実は高度だった縄文文化

    富士山

    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    さて、日本の中心地は、昔から「関西」だったのでしょうか?

    これを確かめるためには、「関東」の歴史を理解する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!


    本当はすごい! 東京の歴史本当はすごい! 東京の歴史
    (2014/05/23)
    田中英道

    商品詳細を見る


    『 「日本人は山というものに魂のありかを感じて生きてきた」と拙著『「やまとごころ」とは何か』で私は述べました。日本人は「山の人」だから「やまと」というので、山との関係の深さが日本人の特徴になっているのです。



    「やまとごころ」とは何か―日本文化の深層 (MINERVA歴史・文化ライブラリー)「やまとごころ」とは何か―日本文化の深層 (MINERVA歴史・文化ライブラリー)
    (2010/08)
    田中 英道

    商品詳細を見る


    07_103_a.png
    画像はこちらからお借りいたしました⇒一般財団法人 国土技術研究センター

     国土の75%を山地が占める自然条件が日本人と山との関係を深くしてきたわけですから、山があるということが重要なのです。…

     人間には高いものに憧れるという衝動があります。日本人も身近にある高い山に聖なるもの神の存在を感じ信仰してきました。…

     山を仰ぎ、信仰する気持ちは、山を守ることにつながります。ただ放置されているだけに見える山も、物理的に開墾できないから放置されているのではなくて、せいぜい鉄塔を建てる以外に基本的に山に建造物をつくらないという不文律が日本人のなかにあるからではないでしょうか。

     山岳信仰森林信仰といった自然信仰が現代の日本人のなかに潜在的にあるということを示しているのです。…そのことを我々自身、もっと評価するべきですし、少なくとも認識はするべきだと思います。

     では、いつからこうした自然信仰が日本人のなかに育まれてきたのでしょうか?

    日本の伝統 (知恵の森文庫)日本の伝統 (知恵の森文庫)
    (2005/05/10)
    岡本 太郎

    商品詳細を見る


     私は、縄文時代にはいまにつながる自然信仰があったと考えています。近年の考古学の研究によって、以前考えられていたよりも縄文文化が高度なものであったことがわかってきています縄文土器の抽象的なかたちの創造性を岡本太郎が高く評価したように、高度な芸術性や精神性が縄文文化にはあったのです。』

    db48763b.jpg

    大森貝塚
    大森貝塚

    a625f08e.jpg

    いかがでしょうか?

    縄文時代は、かつて考えられていたよりも、もっと高度な文明だったようですね♥

    ちなみに、縄文人は船を巧みに操り、朝鮮半島へ盛んに進出していました。

    こちらをご参照♥

    【授業のウソ】 大陸から日本にやってきた ⇒ 不正解なんです♥

    韓国人は何処から来たか韓国人は何処から来たか
    (2014/01)
    長浜 浩明

    商品詳細を見る


    そして、昨年、我が国最古7500年前の船が、関東で発見されたんです!凄いですね♥

    IP140131TAN000046000.jpg

    こちらをご参照♥

    市川、国内最古の丸木舟 7500年前、魚介類など運搬 雷下遺跡

    この本を片手に、実際に足を運んでみるのも楽しいですよ^^

    続きは次回に♥


    本当はすごい! 東京の歴史本当はすごい! 東京の歴史
    (2014/05/23)
    田中英道

    商品詳細を見る


    ランキング参加中で~す^^ ポチっとお願いします♥
    ↓↓↓↓↓↓↓
    にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
    にほんブログ村

    人気ブログランキングへ
    関連記事
    Category: 国史
    Published on: Sun,  19 2015 18:21
    • Comment: 0
    • Trackback: 0

    0 Comments

    Post a comment