岡郡真岡町で起きた真岡郵便電信局事件で自決した9人の電話交換手の慰霊碑。

     真岡の戦いでは【真岡郵便電信局で悲劇】が起きたソ連軍の侵攻で緊急招集された局員の中には局に向かう途中で射殺されたり避難した防空壕に手榴弾が投げ込まれて爆死する者が出るほど緊迫した状況であった。それでも【邦人引き揚げ後の通信を維持するために女性電話交換手12名は最後まで業務を遂行】した

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    殉職された真岡郵便電信局の9名の女性電話交換手

     だが、ソ連兵が真岡郵便電信局に迫ってくると【女性たちは覚悟を決め青酸カリを飲んで集団自決】してしまうこれによって9人が殉職した。…なお、この事件は1974年(昭和49年)に東宝が『樺太1945年夏 氷雪の門』として映画化するが、政治的な理由で劇場公開が中止されている。

    驚き顔



     停戦が成立したのは23日だった。25日には南部の大泊港までソ連軍が侵攻したことで、樺太は完全にソ連の手に落ちた

    驚き顔

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     この間【避難船3隻がソ連の攻撃を受け1700人が死亡(三船殉難事件)陸上でも空襲や砲撃などで約2000人者民間人が死亡】した。』

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    いかがでしょうか?

    日本がポツダム宣言を受け入れた、「その後も」、ユダヤ共産党のソ連が日本の領土を侵略してきました。

    彼らユダヤ共産党のソ連は、北海道の分割を目論んでいました。

    北海道分断

    ユダヤ共産党のソ連は、「武装解除をしていた」満州にも侵攻してきました。

    武装解除をしていた日本軍は、一般市民を護ることができませんね♥

    その結果、ユダヤ共産党ソ連の武装した兵士たちによって、略奪や強姦や虐殺が行われました。

    アメリカ軍による民間人をターゲットとしたホロコーストの本土大空襲・原爆投下と同様に、満州においても民間人の犠牲者が多いのは、そのためなんです。

    地域別戦没者数

    軍人一般人比率

    私たちの祖先が、日本の敗戦を受け入れた後、どのような辛苦を味わされたか。捕虜になった日本兵の取り扱われ方が、いかに不当であったのかが、この書籍には詳しく書かれていました♥

    丸谷 元人 日本軍は本当に「残虐」だったのか―反日プロパガンダとしての日本軍の蛮行



    そして、そんな狂気な状況の中でも、民間人でありながら他の日本人を助けるために、「最後の最後まで危険を冒して職務を全う」し、そして遂には、捕虜となって凌辱されることを恐れ、自らの命を絶った9名の女性がいらっしゃいました。

    一体、彼女たちは、何を護りたかったのでしょうか。

    左翼バカには、きっとわかり得ませんね^^

    軍に強制されたと勝手に思い込むだけのバカですから♥

    日本人は、そんなに程度の低い民族ではありませんね?

    日本人は、日本人、日本民族としての「共同体」を護り通してきたんです。

    決して、「欧米流の身勝手な個人主義」に走ることなく、日本人皆が平穏で安心して暮らしていけるようにと、「共同体」の利益を優先してきたんです。

    ところが、民主党や共産党や社民党の議員はことごとく、その「共同体」を破壊しようとしていますね♥

    彼らは、自分のことしか考えていません。それも、「金銭的な利益」が中心です。

    要するに、『守銭奴』の集まりです。

    もう、いい加減、彼らにはうんざりですね♥

    かつて、戦争によって、尊い命を犠牲にされたのは、兵隊さんだけではありません。

    数多くの、無名の、私たちと同じような「民間人」が、未来の日本、日本人のために、後世に託されたんです。

    そして、そのバトンを渡されたのは、今を生きている私たち日本人です。

    英霊の犠牲に報いるためにも、今を生きている私たち日本人がやらなければないらないことはたくさんありますね♥

    それが、子どもたちの未来にも繋がります。頑張りましょう♥

    続きは次回に♥




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    Category: 大東亜戦争
    Published on: Sat,  06 2015 00:03
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