始まりは、中国残留孤児でした

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    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    現代のメディアが、「嘘」を報道し続ける理由の一つが、在日黒社会との蜜月関係です。

    今回は、ちょこっとダークな参考書籍のご紹介です。

    それでは、この本を見ていきましょう!


    進化する中国系犯罪集団 (PHP新書)進化する中国系犯罪集団 (PHP新書)
    (2015/01/16)
    一橋 文哉

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    『 1932年10月、第一次試験移民団の423人が中国東北部に当たる満州に入植して以来、日本政府は重要な国策事業として満州移民を推進する。36年には「二十ヵ年百万戸送出計画」を帝国議会で可決し、500万人に上る大植民地化(→移民)計画がスタートした。

     冷害などによる凶作に喘いでいた東北、信越、北関東地方の農家は、…「王道楽土」を夢見て満蒙開拓団に参加し、「東洋平和、五族協和」を掲げ、…村ごと移動した人々もいた(当初、徴兵免除も約束されていました)。

     しかし、満州の気候は寒く、土地は荒廃し、しかも、戦局悪化で徴兵免除の約束は…反故にされ、在満成人男子約35万人の7割以上に当たる約25万人が召集された。そのため45年8月9日、ソ連極東軍が突如として満州に侵攻した時開拓団に残っていたのは老人と女性子供たちだけであった

    驚き顔

     ソ連兵による銃撃と、【中国人】も加わった略奪と暴行の嵐の中母子たちの命懸けの逃避行が行われたが、餓死したり伝染病に罹って倒れたり、悲惨な末路を辿る家族も多かった。幸いにも何とか帰国できた家族もいたが、その過程でやむを得ず中国大陸に残していった子供たちや、逃げる途中で離れ離れになった兄弟も大勢いたのだ。

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     そうした残留邦人たちの帰国支援活動は、厚生省によって終戦翌年の46年から行われたが、度々中断。その間、戦争孤児となった子供たちは中国人家庭に引き取られ、主に労働力として新しい生活を始めたが、彼らは「小日本鬼子(シャオリーベンクイズ、小日本帝国人民の子の意)」と罵られことあるごとにいじめられ中にはリンチに遭って殺される者も出たという。 』

    日ノ丸

    いかがでしょうか?

    ユダヤ共産党のソ連、支那人たちによって、満州で日本人は大量に虐殺されました。

    地域別戦没者数

    しかも、非戦闘員の多さが際立っていますね♥

    支那も、ユダヤ共産党ソ連も、非武装の民間人を大量に殺害したのです。

    軍人一般人比率

    そして、大量の孤児が支那に取り残されていったのです。

    続きは次回に♥


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    Category: 支那
    Published on: Thu,  05 2015 14:25
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