東西冷戦は、茶番劇だったんです♥

毛沢東
毛 沢東(もう たくとう、1893年12月26日 - 1976年9月9日)は、中華人民共和国の政治家、軍事戦略家、思想家。初代中華人民共和国主席中国共産党の創立党員の1人で、長征、日中戦争を経て党内の指導権を獲得し、1945年より中国共産党中央委員会主席を務めた。日中戦争後の国共内戦では蒋介石率いる中華民国を台湾に追いやり、中華人民共和国を建国した。以後、死去するまで同国の最高指導者の地位にあった。毛の引き起こした大躍進政策と文化大革命のような、文化、社会、経済、外交に重大な損害をもたらした問題は非難されるとともに、彼の政策による犠牲者は数千万と推定されている。マルクス主義・ソ連型社会主義を中国社会に導入しようとした毛の政策は、結局失敗に終わった

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前回からの続きです♥

ロシア革命が、実はロシア人ではなく、ユダヤ人が主導し引き起こされ

そこで誕生した共産主義ソ連と資本主義アメリカの二大国の対立

つまり東西冷戦は演出されたもので

最終的に新世界秩序構築に向けて、ソ連は意図的に崩壊させられた。。。

と著者は言っています。

そしてさらに、東西冷戦が嘘であった理由を、もうひとつ挙げています♥ 

さあ、一緒に、見ていきましょう!


国難の正体――日本が生き残るための「世界史」国難の正体――日本が生き残るための「世界史」
(2012/12/25)
馬渕睦夫

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 『 東西冷戦の欺瞞を理解する上でもう一つのカギは、中華人民共和国建国の謎です。

 私たちは学校の授業アメリカは自由と民主主義のために第二次世界大戦を戦ったと習いました

 しかし、…そのアメリカが第二次大戦での多大な犠牲にもかかわらず、…敵である共産主義が戦後中国を支配するのを許してしまった


 なぜ、第二次大戦後の中国内戦において、軍事的に劣勢な毛沢東の共産党軍強力な蒋介石軍を破ることができたのでしょうか

 そもそも、蒋介石の国民党軍日本軍の進撃によって首都南京を追放された(1937年)にもかかわらず、なおも蒋介石に重慶に居座らせて日本との戦闘の継続を強要したのはアメリカです通常首都を明け渡すということは降伏を意味します。日本政府は南京陥落後蒋介石に対し和平提案を行いますが、蒋介石は引き伸ばし作戦に出て、事実上拒否します。業を煮やした日本政府は「蒋介石を相手にせず」との声明を発し、和平交渉は頓挫してしまいます。蒋介石の背後にいたアメリカは、あくまで蒋介石に日本との戦争を継続させたのです。』


驚き顔

いかがでしょうか?

日本が和平を交渉をしていた日中戦争を故意に長引かせた国

日本の敵である中華民国の蒋介石の後ろ盾であった国

その中国に共産党の国を作らせた国

それが、アメリカだった。。。

こんなことは、「学校の先生」は、まったく教えてくれませんね♥

それでは、アメリカの目的は何だったのでしょうか?続きは次回に♥


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Category: 日本
Published on: Sun,  16 2014 09:34
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