「中国」は「清」の植民地だったんです♥

    清朝末期の満州族の武人たち
    清朝末期の満州族の武人たち
    満洲民族の前身は、12世紀に中国の北半分を支配した金を建てた女真族であり、女真以前にこの地方にいた粛慎、挹婁、勿吉、靺鞨の後裔であると考えられている。狩猟民であるが、同時に簡単な遊牧や牧畜、農耕を行っていた。また居住地はモンゴルと接し、交易を行ったり婚姻関係を結ぶなど関係は深かった。民族名となったマンジュは、よくサンスクリット語のマンジュシュリー(文殊師利、文殊菩薩のこと)に由来すると言われているが、実際は不明である。元来は16世紀までに女真と呼ばれていた民族のうち、建州女真に分類される5部族(スクスフ、フネヘ、ワンギヤ、ドンゴ、ジェチェン)の総称であった。これら諸部族がスクスフ部出身のヌルハチによって統一されると、ヌルハチの支配する国はマンジュ国(Manju gurun, 満洲国)と呼ばれるようになり、さらにマンジュ国が海西女真4部、野人女真4部を併合して後金に発展したため、満州の名が広く女直全体の総称として用いられるようになったヌルハチは、満洲語を表記するためにモンゴル文字を改良させて満洲文字を作り、満洲民族文化を確立することに努めた。ヌルハチの死後、後継者のホンタイジは女真を民族名として用いることを禁じ、「満洲」(マンジュ)の民族名が定着した。「洲」という文字がついていることで、現在では満洲というと「中国東北部」や満洲里などの地域の名前のイメージが強く、現在でも欧米では“Manchuria”のように地域呼称として用いられるが、中国においては民族名であり、土地の名前ではない

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    戦後の日本が学校で教わって来た「植民地の歴史」は、客観的ではありません。このことに、「教える側である先生自身」が全く気が付いていないのです。客観的でないことを示す明確な理由、それは、支那(中国)やロシア(ソ連)といった社会主義国の植民地史について、まったく触れられることが無いからです中国では、今現在も、植民地政策を行っています
    私たち日本人は、親日的な立場に立って正しく認識し直し、そのような蛮行をする彼らを非難し、止めさせる必要があります。

    それでは、支那の植民地支配の歴史を見ていきましょう♥

    黄 文雄さんの非常に分かりやすい説明をお読みください。


    日本を恐れ、妬み続ける中国日本を恐れ、妬み続ける中国
    (2014/08/19)
    黄 文雄

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    清の時代になると…西の草原帝国であったジュンガル・ハーン国征戦を繰り返し

    最終的にはジュンガル帝国を滅ぼし

    ジュンガル配下のチベットをもその勢力下に収めた

    それが清帝国のアジア征服の歴史であった。

    しかし、清帝国は版図(領土)を一律に統治したわけではない

    支配下のアジア諸民族の地位はそれぞれ違っていた。

    朝鮮や越南などは属国であり、モンゴルは盟友とした。

    チベットは教皇領として、ダライ・ラマパンチェン・ラマ

    皇帝の国師(皇帝から高僧に贈られた称号)となり、

    新疆の回部(ウイグル人、イスラム教徒)とともに藩部と称され

    外様大名であった。

    ではなぜ中国は清の植民地と見なされるべきか…

    征服国家が植民地に対して行う政策との共通項はあまりにも多いのである。

    たとえば満州人は宦官にしない漢人は絶対に宮女にしない

    漢人の藩部・藩属・化外(けがい)の地への移住禁止

    対外公文書は漢文を使わずすべて満蒙文やラテン文であり、

    やっと漢文を対外条約に使用しはじめたのはアヘン戦争後の南京条約(一八四二年)である

    漢人の夷語(外国語)学習の禁止

    夷人への漢語・漢文伝授の禁止

    満州人と漢人の二重官僚制度

    皇帝直属の最高権力者である軍機大臣に漢人を登用しない

    天朝の軍隊(中央軍)は満州人伝統の八旗軍(はっきぐん)で、

    漢人は地方部隊の緑営(りょくえい、軍事組織の名称)。

    漢人はいかなる重臣といえども、清皇帝に対し「家奴」(かど、下僕)と自称…など。

    清の皇族も、亡国寸前まで

    「国家を外人(列強)にわたすも家奴(中国人)には渡さない

    という主人意識を強くもっていた。

    黄 文雄
    黄 文雄さん

    いかがでしょうか?
    は、満州人の治める国であって、支那人は支配されていた民族です。ですから日清戦争は、日本人と満州人の戦争でした。その後、日本満州人の国である満州国の建設に大きく力を貸しました。

    清の滅亡後の支那では、各地を軍閥が割拠する事態になります。軍閥とは、簡単に言うと、「武装した暴力団」です。
    そのあたりの事は、こちらの本が詳しいです♥

    西尾幹二 GHQ焚書図書開封7 ~戦前の日本人が見抜いた中国の本質~♥


    かいしそう
    中華思想の概念図
    中華思想(ちゅうかしそう)は、中国が宇宙の中心であり、その文化・思想が神聖なものであると自負する考え方で、漢民族が古くからもち続けた自民族中心主義の思想であり美称である。漢民族とは異なる周辺の辺境の異民族を文化程度の低い禽獣であるとして卑しむことから華夷思想(かいしそう)とも称す。また夏、華夏、中国とも同義である。

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    Category: 日中関係
    Published on: Sat,  15 2014 17:42
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