GOLDと交換ができる紙幣

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    第一国立銀行発行の十円兌換券
    明治の国立銀行(こくりつぎんこう)とは、1872年(明治5年)の国立銀行条例に基づいて開設された金融機関である。当時の大蔵少輔・伊藤博文のもとで制度が創られた。
    「国立銀行」とはアメリカのnational bank(現在では国法銀行と訳すことが多い)の直訳であり「国法によって立てられた銀行」という意味であるしたがって民間資本が法律に基づいて設立して経営したものであり、国が設立して経営した銀行ではない金貨との交換義務を持つ兌換紙幣の発行権を持ち、当初は第一から第五の4行が設立された

    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    実は「お金」にまつわる嘘の報道も多いのです

    それでは、幕末から明治にかけた「お金」のお話しを、こちらの本で見ていきましょう!


    お金から見た幕末維新――財政破綻と円の誕生(祥伝社新書219)お金から見た幕末維新――財政破綻と円の誕生(祥伝社新書219)
    (2010/10/30)
    渡辺房男

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    『 日本最初の銀行は、…第一国立銀行となった。社屋である三井ハウスを当初建てた三井組と、同じく両替商として勢力を誇っていた小野組とが、大株主として経営に当たることになった…大蔵省を退いた渋沢栄一も…株主となり、三井と小野の調整役と事務責任者を兼ねる総監役に就任した。

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    第一国立銀行

     つづいて…鹿児島の士族たちにより大坂第五国立銀行、翌年…新潟で第四国立銀行、さらに…横浜の出資者を中心として第二国立銀行が開業した。

     第五国立銀行は現在、三井住友銀行、第四国立銀行はそのまま第四銀行として残り、また、横浜国立第二銀行は横浜銀行となっている。第三国立銀行は大坂で設立されたが間もなく廃業した。

     こうして、政府大蔵省の督促にもかかわらず国立銀行の設立は、第三国立銀行を除き、四行に止まってしまった。まさに政府の誤算といえる

     失敗の原因は設立要件と発行紙幣の兌換にあった

     まず設立要件を見てみよう。

     大蔵省が当初考えたのは西欧風の融資と預金を主な柱にした銀行だったが、さらに巷に溢れている太政官札の回収という意図もあった。 そのため、資本金の10分の6は政府紙幣(太政官札など)をもって政府に上納し、同額の公債証書金札兌換公債証書を受け取るこれを抵当として国に納めて同額の銀行紙幣を受け取り発行する。また残りの10分の4は本位貨幣(金貨)を用意して兌換に応じるとした。つまり、それらの紙幣は不換紙幣である明治通宝札とは異なる兌換紙幣であった

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    明治通宝札

    いかがでしょうか?

    国が発行する「明治通宝札」は、金との交換はできません(不換紙幣)。

    ところが、「民間の銀行」が発行する紙幣は、「金」と交換したんです(兌換紙幣)。

    みなさんならば、どちらの「紙のお金」に価値があると思われますか?

    日本という国が発行する紙幣は、ただの「紙」です。

    ですが、民間の会社が発行する紙幣は、なんと「GOLD」に交換できたのです♥

    みなさんは、そんな「紙幣」を手にした時、どう行動されるでしょうか?

    続きは次回に♥ 


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    Category: お金
    Published on: Sat,  20 2014 06:02
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