古代日本海を代表する一つの強国

出雲大社
出雲大社

戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

客観的に情勢を判断する必要があります。

それでは、この書物を見ていきましょう!


古代史の謎は「海路」で解ける (PHP新書)古代史の謎は「海路」で解ける (PHP新書)
(2015/01/16)
長野 正孝

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『 『魏志倭人伝』の時代日本海側の最大の港は【出雲】であった。…

驚き顔

 大国主による「国造り」、天照大御神への「国譲り」など、日本誕生にまつわる数々の神話に彩られた出雲の国は「神話だけの国」と考えられていた

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 だが最近の神話の研究と考古学調査によって【古代の出雲が強国であった】ことが証明されつつある

驚き顔

 その力の源は交易である。東西100キロの島根半島が天然の水路を形成して「鉄の道」、「翡翠の道」の中継地となり、勾玉(まがたま)がこの道に乗って東西に運ばれて行った。

 1984年の荒神谷(こうじんだに)遺跡での大量の銅剣や銅鐸発見で、古代の強国という姿が蘇った。出雲の大王に率いられた高度な工業力を有する日本海を代表する一つの王国が存在し、…この地域を統括していたというのは、もはや定説といっていいだろう。


こちらもご参照⇒荒神谷博物館HP

 地形から見て、3世紀頃までの出雲は、大社から中海を経て境水道に繋がる、万船行き交う港湾都市であった。島根半島が「半島」ではなく「島」であったことは地理学・地質学によって証明済みである。…

出雲

 だが「国引き神話」にあるように、斐伊川(ひいかわ)が氾濫し、押し出される砂で出雲水道が埋まって「島」が「半島」になり、水道が消滅していった。…

出雲海抜
+7メートルの海抜
画像はこちらから⇒Flood Maps

 5世紀ころから物流の主役が大型帆船になると、「沖乗り」といって九州から敦賀まで一度に航海できるようになり、出雲はスキップされ、さらに港勢が衰えていったと考えられる。』

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いかがでしょうか?

何隻もの船が行き交う港湾都市、出雲って、とっても強い国だったんですね♥

ここでも、日本人が海洋民族である証拠が良く分かりますね^^

ちなみに、縄文人は船を巧みに操り、朝鮮半島へ盛んに進出していました。

こちらをご参照♥

【授業のウソ】 大陸から日本にやってきた ⇒ 不正解なんです♥

韓国人は何処から来たか韓国人は何処から来たか
(2014/01)
長浜 浩明

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そして、昨年、我が国最古7500年前の船が、関東で発見されたんです!凄いですね♥

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こちらをご参照♥

市川、国内最古の丸木舟 7500年前、魚介類など運搬 雷下遺跡

続きは次回に♥


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Category: 国史
Published on: Fri,  24 2015 03:26
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