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    朝日新聞も知らない「英米の日本製品ボイコット運動」②♥

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    歴史は生きている
    アジア・太平洋戦争と国共内戦

    (省略)

    ■奇妙な戦争 石油禁輸が契機に
     では、奇妙な戦争はなぜ起きたのか。その答えを探るにあたって、1937年7月の日中戦争勃発(ぼっぱつ)後の経過を「前号のあらすじ」風にざっとふりかえりたい。
     日本は首都・南京を陥落させれば中国は降伏すると思っていたが、蒋介石(チアン・チエシー)(しょう・かいせき)率いる国民政府は奥地の重慶を臨時首都にして抗戦を続け、イギリス、アメリカも支援した▼日中戦争は泥沼状態となり、日本軍は対米英開戦までに実に18万8000人余の戦死者を出した。一方、ヒトラー率いるドイツが欧州で戦争を始め、フランスやオランダを降伏させた▼日本はドイツ、イタリアとの三国軍事同盟を結び、アメリカ、イギリスに圧力をかけようとした▼だがこれが裏目に出て、アメリカの強硬姿勢を招く。当時、日本が石油輸入の大方を頼っていたアメリカは、41年8月に全面的な輸出禁止を決定する――。
     日本はアメリカの石油禁輸によって、それまでとは全く異なる局面に立たされ、重大な判断を迫られることになる。選択肢はざっくり言えば二つである。
     石油などの重要物資を得るために、オランダ領だったインドネシアやイギリス領のマレーシアなどを武力制圧する。つまりは蒋介石政権を打倒するためにも、米英との全面戦争に踏み切る――。
     あるいは、中国からの撤兵などアメリカの要求を受け入れる――。

     (省略)

    (佐藤和雄)

    ↑記事はこちらから♥

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    長野朗(ながのあきら)

    戦前を代表する秀れた【シナ通、中国通】で…

    GHQに焚書された本は18冊もあり…

    没収された本の多い著者としては3番目にランクされる人物です。

    …1975年までご存命でしたから、戦後も中国共産党に関する本を出しておられます。

    洞察力も鋭いしシナという国に愛情を持ちつつも

    知的に冷徹に【この民族の本性を見抜いて】います

    しかも、扱う事象の幅が広い

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    蒋介石

    (日本製品の)ボイコット第二期に入って来ると、ボイコットの期間も長くなり

    日本の小さい店は倒れるのも出て来た

    それにボイコットも部分的でなく全国一斉に行はれ

    欧米品が日本品に代わってどんどん入るやうになり

    この機会に支那にも盛んに工業が起こって来た

    ボイコットの方法も深酷になり、違反者を捕へて檻に入れたり

    爆弾を投げ込んだり莫大な罰金を課したり耳を切ったり

    それがすべて私的団体でやり政府は見ているから、

    支那の政府等に抗議しても何んにもならない

    日貨の没収日貨に課税したりしてその収入が数千万圓に及び、

    それを争って上海では主謀者の争奪戦が行はれた

    (日貨ボイコットの)第三期になってくると、国民政府が自ら主宰し、

    政府の機関を動かし、商工部で立案し、支那は不自由せずに、

    日本だけが困る方法を考へ全国のボイコットを統一した

    しかし表面は国民党によって組織された反日会本部を上海に設け、

    支部を全国に置き、国民党の支部員が之れに当たった。

    この時期になると、ボイコットは政府の政務であり、

    政策として行はれた対日経済戦であった。

    従ってその期間も長いのは二、三年も続いたので、

    我が方の打撃も少なくなかった

    南洋華僑の中にも、国民党から人を出して指導させるし、

    排日教科書を造って全国の小学中学に配るし

    排日の教材を盛んに配布するし

    上海だけでも排日で飯を食っている常務員(プロの排日屋)が数百名居り、

    指導者には数百万の財をなしたものだ。

    英米資本の東亜独占と、支那の民族主義とがからみつき、

    大正八年から排日が起こったがその方向は二つの進路を取った

    一つは支那の民族運動として満州の漢人化

    満州からすべての日本の勢力を駆逐しようとする企ては、

    遂に張学良をして満州事変を起こさせるに至った。

    一つは経済的の現れで、上海を中心として興りかかった

    支那の新興財閥と英米資本との合作によるボイコットで、

    これは当然浙江財閥傀儡たる蒋介石と、

    英米の合作にまで進んで来たのである。

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    朝日新聞の佐藤和雄ってヒトは、間違った認識をしているのが良くわかりますね!特に、日本が三国同盟を結んで、「英米に圧力を」なんていうところに、無知な人物であるってことが露見していますね~

    長野さんが、実際にその目で見てきたことは、英米が中心となって、中国の排日運動をあおり、それにまんまと乗っかって中国人が大騒ぎをして、最終的に日中の戦争へと繋がった、中心となって反日煽動をしたのは、キリスト教徒だったってことなんですよ♥ 朝日新聞って、ホントに能力あるんでしょうか?あるわけないかwww

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    ↑記事はこちらから♥

    (解説)
    まず軍閥とは、軍事力を背景とした私兵集団のことで、簡潔に言うと武装した暴力団。清朝滅亡後(1912年)、中国では各地で武装暴力団である軍閥が割拠していた。その様な中、蒋介石の軍閥(国民党)が「北伐」(1926~28年)と称して、南から北へ侵軍する事になる。そのきっかけは、北方の軍閥における内争であって、内争により南北軍閥間のバランスが崩れたのが基本的な流れ。


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    1910年代末の軍閥勢力図/『中国革命とソ連 抗日戦までの舞台裏【1917-37年】』

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    Category: 支那
    Published on: Sat,  08 2014 14:35
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