江戸では、「アレ」が、貴重な宝物♥

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    江戸図屏風に見る、初期の江戸

    PHP研究所
    日本史の謎は「地形」で解ける【環境・民族篇】
    著者 竹村公太郎著 《リバーフロント研究所研究参与》

    『「におい」と文明の関係を考えるとき、

    江戸から明治への変化がもっとも劇的である…

    その主役は、【下水道】であった…

    当時、100万以上の人が住む江戸は、

    【世界最大の都市】であった。

    しかし、疫病(えきびょう)が蔓延していたヨーロッパの都市と比べ、

    江戸は、極めて【衛生的】な都市だった。

    江戸には、衛星インフラとしてのヨーロッパ式の下水道はなかった。

    それでも江戸が衛生的であった理由は、

    江戸が【リサイクル都市】だったからだ。

    江戸では「ゴミ発生」の余地がないほど、

    徹底したリサイクル社会が構築されていた。

    下肥(しもごえ)、つまり人の屎尿を農作物の肥料として使用していた。

    農家の下肥だけではなく、江戸町民の下肥も農家に引き取られていた。

    単に引き取られたのではない。

    農家が【対価】を払ってまで、下肥を引き取っていたのだ。

    化学肥料がない江戸時代、チッソ、リン、カリを含む下肥は、

    農作物に欠かせない肥料であった。

    その下肥は、常に不足気味で貴重品であった。

    下肥運送業はもちろん、下肥問屋や小売商まで存在していた。

    長屋に住む店子の下肥の所有権は大家に属していた。

    馬が道で糞をすると、糞が温かいうちに子供らが拾ってしまった。

    江戸の町では、屎尿と生ゴミは廃棄物ではなかった。

    金銭に換えられる貴重な肥料であった。』

    え~っ! 「あれ」が、貴重な宝物、お金に換えられる程の「モノ」だったんですね♥

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    (2014/07/03)
    竹村 公太郎

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    Category: 国史
    Published on: Sat,  13 2014 13:30
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