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    ワッフルで有名なあの国と「コンゴ」の物語♥

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    首都ブリュッセル
    ベルギー王国(ベルギーおうこく)、通称ベルギーは、西ヨーロッパに位置する連邦立憲君主制国家。隣国のオランダ、ルクセンブルクと合わせてベネルクスと呼ばれる。欧州連合(EU)の原加盟国であることや、地理的には欧州のほぼ中央部に位置する交通の要衝にあり、その主要機関の多くがブリュッセル(ブリュッセル首都圏地域)に置かれているため、ブリュッセルはEUの首都とも言われている。憲法上の首都は、19の基礎自治体から成るブリュッセル首都圏の自治体の一つ、ブリュッセル=ヴィルである。
    19世紀にネーデルラント連合王国から独立した国家で、オランダ語の一種であるフラマン語が公用語の北部フランデレン地域と、フランス語が公用語の南部ワロン地域とにほぼ二分される(この他にドイツ語が公用語の地域もある)。建国以来、単一国家であったが、オランダ語系住民とフランス語系住民の対立(言語戦争)が続いたため、1993年にフランデレン地域とワロン地域とブリュッセル首都圏の区分を主とする連邦制に移行した。

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    ベルギー製が有名なお菓子ワッフル

    『 …欧米列強の植民地政策とその実体を瞥見(べっけん)することは、

    果たして朝鮮系の人々が主張するように

    「朝鮮人は史上最も残虐だったとして知られる日本の植民地支配の下で生きた」か否かを検証する上で有効であろう。

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    植民地における圧制の比較

    当時の植民地統治の実態を調査してみると、

    強制労働経済的搾取、反抗的な分子が居住する村々の焼き討ち等に加えて、

    住民の強制移住あるいは隔離などが

    各地で行われていたことが明らかになる。

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    多くの植民地政府は、現地の人々に強制労働を課し

    …プランテーションあるいは政府関係の大規模事業に従事することを余儀なくされた。

    …当時世界中で奴隷制度は廃止されていたがほとんどの場合

    「植民地における労働者の搾取と彼らが置かれた状況は奴隷制度に酷似していた」のである。

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    現在コンゴを名乗る2国。 コンゴ共和国、コンゴ民主共和国。

    最悪の例の一つは、…コンゴ自由国(ベルギー国王の「私領地」)で見られたものだ。

    …最高の収益をあげる…ゴムや象牙をできるだけ多く取り立てるため、国王の代理人たちには無制限の権限が与えられていた。

    これらの代理人は、アフリカ人に対する筆舌に尽くせぬ虐待

    極端な暴行を奨励するために新しいシステムを確立した。

    決められたノルマを果たせなかったものは

    殴打され鞭で打たれあるいは拷問を受けた

    手足の切断は、恐怖を掻き立てて他の者への見せしめにするための

    ごく当たり前の刑罰となった。

    頑強に抵抗する村落は焼き尽くされ

    女性たちはゴムその他の資源が調達されるまで人質にされたのだった。

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    ベルギーの統治下では

    殺人レイプ餓死病死などに人々の逃亡が加わって、

    コンゴの人口の極端な減少をもたらした。

    …1885年には、コンゴの人口は二千万人から三千万人だったが、

    1911年にはなんとその三分の一近い八百五十万人にまで激減したのだった。』

    ワッフルの国って、とっても残虐だったんですね♥

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    Category: 日朝関係
    Published on: Wed,  22 2014 21:16
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